第三話 『寝落ちからのジャンプ』
「⋯⋯森だ」
朔太朗は目覚めた瞬間、そこが夢の中だとすぐに理解していた。何故なら月夜に落下してからというもの、毎日のように森の中を彷徨う夢を見ていたからだ。
「何なんだよもう⋯⋯毎回毎回森の中って。夢ならもっと楽しい夢にしてくれ!」
誰に言う訳でもない愚痴を吐いてその場に座り込むと勢いよく大の字になった。
心地良い木漏れ日が眠気を誘う——。
「まぁいいか⋯⋯」
それから小一時間ウトウトしていただろうか。
状況は一向に変わりそうもない。夢の中で寝たからといって現実で目覚めるという訳でもないようだ。
「しょうがない⋯⋯。本当は歩きたくないんだけどな」
諦めた朔太朗は立ち上がって周囲を見渡し、
「あった!」
と、足早に一本の大木に近づいて行く。その幹の表面には矢印状に削られた跡が白い生木を覗かせていた。
「進行方向は⋯⋯あっちか」
実はこれまで朔太朗は森を彷徨う度に進んだルート上の木々に目印を付けてきていたのだ。慣れた様子で目印を辿って行き、やがてその最先端に着くとそこで足を止めた。
「さて、どっちに進もうか……。とりあえずこの広い森を脱出するのが目標だな。森の外があるのかは謎だけど」
鬱蒼と茂る緑の海のさらに遥か彼方に目を凝らしながらしばらく思索する。
すると不意に二時の方向から微かに吹いた風が頬を撫でたような気がした。
「——よし。こっちだ!」
朔太朗は直感でその方角へ進む決断をしてさらに未開の地へ足を踏み入れて行った。崖を登り、茂みを掻き分け、道なき道を進んで行く。
晴天も幸いし気が付けばこれまでの移動距離を大きく更新していた。
その時、突然前方の視界が開け眩しさに目が眩む。
「うっ」
目を慣らすようにゆっくりと瞼を開けると視界に飛び込んでくる思いも寄らぬ景色——そこには美しい泉が広がっていた。
こんこんと湧き出る泉の水面に深緑の色彩が映え息を呑むほど神秘的だ。
「助かった⋯⋯。ここで休憩しよう」
朔太朗は少しハイペース気味に歩いたせいで喉がカラカラになっていたのだ。水辺に腰を下ろし透き通った水を両手で掬おうと水面に視線を落とす——。
その時、
「――これ俺の顔? 一体どうなってるんだ……!?」
水面に映る自身の顔を見て驚愕する。
その顔は辛うじて朔太朗の面影を残しているものの、もはや別人のそれだったのだ。
目元は切れ長で鋭く、その目にかかるほど前髪が長い。髪色は輝くような金色だ。元の朔太朗が優しい印象な分攻撃的に感じられる。
「はははは! なんだよこれ。まるでアニメじゃないか!」
朔太朗はもはや驚きを通り越して笑うしかなかった。
今まで気付かなかったがどうやら声も変わったようである。正確には声質は変わらず低音が増した印象だ。
「まあ、夢の中ならなんでもアリってことなのかな」
朔太朗は一呼吸して水を飲む。よく冷えた泉の水が体中に染み渡るようだ。
静かな森の中に響く小鳥のさえずりと木々の葉の揺れる音が心地よい。
「俺、やっぱりあの夜にこの森に落っこちたって事なのかな⋯⋯」
ぽっかりと広がった空を眺めているうちに、先刻までの踏破意欲がいつの間にか消え失せてしまっていた。一度下ろした腰を上げたところで、これ以上歩く気力は起きない。
「もう無理だ。あ――もうこんな森、ひとっ飛びで抜けられないかなっ!」
と、踏み出した瞬間、朔太朗は我が目を疑った。
おふざけのジャンプのつもりが、目の前の泉を軽々飛び越え五十メートル程先へ着地していたのだ。
「は? どうなってんの!?」
背後の泉を振り返り自身が跳躍した距離に驚愕する。
「ちょっと待て。もう一度!」
朔太朗は先刻の動作をトレースするようにジャンプを試る。
が、今度は五十センチ先に着地するだけ。何度か同じように試してみるものの結果は同じだった。
「動作はトリガーではないってことか? なるほど……」
今度は発想を変えてみる事にする。
着地点を見据えて、自分がジャンプする姿をイメージする。
「いちにの⋯⋯さん!」
足を踏み切った刹那ビュンッと風を切った。
「ヒャッホー!」
朔太朗は軽やかに宙を舞っていた。