第四話 『遭遇』
——至急至急! 東都携帯102から警視庁。東都駅前で男が大暴れ中。応援願います! 繰り返す、応援願います!
突如無線に緊急を伝える『至急報』が響き渡り、公園の不審者現場に臨場していた朔太朗たち四人に緊張が走る。
「チッ、よりによって手薄な時に⋯⋯。戻るぞ!」
鹿野と新人は急いで車に乗り込む。通常のパトカーより小型の警ら車で、ハッチバック式の小型車種を採用したいわる『ミニパト』だ。
「俺達も行くぞ!」
「はい!」
鼠入と朔太朗も勢いよくアクセルを回し、緊急走行するミニパトの後をついていった。
東都駅前交番は駅前の大きな商店街の入口に位置している。駅と商店街の利用者で絶えず賑いを見せる立地柄、東都署管内一忙しい交番といえるだろう。
一行が駅前交番に到着すると、商店街から逃げ出す人達が目に飛び込んでくる。
四人はその流れに逆行して行き商店街の中程まで進んだところで駅前勤務員二名と合流した。
「お前ら、状況を教えろ!」
「係長! それが突然現れた男があちこち物を壊しながら商店街をめちゃくちゃに走り回って⋯⋯とにかく目にも留まらぬ速さなんです!」
「それで、どこに行った?」
「キャ——!」
その時、周囲の一般人が頭上を指差して絶叫する。ビルの屋上から人影が飛び降りたのだ。
人影はそのまま勢いよく落下したかと思うと六人の中心にふわりと着地した。
そこに現れたのはマントを翻しブーツを履いた中世ヨーロッパ風の服装——目撃者の情報と一致する男だった。
「こいつだな⋯⋯」
「はい!」
鼠入と朔太朗は顔を見合わせる。
男はブツブツと呟きながら朔太朗達を見回している。どこか焦点が合っていないような虚ろな瞳だった。
「大人しくしろ! そこの壁に手をつくんだ」
しかし、鹿野がそう警告した瞬間、男の瞳に殺意の光が宿った。
——来る!
そう直感した刹那、朔太朗はバックステップで飛び下がる。それとほぼ同時に突風が吹いたかと思うと、朔太朗を除く五人が腹部を強打され吹き飛んでいた。
——やはり俺と一緒だ!
「こいつは人間じゃない! 早く逃げて‼︎」
朔太朗はスマホ片手に遠巻きに見物している一般人に叫ぶ。一瞬で間合いを詰める事が可能な男から彼らを守れる保証はない。
一方、地面に倒れこんだ五人のうち意識があるのは鼠入だけのようだ。
「先輩、大丈夫ですか?!」
「ゲホッ⋯⋯肋骨いっちまってるわ。防刃衣がなかったらヤバかったぜ」
そんな二人へ男はじりじりと近づいて来ている。
朔太朗は男を見据えたまま、徐に警棒を抜いてジャキリと伸ばした。
「——千光寺!」
そこへ坂の下交番から応援に駆けつけた但馬と犬飼が人垣を押し退け、戦闘エリアに足を踏み込んで来ていた。
その途端、男は二人に向けて激しい敵意を向ける。その姿はまるで自身に危害を与えるもの全てに牙を剥く獣のようだ。
「——係長、部長! 来ちゃダメだ‼︎」
朔太朗の制止も間に合わず二人はあっという間に吹き飛ばされ地面に倒れる。
「貴様ァ——!」
男は怒る朔太朗の眼前に出現すると振りかぶった拳を繰り出す。が、朔太朗はそれを両手に構えた警棒で受け止めつつ素早く足払いをして転倒させた。
「お前のやる事はお見通しなんだよ!」
さらに男の片手を引っ張り上げ体をうつ伏せにひっくり返して手首を極めると紋所——背中の中央に片膝で全体重を乗せ動きを封じ込んだ。
——こうなればこっちのもの!
朔太朗は安堵して腰の手錠に手を伸ばす。
しかし、男は制圧した朔太朗を信じられない膂力で跳ね除けるとむくりと起き上がった。
「マジか⋯⋯。敵にすると厄介だな」
仕切り直した男は休む間も無く襲い掛かる。が、『来訪者』の能力を熟知している朔太朗は上手にそれを躱していった。基本的には直線的な動きな為、呼吸さえ読めば避けることは可能なのだ。
周りを囲む一般人から歓声が沸き起きる。
「頑張れお巡りさん——!」
「千光寺⋯⋯あれを避けてるのか?」
胸を押さえながら鼠入が信じられないといった表情で呟いた。
「鼠入、大丈夫か?」
そこへ但馬が近づいてくる。
「係長⋯⋯。肋骨をやられましたが大丈夫です」
「千光寺の奴、凄いじゃないか⋯⋯。あいつは現場より機動隊向きなんじゃないか?」
「そんな悠長な事言ってる場合じゃないっすよ! あの男をどうすれば確保出来るんですか!」
「あの男の動き⋯⋯人間⋯⋯なのか? あれは素手でどうにか出来る相手じゃないぞ」
すると但馬は朔太朗に叫ぶ。
「千光寺ィ——拳銃を抜け! 俺が責任を取る!」
「そんな事言ったって⋯⋯こんなに一般人が居たら撃てませんよ!」
朔太朗は防戦一方になりながら答えた。
「但馬さ——ん!」
その時、名前を呼ばれ但馬が振り返ると、パトカー二台の警察官四名が駆け足で合流してきたところだった。
「ハアハア⋯⋯但馬さん、何があった?」
「ちょうど良かった! 鷹さん、一般人を移動させて欲しいんだ。これでは千光寺が銃を使えない!」
と、一号車の車長、鷹木警部補に懇願する。
「千光寺を助けなくていいのか?」
「そうしようとしてこの様だよ⋯⋯」
「よく解らんが承知した。俺達は左手を請け負う。二号車は右手を頼んだ!」
鷹木は迅速に行動を開始する。警笛を鳴らして一般人の注意をひくと、
「拳銃を使用する可能性があります! 速やかにこの場から離れて下さい!」
と、彼らを商店街の入口側へ誘導していった。
朔太朗はそれを横目で確認しつつ、なるべく周囲に危険のない射撃方法がないか思案していた。
——あいつが『来訪者』と同じだとしたら⋯⋯。
「⋯⋯そうか!」
朔太朗は一般人が立ち去った商店街の奥側へ移動して男を誘い込む。
「こっちだ!」
「ど⋯⋯こだ」
男はフラフラと朔太朗に向かって歩いて来たかと思うと、
「どこだァ——!」
と、再び短距離ダッシュで間合いを詰める。
——今だ‼︎
朔太朗は咄嗟に男の襟元を掴み、手前に崩しつつ自身は真後ろに身を捨てる。そのまま男の腹部を蹴り上げると頭越しに投げ飛ばした。
「「巴投げ!」」
その光景を見て但馬と鼠入が思わず叫ぶ。
男は自分自身の勢いも加わって空中に高く放り出されていた。
朔太朗はそこから右腰の拳銃——SAKURA M360Jを素早く抜いて頭上に構える。
「うおぉぉぉ——!」
これは訓練ではない。衆人環視の中、初めて発砲する恐怖を振り払うように大声を上げ引き金を引く。
乾いた発砲音が響き渡った。
弾丸は男の肩に命中し、着地もままならず落下していく。
「空中では移動出来ないのが『来訪者』の弱点だ。光化出来れば別の話だけどね⋯⋯」
朔太朗は立ち上がりながら一人呟いた。『来訪者』の弱点と周囲の安全を考慮した上空への発砲だったのだ。
その途端、戦闘を見守っていた一般人はおろか身内の警察官からも歓喜の声が上がる。
「スゲェぞ千光寺ィ——! アイタタ⋯⋯」
「先輩、重い⋯⋯!」
鼠入が抱きついて来たのは良いが、怪我の痛みから朔太朗に全力で寄り掛かっていた。
その時、被弾した男が何事もなかったかの様に起き上がった。静まり返る観衆。朔太朗は鼠入の前に一歩踏み出した。
男の肩を見てみると、弾丸が貫通した跡が確認できるものの出血は無い。
「どこだ⋯⋯?」
「⋯⋯え?」
「どこだ⋯⋯俺の体⋯⋯」
男はそう言うと、空高く跳び去って行った。
「あいつは誰だ?」
「一係の『ゴンゾウ』ですよ⋯⋯」
そんな格闘の結末を遠巻きに見つめる人影があった。本署から遅れて臨場していた刑事二名である。




