第二十九話 『ようこそアストラへ』
少年を助けるため結界に飛び込んで行くアガーテ。その姿が視界に入るやアナマリアは苦々しい表現を見せていた。
「チッ」
結果、彼女の注意が地上に逸れる。
その一瞬の隙をスコーピオンが見逃すはずがなかった。これ好機とニヤリと笑うと尻尾から光弾を素早く二連射する。標的は少年とアガーテだ。
さらに尻尾の先端を高速で振動させ空間の歪みを作り出し、それを通じてアナマリアの背後から鋭い針の頭を覗かせた。
サクはスコーピンの思惑——地上の二人を囮にして本命のアナマリアを狙う作戦を察知していた。
「まずい!」
迷わず光化しつつ咄嗟に優先順位を判断する。
——少年が最優先だ。彼が最初で次がアナマリア。アガーテごめん、光弾の飛距離がありそうだから君は最後だ。
そう決定するや一足飛びで少年に近づき結界外に運び出す。
続けて上空に飛び上がると背後から迫る危機に未だ気付いていないアナマリアを抱き抱え、すかさず手にしたナイフで癖の悪い尻尾を切断した。
安堵と共にそこで初めて腕の中に視線を落とす。
刹那の時間、アナマリアと視線が絡み合った。
その瞳は先刻までの大人びた印象とは対照的に、驚きと戸惑いと恥じらいが混ざった光を見せていた。
サクは動揺しつつもアナマリアを下ろし、
「次!」
と、空中で切り返してアガーテに向けて飛び出す。
不意にその手をアナマリアが引く。
「——え?」
予期せぬ出来事に驚いて光化が解けるサク。途端に脱力しそのまま地上に落下していった。
「しまった!」
体感時間は現実の流れに戻り、光弾は無情にもアガーテに迫っていく。
「キャ——!」
轟音とともに爆煙が上がりアガーテは跡形もなく吹き飛んだ。
と、誰もが思ったその時、聞き覚えのある声が木霊した。
「ワハハハ! ヤンセン一家参上!」
爆煙の向こう側に現れたのはヤンセン、ハンセン、ヨハンセンの三人だった。ハンセンの腕にはアガーテが抱き抱えられている。
さながら特撮ヒーローのような登場だ。
「間一髪だったぜ! アガーテ嬢」
「助けたのは俺だけどな」
「後をつけてきてよかったね!」
ハンセンが得意の鞭でアガーテを引き寄せ救出したのだ。
地上に着地していたサクは飛び上がって歓喜する。
「お前らナイスタイミング!」
一方上空では尻尾を切断されたスコーピオンが怒り狂っていた。
「クソオォォォ——! 結界ごとォォ消えて無くなれェェェ!」
前方に広げた両手にエネルギーが収束し赤色の球体が形成されていく。その内側に憎悪を具現化したような毒々しい赤い炎が渦巻いていた。
「まずい完全に怒らせちゃったな」
「先刻はすまなかった⋯⋯。あれの始末は妾につけさせてくれ」
上空を見上げて構えるサクの傍にアナマリアも降りてきていた。
スコーピオンは直径十メートル程まで大きくなった赤色球体を頭上に掲げ、さらにそれを巨大化させている。
その桁違いのエネルギー弾が地上に直撃すれば、いくら結界を展開しているとはいえ只では済まないことを二人は瞬時に理解していた。
それに対しアナマリアは既に詠唱を完了していた魔法を発動して対抗する。
パチンと指を鳴らした途端、アナマリアを中心に王宮全域を覆う巨大な炎の花弁が広がっていく。その姿は優雅であり力強く誇らしげだ。
それと同時に王宮から避難中の人々も次々とその炎に飲み込まれていった。
「ウワァァ——! あ、あれ⋯⋯?」
ところが不思議な事に、炎に触れても燃えないどころか熱さすら感じる事がなかった。
——驚かせてすまない。何処に伏兵が潜んでいるやもしれぬ故王宮全体に術を展開している。この炎は邪悪な魂のみを滅する物じゃ。皆には危害は与えぬ故どうか安心してほしい。
アナマリアが再び言霊で人々の魂に直接語りかけた。
「本当、暖かい⋯⋯」
「さ、最初からそうだと思ったぜ!」
アガーテが両手を広げ炎と戯れている横でヤンセンは抱えていた頭を慌てて上げて強がって見せる。
司法局の面々は目の前で起ころうとしている奇跡を静かに見守っていた。
「この術はもしや⋯⋯」
「そうです⋯⋯伝説に記された究極術式」
「アナ、アナマリアしゃまー!」
「紅蓮の門のモチーフになった炎の魔法ね」
「「「その名は——」」」
ほぼ同時にスコーピオンは頭上の赤色球体を限界まで巨大化させ、
「二人仲良く消し飛べぃ! アンタレスゥゥ!!」
と、満を持してそれを発射していた。
途端に巨大なエネルギー体の赤い影が地上に落ちる。
その時、アナマリアと司法局の四人の声が図らずも同時に重なった。
「「「「「ヘル・ヴァーナ!」」」」」
その声に呼応するかのように炎の花弁が空高く起き上がる。そのまま急速に中心へ収束すると瞬く間にスコーピオンと赤色球体を飲み込んでいった。
「何だこれは? グワアァァァ——⁉︎」
無数の炎の束はまるで生き物のように獲物に絡みつきあっという間に自由を奪う。
遂にアナマリアの頭上に天高くそびえる炎の蕾を造り出していた。
スコーピオンは辛うじて顔だけをのぞかせた状態でアナマリアと対峙する。
「サーソクよ。うぬは邪悪な『偽り』の力に支配されてしまった。魂と完全に同化してしまった以上、もはや浄化するしか手段はない⋯⋯。許せ」
「——偽りだと⁉︎」
アナマリアは眼前で右手を握りしめる。同時にその拳に紋様——天蠍宮のシンボルが光り輝いた。
「そ、そのシンボルは? スコーピオンは俺の筈⋯⋯⁉︎」
「⋯⋯さらばじゃ」
炎はスコーピオンの全身を瞬く間に飲み込んでいく。
「騙したな教王ゥゥゥー!」
炎の蕾は圧縮され一筋の火柱となって天に昇っていく。浄化された魂が遥か上空で粒子となりキラキラと虹色に輝いていた。
「アナマリア様、お怪我はございませんか?」
司法局の四人は速やかにアナマリアの御前に膝まづく。アガーテとヤンセン一家も慌ててそれに続いた。
「⋯⋯マルタンだな? 此度の格別の働き大義じゃった。作戦とはいえ、そちからの報告を無下にするようで済まなかったな」
「有難きお言葉。しかしローブ姿の不審者がまさかアナマリア様だったとは⋯⋯」
「ふふっ、今回の件は妾も独自に追っていてな。城下に高次の魂の存在が二つも出現した故、この眼で確かめる必要があったのじゃ。サーソクの方は検討はつけていたのじゃが⋯⋯しかしそちには驚かされた」
と言ってアナマリアはサクを見つめる。
「——俺?」
キョトンとして棒立ちのままアナマリアを見つめ返していると、
「ちょっとサク様! 頭が高いですよっ!」
と、アガーテがそれを嗜める。
「よいよい。そちの純粋で膨大なエネルギーを秘めたその魂、妾も初めてお目に掛かるが正しく文献にみる来訪者そのもの。そのうえ光を司るとは妾と同類じゃな」
「は、はあ⋯⋯」
「名は何という?」
「サクといいます」
「良い名じゃ⋯⋯。ではサクよ。ようこそアストラへ! 妾がアナマリア=アストラじゃ」
と、手を差し伸べる。本来ならば貴人相手の作法があるのだが、そんな事を知らないサクは力強く握手を交わしてしまう。
「————!」
アナマリアは一瞬驚いた表情を見せたあと、大笑いし始めた。
「アハハハ! 気に入ったぞ」
そうやってしばらく笑うと不意に真面目な表情をつくり耳元に顔を近づけ囁いた。
「ところでサクよ⋯⋯。妾の婿になる気はないか?」
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