第二十七話 『アナマリア』
マルタン、アイソポス、トレーシー、ゴーリキ、そしてサクの五人はアナマリア生誕祝賀セレモニーに向け司法局を後にしていた。
入れ違いにサーソク卿の捜索から帰庁する捜査員達とすれ違う。偶然その中にいたマキネンは一行を見つけると挙手敬礼し、サクは笑顔でそれに応えた。
司法局から王宮は目と鼻の先だ。
セントラル広場に出ると、既に一般参賀者が長蛇の列を作っていた。列は王宮前から幾度も折り返しながら広場を埋め尽くしマーケットまで伸びつつある。
「うわぁ⋯⋯凄いな。ざっと二、三万人は万人はいるんじゃないか?」
サクはセレモニーの想像以上の規模に驚いた。
「そりゃそうっスよ! なんたってアナマリア様はアストラ史上最年少で『継承者』を受け継いだばかりか、有智高才にして英傑の誉れ高いお方なんですから。まさにこの国の力と歴史、そして輝かしい未来の象徴なんです! それに加えて容姿端麗でとにかく可愛いぃぃ——! もしアナマリア様を嫌いな奴がいたらそいつは非国民っスよ。ああ、今日の任務でお目にかかれないかなぁ⋯⋯ 」
と、ゴーリキは鼻息を荒くしている。
その姿はまるで推しのアイドルを熱弁するオタクを連想させ、サクは思わず吹き出してしまった。
「あはは、なんか後半もの凄く私情が入っていた気がするけどよく解りました」
「すいません。こいつはアナマリア様の大ファンなんです⋯⋯」
「まったく⋯⋯。歳も身分もかけ離れた少女に熱を上げてないで現実を受け入れなさい」
「どういう意味っスかそれ!」
トレーシーの冷たい一言でオチがついた頃、一行は覇者の橋に到着する。それを先着していた警備課の職員が待ち受けていた。
「刑事課長! お待ちしていました。交代します」
「ありがとう。すまないね」
警備課と交代し、マルタンは扉前、アイソポスとトレーシーは橋上東側、ゴーリキとサクは西側という配置に着く。
橋の前では幸運にも行列の最前列を確保した参賀者が興奮に頬を紅潮させ開門を今や遅しと待っている。
門を見上げると上部に曲線が美しく絡み合った装飾が確認できる。その造形は炎にも蓮の花のようにも見えた。
「これが『紅蓮』の由来か⋯⋯」
サクが呟くと、すかさずゴーリキが解説する。
「アストラの『継承者』に伝わるという『究極魔法』を象ったものッス。かつて侵略から国を救ったという魔法ですが、歴代の『継承者』の誰一人として扱えなかったとか⋯⋯。まぁ伝説は伝説って事っスね」
やがて時刻は開門時間の十時を回り、紅蓮の門の扉が低い音を響かせて開き始める。
ぽっかりと開いた四角い空間に広がる噴水広場と白亜の宮殿——それはまるで額縁に飾られた絵画のようだった。
「見えますか? あのバルコニーでアナマリア様が挨拶して下さるんです」
と、ゴーリキが嬉しそうに話す。
よく見ると、彼の言う通り宮殿の正面二階にバルコニーが設けられているようだ。
「⋯⋯おっとスクトゥム、動きますよ」
よそ見をしている間に参賀者の列が動き出し、サクは慌ててゴーリキに注意を促した。
「走らないで! ゆっくり進んでください」
橋上のメンバーは参賀者を誘導しつつ彼らの一挙手一投足を注意深く観察していく。現状この場所が敷地内へ入れる唯一の入口である以上、一般参賀者に紛れて侵入すると考えるのが普通だろう。
しかし、そんな思惑とは裏腹に不審者らしい人物の発見には至らず時間だけが過ぎていった。
王宮の噴水広場は参賀者で隙間もなく埋め尽くされアナマリアの登場を待つ人々の熱気で満ち溢れている。
——時間切れか⋯⋯。
と、メンバーの誰もが思ったその時、トランペットの華やかな音が響き渡った。
アナマリア生誕祝賀セレモニーの始まりを告げるファンファーレである。
沸き上がる歓声の中、一人の少女が厳かな歩みでバルコニーに現れた。
燃えるような赤い髪、エメラルド色の瞳に気高く端正な顔立ち。
身長はそれ程高くないものの、ノースリーブの純白のドレスからスラリと伸びた手脚はスタイルの良さを容易に想像させる。
その圧倒的な透明感はこの世の物とは思えない程だった。
「彼女がアナマリア=アストラ⋯⋯」
サクは遠目からでも際立つその美しさに思わず息を呑んでいた。
「親愛なる王都の国民よ。今日は妾の十六回目の生誕セレモニーに集って頂き感謝する。皆も知っての通り妾はまだ女王ではない。若輩の身で『継承者』となったが故に国の象徴だけを司る歪な存在じゃ。しかし逆に成人までの二年の猶予は好機とも考えられる。だから妾に教えて欲しいのじゃ。国民の願い、苦しみを。皆の喜び、愉しみを。その時始めて妾はこの身に宿す力を正しく使うことが出来るであろう。それまでどうか歪な妾を見守っていてくれることを切に願う」
スピーチが終わると再び歓声が沸き上がり拍手が鳴りやまない。
アナマリアの言葉には、耳ではなく魂に直接語りかけるような不思議な響きがあった。それは圧倒的な威圧感と波動を纏った言霊といえるかもしれない。
「あれ? この感触⋯⋯」
ふと、サクは彼女を知っているような気がした。
「————ッ!」
その時、激しい耳鳴りに襲われ顔をしかめる。
それが『尻尾の怪人』の時と同じものだと直感した直後、上空から放たれた閃光がバルコニーを直撃していた。
「——やられた!」
予想外の空からの奇襲に橋上の一同は顔を強ばらせ、轟音とともに舞い上がる爆煙を呆然と見つめていた。




