第二十話 『VSアルゴ〈後編〉』
「まるでアナマリア様じゃないか⋯⋯」
アイソポスはサクが金色の光と化す瞬間を目の当たりにして呟いた。
サクはアルゴに有効打を与えたものの、極度の疲労感に襲われ片膝をつく。気力と体力がまとめてどこかに奪われたような不思議な感覚だった。
「うおぉぉおイデ——!」
一方、アルゴは建物が揺れるほどの勢いで落下すると突然襲われた腹部の激痛にのたうち回っていた。背中に見えていた六枚の帆は、今は肉眼で確認する事は出来ない。
「大丈夫かい? サクさん」
疲労の色が見えるサクにマルタンが声をかける。
「ええ。でもさっきの技はもう出来そうにありません⋯⋯。それより隊長、もしかして奴は竜骨中は身動き出来ないんじゃないでしょうか」
「同感だ。それどころか呼吸すらできていないのかもしれない⋯⋯」
「——それだ!」
と声を上げると、サクは部屋の隅にいるヤンセン一家に指示を出す。
「ヤンセン、カウンターの奥を確認してくれ! 俺の予想では運河からの搬入用出入口があると思うんだが⋯⋯」
「何か策があるんだな! 了解したぜ旦那」
ヤンセン一家の三人は一階の奥に位置するカウンターに向かって一斉に走り出した。
「何処へ行く気だぁ——!?」
しかし起き上がったアルゴが行く手を阻む。その表情は屈辱から怒りに満ち溢れ、だらしなく垂れた涎にさえ気が付いていない。
ヤンセンは咄嗟に手近なテーブルからワインボトルを手に取り、
「これで動けねぇだろっ!」
と、投げつける。
その途端、それを察知したアルゴの竜骨がたちまち発動した。
「ナイス、ヤンセン!」
固まったアルゴの脇をハンセンとヨハンセンが駆け抜けて行く。ところがヤンセンはそれに続かない。
「俺に構わず行け!」
と、叫ぶと背後で竜骨を解いたアルゴに向けて抜刀していた。
「ブハァ。俺とヤルのかぁ? ヤンセン !」
規格外の巨大な拳がヤンセンを襲う——。
直後、拳と剣がぶつかり合い火花が飛び散る。インパクトの瞬間、アルゴが竜骨を発動したのだ。さらにそれを数合重ねた後、両者渾身の一撃を放った。
鋭い金属音が空気を断ち、折れた剣先が宙を舞う。
「チッ!」
無手になったヤンセンに拳が迫る——。
次の瞬間、ヤンセンは空中に離脱していた。間一髪飛び込んだサクが彼を抱き抱え救出したのだ。
「すまねぇ旦那って⋯⋯大丈夫か?」
ヤンセンを降ろすとサクは肩で息をしていた。
「ああ、もう少し時間をくれ⋯⋯」
その間にアルゴは標的をハンセンとヨハンセン二人に変え加速して追跡する。
「行け! ヨハンセン!」
ハンセンはアルゴの接近を感じていた。ヨハンセンを先へ行かせつつ懐からピンポン玉大の黒玉を取り出して素早く足元に叩きつける。
「煙玉!」
たちまち白煙が立ち昇りハンセンもろとも辺り一帯を視界不良にしていった。
そこへアルゴが突入していく——。
直後、バネ仕掛けの金属音が二度屋内に響き渡った。
「掛かった!」
煙が四散するにつれアルゴの姿が露わになる。
その巨体は竜骨を発動し両足をトラバサミに挟まれた状態で固まっていた。しかし鋼の歯はアルゴのあまりの硬度に歪曲しダメージは見込めそうもない。
「ブハァ。⋯⋯邪魔なんだよ!」
アルゴは竜骨を解くやトラバサミを蹴り飛ばし何事も無かったかの様に歩き出す。
その背中をハンセンが煙に紛れて見送っていた。
「端から時間稼ぎさ。ヨハンセン頼んだぞ⋯⋯」
一方、ヨハンセンは崩れたカウンターから狭い通路に入り、厨房を抜けた先のワインセラー兼倉庫に辿り着いていた。周囲には酒樽が整然と並び、その空いたスペースに食材が所狭しと積まれている。
——搬入口は近いぞ。
ヨハンセンはそう確信してワインセラーの先へ進んで行く。すると予想通り木製の両開き扉を発見した。
「あった!」
急いで扉に駆け寄り錠を外して両手で扉を押し開ける。
「ぐぬぬぬ⋯⋯」
頑丈な造りの扉は小柄なヨハンセンには少々重かったが、身体ごと体重を預け何とか開放に成功した。
「わっ!」
勢いよく扉が開き、その拍子で飛び出したヨハンセンの目に夜の川面が飛び込む。
慌てて体勢を戻し辺りを確認すると、そこは狭いテラスになっていた。目の前を流れるノルド運河からの積荷をここで搬入するのだろう。
「サクの兄貴の言った通りだ!」
その時、ヨハンセンは無数の殺気を感じた——。
驚いて視線を巡らせると、ノエル近隣の建物や向かいのテラス、さらに船上に配置された捜査員が一斉に銃口を向けている。
「僕だ! ヤンセン一家のヨハンセンだっ! 今からまた中に戻る。撃たないで‼︎」
ヨハンセンは捜査員達に大声で知らせ、搬入口の存在をサクに知らせる為再び建物内に戻る。
「兄貴ィー! 搬入口あったぜー‼︎」
ワインセラーに振り返って大声を張り上げたその時、ヨハンセンに大きな影が落ちる。
ハッと見上げるとアルゴが白い歯を見せて笑っていた。
「そんな裏口を探してどうするつもりだ?」
ヨハンセンは気圧されて得意のナイフを手にすることもできない。
しかしそれも束の間に過ぎなかった。視線の先に希望を見つけたからだ。
「こうするつもりだ!」
突如、アルゴの背後に現れたサクの拳が風を切る。それを察知したアルゴはニヤリと笑みを浮かべ竜骨を発動している。
直後、サクの攻撃がアルゴに命中した。
それは親指で抑え込んだ中指を解き放つ事で生まれる一撃——デコピン。
アルゴの『攻撃を吸収し推進力に変えたい』という魂胆を逆手に取ったのだ。
「あんたのその能力も考えものだな」
サクは固まったアルゴを素早く抱き抱えると搬入口から飛び出し運河に放り投げた。
巨大な水飛沫とともにアルゴは川底に沈んで行く。
「運河に落としたのか?」
遅れてマルタンがテラスにやって来ていた。アイソポス、ゴーリキ、ヤンセン、ハンセンの顔も後ろに見える。
「隊長、アルゴが上がってきたら一斉射撃してください」
「なるほど! そういう事か」
マルタンは周囲の捜査員に指示を出す。
「全隊! 目標、能力者アルゴ! 構え‼︎」
マルタンの号令の下、捜査員の銃口が一斉に運河に向けられる。
暫し流れる沈黙——。
突如、大きな水柱を立ててアルゴが水上に飛び上がった。
「撃て——!!」
雷鳴の様に鳴り響く銃声。
堪らずアルゴは竜骨で防御するが、その結果自由を失ったただの塊となって運河に沈んでいく。
それを繰り返す内に遂にアルゴは水上に飛び上がれなくなっていた。
「推進力が無くなりましたね」
水面に顔を出しては沈められ、アルゴはまともに呼吸ができない。
「能力を解かないと溺れるぞ」
「分かった。分かったよ⋯⋯。解くから撃つな」
アルゴはマルタンの注告に水面から顔を出して懇願する。
「ピスケス、どうだ?」
「間違いありません。能力を解いています」
アイソポスは能力視で確認してマルタンに伝える。
「船上隊、助けてやれ」
アルゴを救助に行くのは、近くにいたマキネン隊の船だ。
捜査員に引き揚げられぐったりした様子のアルゴ。船上でそのアルゴと手負いのマキネンの視線が絡み合った——。
次の瞬間、アルゴはマキネンを羽交い締めにしていた。
「いいか! こいつを助けたければ銃を下ろせ!」
周囲の捜査員に動揺が走る。
「全隊、撃つな!」
「グハハ、甘かったなっ⋯⋯」
その時、青白い閃光とともに独特の銃声が木霊した。
膝をつくアルゴ。その前には羽交い締めにされた状態から後ろ向きに発砲したマキネンの姿があった。
「お前か⋯⋯!」
不意打ちの弾丸を受けたアルゴが悔しそうに見上げる。
「対能力者弾だ。もうお終いだ。諦めろ!」
「俺様はまだ負けていないっ!」
アルゴは激高して手を振り払うと、マキネンの手から銃が弾き飛ばされ運河に落下していく。
「しまった!」
立ち上がろうとするアルゴを同乗の隊員が一斉に取り押さえる。
「隊長、奴が能力を発動しようとしています!」
アイソポスがアルゴの変化を察知してマルタンに報告する。
「まだ動けるのか化け物め⋯⋯。全隊! 対能力者弾込めぃ!」
マルタンの号令の下、各隊の分隊長は一斉に左手で銃を把持し右手で銃身を持ち上げると、素早くシリンダーを交換して右手に持ち直す。訓練された一連の美しい動作だ。
マキネンは空気を察知し、射撃に備え船上の仲間に指示を出す。
「みんな! 私の合図で川に飛び込め!」
その声に全員が視線を交わし合う。
「構え!」
マルタンの号令で船上に向けて銃口が向けられる。
「——今だ! 飛び込め!」
マキネン達は夜の運河に次々と飛び込んでいく。
船上に残るのは大男のシルエット一つのみ。
「撃てぃぃぃ————!」
対能力者弾が一斉に放たれ青白い閃光が一点に収束していく。
「グギギギ⋯⋯」
激しく飛び散る青い火花。
そこには全弾を竜骨で受け止めしぶとく抵抗するアルゴの姿があった。
しかしそれも束の間、既に一発被弾した影響で不完全なアルゴの硬化は徐々に対能力者弾の威力に抑え込まれていく——。
「俺は、俺様は選ばれし男アルゴ様だぁぁぁぁ!」
ついに弾丸は硬化の鎧を貫通しアルゴの生身に到達した。
「ギャアアア————!」
アルゴは絶叫して崩れ落ち、辺りは静寂に包まれた。
そこへ運河へ飛び込んだマキネン達が確認のために船上に上がる。
「やったか?」
恐る恐る近づいて覗き込むと、アルゴは鼾をかいて昏睡しているようだ。身体を揺すっても声をかけても反応は無い。
「能力者アルゴ、完全に沈黙です!」
捜査員達の歓喜の声に辺りは包まれていた。




