第十八話 『VSサギッタ』
サクとアイソポスは『能力者』アウリガの無力化に成功し胸を撫で下ろしていた。
「ありがとうサクさん、命拾いしましたよ」
「安心している場合じゃないですよ。隊長もスクトゥムも劣勢です」
アイソポスは残る二組の戦闘に目を向ける。
鉄壁の巨体アルゴに対しダメージを与えられないマルタンの表情には焦りの色が伺える。ヤンセン一家がアルゴの周りを飛び回って掻き回してくれているお陰でなんとか持っているが時間の問題だろう。
一方、ゴーリキはサギッタの転送攻撃を前に近づく事が出来ず防戦一方となっていた。
手数で完全に劣る上、彼の防御に特化した能力では分が悪そうだ。
「スクトゥムの奴はそろそろ限界だ。加勢してやらないと⋯⋯」
「同感です」
意見が合致し二人は速やかにゴーリキーに駆け寄った。
「大丈夫か? スクトゥム」
「何とか⋯⋯。先輩の言う通り厄介な相手っス」
二人が合流した事でゴーリキーの顔に安堵の色が浮かんだ。
「おやおや、アウリガの奴やられちまったのか情けねぇ⋯⋯。お陰で三対一になっちまったじゃねェか!」
サギッタは肩をすくめる素振りを見せた後、
「まぁ、何人でも構わねェけどな!」
と、右手を突き出した。
その刹那、アイソポスは危険を察知する。
「上だ!」
ほぼ同時に頭上に発生した空間の歪みから矢尻がヌルリと顔を出し一斉に降り注ぐ。
三人は間一髪で飛び退いてそれを避けた。
「なるほど確かに厄介だ。これではいつ死角から襲われるか判らない」
「あんたの察知能力も十分いやらしいと思うぜ」
と、サギッタは舌打ちをする。
その間にアイソポスはサクに目配せをしつつサギッタの右後方に回り込むと連携する様にサクは左後方に移動していた。
「やだやだ、囲い込みかい?」
三人はサギッタに構えを取らせる暇も与えず、呼吸を合わせ一斉に飛びかかる。
が、サギッタは不敵に笑い微動だにしない。
その時、足元の空間が不気味に歪み出していた——。
「退がれ!」
アイソポスの能力が警鐘を鳴らす。
三人は慌てて飛び退くと、サークル状に地面から飛び出した無数の槍が空を切り裂いていた。
「惜しい! もう少しで串刺しだったのに」
と、サギッタはまるでゲーム感覚で楽しんでいるようだ。サクはその言動を観察しているうちに一つの考えが浮かんでいた。
——サギッタが『何人でもいい』と発言したのは強がりでも自信過剰でもない⋯⋯。一対多を得意とする能力と戦法こそが彼のスタイルなんじゃないか?
「そんな相手に中途半歩な多勢頼みに仕掛けるのは却って危険かもしれない⋯⋯」
——ここはスピード勝負に賭けてみよう。
「俺にやらせてください」
サクは一歩前に出る。
——サギッタまでは五、六歩程。この距離なら十分の一秒、いや初速を考慮すればもっと速く間合いを詰められる筈だ。
「おや、一人でやる気かい? いいぜ、来なよ」
サギッタは余裕綽々といった態度だ。
——チャンスは今しかない!
サクは虚を衝いてサギッタの眼前に一瞬で到達すると同時にナイフの突きを放つ。
「————ッ!」
あまりの速度に対処出来ずサギッタは眼を見開いた。
しかし、その瞬間二人を隔てるように出現した盾にナイフの到達は阻ばまれていた。
激しい金属音とともに爆散する盾。飛び散る金属片から新た出現した盾がサギッタの身を守っている。
「流石にヒヤッとしたぜ⋯⋯。あーあ、大事な盾を壊しやがって。武器は無限じゃねェんだぞ⋯⋯」
サギッタはブツブツと言いながら新しい盾を撫でている。
「ごめん、失敗だ」
「いえ、奴の奥の手を暴けただけでも大収穫ッス」
サクは頭を掻きながら戻るとゴーリキが労う。
「盾野郎の言う通り! この技は直撃確定な攻撃にのみ発動する正に俺の奥の手だ。お前達には破れねェよ、諦めな!」
サギッタはそう言って盾を戻すと今までとは対照的に構えを取って見せる。
「それに、お兄さんみたいなバケモノが相手と判ればもう油断はしない」
と、左手で円を描いた途端三人をぐるりと囲むように矢が出現し、構えを取らせる間もなく中心に向けて一斉に放たれた。
その時、
「ヴォルティカルシールド!」
咄嗟にゴーリキは両手にシールドを展開する。シールドは両手を離れ外側に広がりながら高速回転し一瞬で円柱状の防御空間を形成していた。
間一髪、矢の嵐を防いだのも束の間、さらにアイソポスが追撃を察知する。
「後ろだ!」
続けて三人の中心空間が歪むとそこから放射状に剣が飛び出し高速で回転し始める。
「危ない!」
サクは慌ててアイソポスを抱き抱え跳躍し、ゴーリキは二人を守りつつシールドで剣の連撃を防ぐ。流石のシールドも耐えきれずに砕け散るもののゴーリキは辛うじて離脱に成功していた。
さらに、サクの着地を先読みして地面から生えた無数の槍が剣山の様に待ち構える。
「サクさん!」
アイソポスが声を上げた。
「大丈夫!」
「ヒャハハ! 踊れ踊れ!」
ところがサギッタの思惑を裏切り、サクは槍の切っ先につま先からふわりと着地してしまう。
「——そんな馬鹿な!」
サギッタが動揺した瞬間をサクは見逃さない。アイソポスを抱えたまま剣山の上で身を翻し高速で飛び込んでいく。
「行きますよ!」
二人は空中で息を合わせる。
至近距離でアイソポスがエニグマ銃の引き金を引くと同時にサクは空いている右腕でストレートを放った。
激しく飛び散る火花——。
しかし、弾丸と拳はまたしてもサギッタの前に現れた二枚の盾に阻まれてしまっていた。
「駄目か!」
サクは盾を蹴り飛ばし、その反動を利用して間合いを取るとアイソポスを地面に下ろした。
「二点同時攻撃を狙ったんだろうが無駄だぜ。まぁ、アイデアは良かったかもな」
「それはどうも」
「しかしお兄さん⋯⋯。あんたはやっぱり危険だ。先に消させてもらうぜ!」
サギッタはターゲットをサク一人に絞り込み、剣、槍、矢の三種の武器で休む間もなくサクを襲う。しかし、高速に移動する彼を簡単に捉える事は出来ない。
一方、標的を免れたアイソポスはエニグマ銃で援護射撃を開始し、同様にゴーリキもシールドを展開した拳で殴り掛かる。
「無駄だと言っているだろう!」
サギッタはそれを避けもせず転送盾に防がせるが徐々にその言動に苛立ちが見え始めていた。
執拗に襲い来る三種の武器に慣れ始めたサクが逆にそれらをナイフで迎撃し始めたからだ。
「クソ! 当たれ! 当たれっ!」
サギッタは半ばムキなって武器を転送し続けるがそれをサクは無慈悲に破壊していく。遂には矢が尽き果ててしまっていた。
「弾切れかい?」
サクはそう言いながらアイソポスとゴーリキの肩に手を掛けた。二人は一瞬驚いた表情を見せた後ゆっくりと頷く。
「ハァ、ハァ、いいだろう。お前らまとめて葬ってやる⋯⋯。俺の最高の技でな!」
サギッタは乱れた息を整えると両手でLの字を作りそれを合わせて四角形にする。
「お終いだ。ブレードプリズン!」
三人囲む六面——前後左右そして上下の空間が怪しく歪み始める。
「来た! スクトゥム!」
「了解!」
ゴーリキは両手に展開したシールドをハンマーの様に床を叩きつける。床板が破散し土煙が舞い上がると三人を包み込んでいく——。
直後、そこへ六方向から出現した剣が次々と高速で突き刺さり、中心に収束しながら隙間のない立方体を形成していった。
完成した物体——それは牢と呼ぶにはあまりに禍々しい代物だった。
その餌食になってしまえば六方向からの剣の山に刺され、圧縮され、ただの肉塊と化してしまうだろう。
「ヒャハハハ! 決まったな!」
しかし、サギッタが自身の技の命中を確信出来たのも束の間に過ぎなかった。
土煙が散り視界が良好になった剣の牢屋の中には三人の影も形もなかったのだ。
「——まさか! 一体どこに!?」
サギッタは狼狽しつつ辺りを見回した後、ハッと頭上を見上げる。
そこにはアイソポスとゴーリキを両脇に抱き抱えて跳躍し、さらに二階の天井を蹴り飛ばした反動を利用してサギッタに向けて急降下しているサクの姿があった。
「見つけたぞ! ランストラップ!」
サギッタの周囲に発生した槍が上空の獲物を狙い飛んでいく。その姿はまるで海中を泳ぐ魚群のようだ。
降下中の三人は四肢を広げたゴーリキを底にして、その背にサクとアイソポスが乗っている格好だ。
槍の接近を確認するとサクはゴーリキの背中に掌を当てエネルギーの伝達をイメージする。
「うおぉぉぉ⋯⋯身体が熱い!」
すると、みるみるうちにシールドが変化を始める。
あっという間にゴーリキの全身を覆う程の分厚く巨大なシールドに変形すると、飛来する槍の嵐をいとも簡単に弾き返していった。
「馬鹿な! 何だそれは⋯⋯!?」
槍は底をつき、サギッタは自身の予想を超えた展開に思考が追いつかない。
その隙を見逃さず、サクは着地するや鞘からナイフの刀身を走らせて抜き打つ。同時にアイソポスは空中で装填した対能力者弾を撃ち放ち、少し遅れてゴーリキもシールドを纏った右拳を繰り出した。
「無駄ァだと⋯⋯言ってるだろうがァァァ!」
三枚の盾が眩く発光しながら出現する。
しかし、サクの抜き打ちはその一つを水平に切断し、対能力者弾は二枚目の盾に着弾すると勢いを失わずジリジリと盾を押し返している。
三枚目の盾はゴーリキの拳を受け止めて激しく凹んでいるものの持ちこたえていた。
「ダブル・シールド!」
ゴーリキは左拳にもシールドを展開し追撃のフックを放つ——四点同時攻撃の完成だ。
「無駄ァァァ!」
サギッタの顔面にゴーリキの拳が触れる寸前、
「————!」
サギッタは何かに気付いた様に表情を硬ばらせる。
直後、顔面を大きく歪ませながら宙に舞っていた。
対能力者弾は術者が意識を失った途端只の物体と化した転送盾を弾き飛ばし、サギッタの胴体に命中していたのだ。
ゴーリキのフックと対能力者弾の合体した威力に、サギッタは酒場の壁までぶっ飛び背中から激突すると、静かに崩れ落ちていった。
「なるほど、盾のストックは四枚だった訳か。最後は俺が一枚壊していた事を忘れていたんだろうな」
「上手くいったっスね。サクさんが心に直接語りかけてきた時は驚きましたが⋯⋯」
ゴーリキがホッと息をつく。
「奴が自分でヒントを漏らしていたんですよ。『武器は無限じゃない』ってね。武器を壊していって確信したんです」
二人目の能力者を無力化しホッとするのも束の間、背後からヤンセンの叫び声が聞こえてくる。
「もう限界だぜ旦那ァ——」
残る能力者はあと一人。




