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超常ポリスは眠らない〜異世界警察と天蠍の王女〜  作者: 白谷毛虫
第一章 ようこそアストラへ
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第九話 『護送〈前編〉』

 翌朝、サクはエニグマ宅に呼ばれていた。


「司法局から返答が届いたよ。『人手が足りないから王都まで被疑者の護送をしろ』と仰せだ。まったく、どこかから圧力が掛かっているとしか思えんよ」


「それで、俺に護送してくれってことですね?」


「察しが良くて助かるよ。本来私の仕事なのは十分承知しているんだが、どうしても外せない会合があってね。私の代理にはアガーテに行ってもらうのでその護衛をしてもらえないだろうか」


「サク様申し訳ございません。私このお務め、責任を持ってやり遂げたいと思っております。どうかお力をお貸しください」


 アガーテの真っ直ぐな瞳がサクを見つめる。


「任せてください! アガーテさん、俺も一緒に行くよ王都に!」


「ありがとうサクさん! 君が一緒なら安心だ。司法局にはその旨伝えておくよ」


 エニグマはサクの手を取って力強く握手する。

 

「ところで、その服装はちょいと目立つな……」



 ほどなくして、身支度を済ませた二人は昨日村を襲った男達の所にやって来ていた。

 サクはそれまでのパーカーにスウェットパンツという服装からこの世界に合った物に着替えていた。プールポワンにマントを羽織った出で立ちが輝く金髪によく似合っている。


「出ろ」


 サクは家畜用の飼育檻に閉じ込めていた男達を外に出し一列に並ばせる。

 それから先頭の男の腰をロープで縛り、それを繰り返して彼らを数珠繋ぎにしていった。


「これでよし! お前達を王都まで連行する。変な気を起こすなよ」


「そんな気ィ起こしゃしませんよ。相手が来訪者だなんて知ってたら、俺達だってこんな仕事引き受けやせんでしたって……。どうせ未遂に終わっちまったし依頼にも嘘があったようだ。素直にお裁きを受けることにしやす」


 リーダーの顎髭の男は意外にも素直に従う素ぶりを見せる。


「ところでアガーテさん、王都への経路を知りたいんだけど……」


「これを見てください」


 アガーテは地図を取り出して広げる。どうやら王国の領土内が描かれた物のようだ。


「ここがアムネジアの村です」


 と、地図上で最東端の村を指差す。


「ここからこの『ビブール川』を船で下って行き、途中船を乗り継いでさらに下った先が……」


 アガーテは指先を川に沿ってなぞらせて行き、川と海とが出会う終点でピタリと止める。


「王都アストラです!」


「なんだ。殆ど船での移動なんだね?」


「はい。船着場までは徒歩ですが基本的には船旅になります。朝の定期便に乗れば日暮れには到着できると思いますよ!」


「それなら良かった。善は急げだ。出発しよう!」


「待ってアガーテちゃん!」


 その時、アガーテを呼び止める声がする。振り返ると、マドレーヌが駆け寄って来ていた。


「これ、携行食とお水よ。乾パンとポミエちゃん達のドライフルーツ、ホゲットさんの燻製とチーズも入っているわ。持って行って」


「マドレーヌさんありがとう!」


 一方、サクの元にはオクターがやって来ていた。


「こいつを持っていけ!」


 そう言って手渡されたのはシースに納められた一振りのナイフだ。


「これは⋯⋯?」


 サクは静かにナイフを抜く。肉厚な片刃のブレード、両側に張り出したヒルト。頑丈なグリップが手によく馴染む。


「ここいらで採れる上質な鉄鉱石で打ったもんだ。アガーテを守ってくれよ!」


「必ず! お預かりします」


 サクはシースをベルトに取り付けた。


 いつの間にか門前には村の皆が見送りのために集合しているようだ。その間をアガーテを先頭に一列になって進んで行く。


「いってらっしゃい!」


「お土産よろしく――!」

 

 賑やかに見送られながら二人はアムネジアの村を後にした。


 一行は最寄りの船着場を目指す。アガーテが先頭で男達のロープを引き、最後尾でサクが眼を光らせる隊列だ。リーダー格の三人は後方にまとめサクの監視下に置いている。

 

 村を出ると道はしばらく緩やかな下りが続いていた。

 長閑な田舎道の美しい風景を歩くには一行は少々物々しかったのだろう。途中、何度も畑仕事をしている村人に声を掛けられては事情を説明する羽目になってしまった。


 やがて街道の交差点に差し掛かる。


「もうすぐです。ここを下りれば船着場ですよ!」


 丘の間の急な下り坂を下りていくと、幅百メートル程の川が姿を現わす。さらに視線を手前に移すと小さな船着場があるようだ。


「ここがビブール川最上流の船着場『アムネジア』です。私達の村の名前を冠しているのはちょっと誇りですよね!」


 と、説明するアガーテの鼻息が荒い。


 ――この子は本当に村が好きなんだな。


 と、サクは微笑ましい気持ちになる。


 既に定期便は到着しており桟橋の上を人影が忙しく行き来している。

 船は『(はしけ)』と呼ばれる平底の船舶の一種で、帆やエンジンといった自航能力を持たないのが特徴だ。甲板上には簡易的な客室が設けられているようだ。


「ビブールフォールまで十三人」


 アガーテが船着場で運賃を支払う。


「おや、罪人かい? 面倒事は御免だよ!」


 料金を受け取りながら係員が迷惑そうな顔をする。

 しかし、


「大丈夫です。『来訪者』様が一緒ですから!」


 と、アガーテはニコリと笑ってお構い無しに桟橋へ進んで行ってしまう。

 係員は言葉の意味が理解できず呆気に取られている様子だ。


「ははは……」


 サクは苦笑しながら隊列を進ませる。

 客室内に乗り込むと、中央縦二列に横長の座席が外側を向いて配置されている。最大乗員数はざっと三十人といったところだろう。

 サクは男達を奥に一列に座らせると、出入り口のある船首側の座席にアガーテと並んで腰を下ろした。


「ところでアガーテさん、この国の通貨について教えて欲しいんだけど……」


 サクは運賃の支払いを見ていて通貨について興味が湧いていた。


「アストラの通貨は『ジュール』といいます。ジュールの百分の一が『エルグ』です。ジュールは紙幣でエルグはコインなんですよ」


「なんだか熱量の単位みたいだね……。しかし十三人分の運賃となると大きな出費だよね?」


「はい、私達からすれば大金に間違いありませんが、司法局にきっちり請求するつもりです!」


 アガーテはウィンクすると悪戯そうに笑った。

 

 やがて全ての客の乗船が済むと船は滑るように動き出す。


「おっ出航だ!」


 サクは外の景色に興味津々だ。アガーテはその様子を見つめている。


「この川は上流のビブール湖に端を発しているんです。そのさらに源流はビブールバルトホルン氷河だといわれています。標高三千メートルを超える巨大な氷河から流れ出た小川が長い時間を掛け峡谷を通り奔流となってビブール湖に流れ込むんです」


 豊かにしなやかに表情を変えながら滔々と流れる川に抱かれ船は速度を上げる。それを二人の船員が巧みな舵取りと竿捌きで操っていく。


 途中、小さな橋に差し掛かる。年季の入った木造の橋で三角屋根が印象的だ。壁の所々には小窓がぽっかりと口を開いており、その一つから少女が手を振っていた。

 サクは少女に手を振り返しながらアガーテに話しかける。


「可愛らしい橋だね! こんな橋初めて見るよ」


「この橋は大昔からここに掛かっているんです。今の形になったのは二百年前だそうですよ!」


 船はそれから三つの船着場を経て、今まさに次の船着場に到着しようとしていた。すると、サク達以外の乗客が一斉に立ち上がり船を降りていく。

 

「みんなここで降りるみたいだね」


「私達も降りますよ! 乗り換えです」


 サクは状況が理解できないままアガーテに手を引かれ桟橋を渡って陸に上がった。

 緩く長い石造りの階段を下りていくとその中腹で突然視界が開ける。


 途端、轟音が鼓膜を震わせ巻き上がる水蒸気が体に纏わりつく――。


 眼前に姿を現したのは大きな滝だった。落差こそそれほどないものの幅百メートルを超えるスケールとその水量は大迫力だ。


「これが――ビブール川で唯一の滝なんです――! 海から遡上できる終点でもあるんですよ――!」


 轟音に掻き消されないようにアガーテが声を張り上げる。

 サクが雄大な景色をひとしきり堪能したの見届けるとアガーテは軽く頷いて、


「さあ、次の船が待っていますよ!」


 と、歩き出したのだった。

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