15 暗殺組織レザン -現在-
「おもしろい情報がはいった」
炎天はもったいぶったように言葉をきり、集まった七人の顔を一人一人ゆっくりと見渡すと、最後に自分の座っている席から一番遠く離れた場所に腰をかける青年、レイに視線を据えた。
レイは、ゆっくりと視線を持ち上げた。
漂う緊迫した空気の中、炎天の濃い茶色の瞳と青年の翡翠色の瞳が、かちりと噛み合う。
炎天は含むような笑いを口許に刻んだ。
「とくに、おまえにとって興味深い情報だ。〝黒天〟」
そこへ。
「もったいぶらずにさっさと言いなよ。こっちはおまえのつまらない話につき合ってるほど暇じゃないんだよね」
八人の長の中では一番年下の少年が不機嫌そうな口調で言う。
彼は〝白天〟。
銀髪に石灰色の瞳を持つ少年であった。
見た目も口調も仕草もまだ幼さを感じさせるが、少年の言動にはちらちらと危うい影がちらついていた。
炎天は一度だけ少年を一瞥したが、相手にすることはなかった。
「アルガリタの馬鹿な貴族がアイザカーンの暗殺者、二十人を雇った」
口を開いた炎天の言葉に、先ほどの少年がふーん、と興味なさそうに答える。
それが何? と言いたげな様子だ。
「が、その暗殺者のうち十九人が殺された。それも、たったひとりの奴に。殺ったのは誰だと思う?」
誰だ? と問う者は誰ひとりいない。
何故なら、誰だと聞かずとも、その場にいた全員が、それが何者かを察することができたから。
「そう、ハルだ」
炎天の目がテーブルの端に座るレイの気配を探るように見据える。
表情、目の動き、何もかもすべて、わずかな動揺も見逃さないという隙のない目であった。
炎天のねっとりと舐めるような視線など意にも介さず、レイは顔色ひとつ変えることはなかった。
炎天がレイに注意を向けるには理由があった。
何故なら、そのレイこそ、組織に連れられて来たハルを幼い頃から面倒をみ、暗殺者として育ててきた男であったから。
ハルが特別に慕う相手であり、もっとも脅威と恐れている男。
再び部屋を包む空気が張りつめる。
「どうしてそいつがハルだと結びつくわけ? 短絡的だね」
そこへ、横から銀髪の少年が口を挟み、呆れたように肩をすくめた。
「大勢のアイザカーンの暗殺者をたったひとりで倒した。そんなことができる人間など限られている。よほど腕のたつ者。そんな人間がそうそういるわけがない。だがそうだな、それだけでハルの仕業だと決めつけるのは、あまりにも浅はかだ」
炎天の長々とした喋りに少年は苛立ちをあからさまにし、しきりに指でテーブルを叩いている。
それがどうやら気に障るらしく炎天は眉間にしわを刻む。
文句のひとつでも言いたいところをぐっとこらえ、代わりに炎天はにやりと片方の頬を歪めた。
その笑みは確かな確証があるという、自信に満ちたものであった。
「そのばかな貴族の男が譫言のように繰り返しているそうだ。〝くろいかぜ〟とな」
〝漆黒の疾風〟はハルの暗殺者としての二つ名だ。
「ハルが生きていた。そして現在、奴はアルガリタにいる。これはどういうことだ? 〝黒天〟」
炎天の目が再びテーブルの端に座るレイに向けられた。
暖炉にくべられた薪がぱちりと音をたてて爆ぜ、炎が一瞬燃えあがる。
「それも、酔狂なことに奴は貴族の男が雇った暗殺者から、一人の小娘を救うために戦ったという。あいつは外の世界に出てずいぶんと変わったようだな。人殺しをやめて人助けが趣味となったか? それとも、これまでの罪滅ぼしのつもりか? 舐めた真似をしやがって! どうやら、生ぬるい外の世界で暮らしているうちに、組織の恐ろしさを忘れてしまったようだな。そうそう、奴が助けたその娘の名は、サラ・ファリカ・トランティア」
炎天がその名を口にしたと同時に、銀髪の少年はテーブルを叩く指を止め、ちらりと隣に座るレイに視線を走らせる。
「確か貴様は三年前、組織から逃亡したハルを追い、始末したと言ったはずだが」
「いいえ、お忘れになりましたか? 斬り合っているうちにハルが崖から足を滑らせたと言ったはずですが」
ようやくレイが口を開く。
落ち着いた声であった。
炎天はふんと小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「だが奴は生きていた。もっとも、俺は貴様の言葉を信じたわけではなかったがな。何が崖から足を滑らせて落ちただ!」
「もはや助からないと思っていましたが、奇跡的に命を繋ぎとめたようですね」
「は! 白々しい! 奴が組織から逃げ出したあの日、奴は早朝一番のアルゼシア大陸経由のアイザカーン行きの船に乗った。ところが、その船は最終目的地であるアイザカーンへ辿りつく直前で爆破され海に沈んだ。さらに、奴の行方を追うために手に入れた乗船名簿に書かれていた名は、すべてでたらめ。それは、奴の足どりを消すため、あらかじめ貴様がすり替えていたからだ。船が沈んだのも事故ではない。貴様が沈めた。ハルとかかわったであろう乗組員さえも貴様は消してしまった。とんでもない男だな、おまえは。ハル一人のために無関係な人間まで巻き込んで心が痛まないか?」
「心? おかしなことを仰る」
「何?」
「わたしたちレザンの暗殺者に、心などあるのでしょうか?」
レイの言葉に炎天は頬を歪めた。
「おかげで奴を追う手立ては何もなくなった。すべては貴様が奴を組織から抜けさせるために用意周到に仕組んだ計画だった! ハルは貴様が自ら手をかけて最高の暗殺者として育ててきた男。だが、それは組織のためではない。ハルがいつか外の世界に抜け出すためにだ」
そうだな、と問いかける炎天に、しかし、レイは静かな微笑みを口許に浮かべる。
「炎天殿は、よほど私を裏切り者に仕立て上げたいようですね」
「今さら何を言おうと、貴様がやつの逃亡に手を貸したことは明白だ。そして、おまえは三年前、奴が組織を抜けた時にこうも言った。もし、ハルが生きていたら自分の命を差し出すと。そうだな?」
真っ向から睨み据えてくる相手の目を、レイはゆるりと顔をあげ見つめ返す。
動揺の欠片すらうかがわせない、落ち着き払った態度。
「ええ。申し上げました」
「ならば、約束通り死んでもらおうか。今、この場で」
炎天はレイの元へと歩み寄り、腰の剣に手をかけた。
それでも、レイは動じる素振りすらみせない。
「炎天」
それまでこの成り行きを黙って見続けていた別の男が炎天を止める。
「わかっている。長同士の殺し合いは組織の掟として絶対に禁じられている。だが……黒天自らが自分の命を差し出すと言ったのだから、問題はないはずだ。そうだろ?」
「好きになさるといいでしょう」
「ふ、余裕だな。その余裕の意味は何だ? 俺がおまえを殺すわけがないと思っているからか? ああ、そうだな……貴様が土下座をして許しを請うなら、命だけは助けてやってもいいぞ。黒天の座を降り、俺の下として働くというのならな。この俺が思う存分貴様をこき使ってやる」
「ご遠慮いたします」
即座に切り返したレイに、炎天はぎりぎりと歯を鳴らした。
「ならば死ね! 安心しろ、貴様が死んだ後、黒天の座はハルに継がせる。奴はまだまだ使える。俺が奴を教育し直して可愛がってやる。おまえの代わりにな!」
剣を抜こうとした炎天の手首を銀髪の少年、クランツがつかんだ。
つかまれた手首の痛みに炎天は顔を歪める。
「どういうつもりだ白天」
レイに視線を据えたまま、炎天は割り込んできた少年に言い放つ。
「おまえの、推測にしかすぎないどうでもいい話を延々と聞かされたけど、まだその人物がハルだと確定したわけじゃない」
「本気でそんなことを言っているのか? もはや、決まったようなものだ」
少年の石灰色の瞳が冷たく光る。
それまで強気だった炎天がたじろいだ。
レイをのぞく他の者も、椅子から腰を浮かせる。
「白天やめるんだ」
先ほど炎天を止めた男が今度は銀髪の少年を止める。
「僕を止めさせたいならこいつを説得しな」
炎天から視線をそらさずに少年は言う。
炎天はふん、と忌々しげに顔を歪め、つかまれた少年の手を乱暴に振り払う。
「ふん、まあいい。どのみちハルを捕まえればすべてがわかることだ。奴を拷問にかけ三年前、組織を抜けた時のことを洗いざらい吐かせてやる。レイ、貴様を殺すのはそれからでも遅くはない。奴の目の前で貴様を殺してやるよ」
炎天はくつくつと肩を揺らして笑い、大きく右手を払いみなに言い聞かせるように声を上げる。
「ハルを組織に連れ戻す!」
それに対し、反対する者はいなかった。
「それと、ハルとかかわりのあるトランティアの小娘も一緒に連れて来い」
「その子は関係ないんじゃないの? あまり、無関係な人間を巻き込むことに僕は反対だね。それに、サラって子はトランティア家の唯一の跡継ぎでしょ? その子が行方不明ってことになると、いろいろ組織にとっても面倒くさいことになるよ」
「おまえは黙っていろ。関係ないかどうかは小娘に会ってから俺が決める」
「なら、僕が行くよ」
「おまえがだと?」
「そう、もし、ハルが生きているなら僕が連れ戻す。おまえや、おまえの配下の人間じゃ、ハルを捕らえるなんて無理。返り討ちにあうだけだからね。おまえも無駄死にしたくないでしょ?」
白天は満面の笑みを浮かべてレイを仰ぎ見る。
「ねえ、レイ。ハルの処罰は僕が代わりに引き受けるからさあ」
「おまえが処罰を受けるだと?」
炎天は鼻で嘲笑う。
「そだよ。だって、ハルが拷問されるとこ僕見たくないし、痛いのかわいそうだし。だからレイ、その代わり、ハルを僕のところにちょうだい! 僕、ハルのこと大切にするから。もちろん、生きていたらの話だけどねっ!」
冗談とも本気ともつかない、無邪気なことを言う白天にレイはまぶたを半分落として静かに口許に笑みを刻む。
「おまえは信用できない。おまえも黒天と同様、ハルに目をかけていた者のひとりだからな」
少年は肩をすくめた。
「それはそうと、そのサラという小娘。世間知らずの貴族のお嬢様がいったい何に自分が首を突っ込みかかわってきたのかわからせてやる。ハルの目の前で、奴の心が壊れるまで、思う存分いたぶってやる」
「相変わらずいい趣味してるよね」
少年は底嫌そうに顔を歪めた。
「ハルの奴がどんな顔をするか、どんな声で泣き叫ぶか想像するだけでもぞくぞくするよ。そうだ、女はいためつけた後、俺の奴隷にでもしてやろう」




