1話「喪失した子供」
「---おい!隊長がやられたって、本当か!」
勢い良く扉を開け、赤毛の男性は大声で問う。
「おい、静かにしろ。あと、扉を閉めろ。」
「そんな事どうだっていいだろ!」
熱くなる男性に眼鏡をかけた青年は呆れ---
「はぁ………ほら、あっちだ。」
そして、顎で示す。
---カーテンで仕切られたベットを。
「…………」
男性は生唾を飲み込み---音を立ててカーテンを開けた。
「---た、いちょう。」
そこに居たのは
黒髪黒目の、傷だらけな子供だった。
記憶に残る、小さな体と反して激戦を繰り広げてきた男ではなく---眼には光が無く、右腕を失った子供。
彼はカーテンの音に反応し、男性の方に顔を向ける。
「その声は……もしかして、ルドルフかい?」
「あ、あぁ……隊長、その腕………」
「ああ、これかい?」
目の前の子供は虚ろな瞳で、肘までしかない右腕を持ち上げる。
「ちょっと傷が酷かったらしくて---腕が動かないんだ。目も開かないし………」
彼は虚ろな瞳で微笑む。
「けど安心してよ、すぐに治して前線に戻るから。まだ戦況は良くないし---みんな頑張ってるのに、こんな所で寝てられないもんね。」
「あ、あぁ………安静に、してろよ。」
「うん、悪いけど僕が戻るまで持ち堪えてね---」
男性は、作り笑いを浮かべる事しか出来なかった。
------
「……おい、アレはどういう事だ。」
ベランダに出た男性は聞く。
「………隊長は負けたんだ……完全にね。」
「……嘘だろ。隊長には結界魔術がある。攻撃なんて通らない筈だ。」
眼鏡をかけた青年は煙草に火をつける。
「…………最近、妙な殺人が多かっただろ。」
「ああ。確か鎧を着ているのに、鎧に傷を付けずに中身の肉体だけ斬られたやつだろ?」
そこまで言い、男性は察した。
「……まさか。」
「そうだ、奴ら「魔力や金属を透過する武器」なんてモノを創り出しやがったんだ。」
「---はぁ?んなモン、どうやって抵抗すれば良いんだよ。」
「さぁ、知らねぇよ。でも、今後調べていかねぇとな。」
少し苛ついた様子の青年は眼鏡を外し、子供の居る部屋の方を眺める。
「……隊長の為にも、な。」
「そ、そうだよ。隊長、隊長はどうしちまったんだ?!」
「………視力を失い、右腕を失った。新しい嫉妬の魔王に負けてな。」
青年は眼鏡をかけ、煙草を蒸す。
「嫉妬の、魔王……復活したのか。」
「ああ、3日ほど前にな。」
「つまり---ヘラに隊長の「目」と「右腕」を奪われたのか?」
「そう、多分「テュールの右腕」も奪われたと思う。」
青年は煙草を捨て、踏み消す。
「マジかよ……つまり「心眼」も奪われた可能性があるという事か。」
「いや、それは確定だ。お前も見ただろう? 隊長の眼を。」
心眼とは「相手の心を読める能力」
それを持っている人間は目の色が金色なのだ。
「……黒目だった。」
「………クソッ!何だよそれ!」
「はぁ……隊長の魔術が奪われなかっただけマシだが---最悪な事に変わりないな。」
そう言い、青年はベランダを出ようとする。
「おい、どこへ行く?」
「……本当の事を教えに行くんだよ。」
「は、はぁ?!何だよ「貴方は目が見えなくなり、右腕を失いました」って教えるのか?そんな事したら……っ!」
青年は振り向き口を開く。
「逆に、教えずに放置するのか?数日経てば隊長もおかしい事に気付くだろう。それまで隊長に不安を与え続けるのか?」
「……いやっ、でも………っ!」
「俺だって嫌だよ、こんな事を伝えるのは。けど、それが現実なんだ。それに隊長なら……ちゃんと伝えて欲しい筈だ。」
「…………ぐっ」
赤毛の男性は歯を噛み締める。
「………誰かがやらなきゃいけないんだ。」
青年は独り言のように呟き---ベランダを出た。