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酒飲みは台所に

受験勉強に疲れたよ…

昔々ある辺鄙な村に穂太郎という若者が住んでいた。


彼は独り者だったが、特にそれを気にすることもなく、毎日畑を耕していた。


村には他にも若い者はそれなりにいた。だが穂太郎の嫁になろうというものはいなかった。


穂太郎自体には問題はなかった。顔立ちは人並みで、身体は健康。病気をしたこともない。稼ぎはさほどでもなかったがそれは村の連中みんな似たようなものだった。


だが穂太郎は住んでいる場所が悪かった。一人だけ村外れの沼のほとりに住んでいたのだ。彼の家は沼の湿気もありいつもじめじめとした雰囲気を持っていた。


村の連中も穂太郎と顔を合わせると大抵こう言うのだった。


「穂太郎どん。いつまでもあんなところに住むことはねぇ。空いている家もある。村の中に住みねぇ」


しかし穂太郎は決まって頑固にこう答えた。


「いやいや、あそこは俺の父母から貰った土地だ。捨てるわけはいかねぇ。それに俺があそこからいなくなったらあの祠どうするんだ」


村外れには祠があった。崩れかけてなんの神様を祀っているのかもわからないそんな小さな祠だった。


村人も通りかかれば手を合わせたりはするが、そもそも沼側へやってくる人が少なかった。


それを穂太郎の一家だけがお供えをし、お祈りをし、月に一度は掃除をして苔や草を取っていた。


「なんか父ちゃんにもわからんのんだがな。うちの爺さんの爺さんのそのまた爺さんくらいの頃にこの祠に助けられたんだそうだ。よくわからんがな」


「だから、とりあえずうちの一家はこの祠を大切にしてんだ。少なくとも病気はしたことねぇしな」


胡散臭いことこの上ない父親の言だったが穂太郎は「まあそんなもんか」と思って言いつけに従って祠を大切にしていた。








さて、それはある年の冬の大雪の日のことだった。


その日はことさら寒く、村の連中は家の扉を固く閉じてその中に閉じこもっているであろうことだった。


もちろん穂太郎もそのつもりで、薪を外から運び入れ、農具やらなんやらを屋根の下に移していた。そしてその日は家に持ち込んだ道具の類を全部手入れし、ぐっすりと眠った。


そして、翌日扉を開けると一面は真っ白になっていた。穂太郎は祠のことを思い出した。


この大雪だ。しばらく掃除してねぇしこのままだとあの祠崩れっちまうかもしんねぇ。


なんだか気がかりになった穂太郎は厚着をしてのこのこと家を出た。


えっちらおっちら歩いて、辿り着いてみれば祠はちゃんとそこにあった。もしかしたら風ですっ飛んで行ったかもしれないと穂太郎は思っていたがそんなことはなかった。


まあ、これでも神様が宿ってるんだ。そんな脆いものでもないか。


そんな感想を持って雪を払い落とし、持ってきたぼろの布を屋根の上に乗せた。


「ないよりましだな。ほんとはもっと綺麗なのがいいんだろうが、堪忍してくれ」


お祈りを済ませると穂太郎は膝丈ほどもある雪の中をえっちらおっちら帰り始めた。


その途中、うんせうんせと歩く穂太郎に声をかけるものがいた。


「おい、そこな男」


振り返ってみるとそいつは身の丈は家ほどもあろうかという鬼であった。ツノが突き上げるように頭から生え、目はぎらぎらと光っておった。穂太郎もこれには驚いた。


「な、なんだ鬼どん。こんな雪の日に」


穂太郎はそう返事するのがやっとであった。


「いや、それよ。雪よ。急にこんなに降ったであろう?」


「わしもいつもは食い物を家に貯めておくのだが、こう急では敵わん」


「それでのう、食い物を分けてくれんか」


ほんとはもっと色々と話をしたようだったが穂太郎が覚えていたのはその程度であった。


「おい、聞こえておるのか」


穂太郎は困った。穂太郎もこの急な大雪で貯蓄は少ない。

あと一人子供でも連れてくるだけで冬を越せるかあやしいほどにしかないのだ。

鬼が子供と同等しか食べないということはないだろう。


「いや、鬼どんすまんが、俺もあんまり食い物は持ってねぇんじゃ」

「じゃ、お前さんはわしの頼みを断ると言うのか」


ぎろり、と鬼は睨みを効かせた。それだけで穂太郎はがたがたと震え上がるしかないのだった。


「む、だがわしも鬼ではない。お主お前名はなんと言う」


「ほ、穂太郎」


「穂太郎、穂太郎か。よし、穂太郎よ。一つ勝負といかんか。わしは酒を飲むことには少し自信があっての。もしお主か、そうだな。お主の知り合いがわしより酒を飲めたら、食い物は取らんで置いてやる」


「それにわしが負けた時は、そうじゃ。来年からお主の畑の手伝いをしてやろう。心配せずとも酒はわしが持ってくるでの」


そう一方的に言うと鬼はずしーんずしーんと音を立てて去っていった。


困ったのは残された穂太郎だ。彼は全然酒が飲めなかったのだ。家に帰ってなんとか誤魔化す方法を考えて見たが、一杯や二杯ならともかく何杯も飲んだふりもできない。それにもし飲んでいないことがあの鬼にバレたら。


可哀想な穂太郎は頭を抱え込んでしまった。


その様子を見ているものが二人おった。一人は穂太郎一家が先祖代々世話していたあの祠の名前のわからない神様で、もう一人は穂太郎の家のある道具の付喪神だった。


「なあなあ付喪神さん」

「なんですか、祠の神様」

「私は穂太郎どんが気の毒でなりませんよ。私の祠の様子を見に来たばっかりにあんな鬼に出会うことになってしまって」


そう言うと祠の神様はしょんぼりしてしまった。


「わたしも毎日、毎日丁寧に手入れし貰っておいていざとなっても身体がないもんだから穂太郎さんの役にも立てないんですよ」


その付喪神はまだ付喪神になったばかりで全然何をする力もないのだった。


「祠の神様、なんとか穂太郎さんを助けてあげてくださいよ」

「そう言われても私も信仰の絶えた身で、穂太郎がお祈りしてくれるおかげで引っかかっているような状態だからねぇ」

「でも、それじゃあ穂太郎さんがあんまりじゃありませんか」

「そうだよねぇ」


祠の神様はちょっと悩むと、付喪神の方を見た。そして付喪神の身体をしげしげと眺めるとニコリと笑ってこう言った。


「そうだ、付喪神。君が穂太郎の代わりをしておあげよ。私にちょっと考えがある」


付喪神と祠の神様がそんな話をしている間に悩み疲れた穂太郎は眠ってしまった。


翌日。


穂太郎はまんじりともしていられなかった。それでも何か方法はないかと悩んでいるとずしーんずしーんと鬼の足音が聞こえてきた。


「おーい、穂太郎」


穂太郎が窓の外を覗いて見ると酒樽を合わせて六つも抱えた昨日の鬼が見えた。鬼の姿はみるみるうちに大きくなり穂太郎の家の扉を叩いた。


気の毒な穂太郎はもう仕方ないと震えながらも鬼を家に上げた。


「それじゃあ、勝負といこうぞ」


鬼は人の顔ほどもあろうかという盃を二つ取り出すとそれに酒をなみなみと注いぎ、それをぐいっと飲み干した。


穂太郎もそれを手にとって見たがどうにも飲み干せるきはしない。それどころか匂いだけでもお腹いっぱいになる気分だった。


「どうした飲まんのか」


鬼に急かされては仕方ない。俺も男だ、やってやれんことはないだろう。穂太郎は盃に口をつけた。


しかし、そこは酒に弱い穂太郎。案の定顔をを囲炉裏の火よりも赤くして倒れてしまった。


「ふははは、もう酔いが回ったのか。軟弱な男だの!」


それを見て鬼は散々に笑うと約束は約束だと穂太郎の家の米だの野菜だのを袋の中にしまい始めた。穂太郎はぐるぐる回る目でそれを見ながら涙を流すしかないのだった。


南無三、神様、仏様、ご先祖様この穂太郎めを助け下さい。穂太郎がそう心で祈ると、とんとんと扉を叩く音が聞こえた。


「誰じゃ?」


鬼がよいせと扉を開けるとそこには一人の少年が立っていた。


「ああ、穂太郎さん、無理して飲んだんですか…」


少年は家の中に上がりこむと穂太郎の盃を引っ掴んで鬼に突きつけた。


「わたしが相手をします」


飲み足りない気分だった鬼は大きく笑うと少年の対面に座った。


「小童、名前は」

「いかき、と申します」

「よし、いかき。お前が穂太郎の代わりということで良いな?」

「はい」


そういうと鬼はぐいっと盃を空けた。

いかきも気負うことなく盃を空けた。


「いい飲みっぷりじゃの」

「いえいえ」


そこから先はまあ大変なことだった。もし穂太郎が起きていれば光景だけで酔って倒れるような飲みっぷりで二人は酒樽を空けていった。


先に様子が変わってきたのは鬼の方だった。


「…うっ」

「どうかしましたか鬼殿」

「…むう」


流石の鬼も樽を四つも開けたのは初めてだった。顔に朱がさし始めた鬼に対していかきはまだまだ平気な様子であった。


「お主、うわばみか」

「いえいえ、わたしはそんなもんではございません」


いかきはぐいっと初めと同じ調子で酒を飲んだ。


「ただ底抜けなだけでございます」


その全く酔っ払う様子のないいかきに鬼も目を見開いた。


「むぅ、これはわしの負けじゃな」

「左様ですか」


呂律の回らなくなりだした鬼にいかきはけろっと答えた。


「参ったの。酒盛りで鬼が負けるとは。お主何者じゃ」

「わたしは穂太郎さんに大切に使ってもらっている付喪神ですよ」

「そうか、ならばわしは穂太郎に負けたてことかの」


鬼は目を回している穂太郎を見るとさらさらっと負けを認め、来春から畑仕事の手伝いに来る旨を手紙に書いた。


そして、ずしーんずしーんと足音を響かせながら帰って行った。






目を覚ました穂太郎が見つけたのは、鬼からの手紙と空になった酒樽。

そして、酒の匂いの漂う一つのざるであった。

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