図書室調査とレッドの謎解き?
怪盗団ドリームサーカスでは、進展のないまま2週間が過ぎようとしていた。
「雅ーっ!帰ろーぜ!」
晶は帰り支度をしている雅に声をかける。
「あー……その、ちょっと図書室に寄りたいからさ、待っててもらえる?」
――――――この時を、待っていたっ!
「そういえば、図書室ってどこだっけ?」
「あれ?教えてなかったっけ? 一緒に来る?」
「行く行く!」
晶たちのの教室は北館にあり、図書室に行くには二階の渡り廊下を通って本館に行き、そこから四階まで登る必要があった。
「こんにちはー」
図書室に行くのもなかなか面倒なのか、生徒は誰もいない。
背の高い本棚に、古い本が整列している。その陰に隠れて、目的の宝石画は飾られていた。
――――――これが、『夢の花』と関係のある宝石画、か……。
高さは晶の身長より少し高い程度、横幅は2メートル前後。コバルトブルーの夜空には、大きくてブリリアントカットの上半分のようにカットされたシトリンが埋め込まれ、周囲には流れ星を表すような様々な色の宝石と白い線。深い緑色の山の麓には木の薄い板で作られたうつむく少年。周りを囲むのは明るく咲き誇る赤や、黄色、白などの薔薇。幾らかは宝石で描かれている。(詳しくは「雅's note 1ページ目」をご覧ください。)
晶はこっそりと袖口に仕込んだ通信機を口元に当てる。
「ホワイト、聞こえるか?」
『はい、大丈夫です。』
「宝石画を見つけたよ。すごいな。こんなでかいとは思わなかった。」
晶は近くの本棚に釘の頭に似せた小型カメラを貼り付ける。
「どう?見えそうか?」
『えぇ、綺麗に映ってます。これで、解析できそうです。』
「よろしく頼むよ。雅が来たから、一旦切るな。」
改めて宝石画を見る。
「それは、宝石画だよ。」
「きれいだね。……でも、高そう。盗まれたりしそうだなぁ。」
――――――まぁ、やろうと思えば、出来るけどな。
「無茶だよ。だって、こんな重そうなもの、そうそう運べないし、第一壁に思いっきりくっついてるでしょ?壁ごと持っていく勢いじゃないと。」
晶はふんふんと頷く。
「ところでまた、何で学校なんかにあんの?」
「作者––宮島天河氏の意向だよ。この学校が造られた時に、ぜひこの絵を、って。この本と、一緒にね。……もっとも、これはレプリカだけど。」
雅が近くの本棚から一冊の薄い本を取り出した。それは、先日ローズが持ってきた詩集と同じタイトルだった。
「一体、どんなことが書いてあるんだ?」
「詩と、幾らかのショートストーリー、あと、近所の博物館にある本物には、設計図が載っているんだ。」
「設計図?この絵のか?」
「違うよ。『夢の花』––宝石彫刻の作品のだよ。この絵のキャプションを見て。題名は、『花園と種』でしょ?」
「そうだな……なら、おかしくないか?どうして本は、宝石彫刻とではなく、この絵と一緒なんだ?」
「……実を言うとね、『夢の花』は今、行方不明なんだ。」
「……え?」
晶は意味が分からないという顔をした。
「設計図があるだけで、実際にその宝石を見た人は誰もいない。」
「じゃあ……実際にあるのか……?」
「さぁね。ただ、宮島氏はこんなことを言ったそうだよ。」
『これは、花の種です。子供たちが謎を解けば、花は必ず咲くでしょう。』
――――――なぞかけ、か?
「なんだ?そのわけの分からない言葉は?」
「まぁ……簡単に言うと、この絵や本が宝の地図で、これらの謎を解けば、宝である『夢の花』を見つけられるっていう意味だと思うよ。」
「なるほど。」
晶が腕を組み、じっと絵を見つめる。
「雅、やらないか?宝探し」
雅は何かに魅せられたような顔で
「やろう、謎解きを。」
そう答えた。
――――――そうこなくっちゃ。
日常に小さな非日常を運んだ晶だった。
「で、どう?何か分かった?」
家に戻った晶はパソコンの前で腕を組んでいるホワイトに声をかけた。
「幾つか不審な点があるんですよね……。」
ホワイトがうつむく少年を指さした。
「宝石画というのは、その名の通り、貴石や半貴石で造られるものです。しかし、この少年は木で作られています。」
言われてみれば確かに。宝石ではなくなぜ木造なのだ?
「それからこちら。」
大きなシトリンを指さす。
「ここまで大きくて透明度の高い石が埋め込まれていますが、底が見えないんです。」
「底?」
「はい。例えば底が平らになっているのなら、イーゼルの素材や塗られた色などが見えますし、ブリリアントカットのようになっていれば、光が反射します。でも、この映像を見る限り、どちらでもなさそうなんです。」
レッドが拡大された画像を見る。ホワイトの言う通り、確かにどちらでもないのが分かる。
「もう少し詳しく解析してみます。それから今度、その絵のスキャンをお願いしたいのですが、出来そうですか?」
「スキャン?」
「えぇ。絵の内部に、何かあるかもしれません。」
ホワイトの後ろでは、詩集を開いて顔に載せたまま眠っているジョーカーがいたのだった。
彼らが思うよりも、謎は簡単ではなかった。
進展しても謎ばかりが増えた1週間が過ぎた。
「いろんな人が解こうとしていたんだなぁ。」
線が引かれた跡を眺め、ペンを回しながら晶はつぶやいた。
「前もね、解こうと思ったんだけど、途中でやめちゃったんだ。忙しくって。」
「え?そうなの?」
「恐らくなんだけど……」
雅はとあるページ(探せ! 夢の花―雅's note 『夢の花と少年』参照)の2箇所の傍線の部分を示す。
「『彼は、夜空の中、星が集まる光の中に、花の種を垣間見た。』ってところと『美しい花の楽園に、かつて少年が花の種を垣間見た場所に。』ってところ、全文章の中でここだけ引かれているってことは、ここが謎の鍵なんだろうけど……。」
晶はあることを閃いた。
「絵の中に入ってんじゃね?」
「え?」
晶は自慢げに立ち上がる。
「一文目は誰もが分かるように、あの絵を示している。じゃあ、二文目は?」
くるりと体を回転させる。
「二文目が示すのは、花の詳しい在りか。少年が花の種を垣間見た場所––––つまり、あの絵の少年の足元、そこに花はある!」
――――――ホワイトが絵の中を気にしていたことにも納得がいく!
ビシッと雅に指を突きつける。とてもかっこよく決まった台詞とポーズ。
「……ごめん、多分、違うと思うよ。」
「へ?」
雅が申し訳なさそうに告げる。
「キャンバスの厚さって数センチでしょ?そんな厚さのところに、彫刻が入っていると思う?よっぽど小さいなら話は別だけど、そんなことってまず無いよね?」
「……」
「それに、絵は頑丈に作られているでしょ?だから、めくったり穴を開けてものを取り出すのは……無理じゃないかな?」
晶は雅に突き付けていた静かに手を下ろす。
「……間違いを恐れていたら、探偵は務まらないよ。」
――――――俺は怪盗、だけどね。
そして椅子に戻ってきた。
「そういや、その『夢の花』ってどんな形してんの?」
「えーっとね……薔薇みたいな感じ……だと思う。うーん、僕、絵は下手だからなぁ……一回、見た方が早いかも。」
「え?まだ見つかってないんじゃねぇのか?」
行方不明だから、彼らは一目見たいと奮闘しているのだ。
「前に設計図が残っているって話をしたでしょ?その設計図を使って3Dプリンターで作ったレプリカなら、近くの『宮島天河博物館』に展示されているよ。週末にでも、見に行くかい?」
「行く行く!」
『夢の花』の大きな手掛かりがあるとされる博物館への招待状に晶は心躍る。
「……って、雅、大丈夫なのか?塾とか。」
晶たちは中学3年生、そして冬、もう受験シーズンである。
「うん、行ってないからね。それに、家の中で缶詰めになってても疲れるから、息抜き代わりに。」
こうして彼らは、土曜日の午後に博物館へ行くことになった。