行動初日でいきなりピンチ
朝7時30分。
外は快晴。鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「やっべー。マジで遅刻案件なんですけど!?」
少年が洗面台で何やら騒いでいる。
鏡に映る彼の姿、燃えるような真っ赤な髪は次第に落ち着いた赤茶色に変化する。その神秘的な紅玉の瞳も木の幹のような深い茶色へと変わってゆく。
「初日から何してんのよ。」
藍色の髪を揺らしながらローズは騒ぎの張本人、レッドに声を掛ける。
「普通に寝坊した!」
「初日から何してんのよ……。ほら、行くよ。」
今回の獲物は、日本の有名な宝石彫刻家の宮島天河氏の晩年の作品、『夢の花』だ。彼の作品の多くは行方不明になっていることが多く、今回の獲物も所在地は分かっていない。
ただ、今回の作品は少し違う。
他のものは様々な人の手に渡ってしまい行方不明になっているが、この作品はある中学校の初代校長の手に渡った、ということは分かっている。しかし、初代校長の家などにもなく、中学校にもない。代わりに、その中学校には一枚の宝石画と詩集が残されていた。どうやら、それらが『夢の花』の在処を示しているという。
宝石画は学校にしかなく、博物館などにもレプリカなら置いてあるが、本物とはやはり違う。本物を見るために最も手っ取り早い方法は、怪盗団の団員が実際にその中学校の生徒になることだ。そのために今回は、『二重幻像』のレッドに中学生を演じさせることになった。
そして今日は、中学校の始業式の日だった。
キーンコーンカーンコーン……
始業の鐘がなる。
走ってきたので、息があれている。
――――――な、何とか間に合った……
レッドは深呼吸して息を落ち着かせる。
案内された教室はなんだか騒がしい。
教室から先生が手招きでレッドを呼ぶ。
教室に入ると、女子生徒が黄色い声を上げる。
「静かにしろー。紹介できないだろー。」
教師がそう言うが、生徒はそんなのお構いなし。もしスマホを持っていたら、きっと写真を撮りまくっていただろう。教師が手を叩いて、ようやく静かになった。
「向井 晶です。よろしくお願いします。」
レッド――――いや、晶は人当たりのいい笑顔で自己紹介を済ませ、拍手の中教師に示された席へ移動する。
「短い間だが、みんなで仲良くしてあげてくれ。そうそう、雅。」
教師が名前を呼ぶと、晶の隣の席の男子生徒が顔を上げて返事をした。自分が呼ばれたことに驚いたのか、鞄から出しかけていた教科書類をバサバサッと落としてしまっていた。
「隣の席だから、晶にいろいろと教えてやってくれ。あと、しばらくは教科書とか見せてやってくれ。」
晶は落ちている教科書を拾い集める。氏名の欄に「清条 雅」と書かれているのを見て、隣の男子生徒の名前を確認した。
「はい。」
晶は教科書を隣の男子生徒、清条雅に渡した。
「あ、ありがとう。向井君。」
「晶でいいよ。よろしく。名前は?」
晶は一応名前を尋ねる。
「僕は清条 雅。好きなように呼んでくれればいいよ。」
「OK.じゃあ、雅って呼ばせてもらうよ。」
晶は友好的な微笑みを浮かべたのであった。
昼休みはにぎやかだった。
クラスメイトは当然、他のクラスからも晶の噂を聞いてやってくる生徒が多数だった。
今日は誰かの役を演じているわけではない。正体がばれない程度にごまかしながら本当のことを答えていく。
「ねぇねぇ、誕生日は?」
女子の誰かが晶にそう訊ねた。
――――――た、誕生日……。
晶は自分の誕生日を知らない。だから、適当な誕生日を言おうとしたが、下手に言って、あとで墓穴を掘るような事態になっても困ると思い、誤魔化すことにした。
それでも女子たちはあの手この手でなんとか聞き出そうとする。晶も苦し紛れの言い訳で逃れようとする。
キーンコーンカーンコーン
予鈴が晶を救った。
何とかなった、と胸をなでおろす晶だった。