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塔5~帝国軍壊滅③

挿絵(By みてみん)


 カルシの戦い2日目。

 総司令部は夜間に行った情報収集により第15師団と第19師団の敗北、戦線に空いた穴の存在を知っていた。

 夜の内に、カウル族旅団、第8師団のサンド・デューク・オムスク、第18師団のハティル・コンテ・ドノー、エルミナ軍第1師団のヒンデン・フォーラ・タシケントを向けて開いた穴を塞ぐように命じている。


「敵の突破口はまだ小さい。15万の予備兵力で防げば挽回可能です」


 参謀長のスミルノフは、夜半に行われた会議でもまだ自信をもってそう言った。


「エルマリア王女の聖女連隊にも前進するよう頼みたい。前線の士気が高まる」


 テニアナロタ公は、先王オストラゴス三世やエルミナ王国の幹部らとも親しかった。この総司令官の交渉によって、腰の重いエルマリア王女も、なんとかカルシ市まで前進させることが叶っていたのである。


「エルマリア王女と聖女連隊は、前進を拒むと思われます。少なくとも現状では……」


 騎士長プレイス・ナイツ・バンクレインは、王女の出馬は難しいと否定的だ。そして、騎士長である彼が本部付きであるため、エルミナ軍騎兵師団は、昨日のうちに戦線の西方へと移動してしまった。彼の部隊は突破の穴を塞ぐのに使えない。


「では、本部のある第1師団ごと前進しよう。他の師団に寄り添っているのが性分なら、付いて来るしかあるまい」


 要するに彼女達の世話と警護をしている師団を前進させれば、彼女達はついてこざるを得ないということである。軍隊としてはなんともお粗末な話であるが、これが両軍の連携の限界であった。

 だが、カウル族旅団へ向かった伝令は、会議中にも関わらず至急の要件で会議室に舞い戻って来る。


「総司令官…… 昨晩、カウル族の族長ノヤン殿がお亡くなりました……」


 伝令の報告を聞いて、帝国軍の幹部将校は顔面蒼白となった。

 カウル族では、族長が死ぬと地元に有力者達が集まる会議を招集し、その席で次の族長を決める。ノヤンの兄弟や親類は多く、彼らは一刻も早く地元に戻って、多数派工作をしなければならない。

 既に彼らは余所の戦争どころではなく、帰国支度を始めていた。

 それは、帝国軍の機動力を担う存在が一気に失われてしまった事を意味した。


****************************************


 突破した敵の進撃を抑える役目を担っていた第8師団は、早朝からファルス軍の騎兵隊の主力、フルリ族軽騎兵隊、そしてトルバドール=ツインテール族の法兵隊の払暁攻撃を受けていた。

 昨日とは変わり、夜明けとともに“シュトゥーカ”隊が大挙襲来し、法兵隊と組み合わせた連携攻撃を行う。

 第8師団は、側面に回り込もうとするファルス軍騎兵隊と、フルリ族の軽騎兵隊の機動力に翻弄されて対応は後手に回る。

 それでも、彼らの上空にアスンシオン軍の航空騎兵部隊“アルセナル”が来援し、制空権を巡って空中戦を繰り広げていた時はまだ戦線を維持できていた。

 だが、帝国軍の“アルセナル”は昨日の“ミラージュ”よりも練度の劣った部隊である。百戦錬磨のファルス軍の“シュトゥーカ”相手には歯が立たない。

 もっとも、この戦いに参加しているアスンシオン帝国の航空騎部隊、“ミラージュ” “アルセナル” “シュペルミステール”を全て合わせれば、ファルス軍の航空騎隊“シュトゥーカ”よりも倍近い航空騎戦力確保できたはずだ。

 ところが、帝国は“ミラージュ”を前線、“アルセナル”を本部予備、“シュペルミステール”を連絡用として分散させてしまい、集中運用ができていなかったのである。


 制空権を奪われた後は、第8師団の要所に竜巻魔法が的確に打ちこまれ陣形を乱されてしまう。

 オムスク公の長男サンド・デューク・オムスクは、父の命に従い勇敢に奮って指揮していたが“シュトゥーカ”の隊員が投下した焼夷弾によって煙に巻かれた後、逃げ出した側近に置いていかれ、上空からの放たれた投げ槍で貫かれた。

 正午まで持たず第8師団は敗走。もともと兵力差があった上に、指揮官の戦死と、援軍がなければ戦いようがない。


****************************************

挿絵(By みてみん)


 第18師団長のハティル・コンテ・ドノーは、本来は第10師団と第22師団の後方に予備師団として配置されていたが、総司令部の命令で東に移動し第8師団と連携して突破口を塞ぐ命令を与えられた。


「やっと出番だ、行くぞ!」


 若い士官である師団長のドノー伯は、雄叫びをあげて東進を開始する。

 だが、それを阻止するべく、昨夜のうちに配されたカンバーランド軍の騎兵隊と賢者連隊が立ち塞がった。

 兵力的にはカンバーランド軍騎兵隊8000、賢者連隊と呼ばれる精鋭法兵隊3000程度。

 対する第18師団は戦闘部隊だけで騎兵10000、法兵3000、歩兵10000、バサラ族抜刀隊3000を有する部隊で、防御よりも攻撃を得意とした編成である。

 両軍の法兵隊同士の法撃戦はやや第18師団側が劣勢であったが、師団長のドノー伯は法弾の撃ち合いの切れ目のスキを突いてタイミングよく騎兵を突撃させた。

 戦闘は乱戦となったが、第18師団の歩兵隊が接近戦に加わると、カンバーランド軍は次第に劣勢に陥った。

 特にバサラ族の切り込み部隊は、勇敢かつどんな装甲も打ち破る特殊能力“修羅”を持っており、歩兵であるにも関わらず鎧で固めたカンバーランド騎兵を文字通り真っ二つにしていく。

 だが、午後に入って第8師団を撃破した“シュトゥーカ”隊が飛来し、さらにファルス軍の騎兵隊、フルリ族の軽騎兵隊の一部、後方にいたカンバーランド軍の歩兵隊が応援に来ると、あっという間に攻守は逆転する。


「くそっ、なぜランスやカウルどもは来ないんだ!」


 本来ならば、帝国で最も優秀な騎兵であるカウル族の軽騎兵隊、エルミナ軍で最も装備の良いエルミナ軍第1師団、そしてさらにエルミナ最強の特殊能力を持つ聖女連隊と帝国第1師団が来援するはずである。

 序盤、敵を圧している状況で彼らの援軍が得られれば、制空権を奪われていても勝利は見込めるはずだった。

 だが、いくら待っても味方は来ない。


 熱血漢である師団長の影響か、第18師団は血気盛んな者が多かった。

 ドノー伯は味方を鼓舞して乱戦の中戦うが、部隊の疲労は極みに達し、次々と現れる敵の新手によって、味方はどんどん消耗していく。

 朝の戦闘開始から日暮れ近くまで、味方の来援を信じて奮闘したが、もはや限界である。

 周囲の者を倒され、いつも強気のドノー伯も、さすがに人生の終わりを感じていたころ、突然南方を遮断していた敵軍の一角が崩れるのを見た。

 見れば第10師団の旗を挙げており、南方では退却を示す黄色い狼煙が揚がっている。

 そして、崩れた一角からは第10師団の騎兵隊が乱入し、血路を開いているようだった。

 ドノー伯は単純な男だが、決断は早い。


「総員、あの切れ目から離脱せよ!」


 彼は撤退の信号弾を放つと、彼自身躊躇せず馬を駆ってその敵軍の隙間から脱出を開始する。


****************************************


「なんとか、少しでも友軍を救出できたようですね」


 収容した第18師団を確認して、ルーファス・コンテ・カラザールは安堵する。


「しかし、カラザール伯の御子息は無茶な事をなさる。多勢を率いて第10師団の陣地を抜け出し、もし陣地側が破られでもしたら……」


 第10師団の騎兵隊長、グーゼフ・ヴィス・グリッペンベルグは不平を言った。もっとも、彼は今回の救援の主役でもある。

 彼は第18師団の多くが撤退するまで、退路に留まり、敵の追撃を阻止していた。

 敵は圧倒的多数だったが、早朝攻撃から続けて戦闘を行っているので疲労していた。幸い、グーゼフの第10師団の騎兵隊は陣地から出撃したばかりで余裕があり、敵の追撃を退ける事が出来た。


「正面の助攻は、一生懸命戦っているように見えて、本気でこちらの陣地を落とす気はないようです。西端から中央まで攻め寄せる敵は全て囮でしょう」


 ルーファスは言う。


「しかし、奴らはあんなにたくさんの屍を晒しているではないか。囮であんなに犠牲を払うものなのかな」


 第10師団長のエッツゲン卿は、ただの囮にしては敵の損害が大きすぎる事を挙げる。


「犠牲を出さないとこちらが信用しないでしょうし、こちらの前線の部隊を張りつけたままにすることはできませんから、それを踏まえた上での強攻でしょう」

「しかし、勝利の為には犠牲を厭わないとは、恐ろしい奴らだな」


 エッツゲン卿はそう感想を述べたが、ルーファスはそうは思っていなかった。アスンシオン軍も、戦力があるうちにこれをやっていればこの戦争には勝てた。

 ドノー伯が最初に提案した策である。敵に時間的余裕を与えずに、戦力が有利なうちに一気呵成に突撃して敵を蹴散らす策は、確かに損害は出るだろうが、勝利はできたはずのだ。


 そして現在、戦線を破られ、それを塞ぐ部隊も敗北した以上、この戦いは負ける。

 きっと、ドノー伯が提案した未来よりも何倍もの被害が出る。それが、未来を見通せなかった者の末路である。


****************************************


 聖女連隊とエルミナ軍第1師団の本部では、アスンシオン軍の要請を受けて、前線へと前進するはずだった。しかし、王女エルマリアの気分がすぐれないという理由で中止となり、カルシ市に戻る準備をしている。


「王女様! どうか前線へとお進みください」


 カルシ市に設けられた特別な王女の自室で、聖女連隊の大隊長ミシディア・ナイツ・サーバルが、王女に詰め寄った。


「今日は気分がすぐれないの、明日にしてくれないかしら」

「このままでは、我々もアスンシオンも負けて、ランス族は滅ぼされてしまいます!」

「そうはならないかもしれないわ。未来なんて誰にもわからない。だけど、平和を願っていれば、みんな幸せになれるわよ」


 エルマリア王女は極度の争い嫌いで、不快なものを嫌う。そして、それらを完全に自分とは関係のない事として思考から除外して考えるようになってしまっている。

 前線に行けば、死体も転がっているし、負傷者はそこら中にいる。そして暴力の塊のような場所である。彼女は、そういう人間の負の部分は、徹底的に見たくないと考えていたし、それが正しいことだと考えていた。

 これを彼女だけの特異な性癖というには語弊がある。

 死体、流血、暴力。これらを見たくない。知りたくもない。という感情は誰にでもある。彼女はその誰にでもある感情が強いだけなのだ。


「では、私の部隊だけでも前線へ向かわせてください! 私達は、サマルカンドの皆を守りたい。そのために聖女連隊に入隊したのです」

「そんな怖い事を言ってはダメよ、ミシディア。あなたまで穢れてしまうわ。そんな汚いものは私達の目の届かないところで、男どもが勝手にやっていればいいの。私達には関係ないわ」

「私達の特権と生活は、国民によって支えられているのですよ! どうして無視していられるのですか!」

「私は別に彼らに奉仕を頼んでいないわ。彼らが望んで奉仕してくれるのだもの」


 ミシディアは唖然とする。彼女の父も兄も、ケルキの戦いで国王を守って奮戦し戦死した。この時、強力な特殊能力を持つ“聖女連隊”が戦闘に加わっていたら戦況は変わったかもしれない。国王も、父も兄も助かったかもしれない。

 だが、彼女の連隊長はこの状態である。

 厄介な事に、“聖女連隊”は個別に分割して運用できるような指揮系統になっていない。“陽彩”の特殊能力は相乗効果を活かすため、個人では集団への防御になりにくいからである。

 それでも、ミシディアは自分の大隊だけでも前線に向かうと主張する。


「困ったわね、バンクレイン。ミシディアは、ちょっと疲れているみたい。連れて行って話を聞いてあげて。彼女は引退させてあげましょう」

「畏まりました」


 傍らに控えていた騎士長バンクレインが頷いて立ちあがる。


「!? 王女様、まって…… い、いやっ!」


 ミシディアは抗議しようとするが、傍らに控えていた騎士長バンクレインは彼女を引き摺るように連れて退出させる。


「ミシディアには戦いなんて忘れて、女として幸せになって欲しいわ」


 エルマリア王女は、連れて行かれるミシディアを見て微笑みながら、彼女の周囲にいる従者達にそう呟いた。“聖女連隊”を引退するということは、“陽彩”の力を失わせるということ、つまり“ヴェスタの加護”を奪うということである。

 彼女達が強力な力を持っているのは、特殊能力“陽彩”によるものである。力を失えばただの女であり、もう戦いに参加する事はできない。

 この時、エルマリア王女は、悪意を持って彼女を引退させたつもりはない。王女は、本気で、ミシディアが武器を捨てて、力を失えば、女として幸せになれると考えていた。


****************************************


 その日の夜、総司令部は大混乱に陥っていた。

 帝国軍の機動力の主軸を担っていたカウル族の軽騎兵隊は、族長の死により後継者争いを巡って対立し、戦闘を拒否して勝手に戦場から離脱を開始した。

 テニアナロタ公は説得の使者を出したが、彼らに与えるはずの領地の拡大という利益が失われた状況では、それは虚しい時間の浪費に終わる。


「なぜ、この時期になって我々に不運な事ばかり起こるのだ!」


 第8師団、第18師団の敗退、カウル族の離脱、エルミナ軍の勝手な行動、聖女連隊の離脱という悲報の連続に、スミルノフ参謀長は狼狽して、完全に思考が停止してしまう。

 彼の机の上には、地図と駒が並べられており、彼の頭の中では、それらは想定通りに動いて勝てていたはずだった。

 彼は、絵に描いたような頭の固い人物であり、このような想定外の事態に柔軟に対応できるような能力はない。

 参謀長は、自軍の状況を不運の所為だと嘆いたが、有利な時期を逸したために不利な時期を迎えた自身の責任である。

 中路軍司令官、フレッド・デューク・オムスクは息子の戦死を聞いて動揺している。表面上は冷静に見えるが、あからさまに態度が違うので、すぐに分かる。そして、平静を装っているのに、実は狼狽している人間が、まともな指示ができるわけがなく、こちらも無意味な指示を出すばかりだった。


「マチスの第1師団はカルシ南東の拠点群を利用して敵を防御せよ。少しでもいいから時間を稼げ」


 混乱する司令部の中で、総司令官のテニアナロタ公だけはまだ冷静に指示を出していた。

 第1師団は自らの長男、マチス・デューク・テニアナロタが率いている。師団長のマチスは了解すると、すぐに会議室から出発した。


「第5師団とアヴジェ族旅団、エルミナ騎兵師団、エルミナ第2、第3師団に連絡、陣地を放棄してカシュカ川まで後退せよ」


 テニアナロタ公は両翼を守る自軍に後退を指示し、カルシ市を流れるカシュカ川に背水の陣を敷くように指示を出す。

 背水の陣は一見不利に見えるが、背後に回り込まれ難いので機動力のある相手には有効な方法である。

 それに橋はちゃんと抑えているので、退路がないというわけではない。


「総司令官、それでは前線の第10師団と第22師団が敵中に取り残されます」


 中路軍参謀のハウンズ・リッツ・ユクスキュルは敵中に取り遺された師団の処遇について質問した。


「大丈夫だ。両師団は強固な陣地に籠っている。我々がカシュカ川まで下がって敵を食い止めれば、後ろを見せた敵に対して、後方から第10、第22師団が攻撃を加えられる。そうすれば、勝機はあるはずだ」


 テニアナロタ公の考えを聞いて、ユクスキュル参謀は納得した。すぐにそのような作戦で手配を開始する。


「まだだ。まだ負けたわけではないはず……」


 テニアナロタ公の作戦は、一見すると上手くいきそうな可能性を見せていた。敵も相当消耗しているはずなので、敵の機動力を封殺して前後からの挟み打ちという作戦は現実的な考えである。

 だが、現実的に可能な作戦と、精神的に可能な作戦は別である。


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挿絵(By みてみん)


 カルシの戦い3日目。

 東西に長く延びた戦線では、いくつか勝利している部隊があった。最も西方では、エルミナ第3師団と、エルミナ騎兵師団の連携により、ファルス軍の最も西方の支隊を蹴散らしていた。

 また、根っからの戦闘好きな種族であるアヴジェ族達で構成されたアヴジェ族旅団は、攻め寄せてくる敵を逆襲し、持ち前の生命力の強さで敵を粉砕して逆襲し、いくつかの敵陣地を占拠する手柄を挙げた。

 そのため、これらの部隊は総司令部からの後退命令に従わなかった。

 彼らは目の前の敵を倒したのである。彼らの頭には、本部の危機、将来の危機など理解できない。

 第5師団は、工夫しながら陣地を脱出し、指示された通りのカシュカ川の沿岸まで後退した。

 ここで、敵の追撃を防ぐ準備と他師団との連携を待ったが、テニアナロタ公の作戦通りに現れたのはこの師団だけである。

 1個師団だけが予定された場所に配置しただけではどうにもならない。


 この3日目は、師団同士の大きな激突は無かった。ファルス側も二日間の連続戦闘で相当に疲労しており、苦戦する西側の戦線に対する対応も必要になってきていた。

 そのため、歩兵部隊や法兵部隊は制圧した地域周辺の残存部隊の殲滅と、部隊への補給に費やす。

 ただし、深く浸透したファルス軍主力の騎兵隊とフルリ族の軽騎兵隊は、持ち前の神出鬼没さで、カルシ近郊の本部に対して軽快に襲撃を繰り返す。

 第1師団は、以前ファルス軍が砦を建設した場所に展開して、即席の防御陣地を構築して防御する姿勢をみせた。

 この時、ちゃんと前後から挟み打ちできる態勢が整えられていれば、目算通りにいったかもしれない。

 だが結局、戦線の西方に展開した4個師団が戻らず、配置につかないのでは、反撃は不可能だった。

 その日の夜、総司令官のテニアナロタ公は、中路軍に対してカルシ市の放棄と、サマルカンド市のあるアイダール湖、シル川流域までの撤退を指示する。

 だが、既に敵騎兵に後方深く浸透されている以上、撤退するアスンシオン軍とエルミナ軍を易々と逃がすほど、彼らの敵は甘くない。


****************************************


 カルシの戦いにおける中路軍大敗の報告が帝都にもたらされたのは、5月5日である。


 だが、帝国政府はこの敗報で動揺している場合ではなかった。彼らからすれば、それよりももっと恐ろしい、国家衰亡に関わるような報告が届いていたのである。

 まず、南ウラル半島統一を目指して以前より蠢動していたラブリュス王国が6万の兵力を有してアーリア海峡の西岸のアスンシオン領に侵攻、国境のクヴァシ要塞を包囲した。

 一応、こちらは想定の範囲内である。最初から帝国の2個師団を配置し、司令官も百戦錬磨のタルナフ伯である。十分に対応できるはずだった。


 しかし、最も恐ろしいのは、東方の大国。レナ王国が30万もの大軍で国境を越えたという情報だ。

 レナ王国は、アスンシオン帝国に比肩する歴史ある大国である。豊かなレナ川流域を支配し、動員力も帝国に並ぶ程。

 アスンシオン帝国の東方国境に、この強大な国力を持つ相手に対して、まともに防御できるような戦力はない。

 ファルス王国という敵を抱え、さらに自軍が崩壊したという状態で、さらに強大な敵が現れたのである。


 この日は、アスンシオン帝国の暗黒の日となった。


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