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運命の輪2~令嬢達の要塞④

 後宮は閉鎖された空間ではあるが、娯楽施設はそれなりの規模で整っている。

 娯楽宮と呼ばれる建物には、都の大劇場には及ばないものの、それなりの大きさの劇場や、ほとんどのスポーツが実施可能な屋内運動場、屋内プール、図書館などがあった。

 妃やメイド達には趣味や運動をする機会があり、それぞれ好きなクラブに所属して、仲の良い友人らと共に楽しんでいた。


 アンセムが誘われた”デリバリ”とは、アスンシオン帝国とその周辺国で流行しているスポーツで、ローラーブレードを履いて演技する競技である。

 会場のホールを円周に回りながら、手に盆を持ち、お盆に乗せたコップの水をなるべく溢さずに、審査委員席のテーブルに置いていく。

 途中に回転やジャンプ等の難易度の高い技を入れれば高い芸術点があり、技の難易度、芸術性、配膳の的確さを競う。もちろん、盆にコップを載せているので、水を溢さないようにするのも重要である。

 お盆を持ってホールを一周するだけという動作だけでも難易度が高いが、スピード感があり、技も美しいため大変な人気があった。

 この“デリバリ”は主に女子競技で、ウェイトレス、またはメイド服のようなユニフォームを着て行う。

 男子も一応存在する。こちらはウェイターやタキシード、執事服などのユニフォームを着て演技する。

 後宮でもかなり人気のスポーツで、挑戦する者は多いのだという。

 この競技はあくまで配膳の技がメインなので庶民のスポーツというイメージは根強いが、貴族の間でもかなり人気があった。

 ちなみに”デリバリ”では競技者の事をクルーという。


 この大会で、上位成績のクルーは大変な人気がある。帝都勤務になったアンセムは大会がある度によく観戦していた。

 もっとも、アンセムは男子スポーツとしては魅力を感じていないので、男の時にはやってみたい気持ちにはならなかった。

 一応、男子もあるスポーツではあるものの、プレイヤー人口が圧倒的に少ない上に、この競技において男女の人気の差は歴然としている。

 だが、女の身体になった今であれば、ぜひとも挑戦してみたいと考えていたスポーツである。


 その屋内運動場の更衣室で、女たちの黄色い声が鳴り響いている。


「きゃー、エリーゼ様の胸、とってもやわらかーい」

「ちょ、ちょっと…… やめてください……」

「エリーゼ様ったら、お胸がとっても豊かですのね。ソーラとどっちが大きいのかしら」


 着替えの最中、タチアナは、ソーラとエリーゼの胸の大きさを冷静に比べている。


「さすが、ラグナ族の方は皆さんスタイル抜群ですね…… 私なんて、胸はまな板だし、腰はずん胴だし……」


 ニコレがソーラやエリーゼのスタイルと自分を比べて残念そうに言う。彼女はドレスの下に、ドレスインナーやコルセットをつけて補正していた。

 ラグナ族とその諸派は外見的魅力に優れている事で知られ、スタイルも抜群である。

 特にラグナ族は、ドレスや衣服を美しく着こなす事にかけては大陸の全種族の中で一番優れているといわれる。


「あら、ニコレは小さくてとっても可愛いじゃない」


 ソーラは、擁護しているつもりだろうが、天然の彼女はニコレに容赦のないとどめをさしている。

 確かに、カウル族はラグナ族に比べて、容姿やスタイルという点では及ばないだろう。

 でも、アンセムはだからどうしたのだという気もする。そもそも、アンセムの昔の身体はニコレよりまな板だしずん胴だ。そんなの男だから当たり前として受け入れられているが、種族の差を言うのはそれと同じだろう。

 カウル族はラグナ族にはない別の良さと強さをもっている。それはそれで良いのではないだろうか。


「きゃー、こっちの衣装も可愛いわー」

「こっちのスカートも似合うわね」

「侍女に手伝って貰って自分で着替えられますから!」


 続いて、ソーラとタチアナはエリーゼの身体を着せ替え人形にして弄んでいる。

 アンセムの発言は、侍女に手伝ってもらわないと自分では着替えられないという事であるが、後宮のレディメイドは、妃達が会話中は、後ろに控えるだけで一切声を掛けて来ない。要件があるときに黙って補助をするだけである。

 そして後ろで控えるマイラは、3人の妃に弄ばれるアンセムをみてにっこりとほほ笑んで手伝おうとしなかった。


****************************************


 やっとのことで着替えを終え、一行は”デリバリ”のコスチュームを着て屋内運動場に現れた。

 アンセムは、初めての服に緊張していた。

 ウェイトレスをイメージした華やかなレオタードのダンス衣装で、もちろん、彼はこんなボディラインにピッタリとした服など着たことはない。


 すると、アンセム達の前に、クラブのリーダーと思われる娘が、ローラーブレードを滑らせてやってくる。


「これはお嬢様方、ようこそデリバリのクラブへ」

「よろしくお願いいたします」


 娘は、ローラーブレードを翻して華麗に挨拶した。


「トレーナー、今日は初めての人を連れてきました」

「初めまして、エリーゼ・リッツ・ヴォルチです」

「クルートレーナーのパリス・テトラ・チュソヴァヤです。よろしくお願いいたします」


 アンセムはパリスという娘に見覚えがあった。1年くらい前まで有名なデリバリの選手だったのだが、突然引退したクルーである。その後、後宮に入っていたとは知らなかった。

 彼女の髪型は肩までの長さのストレートで髪質がラグナ族と若干違う。外見上ではほとんど区別できないが、彼女はテーベ族の娘である。


 テーベ族は、アスンシオン帝国の北方、ウラル諸島に独立都市同盟を建設するラグナ族の一派である。

 都市経営に特化した種族で、男性は建築が、女性は家事が得意な者が多い。特に女性のメイド職は天職だといわれている。

 反面、農村での仕事や野外での生活は極めて苦手で、都市に依存する生活を好んでいる。

 外見上の違いはラグナ族とほとんどなく混血も進んでいるが、純潔のテーベ族は太古の昔の戦争で神々から”月影”という力を受け継いでいると言われ、事実、男女とも投擲戦では圧倒的な打撃力を誇る。その反面、その血を受け継ぐ娘は、“破瓜の呪い”によって縛られている。

 テーベ族の都市国家では、市民政治であるが選挙権を持つのは男だけで、女には市民権は認められていない。それは、”破瓜の呪い”がある為に財産権が認められていないからである。

 パリスの名前に続くテトラは4という意味で、彼女はチュソヴァヤという男の4番目の娘という意味だ。

 テーベ族では都市間の抗争が絶えず、同じ都市内でも勢力争いが頻繁に起る。地方の農村での潜伏が不得手なテーベ族は、権力争いに敗れた者は帝国へと亡命する例が後を絶たない。


「デリバリのアスンシオン第41回大会で優勝されたパリスさんですね。あの大会の演技は最高でした、お会いできて光栄です」

「まぁ、私をご存じなのですね。光栄です、お嬢様」

「パリスさんのファンだなんて、ヴォルチ隊長みたいな事をいうのねぇ…… 兄妹は似るものだわ」


 ソーラが感心している。そういえば、その大会を観戦に行った話は、ソーラがいる時に部隊内でも話していた。


 さっそく、パリスの指導により皆で輪になり準備運動から開始する。


 アンセムはなんだかワクワクしてきた。あの素晴らしい技術を持つ著名なクルーの指導で、しかも女の身体で”デリバリ”に参加できるのである。

 さらに周囲の娘達が皆、美少女なのも彼を興奮させる。

 メイド達も美少女ばかりであったが、先ほどまでゴテゴテとアクセサリーを付けていたタチアナやソーラ、ニコレの他にも、朝食時に挨拶した妃の何人かも過度な装飾を外して参加しており、彼女達がスポーツする姿は、若々しくて美しい。


挿絵(By みてみん)


 もっとも、アンセムの”デリバリ”初参加は、男として良い格好をみせようとした結果、散々なものに終わった。


 まず、基本動作の立って歩くことすらままならない。お盆を持ったまま滑走するという行為自体が不安定で、さらにここにグラスが載るとなると想像を絶する難易度である。

 そもそもアンセムの精神は、エリーゼの身体を動かす事にまったく慣れていなかった。筋肉の付き方も、体格も、スタイルもまるで違うのに、アンセムは男のようにエリーゼの身体を動かそうとするので、思ったように重心の移動が出来ず、さらに上手くいかないのである。


 パリスは優しく丁寧に手ほどきをする。

 その説明は技量と優しさを伴ったもので、アンセムも真剣に取り組んでいたため、小1時間も練習すると、アンセムでもなんとかお盆を持って滑走するぐらいは出来るようになっていた。


「パリスさんはメイドとして家事も超一流なのよ。ぜひ、私の侍女になって欲しかったのだけれど」


 テーベ族の家事技術は種族文化を伴った伝統と美麗さ、そして手際の良さを合わせたものである。そのため、ラグナ族の貴族達は高い地位を誇るためにテーベ族のメイドを雇いたがる傾向があった。


「申し訳ありません、タチアナ様、その件は……」


 タチアナは、パリスをレディメイドに誘って断られたらしい。テーベ族の中でもとりわけ優秀な彼女の様な人材であれば、侍女に欲しいと思うのは当然であろう。

 そういえばアンセムももう1人レディメイドをつけられるはずであった。


「さて、運動もしたことだし、ねぇ、エリーゼ様。今度は撃ちっ放しに行ってスカッといかない?」


 ラグナ族の文化で撃ちっ放しといえば、弓術、つまり射撃練習のことである。スポーツでは競技名として“スナイプ”という名称がある。

 アンセムは、これだけ運動した後で、さらにまた運動をしようという彼女達に対して、女も意外と元気だなと感心した。


「エリーゼ様、弓術は習っておられましたか?」

「ええ、少し」


 ニコレが尋ねる。エリーゼは弓術はやったことがなかったが、アンセムは少し自信があった。

 だから、得意だといわずに謙虚に返事する。


「そういえば、ヴォルチ隊長の弓術は凄く上手かったなぁ、剣術は下手だったけど」


 ソーラは思い出したように言う。「剣は下手」は余計だ。と文句を言いたかったが、彼はそれを必至で堪えた。


「そうだ。パリス、今日はこれからヒマでしょう? 撃ちっ放しに付き合ってよ」

「はい、畏まりましたお嬢様」


 タチアナはパリスにも声を掛けると、彼女は了承する。


 テーベ族は投擲用の特殊能力“月影”を持つ。

 彼女達が“破瓜の呪い”に囚われてまで女神から手に入れたという力を、アンセムはこの機会にぜひ見たいと期待していた。


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