表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/184

塔3~戦術の理①

挿絵(By みてみん)


 ドゥシャンベ市へ向かう東路軍は、コーカンド市から南進、ザラフシャン山脈を越えるルートを進んでいた。この付近の山脈は険しいものの、山脈の幅は狭くなっておりエルミナ王国が整備した山間道路がある。

 ザラフシャン山脈を越えてその南斜面に出ると、ザラフシャン山脈とパミール高原の間、アム川上流の峡谷地帯となる。黒の石板モノリスオブタクティクスの記録では、遥かな昔、この峡谷は絹の道(シルクロード)と呼ばれていたらしい。絹を産出する家畜のシルククロウラーは世界中で飼育されており、この道がなぜそう呼ばれていたかは判明していない。

 アム川沿いの険しい渓谷地帯を抜けると、南側の山脈は標高が低くなり、複雑な丘陵地形を形成して川は南へと折れ曲がっている。


 東路軍は、あとひとつ丘を越えればアム川支流のカファーニガン川沿いにあるドゥシャンベ市が見えてくるところまで来ていた。

 隊列の先頭をシムス・リッツ・フォーサイス率いる第20師団、中央をロウディル・コンテ・マトロソヴァ伯率いる第4師団、最後尾をパウエル・コンテ・アロフィ伯率いる第17師団。兵力は各20000ずつ、構成は歩兵14個大隊、騎兵2個大隊、法兵1個大隊、工兵1個大隊、補給2個大隊、その他偵察、衛生、航空騎などの中隊が加わっていた。


 結局、危機感がなかったというのが最大の要因だったのかもしれない。

 戦争開始から2ヵ月以上が経過し、味方は大軍、敵は小勢、今までの損害は極めて軽微、敵に戦意は乏しく、本格的な抵抗もせず各地で逃げ回るだけ。

 これらの積み重ねは、細かいところで配置や索敵などに精神的な油断を発生させていたのである。

 また彼らの重大な見落としは、ファルス軍がアム川を利用して移動することを計算しなかったことであろう。

 ファルス王国は高原の民であり大きな河川は少ない。アスンシオンの人々は、ファルスに河川交通という概念はないものだと考えていた。

 だが、そもそも人類の全ての文明の発端は陸上の道路から発達したのではなく、河川交通を基軸に発達したのである。ファルスが河川を使えないと考えたのは、相手を軽視し過ぎたのだ。


 アム川中流域のテルメス市に本拠地を置くファルス軍は、上流域であるこの地域に簡易な船を利用して迅速に部隊を移動していた。アスンシオン軍が愚図愚図とゆっくり進軍している間に、彼らは鋭い一撃を加える為の準備を欠かさなかったのである。

 ファルス軍の技術による急造の彼らの船は、確かに貧弱であり、帝国軍の強力な河川艦隊に出会えばひとたまりもないだろう。

 しかし、河川は海洋と違い移動ルートが限られている。下流にいる西路軍の河川艦隊は、中流を飛ばして上流には辿りつけない。

 このアム川の河川ルートと、低い丘陵を巧みに使った秘匿移動で、ドゥシャンベ南方のアム川流域付近に、ファルス軍の攻撃隊が密かに集結していたのである。


 アスンシオン・エルミナ連合軍が駐留するサマルカンドやカルシ周辺は、4000m級のザラフシャン山脈に阻まれてドゥシャンベ市方面と連携が取り難い。しかし、この険しいザラフシャン山脈は、ファルス軍の本隊がいるテルメス北方付近で途切れている。

 つまり、険しい山脈の南端の切れ目にいるファルス軍の本隊は、東と西のどちらかを全力叩く戦略的選択権を持っていたのである。


****************************************


「前方に敵軍を発見! 兵力は約5万」


 夜明け前、ドゥシャンベ市の南東に布陣したファルス軍奇襲部隊の将軍、エラン・ジャーティマは、夜間に索敵していた偵察兵から西進するアスンシオン軍の隊列発見の報告を受けた。

 彼らは、この地に軽騎兵隊20000、法兵3000、歩兵15000の奇襲部隊を配置し、アム川を遡上してドゥシャンベ市後方に進出して退路を遮断、後方連絡線を断った後、同時にテルメス側のファルス軍主力も西側から総攻撃を仕掛ける計画であった。

 報告を聞き、エラン・ジャーティマはすぐにドゥシャンベ市に向かうアスンシオンの援軍部隊だと判断する。

 本来なら先にこの地点に進出して強固な陣地を築き、ドゥシャンベ市に向かう援軍を阻止する予定であったが、歴戦の猛者であるエラン・ジャーティマは直ちに予定変更を決意、無警戒で油断している敵に対しての奇襲攻撃を企図する。


「ふむ、この速さだと敵は我々の眼前を午前9時ころに通過するな」


 彼は素早くそう計算すると、配置した各隊に伝令を飛ばす。そして部隊を絹の道(シルクロード)南側の森林地帯に潜ませた。


****************************************


「別動隊や、アサマイト族の配置は済んだかな?」


 ファルス軍主力のアルプ・アル・スランは、テルメス市北方にいた10万の兵力を連れて夜間のうちに東進、夜明け前にはドゥシャンベ西側正面に到達していた。

 10万の兵力と攻城兵器を揃え、市を一気に攻略する腹積もりである。


「アサマイト族は一昨日のうちに、後方連絡線まで到着しています。彼らの能力なら敵の索敵に発見されるようなことはないでしょう」


 宰相のアル・マリクは若い国王の問いに答えた。


「正面のエルミナ軍は1万か、敵の士気は低いとはいえ、迅速に潰さなくてはね。時間を掛けて戦っていては、我々が背後を突かれてしまうから」


 ファルス国王は夜明けとともに、10万の将兵に号令、ドゥシャンベ市への総攻撃を開始する。


 帝国歴3016年11月16日、アスンシオン・エルミナ連合軍とファルス軍の最初の大規模激突が開始された。

 この戦いは後にドゥシャンベの戦い、または絹の道(シルクロード)の戦いとして記録される事になる。


****************************************


 ドゥシャンベ市を防衛する多くのエルミナ軍は、ファルス軍の精鋭航空騎“シュトゥーカ”の法力エンジン音で目が醒めた。まだ薄暗さの残る上空には、ユニコーンに跨る航空騎兵が多数到達していたのである。

 この航空騎兵は遠目にもトルバドール=ヴァルキリー族の特徴である緑の髪をしている。

 航空騎隊の育成や維持は大変困難で、しかも特定の女性しか乗る事が出来ない為、安易に近接攻撃を仕掛けて、敵の弓や弩、大型弩(バリスタ)による射撃で消耗しては割に合わない。だから通常は10人以下で現れ、高々度から索敵を行う。

 しかし、今日の航空騎兵の攻撃は、規模や人数が明らかに違う。上空を何派にも分かれ、総数は1000を越えるかもしれない。それが、短弓の届く低空で突っ込んで来たのである。


 現れた航空騎兵隊“シュトゥーカ”は、上空に到達すると次々と焼夷擲弾を投げ込んできた。

 遅延式焼夷擲弾は、法撃の仕組みを手榴弾に仕込んだような機構であり、こちらは法弾よりさらに高価で単発しか持てず、しかも使用者にPN回路を要求し、さらに機構的にかなり接近してから投擲しなくてはならない。そして破壊力も低いという代物だったが、それでも接近して上空から投げつけることにより高い命中率で火炎瓶などよりは強い焼夷効果を持っているので、大規模な航空騎兵による空襲ではよく使用された。


 城側の朝直の兵士達の射撃に怯まず、低空を滑空しながら突っ込んで来る航空騎兵に対し、防御するエルミナ軍側もすぐにも異常な空気を悟る。

 航空騎兵による攻撃で真っ先に狙われたのは、防御兵器だけではない。ドゥシャンベ市の航空騎兵発着用の厩舎とカタパルトは真っ先に攻撃対象になった。ドゥシャンベ市は航空騎を10数機程度しか持っていないが、それでも索敵の目を潰す為に優先的に狙われる。ユニコーンが人を乗せて飛ぶにはかなり広い場所かカタパルトが必要である。そして、ユニコーンの皮膜は少しでも傷つくと飛べないからである。


 ドゥシャンベ市西側にある小河川、ハナーカ川沿いに建設された防衛線の前には、攻城用の投石器や櫓などが並んでいた。

 それらは牛や人力に押され徐々に砦に近づいて来たが、この攻城兵器が防壁に近接するのを待つことなく、次々と迫撃法弾と、そしてトルバドール族が得意とする竜巻法弾が飛び込んでくる。


 法撃は火力を用いた迫撃魔法が一般的である。威力があり、殺傷力が高く、防御設備を破壊することができる。しかし、種族の相性と法弾の材質によっては他の系統の法撃の方が得意の場合がある。

 トルバドール族は風系の法撃である竜巻魔法を得意としていた。

 竜巻魔法は、空気の渦が弧を描いて飛んでいき、着弾するとそこを中心として大きな竜巻が発生、周囲のものを吹き飛ばす。

 見た目は派手だが、地形に対する破壊力はそれほどでもなく、トーチカ相手にはまったく効果がないといってもいいだろう。

 だが、範囲が広い為、弓や盾を構えた戦列や、騎兵隊の密集地点、布や簡易な骨組の木造など強固ではない建造物への攻撃であれば有効となる場合もある。それでも、相手を転倒させ石つぶてをぶつける程度の打撃力であり、金属装甲の相手には殺傷力が低い。

 それゆえ、風系魔法を得意とするトルバドール族でも、迫撃魔法を混ぜて使うのが一般的である。


 ドゥシャンベ市への攻撃は以前にも行われた事があった。その時も迫撃魔法による攻撃も行われたが、川沿いに築かれた城砦は堅固で、容易には突破できないはずであった。

 だが、今日の攻撃はその密度も勢いもまったく違う。反撃を行う砦の防御兵器は航空騎兵の焼夷擲弾と竜巻魔法で封じられ、防御兵器は川沿いに建てられた防御壁は迫撃魔法で次々と打ち破られて炎上している。

 そんな混乱の中でも、危急の事態に、市内より慌てて起き出して配置についたエルミナ軍の将兵は有利な地形を活かして投石機、法兵隊、大型弩などで反撃するが、ファルス軍はいくら損害が出てもまったく怯まない。


****************************************


 上空でファルス軍の航空騎隊“シュトゥーカ”を指揮していた隊長のアイーシャは、初期の攻撃目標の撃破を確信した。

 彼女は優秀な航空騎兵であり、上空に留まりながら隊員達に対して冷静に指揮していた。そして、その周囲の警戒を怠らず、状況の判断も的確である。

 上空から索敵している限りでは、東側に配置につくはずのエラン・ジャーティマの別動隊が配置についておらず、アスンシオン軍が隊列を保ってドゥシャンベに向かっているのが確認された。

 彼女は色のついた信号弾を放ち、アスンシオンの援軍が向かっている事を素早く友軍に連絡する。


「おやおや、ちょうどアスンシオンの奴らも到着しようとしていたようだね」


 信号弾をみたアルプ・アル・スランは、すぐに状況を把握すると、正面攻撃を指揮していた大将軍のアル・タ・バズスに対してさらに損害を恐れず早期決着するよう命令を出した。


「僅かな時間差ですが、こちらが先手を取れたようですな」

「そのようだね。もっとも、こちらは想定の範囲内だけど相手はそうでもないようだ。頭を抑えているし、この差は大きいよ」


 傍に控えていた伝令がすぐさま各隊へと走りまわる。しかし、前線で戦っていた大将軍のアル・タ・バズスは航空騎兵の信号弾を見るとその伝令を待つことなく、騎兵を率いて突撃を開始、迫撃魔法によって破壊された砦の突破口から一気に戦線を崩壊させようとしていた。


****************************************


 同じ頃、ザラフシャン山脈南斜面の一合目まで降りて来ていたムラト族旅団は、航空騎兵の大軍がドゥシャンベ市上空に飛来しているのを目撃した。

 旅団長のレンは眼鏡を外して双眼鏡を覗きドゥシャンベ側の戦線を見る。


「どうやら1日遅かったようだね。明らかに敵の総攻撃だ。これはヤバそうだな」


 レンは旅団の各部隊長に状況を予測してすばやく伝令を行う、しかし彼が一般の兵員に出した最初の命令は、現在地での30分間の休憩だった。


****************************************


 東路軍の先頭を進んでいた第20師団は、アム川とカファーニガン川の分水嶺を越え、カファーニガン川の上流に差し掛かっていた。そして、ドゥシャンベ市を視認すると、上空を飛来する航空騎兵の大軍を発見、さらに市内には迫撃魔法が撃ちこまれ、あちこちで火の手が上がっているようである。

 だが、偵察隊が橋を渡って状況を確認しようとした際、突然、彼らが敵に襲われたという報告が入る。


「前方に敵出現! アサマイト族です!」

「透明人間ども、現れたか」


 アサマイト族はファルス王国を構成する異種族のひとつで、D属の人間種である。D属の男性は様々な種族に分かれているが、女性はナーガ族ただ一種だけ。つまり、複数の男性種族がナーガ族という一種の女性種族を妻にしている。

 D属のDの意味はDragonであることは、彼らの容姿をみれば誰でも予想がつくことであろう。D属の男性はどれも爬虫類を思わせる不気味な姿をしている。もっとも、種族分類学者は、彼らは肉体の構造的に爬虫類から人間のように進化したのではないと指摘している。

 アサマイト族の外見は目玉のギョロっとした、普段は緑色の体色をした不気味な姿をしている。簡単に説明するのであれば、爬虫類のカメレオンの様な姿だ。ただし舌は伸びない。

 彼らは、肌の色を周囲と同化させることができる“迷彩”という特殊能力を持つ。


 ファルス軍と戦うアスンシオン軍は、事前にアサマイト族対策について教養されていた。

 アサマイト族は、透明人間と揶揄されることがあるが、視覚に対する完璧な迷彩ができるわけではない。

 静止され、遠方であれば見つけるのはなかなか困難だ。しかし、移動に合わせて体色を変化することなどできないし、影も付くので近距離で注視すれば見分ける事は出来るだろう。

 ただ、航空騎兵や偵察兵による索敵の際の視認困難さを評価すれば、極めて有力な能力である。気づかれないうちに敵後方に深く進出し、ゲリラ戦のような戦闘を仕掛ける可能性は、帝国軍でも初期から指摘されていた。

 この対策として、カラーインクを塗ったボールの投擲や煙を使った燻り出し等が真面目に検討されている。

 しかし、どれも非効率的な方法であり、実際、彼らが現れたからといって、見えない刃が襲ってくるわけでも、強力な武器で突撃してくるわけでも、弓矢を撃つわけでもない。迷彩能力の弊害で彼らは鎧を着る事が出来ない。さらに武器も軽量の物に限られ、荷物も制限される。

 過剰な評価は、過剰な対応に繋がる、第20師団長フォーサイス卿は、目の前に現れた透明人間のような能力を持つ兵士に対し、訓練通りの撃滅を命令したが、結果的にこれは大きな出遅れとなった。

 前方に現れた透明人間の能力に気を取られている間に、後方にいた第17師団はエラン・ジャーティマの別動隊によって奇襲されようとしていたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ