塔2~古代人達の旅団③
高原の国ハイランドは揺れていた。
立憲君主国家として再出発するため、新国王に即位予定だったアイロニック王太子が刺客に襲われ、二週間後に亡くなったのである。
ハイランドに新たに設置された議会は4つの会派で構成されていた。
君主制を支持する王党派、啓蒙の法による法治国家を目指すマキナ教徒主体の啓蒙党派、各地の山の神殿とトリム教徒を支持母体とする神殿派、そして平等主義者であるベース主義者と種族解放主義者が主な支持者の労働党である。
勢力はほぼ拮抗しているが、啓蒙党がやや多く、他会派の支持を受け、啓蒙党の党首サザーランが首相に就任している。ハイランドは山の神を信奉する多神教のトリム教徒が主であるが、啓蒙の法に従うマキナ教徒も存在するし、国内法も整備されている。また、支持政党が無い者達は、ルールに厳格な啓蒙党をとりあえず支持している者が多かった。
王太子暗殺後、王党派は次の君主として、先のグンドール国王の次男であるヒルデリックの指名を要求する。神殿党はそれを支持した。
ところが啓蒙党の党首で新政府首相のサザーランはそれを拒否、こちらはハイランド労働党の党首のノヴェルがそれを支持した。
暗殺された長男のアイロニック王太子は20歳、既に即位に同意し、議会を中心とした立憲君主制の象徴的な王として自己の役割を宣誓していた。しかし、次男のヒルデリック王太子はわずか4歳。ヒルデリック王太子の意志確認など無意味である。そもそも4歳の王など、推薦した王党派がみても傀儡君主であり、前時代的な悪習であるとして、啓蒙党と労働党は即位を認めなかった。この2つの党を足せば議会は過半数をやや超える。
王党派は、何が何でもグンドール国王の血族を君主にしたかった。そもそも、彼らはグンドール国王によるハイランドの対外遠征をずっと支持してきた。国内のグンドール国王に対する名声への理解もまだ残っており、彼の国際貢献と名将としての評価は未だに健在だった。グンドール国王の子を君主にしなければ、そのカリスマ性を失い、彼ら王党派は存在する事が出来ない。
ハイラルに本拠地を置く神殿党は、啓蒙党と労働党を警戒していた。彼らは、主な支持基盤がトリム教徒である。地元に根強い宗教的利権を持っており、ライバルであるマキナ教徒が主体の啓蒙党はもちろん、神殿の宗教的利益を認めない主張の労働党に対しても同様に相容れない存在であった。
ハイランドの各州でも事情は違った。人口の多いフェルガナ市は各派勢力が入り乱れていたが、パミール高原を要するハイラル市は圧倒的に王党派と神殿党派が多く、アスンシオンに近いコチコル州は啓蒙党派が多かった。平等主義者であるベース教徒が多数いるタリム共和国に近いカラコラム州では労働党派が多い。南部のシュリナガル州はラグナ系より、カマラ系の血が濃く、どちらかといえば神殿党派であるが、今回の首都での政変からは距離を置いていた。
どちらが引き金を最初に引いたかは分からない。どっちも先手を打つ気は十分だったのだろうし、どちらの陣営も先に相手が手を出したと主張する。
新聞上で発表された限りの大きな発端としては、首都のフェルガナ市で労働党の本部が反ベース主義者達によって襲撃されるのと同時に、フェルガナ市にある山の神の神殿支部が放火された。
この事態に、首相サザーランは襲撃事件を王党派の犯行と断定し、王党派の議会全権限を剥奪、さらに離宮にいた国王グンドール、議長で前宰相のブリアンを含む旧王制の幹部を拘束した。
首相サザーランの強硬手段に、全ての各派が武器を取り、フェルガナ市内で互いの陣営が要所を占拠、さらに混乱は首都から全国へと飛び火した。
こうして、高原の国ハイランドはグンドール国王の退位から一ヶ月と少ししか経たないうちに、内戦へと突入したのである。
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帝都アスンシオンでは激変するハイランドの政治情勢について、新しい情報がもたらされる度に動揺が広がっていた。
特に後宮にいる先のハイランド国王グンドールの次女、第40妃カスタルの動揺は激しい。彼女はとても明るい性格であったが、祖国で兄が暗殺され、父が軟禁されたというニュースを聞いて酷く落ち込んでいる。
帝国政府では連日のように、このハイランドの政変への対応策が協議されていた。
「ハイランド南方のローランド王国は、ハイラル大神殿の大神官メリエル様の要請を受けて援軍派遣を決定したようです。ローランドは以前の戦役でグンドール王に恩義がありますから、今回のハイランド政変は座視できないのでしょう」
外務大臣のセルバ・デューク・ニコリスコエは、南方のローランド王国が王党派、神殿党派の支援を名目に既に援軍を派遣していることを報告する。
「ハイランドのかつての王都、フェルガナの混乱は激しいようです。各派が主要施設を占拠、市内は無法地帯と化し、商店への強盗や略奪も横行しているとか。我が国企業の店舗も襲撃対象とされ、既に死者も出ています。ここは我々も出兵して、治安を維持し、我が国の在留民を守る為に積極介入するべきなのではないでしょうか」
通商大臣のズェーベン・ヴィス・スヴィロソフは、早期介入すべきと主張した。
「しかし現在、我が国は総力を挙げてエルミナに出征中だ。ハイランドに援軍を出す余力などないだろう」
陸軍大臣のワリード・ヴィス・グリッペンベルグは、軍事的に余力がないことから否定的な見方を示した。
「我が国はまだ現行政府首班のサザーラン政権を承認しておりませんが、こちらもどうするのでしょうか」
外務大臣のセルバ・デューク・ニコリスコエは、政府の承認関係も対応が必要だという。
最初からすべての情報が得られているわけではなく、フェルガナ市の情勢は日に日に変化し、情報は錯綜している。
皇帝リュドミルは悩んでいた。帝国軍は大規模な外征中であり、政府には皇帝が信任するテニアナロタ公を始めとした人材がいない。
彼は先帝から、優秀なブレーンを付けられていた。父から外交関係は彼らによく相談するように言い残されていたのである。
先帝は息子の性格、つまり現在の皇帝が、生真面目で規則に厳しい性格であることを見抜いていた。日課を守って欠かさず自己鍛錬をし、早朝から出仕して政府関係者と懇談を行い、会議では独断専横することなく他者の意見をよく聞き、地方を回って有力者達との信頼関係構築に努め、反乱討伐の凱旋や皇太子誕生の際など、大規模な式典を行って国民に対しての君主の存在感を示す事を忘れない。
そして、後宮などという、ともすれば男が肉欲に堕落しかねないものがあっても、自らを律している。
おそらく平時であれば良く出来た君主であろう。
だが、規則に厳格で真面目、そして他人の意見を参考にする性格は、外交に関しては仇となる場合もある。ローランド戦役の時もそうであったが、どちらが正しいのか判断する事が出来ない。
こと外交に関しては、柔軟性、融通、曖昧という名目で、白黒はっきりつけない場合が良い事もある。アスンシオンとハイランドは軍事同盟関係にあったが、条約の条項を杓子定規に守れば両国の信頼関係が万全というわけではないはずだ。
以前のイリ遠征の後宮籠城の際、先帝から信頼するよう言い残された者の多くが暗殺された。生き残った内政面でのテニアナロタ公、軍事面でのタルナフ伯は遠征でいない。そして皇帝が信頼する知恵者であり、弟分のように可愛がっていたローザリア卿もいない。
後宮に帰宅した後、皇后のアンセムに尋ねても、彼は外交面に疎く、今回は妃カスタルへの配慮から感情論になることを避けて、意見を控えた。
だが皇帝は迷ったからといって、いつまでも結論を先延ばしにして誤魔化し、曖昧なままにするような性格ではなかった。
「イリ戦役で我々が援軍を受けている以上、ハイランドの混乱を見過ごすのは、国際信義上難しいと考える。ましてや王女を妻として同盟関係を築いている我々は、ハイランドの平和に対してまったく責任がないわけではないだろう。あくまで王都ハイランドの治安維持と、政情安定を目的として、ローランドと協力の上、軍を派遣する」
皇帝は決定した。本人は妥当な案だと思っていただろうし、この場にいた閣僚の誰もが皇帝の意見に対して反対しない。
「それでは、派遣軍は何処から供出しますか。国内にはもう余裕がありません」
陸軍大臣グリッペンベルグ卿は促す。
「東路軍はコーカンド市に待機しているのだろう。王都フェルガナから僅か数日程度の距離だ。我が軍はマリ市を解放し、サマルカンド周辺の敵の駆逐も完了した。敵に大きな動きはないようだし、東路軍の一部を振り向けて対応させることとする」
「了解しました」
「陛下、では我々は『現政府を支持しない』ということでよろしいのですね?」
外務大臣のニコリスコエ公は確認する。
「それについては、ローランドと話を合わせ、フェルガナ市の治安が回復され次第、正式な選挙を行い、その結果を元にした政府樹立を呼びかけ、それを承認するものとする」
「了解しました、サマルカンド市にいる宰相や参謀長に連絡し、そのように対応するよう指示を出します」
この会議の結果を後宮で聞いたアンセムは酷く不安になった。
ハイランドからはイリ遠征で援軍を貰っている。フェルガナ市は混乱している。すぐに支援できる場所に帝国軍がいる。ローランド軍は本件に介入を決定している。また、後宮にいる妃カスタルは肉親が暗殺され泣いている。王党派が不利な状況ならば彼女の他の親族も危ない。王都の治安維持は人道的にも正しいように思える。
これらの結論を並べれば、介入するのは当然のように考えられるだろう。
しかし極僅かの差とはいえ、ハイランド議会の多数派は啓蒙党と労働党だ。そして臨時の投票とはいえ、首相は啓蒙党の党首サザーランなのである。他国の人間がそんな結論を出して安易に介入し本当に大丈夫なのだろうか?
何か重大な見落としがあるような気がする。
だが、工兵士官のアンセムは外交に疎い。ローランド戦役の時に皇帝にした日和見的な意見も、結局は事態を解決させる事は出来なかった。後宮から皇后が下手に意見する事は逆に皇帝を混乱させるだけだ。
皇太子の母のような身分の者が国政に口出しする慣習を作れば亡国の始まりであることはアンセムもわかっている。彼は何も言わず、政府の方針に委ねる事が最良であると信じる他なかった。
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総司令官のテニアナロタ公、スミルノフ参謀長は、皇帝からのハイランドの治安回復の為に東路軍から軍を派遣せよ、という命令を受け取り、さっそく調整作業に追われていた。
「まったく、ようやく敵本隊への攻撃陣容が整ったというのに」
スミルノフ参謀長は舌打ちする。西路軍はマリ市解放後、現地で補給を終え、東進を開始していた。中路軍もサマルカンド南方のカルシ周辺の敵防衛線の排除を終え、南進開始の準備をしている。東路軍にも呼応して西進するよう指示を出してあった。
「陛下の命令とあれば仕方があるまい。参謀長、東路軍の一部をフェルガナ方面に向けるとしよう。計画を見直して欲しい」
総司令官のテニアナロタ公より、計画を練るように指示されたスミルノフ参謀長は、数時間のうちに、東路軍の計6個師団を分割、第7師団と第12師団の2個師団をハイランドの都フェルガナに向け、残りの4個師団を予定通り、エルミナ軍1万が守るドゥシャンベ市に向けて進発させる作戦案を策定した。
「総司令官、幸い敵にまったく動きはありません。カルシ周辺での攻防戦を評価しても敵の士気は明らかに落ちているようです。こちらの消耗や疲労もほぼなく、戦力は十分に維持されています。当初の計画通り進撃しつつ、かつ陛下の要請に対応できるような変更を加えました」
既にファルス軍の本隊を追い詰める作戦は進んでいた。中路軍、西路軍と合同するためにも、東路軍の進撃を遅らせるわけにはいかない。
スミルノフ参謀長の説明に、総司令官のテニアナロタ公は、その案を了承し、すぐに東路軍へと早馬が飛んだ。
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総司令部の命令を受けた東路軍では、進撃準備中での突然の部隊分割命令に困惑していた。合流する予定のハイランド軍は現れず、逆にハイランドの治安維持の為に兵力を割けというのである。
「カザン公、我々はハイランド軍と合流する手はずだったのに、それが叶わず、さらにハイランドの内戦の支援のために兵力を裂かれては、戦力は予定の半分以下になってしまいます」
第4師団長ロウディル・コンテ・マトロソヴァは、戦力の低下を懸念し、この方針について異議を唱える。
「しかし、ハイランドへの援兵は皇帝陛下のご命令だ。そして、ドゥシャンベ市へ進んでエルミナ軍と合流し、中路軍、西路軍と歩調を合わせることは総司令官の命令だ。我々の独断で拒否するような権限はない」
「マトロソヴァ伯は心配症だな。お主の父は私の戦友であったが、法兵でありながら常に勇敢で第一線で戦い、味方を鼓舞していたぞ。奴自慢の息子が突然臆病風に吹かれたと知ったら、奴も悲しむだろう」
東路軍司令官のカザン公は、マトロソヴァ伯の意見を一蹴し、第17師団長パウエル・コンテ・アロフィは、マトロソヴァ伯を嗜めた。
「いえ…… そういうわけではありません。しかし敵の動きが静かすぎるのは気になります」
「敵は我々より四分の一近い小勢。我らの勢いに押されて帰り仕度でもしているのだろう」
東路軍参謀フォーク・コンテ・コリアークは楽観的な見通しを述べた。
「ここで前進しておかないと、テルメスの北に駐留する敵本隊を叩く総攻撃の際に、攻撃に穴が空いてしまいます。遅れるわけにはいきません」
第20師団長シムス・リッツ・フォーサイスは、今回任命されたばかりの若い師団長であり、初の大きな作戦参加で闘志を燃やしていた。第20師団は東路軍の先鋒を任されており、西路軍、中路軍の戦果報告を受ける中、東路軍はずっと待機していたままであったので、出遅れていると感じているのだろう。
「ふむ、東路軍参謀や各師団長らの意見の通り、司令部の指示通りフェルガナ市に2個師団を向け、我々も総攻撃に参加できるようドゥシャンベ市に進軍するとしよう、ただ……」
東路軍司令官のカザン公は付け加える。
「東のフェルガナと南のドゥシャンベに移動する際、どちらかの兵力が足りなくなった時に、対応できる予備師団があったほうがいいだろう。第24師団を戦略予備として残し、残りの第4、第17、第20の3個師団でドゥシャンベに向かう事とする」
「戦略予備ですか…… 兵力を減らしたうえにさらに予備も配置するのは、戦力分散になるのではないでしょうか」
突然の予備戦力の抽出に、東路軍参謀コリアーク伯は異議を唱えた。
「参謀、柔軟な策といってもらいたい。ここはフェルガナとドゥシャンベの両都市への進軍が容易な要衝だ。フェルガナへ向かった部隊の兵力が不足した時、予備戦力がないと対応できないだろう。また、兵力に余裕がある時は一部を休息させ、疲労した部隊と交替させる。予備師団を置く事の重要性は、士官学校でも習うはずだぞ」
「それは…… そうですが」
「現に中路軍は予備師団を複数置き、兵員が疲労しないよう交替でカルシ周辺の砦を攻略しているではないか。疲労した兵を使うのが一番損害を大きくするのだ」
東路軍司令官は、この程度の範囲であれば師団の自由運用は認められている。そして、カザン公は兵力を小出しにする事で有名だった。もちろん、相手より兵力が多いなら、兵を交替で休ませながら戦う事は理には適っている。平野での決戦ならともかく、相手の陣地を攻めるのであれば当然の手法だ。
だが、アスンシオン軍は全体では大軍であっても東路軍だけではやや少ない。いくつかの異論も出たが、カザン公は予備師団を置くことに関して決意は固いようである。
幹部らは説得を諦め、最終的にはカザン公の作戦を了解した。
11月初旬、東路軍は待機していたコーカンド市から前進を開始する。
進軍を開始した東路軍の兵士達は一様に気楽だった。二か月近く待機して鋭気は十分だったし、他の方面軍は戦果をあげ、損害が極めて軽微であることを知っている。味方は大軍、敵は追い詰められている。自分達にもやっと出番が回ってきて、そして、他路の軍と同様の戦果と栄光の列に加われるものと信じて疑っていない。
それと、同時にフェルガナ市へ治安維持に向かう2個師団も出発した。ハイランドはアスンシオンの友邦であり、わずか半年前にも援軍として進出したばかりである。その時と同様に、同国の国民の歓待を受けられるものだと考えていたのである。
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各路軍の状況を随時把握していた中路軍も南進を開始していた。進軍中に心配症の先輩であるマトロソヴァ伯より手紙を受け取った第13師団長ローザリア卿は、すぐに別動隊であるムラト族旅団のレンのところへ打ち合わせに向かう。
今回の中路軍の南進には、エルミナ軍10万が加わっているが、彼らとの連携の懸念から異種族であるカウル族やムラト族の部隊は両翼に配置され、戦闘の際は戦略予備とされたからである。
だが、ローザリア卿が馬を飛ばして到着したムラト族旅団の本営には誰もいない。既に立ち去り、今まで駐屯していた形跡があるだけであった。
ローザリア卿が南方を見ると、ザラフシャン山脈北口の山間道路を進む部隊の姿が見える。ムラト族旅団は、彼らが建設した山間道路を使用して移動を開始しているようである。
ローザリア卿は慌てて馬を飛ばして追いかける。小1時間して部隊に追いつくと、彼は馬上から旅団長のレンの姿を認めたローザリア卿は大声を掛けた。
「レン殿、まだ移動命令を受けていません。すぐに許可を得てくるのでお待ちください!」
「師団長、我々は待機命令中ですし、今回の移動は警護の許可を得た山間道路で山賊が出たのでその討伐のための移動ですよ。報告に師団本部に参謀のトーマスを向かわせましたが、入れ違いになってしまいましたか」
「そのような建前の報告は私には必要ありません。レン殿の杞憂は承知しています。貴殿の旅団だけでは道中に配置されている工兵隊を加えても8000程度、我が師団も隊列に加わりますのでお待ちください」
ムラト族旅団の旅団長レンは、以前より東路軍の進出する地域への危険性を説いていた。
コーカンド市からドゥシャンベ市ヘ向かう付近は南北を山地に挟まれた峡谷地帯である。だが、峡谷といっても両側の地形は微妙に違っている。
北側のザラフシャン山脈は極めて険しい高山地帯だ。4000m級の山々が連なり、亜熱帯のこの地方でも11月ともなれば山頂付近には雪が降り始める。
しかし、南側のアム川周辺地形の山々の標高は平均1000m程度、斜面もなだらかな丘陵地帯である。
この地から東に向かうと、世界の屋根と呼ばれるパミール高原があり、こちらは5000m級以上の山地が連なる大高原地帯となっている。
つまり、ドゥシャンベ市は北と東は高い山で覆われ、西は開けていて、南は低く簡単に越えられる程度の丘で隔てられている地勢である。
北や東からは進軍や退却、援軍が難しく、西や南からは容易に大軍を展開できるのである。
レンは東路軍がたとえ全軍で移動しても、この地形を死地だと指摘していた。だから総司令部に掛け合って、両路軍を隔てるザラフシャン山脈にある、いままでほとんど使われていない山道を整備し、不測の事態に備えての進撃、または退路として活用できるように掛け合ったのである。
そして、その東路軍は、ハイランド軍と合流できなかっただけでなく、さらにその半数でドゥシャンベ市へと移動している。
敵がこの絶好の機会を見逃すはずがない。
「1日でも早くドゥシャンベに到着し、強力な陣地を築いて山道を有効活用できるようにしなければなりません。大丈夫、敵と出合っても正面から斬り合ったりせずに、防御を固めて味方の援護と救援待ちに徹しますよ」
レンがそう告げると、ローザリア卿は了解した。彼も一刻も早く総司令部へと戻り、部隊を出さなければならない。
「分かりました、総司令官に掛け合った後、我々も後に続きます。兵力の不足する東路軍への増強という提案なら総司令官も無碍にはしないでしょう。それまで無理をせず対応ください」
「お願いいたします。しかし、敵が鋭く動けば、もしかしたら手遅れかも……」
レンは計算していた。東路軍は、時間的に考えて最悪のタイミングで攻撃を受ける可能性があったからである。




