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塔1~未来視達の謀略戦⑥

 サマルカンドのエルミナ王宮に、ファルス王国の外交官が来訪する。

 使者はマールバラと名乗る優男風の男で、凛々しい顔立ち、細身でありながら壮健な肉体をもち、優しく落ち着いた聞き取りやすい声で、さらに洒落た服装をしていた。無骨な金属鎧で身を包むアスンシオンの将軍達とは違う雰囲気だ。

 エルマリア王女に対して謁見を許されたマールバラは、凛々しい態度で進みでる。


「ファルス国王、アルプ・アル・スラン陛下の使者として参りました」


 マールバラの美形と美声、そしてファッションは、謁見の間に並び立つ聖女連隊の乙女達に、程度の差はあれ、ある妄想を抱かせるのに十分であった。


「我が主アルプ・アル・スラン陛下は、エルミナ国王オストラゴス三世陛下の御遺体をご返還するとともに、先の戦いにおいて、勇壮な王は自ら剣を振るい、その名声に恥じない最期であったことをお伝えするものであります」


 ファルス王国の使者マールバラは、今回の交渉に先立ち、先王の亡骸を豪華な装飾を施した棺に入れ、“冷凍球”と塩で保管し亡骸を清め、マキナ教徒が葬儀に使う花で飾り、さらにエルミナの国旗を被せて送って来た。もちろん運ぶ従者は礼装している。

 また、先の戦いで戦死した騎士長や他の騎士達の亡骸も、国王の棺に続くように連なり運び込まれた。

 エルミナとファルスは外交断絶状態であったが、このような処置をされて遺体を返され、使者を派遣されたのでは、相手の話を聞かないわけにはいかない。


「父の亡骸を返還していただいた事には感謝しています」

「我らは、貴国と不幸にも争いとなりましたが、当方に遺恨はなく話し合いによって解決する意志がある所存、私はそれをお伝えに参りました」

「そうですか、それでは我が国の重臣達と交渉することを許可します」


 エルマリア王女は、使者マールバラとの話を打ち切ると、委細を宰相のエフタルに任せてしまった。いつもの神聖な儀式があるとの言い分ですぐにその場を離れる。

 彼女は国王が死んでから、政治や外交の公の場に出るようになったが、最初だけ応じるとすぐに退出してしまう。

 エルミナの“啓蒙の法”では、国王の代理となった王女は、政治や外交の公の謁見を行わなければならない。しかし、出席すれば途中退席しても構わないのである。ただし、これは特異なことではない。どこの国でも、首脳であればこういう公の場の謁見では、最初は臨席しても途中で退席し、後は大臣や事務官が引き継ぐのはいたって普通の事である。だが、王女の場合、それを利用して、国政に関与する気がまったくないのは誰の目にも明らかのようであった。


 そして、以前軍議が行われた会議室で、ファルス側の外交提案について意見が交わされている。


「なぜ我々が国土を手放さなければならいなのだ。敵は違法に我が国の領土を占拠し、我が国民を虐殺している雑種だぞ」


 タシケント太守、ヒンデン・フォーラ・タシケントは強い口調でファルス側の提案への反対を表明する。


「しかし、敵の要求には交渉する余地がありそうだ。このまま全てを拒否する必要はないように思うが」


 ローザリア卿は、この会議に臨む前、レンよりファルス側の外交交渉における妥協点の予想線を聞いていた。おそらく、ファルス側は大幅に譲歩する可能性があり、現在の要求のテルメスからマリ線までのラインよりもずっと南、ローランド戦役以前の国境でも妥協するだろうという予測である。


「相手が交渉に応じる姿勢なら、もう少しこちらの要求を強める事は可能だろう。ローランド戦役以前の国境で相手側に打診してはどうか」

「敵がそのラインまで下がってくれるなら一兵も損なわずに済むな」


 第5師団長タブアエラン伯も同意する。ローザリア卿は、レンの指導で彼に事前に根回しを行っていた。


「ふむ、エフタル宰相、騎士長バンクレイン殿、タシケント太守殿。我がアスンシオン軍としては、敵の要求のテルメスとマリの線で応じるのは難しいが、ローランド戦役以前の国境であれば、応じるべきだと考えます。交渉を進めるべきです」


 総司令官テニアナロタ公は交渉ラインをローランド戦役以前の国境に戻す条件で返信し、それに応じるならば外交交渉で妥結するべきだと主張した。

 だが、タシケントら保守派のエルミナの太守や騎士達は猛反対する。


「ローランド戦役前の国境に戻しては、我々が血と汗を流して得た土地が失われてしまうではないか」

「この戦いで犠牲となった同胞に言い訳できない」

「ローランド戦役後の国境ならば応じても良い」


 ローランド戦役前とローランド戦役後のエルミナ領土の違いなど、大局的にみれば寸土である。それに、ローランド戦役でエルミナが領土を獲得できたのは、ファルス軍の本隊がローランドに出払った留守を狙ったからである。

 ローザリア卿は、そんな都合のいい要求を、負けている側がするなどという、強気の発言のタシケントの太守らに対して怒りが込み上げてきた。

 だが、レンはその反応まで予測していた。タシケントの太守らは、交渉決裂を狙っていて、はじめからアスンシオンとファルスを戦わせるつもりに会議を誘導するはずだと指摘しているからである。


 ローザリア卿は事前に総司令官のテニアナロタ公に対し、ファルスから交渉の使者が来たら、エルミナにその条件を飲ませるように提案していた。

 しかし、テニアナロタ公からの回答は、強く提案はするが、外交に関してはエルミナの主権を侵害できない。というものである。

 アスンシオンは、軍事方針についてはエルミナ軍を主導できる。それは“啓蒙の法”で交わされた同盟の条約に記されている。しかし、エルミナの外交方針はエルミナが主導し、アスンシオンは、意見をする程度である。


 結局、以前の軍事会議ではまったく発言しなかったタシケント太守らとエルミナの騎士達は、急に活発で饒舌になり、妥協主義者でアスンシオン帝国のいいなりに近い宰相のエフタルの意見を封じ込めた。


「ファルスは、友邦アスンシオンの大軍に怯え、和平を請うてきたのだ。叩くなら今だ」


 タシケントの太守や騎士達は声高にそう叫ぶ。


 ローザリア卿は会議でその様子を眺めている。彼らが本気でそう思っているなら、今回ではなく先の軍議の時にもそう言うはずだ。どうして以前の軍事方針の会議では無言で、今回の外交方針の会議では声が大きいのだ。

 彼らは自分の都合にいいようにしか行動しない。完全にレンの指摘通りである。


 ファルスの要求を拒絶するという外交方針が決まった後、ローザリア卿はタシケント太守に言った。


「タシケント太守殿。我が軍にタシケントにある穀物と法弾の供給をしていただく。これからカルシの敵砦を攻略するので必要になるので」

「我が軍も資材は不足しております。すでに盟約で決められた分は供給しており、我々の反攻作戦の為にも必要になれば、これ以上の融通は難しいですな」

「“啓蒙の法”の盟約により必要な軍事物資の提供は貴国保管分の50%まで行うと決められている。太守の管理する穀物庫と法弾庫は差し押えて調べさせてもらったぞ」

「なんと、このような強引なやり方、我が方は聞いておりませんぞ」


 ローザリア卿の突然の宣告に、タシケント太守は焦っているようだった。


「太守殿の管轄する市には、我々に報告していただいた帳簿よりも随分とたくさん貯蔵があるようだな。帳簿にいくつもの間違いがあった。盟約の通り50%は我々が受領する。よもや、太守殿は、我々に供給する軍事物資を隠蔽するために帳簿の改竄をしたとはいいませんな?」

「……これは、申し訳ない。担当者が計測を間違っていたようだ。担当者を処罰するゆえご容赦を、我々に盟約を違える気などないのです」


 タシケントの太守は不正を指摘され、慌てて取り繕う。


 これはレンの策であった。彼が言った通り、タシケントの太守は資材を隠蔽していたのである。レンは、ファルスとアスンシオンの共倒れを狙っている者達がやりそうな事を見抜き、決められた盟約の範囲内において可能な事で、先手を打たせたのであった。


「レン殿の策。上手くいきましたよ。狼狽したタシケント太守の姿を見せてやりたいぐらいでした」


 ローザリア卿は上機嫌で師団の司令所に戻ってくる。


「だが、次からは奴らも警戒するでしょう。同じ手は使えません」

「物資は手に入れておいて損はないです。彼らは嘘をつきませんからな」


 多くの物資を入手し、補給管理の責任者である師団参謀のグリッペンベルグ卿も満面の笑みである。


「それで、次の策として師団長殿にお願いしたい案があるのですが」


 レンはローザリア卿にある準備を提案した。


「ふむ。その程度なら、作戦の事前準備として私の権限で可能だ。しかし、これからサマルカンド南方の敵前線拠点を排除しようという段階から手配する必要などあるのかな」

「こういう準備は早い方が、いざという時に素早く動けるのですよ」

「わかった。レン殿を信頼しよう、工兵隊と資材を供出してムラト族旅団のその作戦に付ける。それに、レン殿が指摘したように、ムラト族の部隊がランス族と合同で戦うのは難しいだろうから、そちらのほうがきっと良いだろう、レン殿の指摘も合理的で総司令官の了承も得られると思う」

「お聞き届けいただき感謝いたします」

「しかし、その道。使わずに済めばいいものだがな……」


 ローザリア卿は考えた。レンからはローランド戦役の時も似たような提案があった。そして、レンの予想は見事その通りになった。今回、レンが提案したその道を使う事になる場合は、味方に危機が迫っている、ということなのである。



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