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塔1~未来視達の謀略戦②

 シェルパ・コンテ・タルナフ率いる西路軍は、アスンシオン海軍を率いてアラル海に浮かぶアム川下流のヒヴァ市に到着した。アラル海は内海で波も穏やか、天候も順調、兵員の輸送は遅滞なく進んだ。

 ヒヴァ市を支配する太守(フォーラ)は、すでに娘のエミリアを妃として帝国の後宮に入宮させ、帝国に恭順する姿勢をみせていた。

 国王の戦死で、エルミナの有力者は既にこの状態である。戦後の情勢を見据えているのだろう。


「14万の軍が、こんな順調に移動できるとは思わなかったぞ」


 ヒヴァ太守の歓待を受けた後、タルナフは傍らにいる自らの腹心である第6師団長ゴードン・ガロンジオンに言う。


「フレームレートの奴が来なくて兵站事務は心配でしたが、ヴァン族もテーベ族もとても協力的で助かりましたよ」


 話題に出たフレームレートという男は、タルナフの北方平定、遠隔地のタイミィル統治、テーベ諸都市攻略に腹心の1人として尽力した参謀である。しかし彼は、今回従軍していない。

 フレームレートはタイキ族の男で、寒さや乾燥には強いが、暑さや湿気には滅法弱い種族である。熱は単に寿命を縮めるだけでなく、その能力も落ちる。

 常にカスピ海から暖流が流れ込むアラル海周辺は、アスンシオンよりかなり暑くて湿度が高い。そして、予定ではそこからさらに南へと進軍するので、タイキ族がその能力を発揮できない事は自明であった。

 彼は寿命を縮めてでもタルナフに付いて来たいと申し出たが、タルナフはそれを拒否して、彼に後方に留まり補給支援をするよう指示した。

 それでも、彼の事務処理能力はピカイチである。彼がいない状態では、タルナフも腹心のゴードンも、未曾有の大軍、そして多種族の混成軍を率いる道中には不安があった。


 彼らの不安材料はそれだけではない。それはさっそく、ヒヴァ市で行われた最初の軍議で明らかになる。


「プルコヴォ公。今後の作戦として、我が軍は予め準備した河川用艦艇を用いアム川を遡上。ブハラ市を目指す予定である。貴公らの師団は川の両岸を進んで敵の攻撃に備えつつ進撃してもらいたい」


 タルナフ伯はアム川を攻勢軸にするつもりであった。そのために喫水線の浅い河川用の艦艇を多数用意している。アラル海を越える際に特に注意を払ったのは、河川用艦艇を移動させるためであった。

 アム川を遡上すると、エルミナ軍のブハラ市の太守がファルス軍と対峙しており、さらにその上流にはファルス軍の本陣があるテルメス市がある。


 タルナフ伯は性能の良い強力な河川用戦闘艦艇のコルベットやガンボート、そして訓練された兵員を連れて来ていた。

 陸軍国のファルスは船舶技術の極めて貧弱な国である。さらにイラン高原には大河川がなく、騎馬中心の社会で船舶に関する技術も乏しい。調査したところ、渡河用装備も急造の簡単なものばかりである。

 常に豊富な水量を湛えるエステル河流域を国家の大動脈として利用し、河川船舶に関する技術の進んだアスンシオンの敵ではないだろう。

 エルミナ王国を流れる大河、シル川とアム川は豊富な水量を湛える大河川だ。この河川を有効に使えば、補給や移動に関して極めて優位に立つことができる。上手くいけば、アム川以北のファルス軍の退路を断つことで完全勝利も望めるかもしれない。


 だが、第3師団長アドルフ・デューク・プルコヴォはこの案に反対した。


「これはこれは…… 勇敢な武人と噂されるタルナフ伯ともあろうお方が弱気な戦い方をおっしゃる。そのような逃げ腰の作戦では、我々の手から勝利の栄光は逃げましょうぞ」


 プルコヴォ公は帝国七公爵家の名門である。そしてタルナフよりも20歳も年長者であった。


「現在、南方のマリ市ではエルミナ軍の部隊2万が、ファルス軍5万の包囲を受けております。我々は14万の大軍。敵の主力は遥か東のテルメス市にある。我々が南進してこの市に進めば、マリ市は易々と解放できます」


 西路軍参謀のジャン・ヴィス・スヴィロソフは、机上の地図に配置した駒を動かしながら説明した。


「タルナフ司令は、ファルス軍によって陥落したテルメス市がどうなったか御存じか。彼らは住民を皆殺しにする。エルミナ救援を題目に来た我々が、マリ市を略奪の災厄から見捨てて大義はどうなるのです。大陸中から嘲笑われますぞ」


 第16師団長のトーラス・コンテ・ネッセルローゼは、プルコヴォ公と西路軍参謀の意見に強く同調した。


「しかし、マリ市に行くには陸路になる。海軍を率い、河川艦隊が主力の我々には危険すぎる進路ではないか」


 第6師団長で、タルナフの腹心ゴードン・ガロンジオンは懸念材料を述べる。彼は貴族ではなく平民出身の士官であった。


「市を包囲する敵は5万、我が方の半分以下だ。窮地の味方に対する救援は優先事項である。ガロンジオン殿は士官学校でどのような教官に教わったのかな」


 第3師団の師団参謀ミシュラン・ヴィス・メンショーフは、ゴードン・ガロンジオンと同期の士官である。もちろん、同じ教官に習っている。同期であるのに、メンショーフ卿は師団参謀、ガロンジオンは師団長。そして片や貴族出身と市民出身。嫉まれていることは明らかだった。


 西路軍の軍議は紛糾した。各師団はともかく、西路軍の半数を構成するヴァン族、テーベ族の同盟異種族の部隊は騎兵を持っていない。

 ヴァン族の男は2mを超す巨躯を持ち、戦士としては極めて優秀である。しかし、馬には乗れない。テーベ族は“月影”の投擲貫通の特殊能力を持つが、都市種族で動物が苦手であり騎乗はできない。ヴァン族もテーベ族も、強力な歩兵部隊である事に疑いないが、起伏の少ないエルミナの平地を進軍するのはリスクを伴う。

 平地において、歩兵が有利な陣地や適切な陣形に拠らない状態で騎兵に襲撃されたら、巨漢だろうと投擲貫通能力があろうと関係ない。馬の機動力と弓の連射によって壊滅する。


「やはり、騎兵の援護がない陸路は危険だ。我々は予定通りヒヴァを目指すべきだ。そのほうが中路軍とも連携がとりやすい」


 タルナフ伯は、それでも河川沿いに進む事を主張する。


「我らに騎兵無しとは…… いかに司令のお言葉としても、騎兵団長として聞き捨てなりませんぞ!」


 第6師団所属の騎兵大隊長トムス・リッツ・シャンプレインは声を荒げて反発する。


「騎兵が無いとは言っていない。ファルスの主力は機動力に富む軽騎兵、危険が大きいと主張したのだ。だが貴卿ら騎兵を無力のように発言したのは謝罪しよう」


 第3師団長プルコヴォ公、西路軍参謀スヴィロソフ卿、第16師団長ネッセルローゼ伯、その他多くの士官がタルナフ伯の主張に猛反発した。その反論は徹底しており、言葉尻を掴んだ難癖も為される。

 彼らの反論が、戦略的にまったく理の無い主張なら、西路軍司令官の権限で一蹴しても構わないだろう。だが、プルコヴォ公達の意見も一理ある。それだけに厄介だ。

 タルナフは独断専行型で指導力溢れる指揮官であったが、それでもこれだけの高名な貴族の士官達に反発されると対応に窮する。


「では、我が軍の進路について総司令官のテニアナロタ公に早馬を送って指示を仰ぐ。それで将軍方に異論はないな」


 結局、タルナフ伯は、全軍の総司令官であるテニアナロタ公の名前を出さないと軍議を統括できなかった。幹部達は不満そうであったが、総司令官の指揮を仰ぐという結論であれば、それ以上の反論はできない。


****************************************


「公爵め、自分達の派閥を使って私の作戦を妨害するつもりだな」


 軍議の後、自室に戻ったタルナフは怒りに任せてティルス産の意匠を凝らした豪勢な丁度品を蹴り飛ばした。


「タルナフ伯、そんなにお怒りなさるな。カザン公やプルコヴォ公のような無能ならいざしらず、今回の総司令官は閣下と懇意のテニアナロタ公です。総司令官の命令をタテにして彼らを黙らせれば良いだけですよ」


 腹心のゴードンは宥めるようにいう。帝国七公家でも筆頭、さらに総司令官であるテニアナロタ公が作戦方針を下命すれば、彼らも黙るだろう。

 後宮籠城戦以降、両者は極めて懇意であった。テニアナロタ公が引退の際は、帝国宰相の地位をタルナフ伯が継ぐとの噂は、アスンシオンでは周知である。


「まったく、大軍というのは窮屈で面倒だな。あんな奴ら戦場で役に立つのか」

「プルコヴォ公達とて帝国の軍人。それに大軍だからこそ得られる有利もありましょう。航空騎兵の通信兵を使っているので、テニアナロタ公からの返事が来るまでに4日程度です。司令官たるもの部下に対する不満を我慢するのも職務のうちですよ」

「まったく、ゴードンは気楽なものだ。我慢するのは私だというのに」


 タルナフ伯は今回の戦役において、迅速にブハラに進軍、対峙するファルス軍の後方に河川艦隊を使って回り込み、退路を断って撃滅する事を企図していた。

 だが、時間を浪費すればそれはできなくなる。

 彼は、無為に待機させられることに苛立ちを隠せない。


****************************************


「まったく、あの成りあがりの小僧が我々の上司だと。生意気な」


 軍議の後、ヒヴァ市にあるホテルの密室でプルコヴォ公は、彼の派閥といえる幹部士官らを集めて言った。


「そもそも、中路軍はオムスク公、東路軍はカザン公が司令官だ。であれば西路軍の司令官はワシこそ相応しいと思わないか」


 プルコヴォ公は静かに語っているが、人事に強い不満がある事は明らかだ。


「そのとおりです。帝国七公爵家、名門プルコヴォ家の統領たる公爵が、今回の司令官に相応しいのです」


 彼の取り巻きの1人である、第16師団長トーラス・コンテ・ネッセルローゼがその意見を支持する。彼もタルナフが急に同格の伯爵になったことに不満を持っていた。


「それに、タルナフの側近にいるガロンジオンとかいう若僧の士官はなんだ。市民出身の分際で師団長だと…… 生意気にも程がある」


 第6師団所属の騎兵大隊長トムス・リッツ・シャンプレインは、自らの師団長の身分を嘲笑う。士官学校を優秀な成績で卒業したとはいえ、自分より年下の平民出身者が、貴族である自分の上司であることが許せなかったのである。


「あの男は士官学校時代から、いつも要領よく立ち回り強者の腰巾着で出世する寄生虫ですよ」


 彼の同期である第3師団参謀ミシュラン・ヴィス・メンショーフは、自らの事は棚に上げて、ゴードン・ガロンジオンをそう非難した。


「しかし、いいのか。タルナフは宰相のテニアナロタ公と懇意、我々を讒言されては今後やり難いかもしれん」


 第3師団所属の法兵大隊長マカロン・ヴィス・ルミアンゼフは、彼らに同調しながらもテニアナロタ公には睨まれたくないと考えていた。


「それらついては小官に考えがあります。皆様のお力添えがあれば、上手くいく方法が」


 西路軍参謀のジャン・ヴィス・スヴィロソフは、この席で得意げに彼らになにかを耳打ちする。


「なるほど…… それならあの小僧の吠え面が見れそうだ」


 その話を聞いたプルコヴォ公は満面の笑みを浮かべる。

 ヒヴァ市の宿舎にある密室では、彼らの謀議が続いていた。


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