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運命の輪2~令嬢達の要塞②

 部屋に戻ると、アンセムはすぐにベッドに大の字になって寝転がった。スカートはチュールパニエの入った広がったものなので、おそらく下着が丸見えだろう。


「ああ疲れた。これじゃあ、アンドレイ教官の山岳踏破訓練の方が10倍マシだよ」


 マイラも続いて部屋に戻ったが、すぐに不満を述べた。


「お嬢様、ドレスで横にならないでくださいませ。シワになってしまいます」

「あ、ごめん……」


 あわてて起き上がるアンセム。さらにマイラはアンセムの会話に注意を促す。


「お嬢様、女の子は具体的な比較をする会話が嫌いなのです。誉める時は他の価値を引き合いに出して比べないでくださいませ」

「そうなのか……」


 普通、男が持ち物について会話する時は、どれぐらい価値があるかを自慢して競うような話題になる。女も、明らかに持ち物を自慢しているような会話だった。

 しかし、どうにか彼が理解したところだと、あの会話はお互いのアクセサリーの価値を比べて、どちらの物が優れているか競争しているわけではないらしい。


「女の子達は、会話に結論を求めているわけではないのですよ」


 マイラが付け加える。結論を求めないのに、何を目的に会話をするのだろう。

 身体だけ女になったとしても、精神は男のままである。まったく理解できない。


「あと…… 会話だけではなく、お嬢様は視線がとてもいやらしいです」

「え?」


 まったく気がついていなかった指摘に驚く。


「廊下で宮女とすれ違うたびに顔や胸を見ていらっしゃったでしょう。外から見てもすぐにわかります。妃様との会話の時も、胸の谷間ばかりに注目していらっしゃいます。あのようないやらしい視線は、女の子はしません」


 妃は皆スタイル抜群であり、ドレスはどれも胸の美しさを強調していた。あれは谷間を見せる為に着ているのではないのか。


「女だって、他人の顔とかスタイルとかよくチェックしているはずじゃないか」

「それはさりげなく観察するのです。お嬢さまのご覧になり方は、男性が下心丸出しで物色するような仕草です」

「うーん……」


 24年も男をやっていたのだから、男なら誰でも振りかえりそうな美女に視線がいく性分が、そう簡単に抜けるわけがない。

 そう反論したがったが、そこまでマイラが言うからには、かなり奇異に映ったのだろう。


 しかし、アンセムの心はとても高鳴っていた。見渡す限り美少女ばかりなのである。

 遥か西方の国でいう美女を集めた権力者の楽園、いわゆるハーレムで、彼はこれからずっと暮らすのだ。

 もちろん、自分自身がその美少女の一員であることなど、男性思考に陥っていてすっかり忘れている。


「しかし、なんであんなに話が長いんだ。無意味な会話を、ああもダラダラと……」

「他に娯楽が少ないので仕方がないのです。お嬢様もそのうち慣れますよ」


 アンセムは士官学校時代では、食事の時間は10分ぐらいである。アンドレイ教官の山岳踏破訓練では3分で喰えと指導されている。


「無理無理、絶対無理。アクセサリーもあんなにゴテゴテと着飾って、せっかく皆もともと可愛いのにもったいない」

「お嬢様は男性だからそう思われるのかもしれませんが、女性にとって自らを美しく着飾るのはとても楽しいことなのですよ」


 マイラの言葉に、アンセムは自分がとても楽しかった時の事を考えた。


「それは速い馬や強力な武器を手に入れた時のような気分なのかなぁ?」

「どうなのでしょうか。私にはわかりませんが、少なくとも私は速い馬や強い武器を手に入れても楽しいとは思いませんけれど」

「うーん……」

「どの妃様達も皇帝陛下の寵愛を受けるために、少しでも美しくなろうと必死なのです」


 マイラは気を利かせて、朝食の残りを運んで来てくれていた。朝食は摂らない娘が多いので、退席後に朝食会場に戻る必要はないだろうと説明する。


「しかし、マイラ。女の身体っていうのはトイレが不便すぎるよなぁ」

「私には違いはよくわかりませんが」

「こんなのが毎回じゃこれから大変だよ……」


 男であれば、小なら便所に入ってから僅か10数秒の出来事だ。どんな服を着ていようとたいして違いはない。

 ところが、女の身体で、さらに豪華なドレスも着ているとそれだけで大変な困難である。おそらく侍女の助けがないと、小すらままならない。

 しかし、アンセムは朝の粗相のことはさっぱりと忘れ、朝食後に戻る際の用便の感想を述べている。

 デリカシーの欠片もない男とはこのことだろう。


****************************************


 午前中、アンセムの部屋にもランドリーメイドがシーツの取り換え、洗濯物を受け取りに来たり、チェインバーメイドが部屋の清掃に来たりと慌ただしい。

 それはともかく、アンセムは部屋の清掃に来たチェインバーメイドに対して、彼が女を口説くとき、いつもする得意の壁ドンで”可愛い”と迫った事に対し、マイラはまた口を尖らせた。


「お嬢様…… 後宮で女性を口説かれるのはどうにかなりませんか」

「だって、さっきの娘がすごく可愛かったんだよ。男の世界じゃ。美しい女性を見たら声を掛けるのは当たり前で、それをしないのは逆に失礼に当たるって」

「ここは男の世界とは、もっとも程遠いところにあります……」


 情愛を好むラグナ族の文化では、男性が積極的に女性に対して声を掛ける。もちろん、全ての男性が当てはまるわけではないが、年頃の独身男で、結婚願望が強いのであれば、男性からの積極的なアプローチは社会的に受け入れられているマナーである。

 そして、彼は貴族家の当主として、伴侶は必要であり、結婚を前提とした恋人を探して絶賛活動中だったのだ。

 だから、可愛い子を見つけたら声を掛ける事は完全に習慣になっていた。

 もちろん、それは後宮内で妃がすることではない。


「しかし、ここにいるメイドはみんな同じ服ばかりだね。さっきの子なんかおっぱいでかかったから、もっと強調する服着ても可愛いのに。うちの侍女はエリーゼのお下がりとか着ていて、それなりに着飾っていたけどなぁ」

「それは仕方ないのです。ここのメイドは、外のメイドとは立場的に少し違いますので……」


 エリーゼの口に、下品な言葉を発させていることにマイラはまた不満を募らせたが、とりあえずそれは置いておき、アンセムに後宮のメイド達について説明した。


 後宮にいる女は、全て皇帝のものである。後宮の主たる目的である、皇帝の子供を産むために集められたものだ。

 貴族出身の妻は、妃と呼ばれる。世間的な呼称でいえば、側室ということになるだろう。

 妃は、後宮内での仕事は免除されている。表面上は貴族の位階による差は無く、侍女や持ち物の数は違えど基本的には同格である。だから、本人の魅力により皇帝の寵愛を受けるかどうかが彼女達の人生の分かれ目であった。


 平民出身の者は、メイドと呼ばれて後宮内の様々な仕事が割り振られている。後宮内には皇帝以外、女性しか入れないので、生活に必要な仕事は全て彼女達だけで行わなければならない。

 平民出身のメイドとはいっても、後宮にいる女はすべて皇帝の所有する女である。皇帝に見染められ、男女に限らず子供を産めば、妃に格上げされて自分の子供の育児以外の仕事からは解放される。実際、帝国の歴代皇帝の中でも母親が平民出身というのは少なくない。

 建て前上では皇帝の妻、側室はあくまで貴族出身の妃達であるが「皇帝の子供を産むため」という後宮の目的だけを取り上げれば、出自が貴族であろうと平民であろうと、若い女であればその能力に違いはない。

 だが、その例外があまりにも多発し、平民出身の母を持つ皇帝の選出が多くなる状況は、多くの貴族達が納得しない。

 平民が皇帝の夜の相手となることはあくまで例外として、多少なりとも自分たちの娘が皇帝の目に留まる確率が高くなるようにしたいと考えるのは、権力意識の強い貴族達として、当然考える事である。

 そこで妃とメイドの見た目の差別化を図るために、妃達は自由に、胸や四肢の美しさを強調した煌びやかで魅力的なドレスを着ることができた。それに対して、メイド達はほぼ全員が普段着から夜着、さらに下着類まで、同じ服装に決められている。違うのは、担当する仕事別に割り当てられたリボンの色ぐらいである。


 メイド達は、黒色のワンピースタイプのメイド服に、黒タイツに黒のパンプス。夜着はキャミソールタイプのワンピースで、胸のリボンがある他は、一切のフリルやレース等のない地味な仕様であった。私服はひとつも持ってない。

 居住施設にも差がある。貴族である妃は、平屋で庭付き、複数の部屋を持つ妃棟の1室。

 メイド達は、メイド長と仕事の各担当長は1人部屋だが、それ以外のメイドはイスもテーブルもない2段ベッドが4つ設置された8人部屋となっている。

 ただし、妃専属のレディメイドは妃と同室で寝泊まりする者も多い。

 後宮のレディメイドが妃と一緒に寝る者が多いというのは、お嬢様の世話の為というより、単にメイド達の居住環境の待遇が悪いという理由もあるだろう。


 マイラの話では、後宮のメイドの仕事は一見忙しそうに見えるが、実際のところは、世間の他の奉公の仕事よりずっと楽だという。


 担当にもよるが、大抵は午前中だけで仕事はほぼ終わり、特に案件がなければ午後は自由行動である。ただし休日はないし外出もできない。


「ところで、お嬢様。妃にはもう1人レディメイドが付けられますので、もしお気に召した方がいましたら、お早めにお選びください」

「誰でもいいんだっけ?」

「他の妃様のレディメイド以外でしたら」


 妃には2名の侍女が付く。エリーゼは1名連れてくるはずだったので、後宮運営はマイラしか準備していなかったが、実際には不足したのでもう1人を指名できるという。


「こういうところじゃ、レディメイドは一生の付き人みたいなものなんだろ?」

「はい」

「それじゃ、可愛いくて器量の良い子を選びたいね」

「……」


 マイラはまた不快な表情をしたため、アンセムはすぐに弁明する。


「いやいや、マイラも十分可愛いよ」

「お嬢様。先ほどのお話をもう忘れてしまわれたのですね」


 先ほど「女性を他人と比較してはいけない」という指摘を忘れ取り繕った弁明にマイラはさらに不快感を露わにした。

 どうして男はすぐに比較してしまうのだろう。


「しかし、一生傍にいる女性を決めるとなれば、男としては妻を選ぶのも同然だよな。まさかこんなところでも婚活を続けることになるとはなぁ」

「妻!?」


 妻という言葉にマイラは驚いて反応する。

 確かに、マイラはアンセムのレディメイドとしてほぼ一生世話する立場である。

 アンセムが男であると考えれば、出勤前の夫の身嗜みを整え、その生活を補助し、共に就寝する。夫婦と考えて行動にたいして相違はない。

 そして、妻を探す活動なら婚活だろう。


 その事実に気が付いて、マイラは妙に恥ずかしくなった。

 しかし、アンセムの身分は皇帝の妻のはずである。妻が妻を探して婚活するとはいったいどういうことだろう。


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