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女帝4~夢の中の女子会①

「はぁ……」

「どうしたの?」

「元気ないね、メリア。そろそろあたし達の配属先も決まるっていうのに」


 アスンシオン帝国の航空騎兵士官学校に在校する3年生、メリア・リッツ・グリフ、レイチェル・リッツ・シュペアー、ユーニー・リッツ・ペンブロークの3人は仲の良い親友である。


 彼女達は日課であるユニコーンの世話をしていた。ユニコーンは処女しか寄せ付けないため、その世話も彼女達の仕事である。

 我儘な馬の世話はとても大変で、航空騎兵でもなければ、貴族の彼女達がやるような仕事ではない。


 彼女達は貴族の位階も同じで出身地も近い、幼いころからいつも一緒の学舎にいた。

 士官学校は12歳から17歳までの6年制である。しかし、航空騎兵だけは4年生、つまり15歳から実戦配置となる。

 訓練期間が男性の兵科よりかなり短いが、航空騎という処女しか運用できない特殊な兵種である以上、やむを得ない。

 もっとも実戦配置とはいえ、一年目は先輩方の補助、つまりユニコーンの整備と訓練だけだった。


 帝国の航空騎兵は成績順で配属先が決まる。優秀な者は前線勤務の“ミラージュ”隊、平均的な者は地方の航空基地所属の“アルセナル”隊、成績が低い者は帝都周辺の連絡員“シュペルミステール”隊である。


 一度配属されると、ほとんど異動はない。

 仲良し3人組である彼女達は、来年から配属先に異動になり、離れ離れになることを嫌がっていた。

 しかし、メリアの悩みは別のところにあるようだ。


「実は、私の弟がグリフ家の当主なる為に、私が後宮に入らないといけなくなってしまったの……」

「え!」

「どうして? あたし達、航空騎兵なのに?」


 メリアの弟マークは、グリフ家の庶子だった。貴族の妻として正式に登録されていない愛人の子は庶子と呼ばれ、家名を名乗ることできても爵姓は付かず、通常は当主の相続権を認められない。

 ただし、貴族審査委員会が特例として認める事もある。この特例を得る為には、その家柄の皇家への忠誠度が問われる。

 例えば、第21妃メトネ・バイコヌールは、バイコヌール家の庶子であるが、公爵家という地位、バイコヌール公の功績から、特例で後宮への妃としての入宮が認められたのだ。


 グリフ卿は正妻との間に男子が出来なかった。

 娘の夫を婿養子にするという手もある。しかし、自分の子である男子に家を継がせたいと考えるのは男の(さが)なのか、当主のグリフ卿は、愛人との子であるマークを次期当主にしようと考えたのだ。

 そのための貴族審査委員会の出した条件が、娘の後宮への差し出しである。グリフ卿は、少しも迷わず娘を後宮に入れることにした。


「ひどい! メリアのお父さん、娘に相談も無しに決めるなんて!」

「もう、誰かイイ男見つけて逃げちゃいなよ」


 レイチェルは怒り、ユーニーはメリアに彼氏を作れと煽る。

 彼女達には「航空騎兵として実戦配置になる」「後宮に入る」という2つの運命の選択肢を簡単に反古にする方法があった。それは男を見つけて“ヴェスタの加護”を失ってしまえばよい。

 帝国の“啓蒙の法”や一般的な倫理観では、自身の貞操は自分の管理下にあり、いくら貴族家でも、第三者の管理にはならない。

 ただし、結婚は家名の話であって、貞操とはまた別の話である。


「今すぐに運命の人でも現れるなら、その人に付いて行ってもいいけどさぁ。どこかの頼りない男で決めるなら後宮の方がまだマシかも。皇帝陛下、若くてイケメンだし」


 航空騎兵は帝国軍のエリートであり、帝都で毎年行われる観兵式には、まだ士官学校の生徒である彼女達も常に参加する。

 もちろん、彼女達は強力な兵種というだけでなく、若くて美少女であり、陸軍としても華があるので参加させているという側面も強い。


 彼女達は、前回の観兵式で初めて皇帝を見た。その輝かしい風貌はさすがの帝国最高権力者であり、美男子だった。航空騎兵士官学校内でも、玉の輿の好機として噂になっていたのである。

 帝国の娘であれば、皇帝の妻という身分には多少は憧れるものだ。そして貴族の娘であれば、完全に夢物語というわけでもない。

 ましてや、当時の後宮は人数がまだ少ない頃だったし、皇帝が妃達にまったく手を付けていないという噂も聞いていなかったのである。


「でも、今の後宮って妃が増員されているんでしょう? それにあの噂もあるし」


 ユーニーが心配する噂というのは、皇帝が同性愛者だという話である。

 後宮内の私事は基本的に極秘とされているが、半年前の後宮籠城以降は、その内情が噂となって漏れており、現在の皇帝は皇后以外の女を相手にしておらず、干されているという話を聞いていた。


「でも、皇太子様もお産まれになったんだし、やっぱりただの噂だったのよ。そこら辺で男を見つけて苦労するより、後宮の方がいいかなって気もするんだ。父さんの気持ちも分かるし、弟は可愛いしさ、仕方がないよ」

「でも後宮って一度入るともう会えないんだよ?」

「最近は皇后様の後宮改革で、条件付きで外出も出来るらしいじゃない。航空騎兵同士なら、結構簡単に会える許可も出るんじゃないかしら?」


 実際、後宮の妃で、タチアナ・コンテ・タルナフなどの元航空騎兵は、士官学校にやって来て指導をしていた。

 理由は人手不足である。

 エルミナ王国への大軍による援軍が決定し、現役兵が大量に動員されたため、実際にユニコーンに乗って指導できる航空騎兵がいない。かといって、彼女達の教養は1日も無駄に出来ない。航空騎兵の寿命は短いのである。

 皇后アンセムはその対策として、あっさりと妃達の動員を決定した。

 もちろん、いくら人手不足でも男のいる場所に妃を出すなど、貴族審査委員会が難色を示すだろう。どんなに警戒しても若い男女が出会えば、万一の可能性があるものだ。

 だが、航空騎兵士官学校は、彼女達の貞操を守るために女しかいない。だから後宮の妃でも承認は格段に出やすいのである。


「ごめんね。一緒に“シュペルミステール”に行こうって約束したのにさ」

「そっかぁ……」


 ユーニーは残念そうな顔をしている。レイチェルは何か言いたげな困惑した表情をしていた。


「じゃあさ、お別れ会をしようよ!」

「いいね! やろうやろう!」


 こうして、メリア、レイチェル、ユーニーの3人組はささやかなお別れ会を開いた。

 彼女達は別れを惜しみつつ、それでも笑いながら、昔の思い出を語り、プレゼントを交換し合ったのである。


****************************************


「はぁ…… あー、恥ずかしかった」


 メリアの入宮は直ちに行われた。入宮検査を終え、連れて来たお気に入りの侍女の手伝いで、慣れないドレス姿に着替える。

 航空騎兵士官学校は動きやすい服なので、ドレスを着るのは久しぶりだ。


「いらっしゃいませ、メリア・リッツ・グリフ様、お部屋に案内いたします」


 彼女はすぐにメイド長ティトに案内されて与えられた自室へと向かう。

 ところが、彼女の部屋の前には、見知った先客が待っていた。

 昨日、お別れ会をしたばかりのレイチェル・リッツ・シュペアーである。


「メリア。遅かったわね~」

「え、レイチェル? どうして後宮に!?」

「実は、あたしも後宮に入るようにパパに相談されてたんだ。こっそりいなくなろうと思ってたんだけど……」


 レイチェルは照れくさそうに言う。


「なによー 言ってくれればよかったのに」

「メリアが先に言ったから、言い出しにくくなっちゃって」

「あはは、でもまた一緒じゃない! これで後宮生活もなかなか面白そうだわ」

「じゃあ、ユーニーの方が学校で寂しがっているかもしれないね」

「そうね…… じゃあ、今から手紙を書こうよ!」


 2人は意気投合して、さっそくユーニー宛の手紙を書こうと机に向かう。しかし、その時、メリアの部屋の扉が開く。

 そこに立っていたのは、息を切らしたドレス姿の娘。手紙を書こうとした宛名の人物である。


「ちょっと、メリア!」

「え、ユーニー!? なんで後宮に?」

「なんでじゃないわよ! ミネルお姉ちゃんが後宮に入る予定だったのに、男と駆け落ちして逃げたのよ! それでお父様の命であたしが代わりに…… もう、どうしてくれるのよ! あれ、なんでレイチェルもいるの……?」


 その話を唖然とした表情で聞いていたメリアとレイチェルは、突然笑い出した。


「あはは、昨日お別れ会したばっかりなのにねー」

「なんだ、またみんな一緒だね!」


 幼馴染の3人組は、後宮での再開を喜び合う。

 これからは閉鎖空間とはいえ、面倒な訓練や将来の不安などない悠遊自適(ゆうゆうじてき)な生活を送る…… 彼女達はそんな期待を膨らませていた。


****************************************


 ところが、再開を喜ぶ間もなく、その日の午後、3人とも皇后アンセムに呼び出された。


 帝国の歴史において、皇后は側室の精査を行うことがある。

 自分が気に入れば傍に置き、場合によっては皇后の命令で皇帝の寝所に送られることもある。だが、皇后に嫌われれば、皇帝から遠ざけられて人生の終わりである。

 彼女達は不安になりながら、皇后の部屋へ向かった。


 しかし、皇后アンセムから告げられた内容は、予想外の話だった。


「え、あの皇后さま…… もう一度言ってください」

「ああ、どうしても航空騎の整備要員が不足していてね。前線の運用要員に人を割いているから、後方でユニコーンを整備する要員がいない。で、君達、航空騎兵の士官の妃も動員する事になった」

「整備にはあたしも一緒に行くから、可愛い後輩ができて嬉しいわー」


 皇后の隣にいるソーラは、若い新入りの3人を眺めて楽しそうである。


「あ、あのソーラ先輩。あたし達、後宮に…… 陛下のお嫁に来たんですよ!? それなのに士官学校に戻るなんて」

「君達、心も体も陛下に捧げる為に来たのだろう。だったら、心も体も陛下の物だ。そして、私はその運用の代理人。じゃあ、ユニコーンの世話を頼んだよ、君達しかできない事なんだから」

「そ、そんなぁ!」


 こうして、彼女達は、入宮したその日のうちに航空騎士官学校に逆戻りしたのである。

 そして、やっと解放されると思っていたユニコーンの世話を、またしなければならなくなったのだった。


「ひ、酷いっ。この場所とも、みんなともお別れしたはずなのに、また戻って同じ事をする羽目になるなんて!」

「なんだか、昨日のお別れ会が遠い昔の事のようだわ」

「まぁ…… でも楽しくていいじゃない」


 こうして、メリア・リッツ・グリフ、レイチェル・リッツ・シュペアー、ユーニー・リッツ・ペンブロークの3人は後宮に入ったにも関わらず、士官学校に通いで出戻る羽目になったのである。


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