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女帝2~皇帝の休暇1⑥

 夜、アンセムは最後の勝負に出る。

 西方のベリアル族には、カジノ経営の他にもうひとつ、大陸中に有名な商売があった。

 それはナイトクラブと呼ばれる接客業である。女性の接客スタッフ、いわゆるホステスが客の男性に酒を飲ませてもてなす商売だ。

 ただ、アスンシオン帝国はマキナ教徒の勢力が強く、帝都を含め酒類は禁止である。しかし、帝国内の自治区や特別地区では認められているところがある。

 というわけで、ワンパターンなアンセムは、またまた肉付きの良い妃達に、ホステスの衣装であるディーラーと呼ばれる服を着せて配置した。

 このディーラーの衣装は、主にカジノの運営の際、接客役ではない女性の支配人や管理者などが着る半袖シャツに裾の短いタイトスカートの服である。


 アンセムが特設した部屋に案内された皇帝は、その雰囲気に驚く。薄暗い室内に過激な色のソファー、丸いテーブル。皇帝はもちろんナイトクラブなど来た事は無い。


「アンセム…… なんだここは……」

「陛下、これがナイトクラブでございます」

「いや、それは雑誌で知っている。官僚が接待を受ける場所だろう」


 皇帝のその偏った知識はどうなっているのだと思うが、確かに官僚の汚職は帝国でも大問題である。よくニュースになり、捕まる者も多く、その度にナイトクラブでの接待が記事になるので、嫌でも皇帝に目につく事も多いのだろう。

 ベリアル族の文化だが、帝国の貴族や商人でも通う者は多い。そういえば、数ヶ月前のクーデターの際に、タチアナの父シェルパ・リッツ・タルナフはナイトクラブから愛人宅に直行して難を逃れたという。


 アンセムは、第14妃のパトナ・リッツ・リッチェル、第27妃のレヴィア・ヴィス・エイピスの2人を皇帝にぴったりと侍らせる。2人はどちらかというと大人びた女性であった。年齢も19歳と妃の中では年長である。


「陛下ー、パトナでーす」

「レヴィアです」

「……知っているが」


 名乗ったところで知っていて当たり前だが、素早く飲み物と軽食を注文して、皇帝の前に並べる。

 本場ベリアル族の帝国では当然酒類だが、飲み物はジュースである。


「ささ、陛下。日頃の疲れを癒してくださいませ」


 基本的にナイトクラブは、男の仕事上の愚痴を聞く場所といって過言ではない。

 だが、こういう場所を良く知らない皇帝が特に何か言う事はなく、会話はすぐに詰まってしまう。

 酒もないので、話はまったく進まない。


「では、陛下。こういう場所で行うゲームをしましょう」


 アンセムはその場を盛り上げようと、唐突に提案する。


「またゲームか、いったいどんなゲームなのだ」

「“王様ゲーム”という簡単な遊びです」


“王様ゲーム”はムラト族に伝わる伝統“合コン”と呼ばれる交流会でよく遊ばれるもので、クジに王様と番号が描かれており、王様のクジを引いた者が、番号を指定してなにかをさせるゲームだ。という勝敗を競う様なものではなく、交流目的のゲームである。


「アンセム、我が帝国には王はいないぞ」

「陛下、真面目に考えなくても大丈夫です」


 かつて、アスンシオン帝国が、南ウラルやエルミナ王国の領域を支配していたころには皇帝の下に王を配置していた事もあった。

 だが、今では帝国に王はいない。領地や世襲を認められ、貴族審査委員会の管理から独立した大きな権力を与えられた王は、アスンシオン帝国の衰退とともに独自の国を建てていったのである。

 それゆえ、帝国では反乱を警戒して王を配置しなくなった。


 王様ゲームに参加するのは、皇帝と正妃アンセム、セーラ、パトナ、レヴィア、ソーラの6人である。

 最初の数回は他愛もないゲームが続いた。正直言って皇帝はかなり退屈そうである。


 しかし、アンセムが「今回も駄目だったか」と後悔を始めた頃に、事件は起った。


 アンセムはナイトクラブ作戦の為に、彼の秘書で第41妃サーラマによる教養を受けていた。

 今回の作戦は、以前、彼自身がサーラマの接待作戦で堕ちてしまったので、それをそのまま流用しようというものである。サーラマはアンセムの子の代理母なので今回の休暇には来ていないが、彼女の侍女の半分連れて来ている。

 サーラマの侍女による設営や接待の仕込みは完璧で、軽食や菓子類も用意させていた。

 そのため、会場には彼女のメイド達が持ってきた、生チョコレート、コーヒーゼリー、チョコムースが三層になった“コーヒートリコロール”という菓子があった。

 通常、菓子類はパーラーメイドが用意し、キッチンメイドの担当ではない。

 皇帝はコーヒー党でありながら、かつラグナ族の伝統に則り甘党でもある。だから、甘いチョコレートとコーヒーゼリーの菓子は、きっと好物だろう。

 そう思って、サーラマのパーラーメイド達は準備したのである。


 だが、このチョコレートのコーヒーゼリーにはカルーアミルクがシロップとして掛けられていた。

 カルーアミルクはアルコール飲料である。カルーア自体のアルコール度数は20%以上とかなり高い。

 前述の通り、帝都では“啓蒙の法”で飲酒が禁止されている。だが、法律の穴で、飲酒は禁止されていても、菓子に使う分には禁止されていない。

 それでも原則的にラグナ族のコックは菓子類への使用も控えるが、他種族出身の料理人は菓子に使用して販売しているところもある。

 帝国領内では、未成年者に対しては、全ての自治区、特別地区でも飲酒禁止である。だが、この法律の穴によって、未成年者がアルコールを摂取してしまう機会は意外と多い。

 これは“啓蒙の法”に縛られた法治国家である帝国らしい穴ともいえるだろう。


 皇帝は初めて食べるコーヒーゼリーとチョコレートの甘さをとても気に入ったようだった。決められた食事をする皇帝は、菓子類はほとんど食べた事がなく、予想通りだ。あっと言う間に全て平らげ、さらにおかわりに出された物も完食してしまう。

 マキナ教徒の皇帝はアルコール飲料を飲んだ事はない。もちろん今回は飲むわけではなく、アルコール入りの菓子を食べるだけだが、科学的成分は同じである。


 皇帝はしばらく無口であったが、次第に顔を紅潮させると、口を尖らせ、饒舌になっている。

 アンセムは、目の座っている皇帝を初めて見た。


「陛下、どうしました?」


 気分でも悪くなったのかと声を掛けてみる。


「なんでもない。さぁ、次にいくぞぅ!」


 皇帝は突然高いテンションで会話を始めた。


「王様だーれだ?」


 一斉にクジを引き、皇帝が王様のクジを引く。


「陛下が王様ですね」


 隣のレヴィアが微笑むように言う。

 皇帝は、王様のクジを掲げると、力強く宣言する。


「それでは、1番から5番の娘全員、余とキスしろ」

「ええ~っ!?」


 全員から驚きの声が上がる。通常のこのゲームでは性的な要求は禁止だが、皇帝と妃は事実上の夫婦なので何をしても問題はない。

 しかし、今まで皇帝は妃に対してキスをしろ、などと要求したことは一度もなかった。

 だが、こうなった以上は仕方がない。妃達は頬を赤く染めて、視線を動揺させながら番号順に皇帝とキスをしていく。

 アンセムは5番のクジであり、最後の順番であった。

 皇帝に顔を近づけると微妙に恥ずかしい。身体は女で、自分は皇帝の正妃なのだとわかっていても、簡単には受け入れられない。男とキスをするなど気持ち悪くて仕方がないのである。

 そして、よく考えたら、正妃のアンセムは皇帝と一度もキスをした事が無かった。


「ん…… 陛下、酒の臭いが……」


 顔を近づけると分かる。皇帝の口からは酒臭がしたし、目も充血している。明らかに酔っている。

 そのまま、口を重ねられ、押し込まれる。すると皇帝の肺の中の酒を帯びた呼気が流れ込んできた。

 アンセムは他の妃達が頬を赤らめているのは照れているだけだと思ったが、それだけではなくどうやら酒気で酔わされてしまったらしい。


「では、次からは余に王様のクジを渡せ」

「ええー!?」


 もはや王様ゲームではなく、一方的に本物の皇帝様に命令を受けるだけの異常事態である。本物の“皇帝様ゲーム”だった。


 その後、皇帝が疲れ果てる深夜まで、饗宴は続いた。


****************************************


 疲れ果てた皇帝が長椅子で眠っている。

 他の妃達も、全員が、皇帝の命令によりアルコール入りの菓子“コーヒートリコロール”を一気喰いさせられて泥酔している。

 彼女達は、淑女として、あられもない無防備な姿で机や椅子に倒れこんでいる。

 かくいうエリーゼの身体も見た目はかなり乱れた姿だろう。エリーゼの身体は酒に抵抗はないだろうが、アンセムの精神は、士官学校時代に研修先のカウル族自治区で酒を飲まされたことがあったので、半分だけ耐性があった。頭はすこし痛いがそれでも皇帝や妃よりはまだ自制していられる。

 アンセムは考える。皇帝と他の妃が親密になる、という目的が最終日の夜でやっと成功するとは思わなかった。

 だが、皇帝は疲れて眠った姿で一言、寝言を呟いた。


「……アンセム、余は、種馬ではないぞ……」


 その言葉にアンセムはハッと気が付いた。

 男であれば、妻がたくさんいて、子供をたくさん残して良いといわれたら、当然喜んでそうするだろう。アンセムならそう考えるし、それが当然だと思っていた。

 だが、それは誰でもそう望むものでもない。男だって、相手が誰でもいいというわけではないはずだ。

 そこをまったく考えずに、国家の繁栄を願って彼は個人の意志を無視していたのである。

 アンセムは腕と脚を組んで考え込む。そして、外で控えていたメイド達を呼んで毛布を持って来させると、疲れ果てた皇帝や妃達を優しく包み込んで、ベッドに運んでいくのだった。


****************************************


 翌早朝早く、一行は用立てられた帝都へ向かう馬車に乗っていた。

 休暇地から帝都までは馬車で約15時間。通常は2日の行程だが、帝国の夏は日が長いので、早朝出発して日暮れぐらいに到着する行程で2日分一気に進む。皇家一家は人数が多く、道中での宿泊警護は負担が大きいからである。

 通常、皇帝は馬車に乗らず、自ら騎乗して先頭を進み、沿道の国民に健在をアピールすることも多いが、今日は朝から体調不良の為、皇帝用の大型の馬車の中でアンセムと共にいる。

 もちろん顔面蒼白で気分は不快。ナース長ユニティの診断結果は見事な二日酔いである。ラグナ族は様々な恒常性に関する酵素を持っているが、酒に関しての酵素は他の種族と変わらない。酔う人は酔うし、酔わない人はあまり酔わない。


 結局、アンセムの計画した「陛下と他の妃を寝させる作戦」は全て失敗に終わった。だが親密になるという一定の目標は達成したように思う。

 アンセム自身も経験した事のない豪華な余暇を十分に楽しんだので不満はない。


「……まぁいいか」


 陛下はまだ22歳になったばかり。妃達もみんな20歳未満だ。早急に結論を出さなくても、また来年、陛下や彼女達と一緒にここに来た時には、きっと解決へと進んでいるだろう。


 ゆっくりと進んだ馬車は、予定を大幅に遅れ、その日夜半に帝都へと到着した。


 また来年には――


 彼は、その願いがもう二度と叶わないことを、まだ知らない。

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