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女帝2~皇帝の休暇1④

 午後は、皇帝専用に作られた武具の試着である。

 皇帝は腹を下しており、午後の予定を休むかどうかをメイド長に尋ねられた。しかし、彼は若く壮健な男である。すぐに容態は回復し、そのまま参加することになった。


 武具が置かれた部屋には、豪華な装飾を施しピカピカに磨かれた剣や鎧が並べられている。だが、その武具の隣には、なぜか妃やメイド達がきわどい丈のスカートを着させられて並べられていた。


「アンセム…… 武具を試すのは良いのだが、どうして傍に娘がついているのだ?」

「陛下、これはコンパニオンというものです。ムラト族の習慣で武器や騎馬などの脇に女を置き、華を添える習慣があります」

「……それがどうしてこの武具の新着に必要なのだ」

「ムラト族が帝国に参加してから1000年、すでにムラト族の文化の一部は帝国に根付いております。戦車競技、スポーツのイベントでもコンパニオンの存在は必須。陛下もそれは御存じでしょう?」

「いや、だからといって、別にここにいなくてもかまわんだろう」


 アンセムは、今回の試着に際し、特に選抜した女性的肉欲に豊満な者たちを添えている。

 妃だけではなく、胸が豊かで有名なアヴジェ族のメイド達を選抜して、さらにその後ろにも華を添えていた。


「陛下がお気に召せば、武具と一緒に、ぜひとも彼女達を自室にお持ち帰りください」


 これは、ムラト族の行う「セット売り」「お持ち帰り」という手法だ。

 皇帝は武人であり、当然、良質な武具が好きである。いや、男子ならば武器や乗り物に興味を持つのは普通の事であるが、これと一緒に娘を添え、「セット」で持ち帰らせようという作戦である。

 このセット販売というやり方は、ムラト族に古来から伝わる48種の商売戦術のひとつだという。もちろん、通常は魅力的な女性で客を集め、商品を売るやり方であるので、この場合は逆であるが。

 これまでの滋養強壮に効くドリンクや、昼食に精力のつく料理を用意させたのもこの午後のための伏線だ。

 だが、さすがに露骨過ぎて、皇帝に見透かされているようだ。

 皇帝は不機嫌な表情をしていたが、一番先頭にあった長剣を取ると試しに鞘から抜いてみる。


 皇帝は剣が好きだった。

 この長剣は重鋼(タングステン)製のもので、最高の硬度を誇る金属だ。重鋼はめったに採取できない希少金属で、かつ加工も極めて難しい。

 硬度だけならダイヤモンドの方が固いが、武器の素材としてはまったく向いていない。そもそも形状の加工が出来ないので、ダイヤモンドで剣やスコップを作るなど不可能である。

 重鋼はその名の通り重い金属なので、もし武器として作るならば通常は槍などの刃先に使用する。貫通力を活かしたい武器に使用し、剣では長剣程度が所持できる重量の限界だろう。


「この重鋼の長剣は見事なものだな」

「これ一本作るのに相当な量のマテリアを使うのでしょうね」


 重鋼ともなれば、加工に石炭だけでは火力が足りず、より強い火力を得るために法力エネルギーを利用した法力高炉を使用する。

 しかし、もともと材料の高エネルギー物質(マテリア)が高価なだけに、これ一本を加工するだけでも相当な魔力と資源が必要だ。重鋼製の長剣など、帝国で最も権威ある存在の皇帝用でもなければ作られないだろう。

 アンセムは貴重な重鋼で剣を作るより、地鋼(チタン)の方が軽量でかつ合理的な強度があるので扱いやすいと思う。


 この長剣の傍には、第12妃セーラ・デューク・カザンと第33妃ソーラ・リッツ・レルヒェンフェルトを付けていた。アンセムは最初にこの剣を取るだろうと予想し、彼女達が剣の説明をするべく、知識を仕込んでいた。


「陛下、このタングステンの長剣は、我が父カザン公爵の領地、パブロダル周辺の採掘場で摂れたもので、新建設された法力炉を使用し、御用立ていたしました」

「ふむ、ウィンズか。さすがいつも良い品を仕入れてくるな」


 セーラは頭を下げて皇帝に説明を行う。

 アンセムの正直な感想では、セーラの父、ウィンズ・デューク・カザンに対して個人的に良い印象を持っていない。

 帝国での七公爵家の1人で、最近ではローランド王国への援軍部隊の総司令官であり、以前のイリ出征でも皇帝の幕僚だった人物だ。消極的で浪費や消耗を嫌うケチな反面、こういう皇帝への媚を売ることに関しては抜け目のない人物である。

 もっとも、娘のセーラは裏表のない朗らかとした天然系の娘であった。


 皇帝は重鋼製の剣を軽く振ってみる。あんなに重いものを良く振れるなと思うが、アンセムだって昔の身体ならあれぐらいなんとかできただろうと妙な対抗意識が燃えてくる。


「しかし、さすがにこれは重すぎるな、これでは馬がへばりそうだ」


 皇帝は、その剣の切れ味を試すように、威力を試している。その表情はとても楽しそうだ。

 以前、侍女のマイラは男性が新しい武器を手に入れた時の喜びを、女性が新しい衣服を手に入れた時と同じような感覚なのだろうか、と言っていたが、確かにその辺りは近いものがあるように思う。

 もちろん、男性は武器の方が実用だというし、女性は衣服の方が実用だというだろう。たぶん、その男女の意見の相違は、人類が武器と衣服を手にした時からずっと続いているのではないだろうか。


「正妃様、この服のスカート短すぎませんか」


 事前の準備の際、アンセムは配置する妃達に女性の特徴を強調するような服装をさせていた。

 妃達は基本的に淑女であり、胸を強調する様な豪華なドレスは着ているものの、スカートの丈は足元までの長さのマキシ丈が基本である。ラグナ文化では女性が脚を露わにする事は恥ずかしいこと、と考えられていた。

 だが、アンセムが武器に添えた妃達には、下着が見えるギリギリの丈のスカートを用意した。彼女達は抗議したがアンセムはそれを制する。


 正妃は後宮の事に関して、皇帝に次いで、なんでも可能な絶対権力者である。

 特に正妃や皇后の権限として重要なのは、皇帝の寝所に入れる側室を選別する事である。皇帝が自ら選んだ娘ならともかく、そうでない場合は皇后もしくは正妃が選別する。それはいつの時代、どこの国でも変わらない。

 だから後宮では、正妃アンセムの指示は絶対である。

 ところが、アンセムの精神が男性だと露見してからは、宮女達は正妃のアンセムを妙に警戒するようになっている。着替えや入浴などで顕著で、会話も男女間の差をそのまま顕わしている。後宮の妃達が正妃に対して男として意識するという極めて異質な状態になっていた。


 皇帝は後宮の妃達にかなり人気が無かった。皇帝は女性に対して褒めるどころか会話も、相手にもしないので、女性的な視点には極めて不満のある男なのだろう。もし他に男性を選べるならば、つまらない男の代表格である。

 しかし、妃として後宮に送られてしまった以上は仕方がない。他に男はいないのだから、異性との関係諦め、親しい女友達と過ごすしかなかった。

 ところが、十か月前に現れたアンセムという妃は、明らかに他の女とは違った。思考は完全に男であり、彼は美しい女性をみると声を掛け、その美貌を褒め称えて、喜ばせようとする。

 最初は奇異な存在であったが、しばらく生活するうちに徐々に慣れ、後宮籠城後はさらに優秀な男だと見られるようになってくると、その存在を慕う女性が増え始めた。

 東方の異国では、男性器を切り落とし男が後宮の諸事を行っているというが、その中には秘密に妃と愛し合ったという話が伝わっている。それに似たような状況なのだろう。

 既にアンセムは、籠城成功の報酬として第1妃のマリアンを妻に迎えているが、皇帝以外の男とは決して床を共にすることはできない彼女達にとって、アンセムに妻がいようといないと関係が無い。

 アンセムとしては後宮の美しい娘達に慕われハーレムのような世界だが、彼の身体は宮女と物理的な関係を持つことはできないし、国家を支える立場としては、やはり妃達には皇帝と関係を持ってもらいたいと考えている。

 よって、今回のセット販売作戦で、妃達に露出の高い衣装を着せて配置する。皇帝が女に興味が無い朴念仁だとしても、男性器はついているのだ。精神ではなく身体に迫る作戦は有効なはずである。

 だが、彼の計算したあからさまな露出、不自然な女性アピールは、皇帝を逆に萎えさせてしまったようである。


「ところでアンセムは剣の鍛錬はしているのか。弓は得意でも、剣も鍛錬しないと腕が鈍ってしまうぞ」

「今まで私は妊娠中だったのです。剣の鍛錬はおろか運動すらまともに出来ていないですよ」

「それはいかんな。よし、今日は私が稽古をつけてやろう」


 皇帝は逸品の剣を入手したことで、突然、身体を動かしたくなったのか、アンセムもそれに付き合わされることになる。

 当初の計画にはないが、今は余暇なのだから皇帝がしたい余興は優先される。すぐに、鍛錬場へ移動し、アンセムが訓練の相手をさせられる事になった。


 帝国の剣術競技である“ブレイド”では男子は木刀を使用し防具をつけて行うが、女子は美しい衣装を着て、布製の打撃力のないものを使う。

 鍛錬といっても、このように男子と女子の剣術競技では使用する武具が違うので、男女で直接打ちあうわけではなく、案山子を相手に打ち込みである。

 皇帝の剣術は師範級のレベルだった。幼い頃から著名な剣術の教師が付いて厳しく鍛えられたものだ。士官学校では剣術も必修教科だが、素人に毛の生えた程度のアンセムとはレベルが違う。

 そもそもアンセムの使っているエリーゼの身体はこの間まで妊娠中で、まともに運動をしていない。身体の構造もそのようにはなっていないし、体力面でも決定的に劣る。

 アンセムはすぐに疲れ果てて鍛錬場の隅で座りこんでしまう。彼が休憩して眺めている間も、皇帝は気合の入った声を上げて小一時時間ずっと打ちこみを続けていた。


 その表情は真剣そのもの…… というより煩悩を打ち払うような、そういう雰囲気である。

 アンセムは皇帝の鍛錬に打ちこむ姿をみて、いつもの毎日の鍛錬だけでも長時間やっているのに、さらに休暇中の午後も真剣に行っている事に辟易したが、この時はアンセムのこの判断は間違っていた。


 実は、アンセムが午前中に仕込んだ強壮の薬剤が効きすぎて、皇帝は強い煩悩に苛まれていたのである。


 この時、アンセムの座り方は普通の女の子ではなかった。鍛錬場の壁に背を掛けて、ガニ股に脚を伸ばして座っている。“ブレイド”競技の女子の衣装では下着がまる見えである。

 彼が男であれば、その座り方自体は不自然ではない。しかし、女の座り方としては極めて淫靡である。

 そして、人間の身体、特に男は極めて疲労状態にある時、特別な神経伝達物質が出る。血管を収縮させて血圧を上昇させ、性本能が刺激されることがある。さらに、疲労で思考能力が低下しているので、余計に欲望に流されやすい。


「へ、陛下……?」


 皇帝リュドミルは、手ごろにある男性の煩悩を打ち払うものを見つけて、それをそのように使った。

 結局、アンセムの仕込んだ皇帝への強壮作戦のリスクは、字句通り彼自身の身体で受けとめる事になったのである。


****************************************


 日が暮れ、部屋の天井に飾れた蛍光球を仕込んだシャンデリアが輝き出すと、妃達は続々と夕食のホールに集まって来た。

 フレッサは昼食同様、ギリギリの時間に夕食を運び込む。食事のタイミングは早すぎても遅くてもダメ、時間ピッタリが信条の彼女らしい対応だ。


 夕食は、アヴジェ料理のカツカレーである。正妃の要望に応え、ターメリック(ウコン)や各種スパイスを使用したスタミナ料理だった。

 カレーの黄土色はターメリックの色で、ウコンは消化器系に対する症状改善効果、滋養効果がある。食材のブタ肉はカロリーが高く、ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ等、栄養のバランスもいい。そして、ハチミツを入れて、肉が柔らかくし、味もまろやかに仕上げる工夫も欠かさない。

 なにより男子はカレーが好きだ。これは統計的にも明らかである。


 だが食堂を見渡すと皇帝がいない。今度は正妃のアンセムもいなかった。


「フレッサ、申し訳ないけれど、陛下と正妃様の夕食は欠食となります」

「あの…… メイド長、陛下の体調はまだ優れないのでしょうか?」


 メイド長のティトは首を振って答える。


「いいえ、午後には体調は回復されたのですが、陛下と正妃様は、お二人で倒れるまでずっと鍛錬で汗を流されていたようで、疲れて今はご休憩をされています」


 フレッサは、疲れ果てるまで運動を続けるなんて、まるで子供のようだと苦笑したが、実際の彼らがやっていた行為はまるっきり大人の行為である。

 本当は汗だけではなく、いろいろと発散したのだが、それは語られない。


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 アンセムは疲れ果てて自室のベッドに転がり込んでいた。

 侍女のマイラが水を汲んで傍に置いてくれるが、皇帝の精力を受けすぎて、足腰が立たず、手を伸ばすことも面倒になるほどの疲労困憊状態である。

 男女の性交渉で、絶対権力者の男に対する女の立場になれば、その欲望は権力者の望む限り受けとめるしかない。普通は先に疲れるのは男の方だろうが、今日の皇帝はレベルが違っていた。女性の立場であれば愛されるのは悦びなのだろうが、アンセムにとっては嫌な場面である。


「私の身体は、皇帝の煩悩の捌け口なのか……」


 皇帝と正妃は法的に夫婦であり、それはむしろ男女として当然の関係で、それに不満を思って、他の女を当てようとする彼の方が異常である。

 夕食から自室に戻ってマリアンとメトネは、疲れ果てて眠っているアンセムが余りにも淫らな体制で寝ているのを見て思わず苦笑してしまった。


 結局、アンセムの皇帝の余暇、2日目の作戦は、昨日同様に指揮官のアンセムが討ち取られ(?)て、失敗に終わった。

 もちろん、世間的にはアンセムは妃に含まれるので一般的には“成功”と評価されるのである。


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