女帝2~皇帝の休暇1①
蒼い海、白い砂浜、暖かな日差し、そして浜辺を賑わせる麗しき乙女達。もし、このような場所を楽園だと考える男達ならば、ここはまさにそのような場所だ。
そして、その楽園を独り占めしている男がいる。
「いったい陛下は何が不満だというのですか」
このような場所を楽園と考える男の1人であるアンセムは、この楽園を独占している男に対して、恨めしそうに、そして羨ましそうにしながら詰め寄っていた。
帝都から約1日の距離にある、テケ湾に注ぐ皇家専用の砂浜では、皇帝一家が久しぶりの休暇を取っていた。
アスンシオン帝国の帝都近郊は亜寒帯に位置し、冬は寒いが夏は比較的温暖である。そして夏の終わりのこの時期ぐらいがちょうど海水温も高くて泳ぎやすく、海での余暇を楽しむには最適の季節であった。
帝国の最高権力者である皇帝といえども年中帝都に留まり勤務しているわけではない。去年や一昨年は皇位継承や内乱等の諸問題で休暇が取れなかったが、今年はちょうど南方の戦争も片付き、切迫した諸問題もなかったため、皇帝とその妃、そして一部のメイド達は、皇家所有のプライベートビーチに遊びに来ていた。
皇家専用というだけあって、一般人はもちろん入れない。
その敷地は極めて広く、休暇場所として様々な施設が整備され、浜辺だけでなく、大規模な宿泊施設、温泉風呂、娯楽施設、運動施設、皇帝用の菜園、牧場を備えた巨大なもので、浜辺から見渡す限り視界内のものはすべて皇帝の所有物である。
さらにいえば、今、ビーチを賑わせている、若き娘達とその宮女達も全て皇帝が自由にできる所有物であった。
アンセムはこの休暇の出発前、帝国の宰相テニアナロタ公より密命を受けていた。
「正妃様、君を陛下に最も近い側近であり、男と見込んで頼みがある」
どこの世界に、正妃に対して男と見込んで頼み事をする者がいるのだ、という横槍はこの際、後宮で長期籠城を戦った2人は気にしない。
「陛下に、他の妃に対してお手付になるように案を練って貰えないだろうか」
宰相テニアナロタ公は神妙な表情で切り出した。
後宮は今の皇帝が望んで造られたものではない。先の皇帝、そしてその妻である皇后の意向で、帝国政府の承認を受けて整備されたものである。
健康な若い男子たるもの、若くて美しい娘が自分の自由になるのなら、普通は手をつけたくなるものだ。女に興味が無いと若い頃から噂の朴念仁である皇帝でも、きっとそうなるに違いない。そう考えられて後宮は作られた。
ところが、皇帝は今まで一度も女の妃に手をつけていない。いや、アンセムだけは種をつけられて、血縁的に皇帝とエリーゼとの子は、まもなく代理母のサーラマによって出産予定である。ようやく第一子が誕生となるわけだ。
当然、第一子誕生は国民に発表する。帝国挙げての祝福となるだろう。しかし、そうなると、世間一般的には、皇帝は性的に可能であるのに、他の妃にはまったく手をつけていないということが内外に露見してしまう事になる。
それでは後宮を整備するのに同意し、愛娘を捧げた貴族達の名誉に傷がつく。
テニアナロタ公は先帝に信任厚く後宮整備と皇太子のその後を託され、そして娘を第一妃として入宮した第一人者だ。宰相は内務大臣と侍従長を兼ねた役職で、侍従長は皇家の長期安寧を管理する役目もある。
テニアナロタ公は、その娘がなぜか後宮内でアンセムの妻になっていることは承知していたが、後宮内で家庭人としてアンセムの妻である事を認めていても、後宮に勤めている女の仕事としてはやはり皇帝の第1妃という立場で考えている。
とどのつまり、アンセムとマリアンがどれだけ愛し合っても何も産まれないので、やはり陛下のお子が欲しいと考えるのは当然だ。もちろん、それはアンセム自身も同様に考えていた。他の妃に対しても同様である。
そこで、正妃であるアンセムに対し、宰相直々の密命で、今回の休暇に関する企画立案、演出を任され、皇帝が他の妃に興味を持つような方策を練るという任務を与えられたのである。
だが、普通に考えればこれはおかしな話だ。
正妃の立場を女性的思考で考えれば、夫の愛情は妻が独占したいと考えるのが普通だろう。宰相とアンセムの考え方は、国家のために女の腹を利用しようという、極めて男性的な思考である。
その楽園を支配する最高権力者は、浜辺の奥のビーチパラソルの下で、木製のビーチベットに、腕を組んで横になっていた。
皇帝はラグナ族の男子らしく、長身の美形であり、若い頃から運動や武術の訓練で心身を鍛えた壮健な肉体をしていた。もちろん、この浜辺で唯一の男なので、独りだけ上半身裸で短パンツの水着を着ている。
その隣で、女性の水着姿のアンセムは恨めしそうにしていた。
アンセムの四肢は、ラグナ族の女性らしい見事な曲線美である。しかし、彼が望む男の象徴があるはずの下半身には、女性物のビキニパンツが履かれており、外見上からもわかるようにそれは存在しない。そして、彼がいま身体に直接備えている大きな乳房は、彼のあらゆる動作に対して行動を阻害している。チューブトップタイプの水着を着用して弾力を抑えてはいるものの、それでも常に行動を束縛していた。
周囲の浜辺には、彼好みの若い娘達が、色とりどりの様々な水着姿で余暇を楽しんでいるのに、彼は手も足も、それこそ男としての身体の反応さえも奪われてしまっているのである。
アンセムは、テニアナロタ公の密命を実践せんがため、皇帝をけしかけてビーチへと誘った。普通の男であれば、水着で柔肌を露出した若い娘達を見れば心が動くのは当然だ。現に、股間に反応するものが失われているアンセムでさえ、その心は高鳴り、いますぐにでも乙女達に声を掛けたいという衝動に駆られている。
男女とも美形種族のラグナ族といえども、美貌を賛美されるのは女性だけに与えられた特権である。男を美しいとは言わない。ラグナ族文化では、美しい娘を見たら、それを賛美するのは男性のマナーであるのだ。
ところが、唯一の男子たる皇帝は、まるでそんなことには興味が無いように、浜辺のそよ風と暖かい日差し、ビーチパラソルの日陰の心地良さと、弾力のある高価な木製のビーチベットに横になって昼寝をしていた。
「陛下…… ナンパにいきましょう。一緒に」
アンセムは思い切って声を掛けた。どこの世界に、正妃が皇帝に対して一緒に、自らの側室達をナンパに行こうと声を掛ける…… 以下、また繰り返しになるので省略する。
アンセムは昔の彼女であるミュリカと付き合う前、つまり士官学校時代の夏休暇には、若者らしく浜辺へと遊びに出掛け、美しい娘をみれば必ず声を掛けていた。
彼のように若くて行動力があり健康的な男子であれば、色恋沙汰に積極的であるというのは、別に特異な行動というわけではない。ちなみに彼と一緒にナンパをしていた士官学校の親友は、アンセムに対しておっぱいの素晴らしさを主張した者と同一人物である。
バイコヌールの敗戦、そして彼女と別れた後は、しばらく傷心のため、そういう精力的な活動は低調であった。しかし、25歳の壮健な男子であれば、すぐに旺盛な精力を取り戻す。もっとも、彼の肉体は17歳の女子であるので身体の何処からも精力を取り出すことができないのであるが。
彼の新妻のマリアンは寛容で、理解のある娘であった。しかもアンセムと同様に、彼女の父であるテニアナロタ公から密命を受けているらしい。彼女は昨日のベッドの中でも彼と真剣に語らい、皇帝陛下に対して他の妃に興味を持つように仕向ける策に協力を惜しまない事を確認した。
だが、アンセムの誘いに対して、皇帝は面倒くさそうに答える。
「アンセム、私は日頃の仕事で疲れているんだ。休暇ぐらい寝かせてくれ」
アンセムは、皇帝がまるで休日に妻の求めを断る夫のように面倒くさそうに対応するので怒りが込み上げてきた。もちろん、立場上は皇帝が夫で正妃は妻であるのでどこも間違ってはいない。
「陛下、男なら若い娘とひと夏の夜を過ごせば、疲れなんてパパッて吹っ飛びますよ! ほら、あの子達なんて胸がでかくて良さそうじゃないですか」
アンセムは、浜辺で楽しそうにはしゃいでいる、第12妃セーラ・デューク・カザン、第22妃ルッカ・ヴィス・ベズイミアニ、第34妃シーリス・リッツ・オンターリオの3人を指して言う。彼女達は、ラグナ族の中でも、特に女性的な豊満な体型をしており、何があっても微笑んでいるような楽天的なタイプであった。
アンセムの指摘に対して、皇帝は彼女達を一瞥すると興味なさそうに、再び目を閉じる。
「陛下、たまにはアンセム様にお付き合いしてあげてもよろしいのでは?」
傍らにいたメイド長のティトはアンセムの後押しをする。普段はいつもメイド服しか着ない彼女達だったが、浜辺ではメイドも水着を着ていた。ただし、地味なワンピースタイプで統一されている。これはメイド服が統一さていれるのと同じ理由であろう。
用意周到な作戦家であるアンセムは事前にメイド長のティトに根回しをしていた。今回の余暇は、皇帝が他の娘に対して興味を持つように促すための作戦であると説明している。
ティトは皇帝の意志に背かないかどうかと難色を示したが、そもそもティトも先帝と先の皇后には、皇帝の後事を託された者の1人である。その願いによって、メイド長として後宮運営を仕切って来たのだ。だから、皇家の繁栄を願う策を断るいわれはない。「陛下の自由意志を促す程度で」という条件で、協力を了承している。
皇帝はティトに促されると、いやいやながら起き上がり、ビーチで使用するサンダルを履くと、一回伸びをして向き直った。
その壮健で勇ましい体躯は、さすがは男性のものである。やはり皇帝がこのビーチの中で最も高身長だろう。ただし、昔のアンセムの身体は、今の皇帝よりもやや身長が高かったように思う。
「ナンパか、それでどうするのだ。上手くいくものなのか」
皇帝は、やり方がわからず、上手くいくかどうかを尋ねている。だが、そもそも皇帝が自分の妃にナンパして失敗するわけがないと思うのだが。そこは、問題視しても仕方がない。
アンセムは、皇帝の嗜好についてこう分析していた。
皇帝は、女性の『女性らしい男性への態度』が大嫌いなのであろう。具体的には、わざと弱くみせたり、相手を頼ろうとしたりして低く見せる姿勢である。
アンセムは女の子に頼られたら断れないタイプ、むしろ積極的に頼られる存在になりたいと思っている。これは男であれば至極普通の事であるが、皇帝のように『あからさまに男に媚びようとする女の性格が嫌い』という性分の男がいることは理解できる。
では、仕事熱心で実務的な行動力のある女性に興味があるかというと、そう簡単にはいかない。
その理由は、仕事熱心で勤勉かどうかの評価基準には、長期間の成果や、危険地での適切な実働などの実績が必要である。見た目の努力家、勉強家、才能のある者など、将来性のあるなしについては、この際、関係が無い。
皇帝はある意味で、評価の実績を男女平等に行っている。だが、年若い娘の評価で、長期間の実績や危険地への赴任をした者を平等に実績で比較評価されたら、その数値は男性と勝負にならなくなってしまう。
後宮に来るような娘は、危険地で勤務した実績などない。後宮の娘達も努力家や才能のある者はたくさんいるだろうが、仕事での実績はほぼないのである。
そして、いつから大人で、いつまで子供だ。と考える基準は人それぞれであるだろうが、実績のない者を子供扱いする発想は、誰でもあるだろう。アンセムもバイコヌール戦役で死線を越える前は、どの配属先でも上司に若僧と子供扱いされたものだ。
そして、子供扱いした者に対して、性的欲求を持たないという発想がある事も理解できる。
こうして、皇帝がいつも妃達に言う「あの女どもは未熟だ」という言葉が生れるのだろう。
このように考えれば、アンセムが皇帝の寵愛を受けているのは、バイコヌール戦役での一年二か月の包囲戦で死地を切り抜けた実績が大きい。そして精神的には皇帝よりも年長者であるから、当然、皇帝はアンセムを大人として見ているのだ。
この推論であれば、彼女達が大人として十分な実績と能力を持っていると認めさせなくてはならない。大人として認められるためには、別に仕事が出来るだけではないだろう。
ここからが彼の腕の見せどころである。というわけで、彼は今回の余暇で、戦術指揮官としてのプライドを賭けて、絶対に皇帝を攻略してみせると強い意気込みを見せていた。
「陛下、あの娘達に声を掛けてみましょう」
皇帝とアンセムはビーチを移動すると、アンセムは少し離れたところにロッキングチェアーに座っている妃2人に狙いを定めた。
第15妃ラーナ・リッツ・タクナアリタと、第38妃アンネ・リッツ・ローザリアである。
他の妃からやや離れたところで、ビーチパラソルを広げて、グラスに冷たい飲み物を淹れながら談笑していた。
ラーナもアンネも裏表のない優しそうな雰囲気の娘で積極的に他者と交流するタイプではなく、謙虚にいつも2人だけで行動しているタイプである。
「ほほう、アンセムはあのような娘が好みなのか」
「私は若くて美しければ、どんな娘でも好みです」
アンセムは皇帝に聞かれたので、思わず本音で答えてしまう。
「それは性欲旺盛で結構なことだ」
皇帝に茶化されたが、それでは困る。そもそも、若い男子の皇帝が性欲旺盛で結構でなければならないのだ。それには、皇帝の男性器に働いてもらわなくてはならない。
「陛下、ぜひあの娘達にお声を掛けてくださいませ。それがナンパの第一歩です」
「なんで私が……」
「何事も経験でございます。それに陛下、彼女達を攻略出来ずして、敵を攻略できましょうや!」
「うむ……」
繰り返しになるが、彼女達は既に皇帝の側室なので、男が女を攻略するという意味ならば、既に攻略済みの対象である。
ラーナとアンネは、接近する皇帝に気づき、椅子から立ちあがると、直ぐに女性の挨拶を行った。
「ごきげんよう。皇帝陛下」
2人は息のあった挨拶をする。皇帝は一度アンセムの方を見たが、アンセムは皇帝に対して、催促する様な表情で返した。
皇帝は一度咳払いすると、彼女達に言う。
「お前達をナンパに来た。余のものになれ」




