戦車3~帝都奪回②
皇帝リュドミルは、豪華なパレードを行いながら市内に入ってくる。
それを出迎える市民は、当初は革命を支持した者達が多かったことなどすっかり忘れ、ベース主義者のクーデターによる生活の抑圧を恨み、皇帝の帰還、秩序の回復を喜び歓声をあげた。
政庁はすでに機能を喪失し、後宮の各施設に対するダメージも甚大だったが、皇帝の寝所の仮修復は完了していた。
そしていくつかの会議の後、本来、後宮に唯一入る事を赦された夫の帰宅を、その玄関口で、妻達は整列して出迎える。
「お帰りなさいませ、皇帝陛下」
妃達の渾身の笑顔が響いた。
しかし、皇帝は無言で、その最後尾に控えるアンセムのところにやってくる。そして、険しい顔をしながら向き直る。
「アンセム、ちょっと話がある」
そう言うと、アンセムの手を引いて強引に別室へ向かってしまう。
妃達は唖然とした後、こういう時にはかなりの不満を漏らしていたものだが、今回はなぜか不満を述べる娘はいなかった。
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皇帝リュドミルの報告を受けて、アンセムは頭が真っ白になった。
衝撃的な事実に、彼の思考は停止し、何も考えられない。
「もう一度言う、すまない」
アンセム・リッツ・ヴォルチ戦死――
それはつまり、エリーゼが死んだということだ。
皇帝リュドミルはアンセムに頭を伏せて謝罪する。
妹が死んだという報告に、アンセムは目の前が真っ暗になる。
自分が…… 妹が、死んだ? どうして……
「エリーゼは、敵を追撃していた時に、飛び出したところを狙撃兵に撃たれた」
目から涙が溢れてくる。
「彼女は戦場で男として叔父達を見返すと張り切っていた。私がもう少し注意していればよかったのだ……」
この涙はエリーゼの涙なのに…… そのエリーゼが死んだという。
アンセムの両脚は支えを失って倒れ込む。普通の女なら本能的に男の方によろけて支えてもらおうと倒れるのだろうが、アンセムは後の椅子に座りこんだ。
そして頭を抱える。
「陛下、申し訳ありません。私は恐ろしい人間です。妹の身体を奪っただけでなく、妹を殺してしまった」
「卿のせいではない。私が悪いのだ…… すまない」
アンセムは、下を向いたまま、そのまま1人にして欲しいと言うと、皇帝の部屋から去っていく、皇帝はもう声を掛けられなかった。
彼はその夜、自室には戻らず、妊娠中に与えられた禁を破って、一晩中夜空を見上げていた。
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数日後、帝都のマキナ教会の共同墓地において、今回の内乱における戦死者の慰霊祭が行われた。式典には皇帝以下、有力者が集まっているだけでなく、正妃であるアンセムも参列が許された。
アンセムが祈りを捧げる前には、棺に入れられた自分の死体がある。
彼は手に持った花輪をそっと捧げる。
リオーネ達、エリーゼの友人の妃は参列を許されなかったので、アンセムは彼女から預かった手紙と、花を持ち、それを合わせて捧げた。
今回の戦いで戦死した者はアンセムの妹だけではない。それぞれの人がそれぞれの思いで棺の前で祈りを捧げている。
彼も自分の妹の心と、自分の身体の入った棺の前で目を瞑り祈り続けるだけであった。
アンセムの隣に、エリーゼの侍女、タウダが静かに寄って来る。
「旦那様……」
アンセムは目を開けて声がした方を見ると、彼女はとても寂しい顔をしていた。
「エリーゼを殺したのは私だ」
アンセムは呟く。
「何としてでも止めるべきだった。エリーゼを、戦争なんて行かせてはいけなかったんだ」
「旦那様。お嬢様はいつも、そんな旦那様のことを心配していらっしゃいました」
タウダは寂しそうに言う。
「エリーゼは私が戦争に行くと言った時、一度も止めた事はないし、無事に帰ってきても手柄の話しかしていなかったが……」
「旦那様は、お嬢様が止めたら戦争に行くのを止めましたか? そんなことをしても旦那様を動揺させるだけです」
「それは……」
アンセムは言葉に詰まる。
彼は当然、貴族家次期当主としてのプライド、そして男としての意欲があった。家族が止めたからと言って、戦争に行くのを止めるわけがない。
「戦争に旦那様が赴かれてから、お嬢様は旦那様の為に祈りを一日も欠かしたことはありません。3年前の戦争では、旦那様が包囲されて命の危機に晒されていると聞かれた時、いつも涙を流しながら無力さを嘆いておられました。もし、お兄様が助かるなら自分の命を捧げると…… お嬢様は、毎日そう祈っておられました」
エリーゼは、アンセムの前では、いつも高飛車で気丈な態度を見せていた。兄の健康や無事を心配した様子は一度もない。
それは大きな間違いだった。エリーゼはアンセムが当主として名誉を求めていることを知っていた。エリーゼはそれを承知の上で、その目標に専念できるように、心配をさせないよう、ずっと振る舞っていたのだ。
そして、アンセムは自分がとても愚かな存在だったと気づかされる。アンセムは、エリーゼが自分の身体で出征していると知りながら、この籠城戦の中、一度も彼女の無事を祈らなかった。彼は目の前の敵を倒す事しか考えていなかったのである。
「私はなんてバカな男だ。本当に…… 本当に、大バカ者だ」
男という種族はなんと間抜けなのだろう、女を救う為と自己を正当化していながら、女を泣かすことしかできない。
「今回の件でお嬢様は、自分の力でお兄様の夢を叶えることができる。と喜ばれていたのですよ」
「そうか…… ダメだな、私は。身体だけ女になっても……」
アンセムは悟る。今回の奇跡は、エリーゼの願いが起こしたものだったのかもしれない。




