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戦車2~後宮籠城戦⑥

 イリ伯討伐を行っていた最中の皇帝リュドミル直卒する皇帝軍は、ほとんどイリ伯を追い詰めていた。

 だが、帝都でのクーデターを聞くとただちに引き返し始める。

 革命軍はアカドゥル渓谷を強行突破して帝都に戻ると考え防衛体制を敷いていたが、彼らの予想に反し、アカドゥル渓谷の強攻を行わずに地道な攻略戦を開始した。

 革命の熱が冷めない内に短期決戦を企図していた革命軍側としては予想外の展開である。


 さらに革命軍側に不利益な要素として、南方のハイランド王国が勇猛な兵士で構成された義勇兵団を援軍として派遣したという。

 ハイランドにいる運動員からの情報では、本来なら一個師団が提供されるはずだったが、内戦の際の正規師団の派遣は他国の介入を招いたことになるという建て前から、義勇兵団に改称して派遣された。しかし、名前が違うだけで中身は同じである。


 帝国の東方州都などは情勢に日和見を示していた。陸軍大臣の命令が無いという理由で去就を明らかにしない首長が続出している。

 結局、バイコヌール戦役の膿、そこから産まれた貴族改革による貴族達の不満、増税による市民の不満は、今回のクーデターで中立という結論に達しさせたのだろう。

 だが、種族解放戦線やベース主義者が支持されているかというとそういうわけでもない。帝都でもベース党員の一部が中立的な立場を表明するなど、市内は帝政派にも革命側にも有利にならない状態となったのである。


 後宮での籠城戦は、その後散発的となった。時折迫撃魔法が撃ち込まれたかと思うと、政庁側の正面に小型船(カッター)や渡し板などを使って押し寄せる。

 しかし、政庁南面の両側に配置された強固なトーチカは健在であり、そこからの射撃でカッターは容易に撃破されてしまう上に、政庁に上陸しても橋頭保を確保するのが難しく、身を隠すところのない政庁内部では両側のトーチカから効果的に狙われてしまう。


 長期戦は防御側にも大きな負担だった。

 大規模な兵力が一気に投入されることは無くなったが、不規則な時間に発射される迫撃魔法によって、日を追うごとに被害が増え始める。8日目には、北東の円塔に迫撃魔法が直撃し、監視役のメイド3名と兵士3名が死亡した。さらに、15日目には退避の遅れからリャザン子爵の娘、第11妃フラウス・ヴィス・リャザンが侍女1名と共に崩れた建物の下敷きとなり、建物の延焼に巻き込まれた。撤去作業後、死亡が確認される。


 革命軍はテストゥドと呼ばれる移動式の障害小屋で法撃地点を巧みに隠蔽しながら、後宮東側城壁の対岸に接近している。そのため、後宮はほぼ全体が迫撃魔法の射程内に入っていた。

 24時間警戒し、迫撃魔法の発射を確認した時に塹壕やシェルターに退避していれば、ほぼ大丈夫だが、散発的な時間に発射される迫撃魔法の全てに塹壕やシェルターでの常時対応するのは困難を極めた。

 かといって反撃も難しい。迫撃魔法の射程は、城壁上から弩で狙える距離にあるが、テストゥドの為に視認が出来ず防御効果もあり直射を妨げている。視認を難しくすることで、発射位置からの観測も困難を極めた。

 後宮には円塔以上に高い建物はなく、濠の広さが仇となり円塔上からみても角度的に射撃地点の視認はできない。さらに高さを得ようと円塔の上に櫓などの構造物を乗せるのは、敵に攻撃してくれといっているようなものだ。


 アンセムは対応策について頭を悩ませていた。いつものように、南東側円塔の脇にある指揮所の休憩室に設置されている簡易ベッドで休んでいる。

 すると、彼の寝床に潜り込んだメトネが無邪気に声を掛けてくる。


「ねぇ、アンセム~ 高いところから見降ろしたいなら、あの気球を使えばいいんじゃないかな?」


 メトネは障害気球を指さして言う。

 しかし、アンセムは首を振って否定する。


「あれは水素で飛ばすものだ。人が乗るには危険すぎる。それに、メトネみたいな体重の軽い娘でも、人を乗せるためにゴンドラをつけたりすれば相当な重さになって揚力を得るのが難しい。浮力を得るためにさらに大きいものを作れば、とてもじゃないが敵からの狙撃に耐えられないだろうな」

「なんだぁ、あたしなら身体軽いから大丈夫だと思ったんだけどなぁ」


 確かにアリス族は華奢で幼い体型だ。そのほうが異性の援助が貰い易いからという極めてアリス族らしい理由だという。


「気球か……」


 アンセムは何か引っかかるものがあったが、その時点では解決策に気が付かなかった。


****************************************


 翌朝、やはりアンセムは机の上に地図の広がった指揮所に籠り、乾燥麺をお湯で溶かした料理を食べながら考え事をしている。

 この麺スープは、ムラト族文化の料理であるが、保存が効き簡易なのでこういう状況では役に立った。ただし、華麗を美徳とするラグナ族文化では、通常、こんな食事は惨めで貧しいという評価を下されてしまう。

 フォークで麺を啜るアンセムにマイラが優しく声を掛けてくる。


「お嬢様、随分とお疲れのようですわ。鏡でご自身の様子をご確認くださいませ」


 マイラは鏡の前にアンセムを立たせて、寝不足で疲れたアンセムの顔を拭き、椅子に座らせて髪を梳いて整え始めた。


「指揮が大変なのは分かりますが、女性である以上は最低限の身だしなみには気を遣ってくださいませ」


 アンセムは、朝の準備をマイラに任せきりだった。そして彼の睡眠時間は3時間を切っており、疲労は明らかに顔に出ている。それは鏡に映っている自分にもはっきりと分かった。

 エリーゼがこんなに疲れている顔を見せるのは、アンセムがバイコヌール戦役から帰還した時ぐらいだ。


 鏡……?


「そうだ、これだ!」


 アンセムは急に立ち上って叫ぶ。


「マイラ、ありがとう。上手くいきそうだ」


 アンセムは突然立ち上がると、そう言い残して、マイラの制止も聞かずに飛び出してしまう。

 部屋に残されたメトネとマイラは、呆気にとられた後、思わず笑い出してしまった。


「うーん…… やっぱり、男っていうのはあたし達と違う種族なのかしらね」

「そうですね。見た目だけ私達と同じでも、やっぱり違うようです……」


 その日も、革命軍は後宮内を法撃しようと移動式の隠蔽障壁(テストゥド)に隠れた簡易陣地から法兵隊が射撃体制に入っていた。

 後宮にはなぜか以前の障害気球が上がっている。しかし、誰かを乗せているわけではないようだし、人を乗せられるような大きさではない。それらの気球は風船のように小さく、障害としての効果も微妙な大きさだ。


「射撃よーい!」


 革命軍の法兵隊は、配置について法撃体制に入る。

 その時、突然を大きな駆動音がしたと思うと、風を切るように後宮内から弧を描いて飛んでくるものがあった。

 彼らがそれを石弾だと気付いた時には、すでに正確に法兵隊の正面のテストゥドに着弾、その壁面を破壊する。


 グワシャ――ン


 激しい破壊音が木霊した。

 余りの衝撃に、法兵達は驚き、腰を抜かしている。


「カタパルトか!?」

「なぜだ? どうして敵はこちらの場所が分かった? とにかく被害を出してはいかん、いったん法兵隊を下げさせよう」


 革命軍のリーダーであるリスノーフは、攻撃された事に驚き、慌てて法兵隊の位置を下げようとする。


「同志リスノーフ。こんなもの偶然だろう。位置を変えればこちらの居場所は敵に見えない」


 アティラウ公の息子ブレスデンは、それを偶然として攻撃続行を主張していた。

 包囲戦の長期化は、革命軍の幹部同士でも亀裂を生じ始めていた。包囲する革命軍のリーダー、リスノーフは攻勢に消極的なのに対し、幹部のブレスデンはいつも強攻を主張している。

 ブレスデンは、こちらにスパイがいることも考えられたが、城内に合図を送っている者は確認できなかったし。彼は用心して少数の部隊をさらに散開させ、また法兵と偽装した兵士も配置して用意する。

 法兵隊は射撃位置を変え、再度法撃体制に入ろうとする。しかし、今度も後宮内から正確に法兵の射撃位置に石弾が飛んで来た。さらに、今回は法撃準備態勢に入っていた法兵数名を薙ぎ倒している。打ち倒された法兵隊は悲鳴を上げながら後退していった。


「敵にこちらの位置がバレているぞ! 同志リスノーフ、我々の中に敵性分子がいるんだ。徹底的に洗い出せ!」


 プレスデンは、種族革命戦線内に敵がいると主張したがリスノーフは反論する。


「運動員がわざわざ後宮に指示を送っているとは思えない。帝都の市民に協力者がいるのかもしれん」

「なら、市民を炙り出せばいい。見せしめに何人か吊るしあげれば、白状するだろう」

「アカドゥルにいるラブロフ議長は市民を傷つけるなとの厳命だ。そんなことは許さん。我々は正義の為に革命を起こしているのだ」

「その同志から早く帝都の帝政派を駆逐して合流するように指示されているのに、こんなところで釘づけにされている無能はどいつだ!? さっさと革命の敵を倒せ。理想を語るのはそれからにしろ!」

「なんだと! 貴様、ブルジョワの青二才が!」


 だが、彼らが喧嘩腰の議論をしているところにも、後宮から放たれた石弾が飛んできた。

 法兵隊を配置する場所を考えるどころではなく、さらに後退させなくてはならなくなる。

 その攻撃は正確無比で、明らかに着弾地点を計算された射撃だった。


****************************************


 後宮内では、アンセムがカタパルトと巻き上げ機を改良して製作した平行錘投石機(トレビュシェット)が完成していた。てことシーソーの原理で錘を付け、石弾を飛ばす。弾は弧を描いて飛ぶので城壁を越えて射撃が可能である。射程は約300m以上、迫撃魔法とほぼ同等である。

 そして、敵の配置は上空の気球によって判明した。気球に鏡を取り付けて、敵の位置がわかるようにしたのである。


 化石文明の時代、人類が月にどうやってたどり着いたのかはわからないが、今でも月には鏡が設置されているという。

 そしてその鏡に光を当て、その反射で光の速さを計測したらしい。


 鏡をつける程度の大きさの気球なら、気球の高さと観測地点を調節して三角測量すれば、かなり広範囲を見渡せる。

 要塞戦で気球は有効だが、迫撃法や航空騎兵が運用されている現在ではほとんど見られない。もちろん、トレビュシェットも同様である。


 トレビュシェットは迫撃魔法に比べれば威力は小さいが、法撃のために金属製の装備をつけられない軽装の法兵を退ける程度なら効果は十分だった。

 そして、敵はこちらの反撃がないから近づけるのであって、こちらから反撃されると分かれば損害を恐れて下手に近づけない。また、夜間であっても法兵の武器は発光するので余計に場所が判明しやすくなる。さらに、石弾は後宮でも簡単に制作することができ、弾数的な不安もなかった。


 その日から、革命軍はトレビュシェットの射程内から離れ、極めて消極的な戦いになっていった。

 籠城側の希望は皇帝軍が到着することである。イリまでの行程は約一か月。だが、一か月過ぎても皇帝軍はアカドゥル渓谷から進むことはなかった。

 革命軍側も戻って来る皇帝軍を撃破することに賭けていた。むしろ、帝都の革命軍の法兵隊を下げ、アカドゥル渓谷に送っている。


 実は、アンセムが最初に皇帝に早馬を送った際、籠城側の防衛可能期間を6カ月。1回の適切な補給があれば1年として見積もって計算しており、皇帝軍の早急な行軍を戒め、各地の帝政派の師団と連動しながら、慎重な進軍を心掛けるよう促していた。

 彼は最初から、何か月でも後宮を守る自信があったのである。


 包囲が一か月を過ぎると、長期戦に伴う人間関係の悪化と士気の低下を防ぐ事を求められた。閉鎖された空間で戦う籠城戦では各々の不満が溜まり、味方同士の不信感に繋がり易い。

 そのためアンセムは、妃とメイドを動員して、常時、娯楽を提供して宣撫を行った。宣撫といっても、ただ美少女に男を応援させるだけである。

 精神的な効果なので確実な効果が現れるわけではないが、宣撫は士気向上にはかなり効果があるという。データでは、男性の場合、応援に寄って約1割の実績の向上と、より大きな精神的高揚が得られる。

 後宮の美少女である宮女達は、宣撫効果を狙う為には、極めて有効な存在だ。戦闘糧食を配る美少女の笑顔と応援は、男の精神的なストレスを吹き飛ばしてしまう。

 あらゆるリソースを勝利の為に活用しようという発想は、施設防衛の指揮官らしい発想ではある。


 逆に、革命軍側は苛立ちを募らせていた。

 アカドゥルの皇帝軍をせん滅しようにも皇帝軍が動かず、帝都の帝政派籠城軍も動かないのである。


 こうして籠城開始から三か月が経過した。


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