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戦車2~後宮籠城戦④

 その夜、政庁側の司令部は、後宮の南側の警備兵の詰所に移動した。テニアナロタ公、タルナフ卿、参謀のスミルノフ、さらにアンセムも集まって今後の善後策を練っている。


「昼間の攻撃で敵は大きな損害を受けたはずです。今後は、陛下の迎撃に向かっている本隊を戻して再攻撃をするか、消極的な包囲戦でこちらの士気が挫けるのを持つでしょう」


 会議では、スミルノフが今後の展望について意見を述べる。昼間の総攻撃を政庁広場の爆破という強引な手法で退けたため、敵の実戦要員の損害は大きい。このまま明日以降も積極攻勢を行うことは難しいだろうと予測している。スミルノフの指摘は無用な程当たり前の予想であったが、まぁその通りだろう。


 この作戦会議上でアンセムは大胆な提案を行った。


「こちらから夜襲に出ましょう」

「夜戦だと……」


 テニアナロタ公を含め、司令部全員に驚きの声が上がる。

 それはそうだろう。皇帝の正妃が積極攻勢を主張したのである。


「はい、こちらは政庁の石橋を破壊し、政庁の防御に割く人員を軽減したため、兵力的にはやや余裕が出ました。敵に休養を与えないために、こちらからも打って出るべきです」


 テニアナロタ公は難色を示した。スミルノフ参謀ははっきりと反対する。


「こちらの戦力は少ない上に、昼間の戦闘で疲れている。兵力の余裕など何処にもない。成功する見込みは少なく、少数の兵では効果も期待できません」


 スミルノフは常識的な反論を行った。


「失敗する公算は大きいです。でも討って出なければならないと思います」

「負ける可能性が大きいと分かっているのにも関わらず、討って出るだと……?」


 アンセムは正妃の姿にもかかわらず、普通の男性士官のように姿勢を正して発言する。


「要塞の有利は、敵の侵入が難いことだけではありません。それと合わせて、守備側からはいつでも出撃可能という要素も重要です。こちらは大きな防衛設備に守られていますが、これが逆に弊害となって、籠城側は出撃できないものだと敵に判断されると、相手に十分な休養と精神的余裕を与えてしまいます」

「それはそうだが……」

「こちらが一度でも夜襲の可能性を示せば、敵は今後ずっと、攻撃に備えて夜間も十分な備えをしなければなりません。その配置分、昼間に戦える兵力は減ります。さらに警戒の為に、精神的な負担を掛け、物資も多く消耗します。冬のアスンシオンは夜が15時間もあるのです。その間、敵に休養を与えて物資と体力を温存されては敵の負担になりません」

「しかし、総攻撃のあった今日でなくてもよいのではないか?」


 テニアナロタ公も異論を述べる。


「昼間の総攻撃で反乱軍は総力を挙げて挑んできました。これは、彼らが本日中の短期決戦を目指して来たからです。今晩の夜直は事前に用意しておらず、昼間の戦闘に加わった者から無理に選ばれるでしょう」

「まぁ当然、こちらと同じぐらいは疲労しているだろうな」

「しかし、明日からは長期戦に備えて夜は輪番で監視体制を組むと思われます、つまり今日しかないのです」

「ふむ……」

「それに、短期決戦を目指していた敵は、十分な長期戦の準備をしていないはずです。占拠した帝都の庁舎を利用しているなら、その地形は十分把握しています。もし、敵が野営するのならば、彼らは布製テントなどの即席の設備で休む他はありません。最初から休息の為の施設が整い、補給態勢も万全なこちらのほうが、疲労の回復は早いはずです」


 それでもスミルノフは反対していたが、タルナフ卿は豪快に笑いだした。


「正妃様は、面白いお方だ。失敗するということは、人が死ぬということだ。それでも我々に行けというのか?」


 タルナフ卿の指摘は明快でそして痛烈だ。しかし、アンセムは下がらない。


「その通りです。籠城戦において物資は人命よりも尊い。敵に精神的、物質的に負担を与えるためには、今日やらなければなりません」


 アンセムは凛とした声ではっきりと、人命よりも敵の精神的、物質的負担の方が尊いと宣言する。


「この夜戦は私が指揮を執って参加致します。これでも私は、帝都の地理には詳しいのですよ。夜間だってどこへでも迷わず行けます。宰相を助け出した時と同じ事をするだけです」


 そう続けると、その場にいた貴族や士官学校の生徒達は色めきたった。クーデター初日にアンセムが城外に出て宰相を助け出した事は知られていたので、これが本気だと受け止められたのである。


「いいだろう。正妃様にそうまでして煽られては男として出ないわけにはいくまい。私が指揮をして、夜襲に出よう」


 タルナフ卿はそう宣言して出陣を請け負う。それでもなおスミルノフは反対していたが、テニアナロタ公が了承すると、ただちに急遽選抜した300人ほどを集めた夜襲部隊が結成された。


 夜戦部隊は深夜0時に出撃、夜明け1時間前までに帰還する予定である。アンセムはタルナフと作戦について詳細な打ち合わせを行っていた。


「タルナフ卿、危険な任務を押し付けてしまって申し訳ありません」


 出撃前の準備をしているアンセムがタルナフに謝礼をいうと、彼は小声で返事する。


「まったく、陛下のお子を人質にとるとはとんでもない正妃様だ」


 アンセムは驚いて目を丸くする。自分が孕んでいる事は秘密にしていたはずだった。


「ご存じなのでしたか……」


 確かに、アンセムは正妃である自分が夜戦に行くといえば、男達がそれを止めるはずだということを計算して発言していた。


「いや、構わんよ。君は皇家の血をひいてはいないが、君の腹の中の子は皇家の血が流れている。であれば、我々貴族は忠誠心を示さなければな」


 アンセムは頷く事しかできなかった。夜戦は必要だと考えていたが、成功する見込みは少ないからである。


「娘のタチアナは賢い子だ。勉強や仕事に熱心でね。なんでも私によく相談するんだ。もし…… 私に何かあったら、タチアナを慰めてやってほしい。きっと泣くだろうからな」

「畏まりました。御武運を」


 夜襲部隊は、全員リバーシブルの覆面を被る事になった。表面が黒で裏面が白となっており、出撃時は黒側を使用して夜陰にまぎれ、撤退時は白面に被り変えて帰還する。

 顔は比較的目立つ部分なので、夜襲に際して有効だという判断である。覆面の素材は、後宮の女性のタイツをランドリーメイド達が急遽加工して作成した。

 このような衣類の加工は、宮女達の手際の良さは抜群であった。他の装備も含めて、2時間で300人分の作業を完成させる。

 出撃には敵の目の死角になる南西塔の門から出撃することになった。後宮の円塔にはそれぞれ城門が設置されている。ただしそれらは機能や大きさの面ではかなりの違いがある。

 主に使用される政庁へとつながる南側の城門は幅が広い跳ね橋式となっている。そして、資材の搬送用に使用される南東側の城門は狭く長い跳ね橋式になっており、濠を渡ることができるようになっていた。

 この二カ所の門の開閉は遠くからでも視認でき、おそらく敵の見張りが置かれ、城内からの動向に目を光らせているだろう。

 それ以外の城門は小さく、場所に寄っては城門として機能していないものもあった。ただし、南西側の円塔の出入り口は、小さい船があれば政庁の北濠を通って政庁西の対岸に出る事ができる。濠は薄い氷が張っていて危険な状態であったが、昼間の状況を観察したうえで、少数で濠だけ渡るのであれば、小舟の運用でも移動は可能である。


****************************************


 午前0時、密かに出発したタルナフ卿率いる300の襲撃部隊は、いったん政庁西側に上陸した。

 その後、裏道を通って、革命軍の司令部が置かれていた帝都日報新聞社に対して攻撃を行った。これは昼間の捕虜から得た尋問により判明していた事実である。


 だが、結論的に攻撃は上手くいかなかった。

 新聞社の周辺にいた警戒の兵士達は後宮側からの反撃をまったく予想しておらず、ほとんど居眠りをしているような状態で倒された。

 しかし、新聞社の内部はバリケードが築かれ、突入を困難にさせていたのである。


 新聞社3階で昼間の疲れから休んでいた革命軍の帝都部隊長リスノーフは、その喧騒で目覚めた。


「なんだ! 市民の暴動か!?」

「同志、後宮側の夜襲のようですよ。貴方も革命の戦士なら寝間着姿などではなく、武器を持って寝たらどうですか?」


 部屋にいる同じ革命軍の仲間、プレスデン・アティラウは嫌みっぽく言った。プレスデンとその側近だけは、休憩時も完全武装である。

 プレスデンは、革命に同意した労働者を動員して、夜間も攻撃を継続、若しくは最低でも陣地設営させるように言ったが、リスノーフは許可せずに自分の隊員を休ませていた。

 さらに、プレスデンは僅かな側近と共に最低限のバリケードを築いて、敵の奇襲に備えていたのである。結果的には、プレスデンが正しかったことになる。


「同志、話はわかった。すぐに武器を整えるから10分稼げ」

「了解しました」


 夜襲部隊はバリケードを排除しながら新聞社の2階まで登ったが、階段上でバリケードを敷いて防御するプレスデンの部隊を突破することが出来ない。

 そして、騒ぎを聴き付けたリスノーフの側近、さらに周辺の部隊が応援に駆け付けると、攻守は一変した。


「チッ、撤退だ。敵が集まる前に下がれ!」


 タルナフ卿は、アンセムに渡された煙幕擲弾を使って撤退を指示したが、新聞社の2階まで前進した多くの帝政派の兵士達は逃げ遅れ、奮戦の末に倒されてしまう。


 さらに、夜襲部隊の不幸は続いた。退却の際に道を見失ってしまったのである。帰路は、後宮南東の円塔の対岸まで戻ることになっていたが、帝都の市内は市民が建設したバリケードの為に至る所で通行が困難となっており、退路として計算されていた移動ルートが塞がれていた。さらに夜間の戦闘によって、通い慣れた道でも方向感覚を失い、帰路が分からない。

 帝政派の夜襲部隊は混乱の極みに達した。


 この時、革命軍側が適切に処理していれば、襲撃部隊は全滅し、籠城側の士気は大いに落ちていただろう。

 しかし、革命軍側の追撃も対応が混乱していたのは幸いだった。

 夜間の戦闘となり、未熟な指揮の革命軍は文字通り同志討ちを発生させていたのである。

 これは、アンセムが主張した、急編成された革命軍部隊に対する、奇襲効果を期待した折り込み済みの戦果ではある。


****************************************


 アンセムは南東側円塔で、夜襲部隊の動向を監視していた。しかし、帰還時刻になっても戻らない事に焦りを感じている。

 間もなく太陽が出る。そうなれば人数が少ない襲撃部隊は進退窮まる。小人数は相手が防御を固めていない夜襲だから効果があるのだ。

 彼は同じく円塔に詰めていたテニアナロタ公に言う。


「司令官、もしかしたら襲撃部隊は道に迷っているのかもしれません」

「そうかもしれないが、どうすることもできない。追加部隊の派遣など不可能だ」

「城壁上に照明弾を放って強い明りを灯しましょう。それを目印にすれば、攻撃部隊に帰り道を教える事が出来ます」


 それを聞いたスミルノフは反対する。


「強い明りをつければ、敵の狙撃を受けやすくなり危険です。わざわざ味方の居場所を敵に知らせて危険を晒す必要はありません」


 アンセムは食い下がる。


「敵は昼間の攻撃で疲労している上、さらに夜間の襲撃に対して対応中だ。今の段階で、城壁上の明かりを見たからといっても、すぐに攻勢に出られるとは思えません。それに……」


 彼はさらに強く迫って付け加える。


「夜襲部隊が命賭けで戦っているのに、安全な城にいる我々がこの程度の危険も冒せないで味方の士気が保てるのですか!」


 見た目はメイド服を着た若い娘なので、強く迫っても可愛い印象しか受けなかったが、それでも出来うる限りの迫力をもって訴える。


****************************************


 夜の帝都を彷徨っていた夜襲部隊は、巨大な明りが浮かび上がるのを見つけた。


「後宮の女ども、わざわざ我々の為に花火を上げるとは…… 隊員を集めてあの明かりの方向へ駆け込め!」


 既に夜襲部隊は散り散りになっていたが、タルナフ卿は、直ちに明りを目印に照らされた後宮へ向かうように指示する。

 道を見失っていた部隊も夜間の照明弾は極めて分かり易い退路を示した。

 驚いた事に夜襲部隊が後宮の対岸に辿り着いた時、後宮の南東側円塔の長い跳ね橋は開け放たれていた。

 跳ね橋は狭いとはいえ、革命軍に大軍でもって一気に渡られたら非常に危険であった。

 そして、後宮の動向を監視していた革命軍の兵士には、その様子を確認し、革命軍本部に報告した者もいた。

 しかし、革命軍の指揮は混乱し、敢えてこれを好機として橋を攻撃する事はできなかった。それに跳ね橋自体は狭く、円塔から射撃で狙われることは明白で、彼らはそこまで臨機応変に対応できるほど訓練されていない。


 夜明けまでに続々と夜襲部隊が戻って来る。籠城側は、なんとか夜襲部隊を収容することができたのである。


****************************************


 総攻撃の夜に行われた帝政派による夜襲は、その戦闘の損害比率だけを評価すれば失敗と言われる。

 参加した約300人のうち、損耗率は70%に達した。対して、革命軍側はその規模からすれば損害は軽微である。

 ただし、総論としては、革命軍側は城内からの夜襲の警戒の為、今後ずっと十分な人数を警戒に配置し、さらにそのために資材と労力の消耗をしなければならず、常に攻撃を受けるかもしれないという精神的な重圧は、経験の少ない革命軍の指揮官にはかなりの負担となったことは事実である。


 そして、昼間の戦闘から夜襲までを含めた、革命軍の初日の被害は予想を上回るものであった。

 虎の子の航空騎兵は大損害を被り、法兵隊もほとんど効果を上げる事が出来なかった。

 昼間の戦闘で捕虜になった突入兵力の損害は1500名程度で、総数27000で包囲している革命軍からすれば許容できる損害である。しかし、問題は士気と練度で、突入した部隊にいた者たちはいずれもよく訓練された士気の高い者達であった。他の革命軍の兵士達は、盲目的に革命を信じる市民ばかりで兵隊としては数にしか入らない。


 革命軍側の希望は、革命家ラブロフ率いる主力と合流する事である。

 主力部隊はアスタナ要塞から出発し、周辺地域の革命勢力と合流しながら、イリから戻ってくるはずの皇帝に対する迎撃の為に、アカドゥル渓谷地帯に向かった。

 本来であれば、リスノーフは帝都を速やかに革命軍の手で制圧して、彼らの有する兵力を主力部隊と合流させなければならない。

 ところが、政庁と後宮に籠城する帝政派の抵抗でここに釘付けになってしまっているのである。

 しかし、帝都を離れるわけにはいかなかった。政府高官の数名が政庁と後宮に逃げ込んでいる以上、包囲を解けば、彼らは直ちに帝都の重要施設を回復し、市民から多数の同調者が現れるだろう。そうなればアカドゥル渓谷に進軍した革命軍の本隊は進退が極まってしまう。


 革命軍側の兵力分散による失敗であるが、かといってこれ以上兵力を増やしても政庁と後宮に対して十分な効果があるとは思えない。

 革命軍は政庁に逃げ込んだ兵士は2500人ぐらいだと見積もっていたので、27000の兵力で包囲戦をするのは十分すぎる戦力である。そして、これ以上兵力を増やしたところで、地形的に有利な政庁と後宮に対して効果的ではない。

 ただし、彼らは宮女を敵として人数に入れていない。彼らの思想では、権力に抑圧されて強制的に徴収された宮女達が帝政を支持するわけがないし、むしろ自ら進んで革命を支持するだろうと楽観的に考えていたのである。

 そしてなにより、後宮にいる貴族の女など、法弾を数発撃ち込めばすぐに降参するという目論見でいた。戦史上でも、強気の交戦派だった女性支配者が、自らの寝所に法撃が及ぶと恐怖に怯え、すぐに講和に転じた例は少なくない。


 だが、後宮の女達は、法撃に怯えることなく統制が取れ、前線に適切な援護を行っている。皇帝の妻である妃達に対して統制を取ることなど、喩え宰相でもできないはずだ。


 それにしても、ベース主義は本来、男女平等を掲げている思想のはずである。それにも関わらず、女性の能力を無視して数に入れずにその防衛力を侮った為に苦戦する羽目になるとはなんという皮肉であろう。


 翌日善後策を練っていた攻囲する革命軍の指揮所に、テニアナロタ公の館に襲撃に来たという妃の詳細な報告が上がる。

 見た者の話では、テニアナロタ公の館襲撃の指揮官を一撃で倒したのは、ヴォルチ家出身のエリーゼという皇帝の妃のひとりだという。


 彼女の名は、既に革命軍の間で“鮮血の姫”と渾名されていた。


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