戦車2~後宮籠城戦③
突撃する革命軍の兵士に対して、政庁両側のトーチカから弩や弓を用いた反撃が行われている。
革命軍側も対岸から援護射撃を行い、特に石橋へのバリケードの排除はより積極的に行われたようで、突入する革命軍の兵士は、早くも政庁対岸の城門施設に到達、前衛は中央広場へ乱入した。
政庁では中央広場に参集兵1000を分散配置していた。石橋両側のトーチカと高所には政庁警備兵と士官学校の生徒、そして後宮の宮女で戦闘が行える者が配置されている。
正面広場に展開する主力は本格的なバリケードによって援護されていたが、迫撃魔法はそれらの機能を不十分にするだけ叩いていたし、火災も発生していた。
突入してきた革命軍は本格的な軍事用の鋼鉄製の武装をしていたので、急ごしらえの武装の参集兵では苦戦を強いられている。
「武装兵と殴り合うな、脚を狙って曳き倒せ!」
中央広場の部隊を指揮するタルナフ卿はバリケードを有効活用し、東庁舎の背面から回りこんで果敢に攻撃を仕掛ける。帝政派は初めから殴り倒すつもりはなく、柵や地形を利用して迎撃している。
しかし、いくら倒しても、南側の石橋を渡って次々と現れる革命軍の増援に押され、たちまち政庁東側のトーチカ付近まで押し込まれてしまった。
法撃を免れた中央広場を取り囲む各庁舎の屋上から、射撃の得意な兵士が弓矢で応戦するが、革命軍兵士の装甲を抜く事が出来ない。
しかし、中には優れた弓術を持つカウル族の兵士がいたり、貫通能力を持つテーベ族の狙撃兵がいたりするので、中央広場に突入した革命軍の兵士は高台からの狙撃に常に悩まされている。
「高所を制圧せよ!」
広場に突入した革命軍は早くも指揮の乱れを露呈したが、それでも移動式の置盾を並べて体制を立て直すと、広場に隣接する庁舎を制圧しようと建物内に突入を開始する。
しかし、革命軍が突入した各庁舎内部にもバリケードや様々なトラップが仕掛けられていた。
綿密に詰め込まれた障害は、士気高まって突入した革命軍の兵士達の勢いを大きく萎えさせた。
「排除しろ!」
それでも彼らの士気は落ちず、すぐにバリケードの排除に取り掛かる。
本来ならば、高所に迫撃魔法を打ち込むべきなのだが、迫撃魔法を庁舎外から、そこまで正確に誘導出来ない。
庁舎内から打てばよいのだが、石橋を突破して法兵隊を送り込まなければならないので危険が大きかった。
石橋の左右のトーチカは健在で、そこからの射撃を止めなければ、とてもではないが法兵隊を突入させることなど不可能だ。
「いまだ! 信号弾!」
庁舎内での戦闘の様子を後宮南の円塔から双眼鏡で確認していたアンセムは、合図の信号弾をパーラーメイドに撃たせた。
パァン――
上空に緑色の煙幕が撃ち放たれ、独特の音響が鳴り響く。
次の瞬間、政庁に激しい砲撃音が鳴り響いた。
そしてすぐ後に発生した大きな崩落音。
その巨大な振動が政庁への唯一の侵入路であった南側の石橋が崩壊した音である事は、その破壊の轟音を聞くだけで多くの者が自覚する。
それでも事実を認識できない革命軍の兵士は、実際に石橋の崩壊を自身の目で見て、それが事実だと確認すると、自らの退路が失われた事、増援が得られない事を認識し、たちまち大混乱に陥った。
工兵士官であるアンセムにとっては橋の建設、そしてその爆破は専門分野である。
政庁の南側にある石橋は固定式のコンクリート製で、通常の法撃では破壊できないような強度であった。
だが、彼は政庁の警備勤務の時から、石橋を観察し、その弱点について計算していた。
彼は、爆発の手順と強度を計算し、開戦前に事前に酸を効果的に染み込ませて傷をつけておいた。そして、政庁の南門の両側にあるトーチカに、法兵連隊出身妃、レニーとオフィーリアを配置して法門を持たせ、頃合いを見計らってトーチカから法撃を叩きこんだのである。
アンセムの話ではコンクリートは圧縮には強いが伸張には弱いという弱点があり、事前に工作してポイントを弱らせておけば法撃での破壊は十分可能だという。
石橋の崩落に巻き込まれ、政庁への増援として突入しようとしていた革命軍の兵士達は、悲鳴を上げながら次々と冷たい濠に落ちていった。
既に政庁内に突入していた革命軍の兵士達約1500は中央広場付近をほぼ制圧していたが、広場周囲にある各庁舎の高所は全て帝政派が維持したままであり、建物は広場を取り囲むように配置されている。
迫撃魔法によって庁舎はかなりの被害を受けていたものの、高所の有利は動かない。そして退路を断たれた状況では、とても庁舎内のバリケードを排除して、庁舎を強硬制圧するような士気は得られなかった。
その様子を後宮南円塔から確認していたアンセムは、次の作戦を実行する。
中央広場にある大噴水は、高台にある後宮の貯水タンクからの落下圧力を利用して、噴水していた。そこで、予め中央噴水に給水する配管を後宮から浴場用のナフサ用と取り換えておき、そこからナフサを流し込んだ。するとその勢いで噴水から水ではなくナフサが周囲に飛び散る。
既に法撃によって周囲のバリケードは火災を起こしており、放置していても着火したであろうが、アンセムは念をいれて庁舎屋上の部隊に火炎瓶を持たせていた。
噴水の排水口を防がれており、ナフサに着火すると、たちまち激しく燃え上る。周囲の冬の枯れ芝や広場の樹木は短時間で燃え広がり、噴水周辺は火の海になって煙で視界を遮られる。すると、彼らはもはや戦闘どころではなくなってしまう。
退路を断たれた状態で、戦意を喪失した兵士はもう戦力として終わりである。呆然と立ち尽くすか、「革命万歳!」とを叫びながら南側の濠に飛びこむか、どちらかであった。
しかし、重い金属鎧をつけて真冬の濠に飛び込むような真似をすれば、寒さに強い種族でもない限り溺死は免れない。
政庁中央の建物にいたテニアナロタ公やタルナフ卿は、呆然としている兵士達に強い声で投降を呼びかける。自決同然に濠に飛び込む者はいたが、抵抗する者はほとんどいなかった。
そして、太陽が沈む頃になると、政庁南面と後宮東壁の対面に展開していた革命軍は、射撃兵器の射程外へと後退を開始した。
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昼間の戦闘後、広場の兵士たちを武装解除させると同時に、負傷兵や消耗の激しい兵士を後退させて治療と補給が行われる。
後宮内の南塔東側、法撃の死角に設置された応急の野戦病院には、次々と負傷兵が運び込まれる。
マイラとナースメイド達は、それらの者に順次、腕に色の付いたリボンをつけていった。トリアージという手法である。
負傷兵の救護はナースメイド達だけでは手が回らなくなり、メイド長のティトはランドリーメイド全員をナースメイドの補助につけている。
「まさか、後宮に来たのに男を診る事になるとは思わなかったわ」
ナース長のユニティは余りの重傷患者の多さに目が回っていた。彼女がここに来てから1年。仕事は健康診断や、弓の弦を胸に当てる様な簡単な負傷しか診ていなかったのである。
後宮南西側広場はガーデナーメイド達が毎日心をこめて整備していた庭園があったが、無残にもすべて排除され、即席の野営施設が作られて、政庁から運び込まれた物資が積み上げられた。
南東側広場では、例の厩舎も運用を開始し、こちらでも設営が行われる。
キッチンメイド達は手際の良く、4倍に膨れ上がった配食に関する職務を全てこなした。もっとも、キッチンメイド達は、籠城決定時から、政庁と後宮全員分の配食を請け負っていたので戦闘中でもその作業量は変わってはいない。
この宮女を動員した補給に関する兵站の管理はティトが指揮を執っていた、彼女は元々皇帝の従者として士官学校書生科と同等の学問を学んでいたので、計画的な管理には手腕を発揮する。
アンセムはその様子を、とても感心して見ている。
この籠城戦での最大の不安材料は宮女達だったからである。
要塞戦の専門家としての彼の見立てでは、施設的、物資的には、後宮は大軍に対しても長期間の包囲戦に耐えうる力がある計算だった。
だが、戦争は施設と物資だけでやるわけではない。特に籠城戦には、古来の戦闘から住民の協力が必要不可欠である。後宮の住民である彼女達の士気と精神力が持たなければ何の役にも立たないし、彼女達の援護が上手くいかなければ前線の兵士の負担は増えて、兵力の少ない籠城側はとても戦えない。
彼女達は救護と配食に関しては、完全な働きを見せている。これならば、後宮に収容した男は全て円塔と城壁配置にして良いだろう。火災への対応は懸念材料だが、慣れればもう少し手際がよくなっていくはずで、こちらは訓練次第ともいえた。