戦車2~後宮籠城戦②
革命軍の航空騎兵による事前索敵は失敗した。
だが、予定通り政庁総攻撃が開始される。
政庁南門付近と後宮南東側の円塔の対岸に法兵隊が現れたのである。
法兵は法撃行使の際に金属製の装備をつける事は出来ないので、その存在は遠見からでもはっきり分かる。法兵隊の主力は、おそらくノスフェラトゥ族だろう。ノスフェラトゥ族はラグナ族とは別系統のR族の異種族である。
アンセムは濠を隔てて向かい合う南東の円塔上から確認する。
「迫撃魔法が来るぞ。総員対法撃戦用意!」
ピィーッ――
素早く指示を出すと、音楽隊は警笛を吹いた。その笛の音を聴いて、後宮内の宮女は一斉に掘ってあった塹壕に退避する。また、円塔や城壁にもシェルターを用意しており、退避できるようになっている。
どちらも直撃を受ければ損害を免れないが、そうでなければ破片や衝撃からはかなり身を守る事が出来た。
法兵が発射態勢に入るのを確認すると、アンセムがさらに素早く合図する。すると、円塔にいた音楽隊のパーラーメイドは、再度警笛を鳴らして注意を喚起した。
最も法撃を受けるであろう南側円塔と南東側円塔はかなり強化されていた。持ちうる限りの資材を投入していたし、専門的な工作技術を用いた実戦的なものであった。
ヒュルルル――
迫撃魔法の弾道は弧を画き、派手な飛翔音を鳴らしながら城壁を悠々と乗り越えて飛び込んでくる。
激しい炸裂音を鳴り響かせ強烈な地響きが、政庁と後宮内の各所で何度も繰り返される。
彼女達が暮らしていた建物に次々と着弾、家屋をなぎ倒し、あちこちで火災が発生していた。
「キャーッ」
後宮の宮女達は、塹壕内で恐怖に怯えている。
誰もが法撃に未経験であり、その熱風と衝撃、振動、そして炸裂音。彼女達は蹲り、震えることしかできない。
これは仕方のない事だ。アンセムも初めて敵の法撃に晒された時は、恐怖で頭が真っ白になった。だからこそ、塹壕と強固なシェルターの準備が絶対に必要だったのである。
「法弾は接収したようだが、たいした火力じゃない。これなら大丈夫だ」
アンセムは迫撃魔法の猛烈な弾幕の中、冷静に迫撃魔法の着弾の様子を見て革命軍の法兵隊の火力を分析した。
彼の判断では、これなら後宮や政庁の城壁が直接薙ぎ払われることはないと思われる。
魔法物理学者によれば、法撃の威力は、法兵の持つ体内のPN回路の性能によって違う。
PN回路は魔力回路とも呼び、魔力が高く元々才能がある者もいるし、まったく無い者もいた。航空騎と同様に、個々の実力差が大きい兵種だが、戦場で極めて有効なので、各国ともその育成に熱心であった。
種族格差も極めて大きい。ラグナ族は帝国内では比較的魔力の高い者が多いが、分母が大きいため偏差も大きかった。ノスフェラトゥ族では平均でいえばラグナ族よりも優秀である。
様々な条件のため、制限の多い航空騎よりは多いものの、それほどの戦力を揃える事は出来ない。
この兵種の数だけ揃える事はそれほど難しくない。ただし、より優秀な者でないと十分な火力が得られない。そして、弾丸を作るのに大変な手間とコストがかかる。弾丸の製作にも高い魔力が必要で、素材も極めて希少な高エネルギー物質を要する。さらに、PN回路は金属製の鎧と相性が悪く、法兵隊は攻撃に晒されると極めて脆い。そのため、法撃が行われる今でも、弓や投石機による攻撃は失われていない。
後宮に撃ち込まれた迫撃魔法は、同時に建物に火災を発生させた。後宮と政庁の施設はレンガ造りだが、建物の装飾は木材や布類なので延焼を免れる事は出来ない。
アンセムはなるべくそれらを撤去したが、すべて撤去することは不可能である。
法撃はPN回路の使用に体力を消耗するので連続で撃ち続けられない。後宮壁上で指揮を取るアンセムは、法撃が休んだのが分かると、ただちに破損個所の修復と負傷者の後送を指示し、城壁付近に設置された簡易病院へ次々と運び込んだ。
宮女達の被害も皆無ではない。ただ初日の激しい法撃にも関わらず、退避する際に1名が転倒、塹壕に飛び込んだ際に慌てた2名が脚を捻挫しただけという軽微な損害に留まった。
「消火作業開始!」
「はいっ!」
後宮のメイド長ティトは迫撃魔法が終わると、ただちに三班に分けた宮女達に消火活動を指示する。延焼を防ぐために周囲の建造物を破壊し、ポンプを総動員して放水する。
消火活動に当たる宮女の動きは正直に言って極めて鈍い。火災への対応訓練は平時からされていたが、それは避難の為のもので消火訓練はされていない。
そして、法撃の恐怖から放心状態となり塹壕内で動けないものも多い。メイド達は必死に建物の破壊を行って延焼を食い止めようとするが、腕力も低いため、作業は捗らない。
後宮城壁上への迫撃魔法の被害はそれより大きかった。城壁が破壊されるには至らないが、城壁上の兵士を完全に退避させるわけにはいかないので、城壁上の警備兵には少なからぬ死傷者が出ている。
一方政庁側へのダメージはより深刻だった。迫撃魔法により戦闘配置だった建物等に多くの被害を出し、アンセムが各所に築いたバリケードは破壊され、特に南の石橋の障害は排除されて突入しやすいようになっていた。
そして法撃終了と同時に、政庁南側の石橋の対岸から怒号が沸き上がる。
「すべての種族の誇りに平等の権利を!」
「突撃――!」
革命軍の兵士達は種族の解放を叫びながら、雪崩をうって突撃を開始した。




