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戦車2~後宮籠城戦①

「ユニコーンが来ました!」


 太陽が顔を出していくらもたたないうちに、後宮北側の円塔に配置されていたカウル族のガーデナーメイドは、湖の北方を双眼鏡で確認していた際、上空から接近するユニコーンを発見する。内容は伝声管を通じて、後宮司令部と政庁司令部に連絡された。


「北方から航空騎、12騎です!」


 報告により数が分かると、後宮の指揮所にいたティトはすぐに隣にいるパーラーメイドの音楽隊に指示した。


「対空戦闘です。総員配置!」


 音楽隊は決められた手順で手持ちの楽器を奏でる。早朝の静かな後宮にトランペットやドラムの音が鳴り響く。

 事前の取り決めによる音楽の種類で敵騎の襲来である事は誰でも判明した。

 まだ休んでいる者が多かったが、ただちに配置につく。


「ついに来たか……」


 アンセムは夜明け前から政庁側で障害を配置するため自ら指揮を行っていたが、すぐに後宮側に戻る。

 航空騎兵による事前索敵は総攻撃前の合図である。それは軍人であれば誰でも知っていた。

 政庁側でも対空戦闘の配置を開始する。しかし、アンセムが後宮に戻るよりも早く、最初の敵は後宮上空に飛来した。


 ユニコーンは額から角が、背中には機械的な羽を外付けして備えた特殊な馬である。

 種族分類学者が指摘するには、この羽は上空の飛行に際して羽ばたくのではなく、滑空するのに近い。また、角は牛や鹿と違い、羽に与えるための駆動を制御するための器官の一種だという。

 ユニコーンの羽には、法兵が持つのと同じようなエネルギーを発生させるための飛行装置が付けられている。これによってユニコーンは空を飛ぶ事ができが、この飛行装置も法撃と同様のエネルギーを使うため、航続距離には大きな制限があった。

 そして“ヴェスタの加護”に守られた処女は、その防御の加護の力を制御、増幅する装置VAFを装備することで、ユニコーンの飛行能力をコントロールする事が出来た。

 こうしてユニコーンに騎乗する処女達が駆るのが航空騎兵である。

 しかし、この航空騎兵という兵種が誕生してから数千年たった今でも、どの国も安定して大規模な人数を揃える事が出来ない。

 理由は3点ある。ユニコーンに搭載する法力エンジンの燃料が人力でないと作れない事。ユニコーン自体の繁殖が難しい事。そして騎乗制御するのが、ユニコーンに選ばれた処女でなければならないからである。

 これらの難しい問題を全てクリアする必要があり、特にユニコーンは馬のクセに若くて美しい娘を好むという性質を持っており、三番目の解決は極めて困難だった。

 それでも帝都には航空騎兵士官学校が設置され、戦力拡充に熱心であり、航空騎兵は帝国の若い女性の花形職業といえる。


 ヴァルキリー族は、今は南方のチベット高原だけに住む女性だけの種族である。その子はなぜか女性しか産まれない。この種族は数千年前までこの大陸をすべて支配する程に大きな勢力を誇っていた。

 女性しかいないといっても、実際の繁殖は男性の精子がなければならない。

 しかし、精子の活動休止保存(クリプトビオシス)化の技術が確立されたことにより、彼女達の文化では繁殖に男は必要なくなった。こうして女性だけの国が誕生し、戦争はなくなり、少なくとも表面上はお互いが平等な社会が築かれ、長らく大陸を支配していたのである。

 そのヴァルキリー族が主力として誇ったのがユニコーンの航空騎兵である。長い期間エリートを選抜してきたため、彼女達は極めてこの兵種と相性が良い。

 このヴァルキリー族の国が衰退した時、地方に残された多くのヴァルキリー族達はラグナ族によって同化されていった。

 彼女達は、アスンシオン帝国でもラグナ=ヴァルキリー族として知られている。ただし、種族分類学者の評価では、外見的にも特徴的にもほとんどラグナ族と同化していて別種として扱うことが出来ないという。

 それでも、帝国には自分達をヴァルキリー族の末裔として主張する者達がいた。現在の高原地帯で暮らすヴァルキリー族の末裔とはもう容姿も違っていたが「自分達はラグナ族に穢されて貶められただけ」と主張し、独立した権利を求めていた。

 そういう彼女達はベース主義に傾倒する者が多かったのである。


 帝国では、ラグナ=ヴァルキリー族の独立意識の強さは警戒していたが、彼女達には帝政を支持する者もおり、それらは戦場で極めて有能で欠かせない働きをする。航空騎兵連隊士官学校の成績上位者はいつもラグナ=ヴァルキリー族に占められていたのである。


 航空騎兵は貴重かつ重要な戦力の為、各国とも部隊に特別な名称をつける。帝都に所属する部隊はシュペルミステールである。

 革命軍に参加したシュペルミステール隊の小隊長マシェリは、ヴァルキリー族として同調する仲間とともにこの武装蜂起に参加した。


 夜明け前の暗いうちにアスタナ要塞近郊の空軍基地から進発した彼女らは、打ち合わせ通り、本日の昼間に行われる総攻撃前の索敵を命じられていた。籠城する帝政派に航空騎や対空法撃を行う法兵はいないはずなので、弓やカタパルトの遠距離攻撃の射程に入らなければ危険はないはずだ。


 ところが、革命に参加したシュペルミステール隊が後宮上空に到達すると、政庁と後宮、イローヴィア湖に気球が上げられるのが確認できる。

 気球自体は政庁の式典や告示に使われている物のようだ。


「小隊長、なんですかアレは?」

「きっと、障害気球ね。私も初めてみるけれど」


 マシェリに実戦経験はない。他の隊員も同様である。ユニコーンに騎乗できるのは20歳過ぎぐらいまでで、3年前のバイコヌール戦役で現役だった娘達は既にほとんどが引退していて、今回の革命に参加する者はいなかった。

 シュペルミステール隊で唯一実戦経験のあった本来の隊長は、アスタナ要塞を抑えた時に拘束されて、現在は収監されている。革命への参加を拒否した彼女は、もう二度とユニコーンに乗れない身体にされているだろう。


 上空に浮かんだ、経験のない障害物にヴァルキリー達は戸惑う。障害気球は使われた事例が少なく、彼女達は対応について詳しい知識もない。

 ただし、使われた事例が少ないのは、動けない上空の障害物など、空を自在に飛ぶ航空騎兵に対して、ほとんど無意味だからである。


「気球から垂れている鎖に気をつけて、あれに絡まれると落ちるわよ」

「了解」


 障害気球は気球自体で飛行を阻害するのではなく、気球に鎖や紐などを垂らして飛行を妨害するのが目的である。また、視界を妨害する意図もある。

 シュペルミステール隊は離れて警戒していたが、障害気球が動かないことを確認すると、慎重に後宮上空へと侵入を開始した。

 ある程度接近して、屋内施設の距離を掴めば、地上の法兵に適切な着弾観測を誘導することができるだろう。


 アンセムは、後宮に来る前シュペルミステール第二中隊の中隊長だった。

 工作や研究にマメな彼は、航空騎兵対策としていろいろな方法を考案していた。そして、実際に航空騎兵の運用に携わることで、その長所と短所、有効な対策も見えて来る。


「巻き上げ開始!」


 アンセムは、シュペルミステール隊が後宮上空から接近してきたのを確認すると、巻き上げ機に待機していた宮女達に合図する。


「そーれっ!」


 それを受けると、宮女達は、可愛い掛け声を揚げ一斉に巻き上げ機を曳き始めた。

 アンセムが用意した障害気球には、高さを調整する紐ともうひとつ巻きつけるように紐が結ばれている。その紐は巻き上げ機で巻き上げられるようになっていた。

 この巻き付けられている紐を引く事で気球に回転力が加わり、上空の障害気球が回転を始めたのである。


 グワン――グワン――


「隊長! 気球が動いています!」


 上空のシュペルミステール隊は、突然動き出した気球に慌てふためいた。


「落ち付いて! 気球が回転しているだけよ、動いているわけじゃない」


 マシェリは隊員達に冷静になるように指示する。気球から吊るされた鎖は、回転によって遠心力が加わり、それぞれ異様な角度で回転を始めていた。

 上空の航空騎兵は、気球から吊り下げられたワイヤーを回避するため距離をとらなくてはいけなくなる。

 だが、アンセムが仕掛けた罠はそれだけではなかった。

 回転する気球が異様な音を出し始めたのである。


 ガガッ――ガガッ――


 哺乳類は耳の良い生物群である。かつて鼠のように小さくか弱い存在だった頃、強靱で巨大、そして目の良い爬虫類に対して、その聴力を活かすことで生き永らえてきた。それは1億年以上という膨大な期間である。その哺乳類の力は大型爬虫類を駆逐し、地上を支配した以降でも失われていない。

 人間はその異音に耐えることができた。人間は聴力の優れた哺乳類の中でも耳が悪い動物である。そして様々な状況の変化に耐えられる精神を持っていた。

 しかし、馬は違う。馬が戦えるのは、人間によって訓練されているからだ。聞いた事のない異音に耐える訓練は受けていない。

 実戦経験のない騎手達も騎馬の混乱に拍車をかけた。ユニコーンはたちまち統制を失い、上空でただ円を描くように飛ぶだけか、騎手を振り落とすか、散り散りになって逃げ去ってしまう。


 混乱したシュペルミステール隊に止めを刺すように、配置された後宮の円塔から弩による射撃が行われた。

 アンセムは、無駄弾を撃たずに攻撃機会を待っていたのである。実際に命中する矢は殆どなかったが、攻撃は航空騎兵の混乱に拍車を掛けた。

 ユニコーンの皮膜はとてもデリケートであり、わずかでも傷が付くとバランスとコントロールを失う。


「後退しなさい! みんな後退よ!!」


 隊長のマシェリは、大声で撤退を指示するが、混乱と異音にかき消されてその命令に従うどころではない。


 そして、上空で立て直そうと留まっていたマシェリのユニコーンに、後宮のカタパルトから発射された強烈な一撃が加えられる。

 マシェリの騎馬はダメージによって、たちまち制御不能に陥り、墜落していった。


「あ、当たった。さすが、隊長。うまいわー」

「要塞設計で一番重要なのは、航空騎と法兵の対策だしなぁ」


 ソーラは双眼鏡を覗きながら感心しているが、アンセムは、予め対空戦闘用の照準器を事前に準備し、それによる射撃を行っていた。


 指揮官を失った後の航空騎隊は散り散りになってしまった。

 この結果、革命に参加したシュペルミステール隊12騎中、7騎が墜落。ただし、“ヴェスタの加護”のおかげで最大でも骨折程度で済んだ。マシェリも重傷であるが生存している。

 残りの5騎は帰還できたが、無傷な者は2名だけ、残りは損害を受け、十分な整備が必要な状態まで消耗している。

 革命軍は整備に必要な人員や資材を持っていない。ヴァルキリー族を使用した航空騎兵の投入はまさに虎の子であったが、散々たる結果となってしまったのである。


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