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戦車1~鮮血の姫②

 宰相ジリアス・デューク・テニアナロタの居住する公邸は、政庁から徒歩約30分程度の距離にある。


 アンセムがこの邸宅に到着した時には、既に種族解放戦線による攻撃が開始されていた。


 スキュラの尋問によって得た情報では、種族解放戦線による帝都クーデター計画の第一段階で要人の同時襲撃を目標としていた。

 そのひとつが、宰相テニアナロタ公の身柄である。


 宰相は、他国の首相に代わる地位であり、侍従長と内務大臣を兼ねた要職である。

 また、テニアナロタ公は皇家への忠誠心に篤いことでも知られており、貴族主義者の中心的人物でもあった。


 このテニアナロタ公の邸宅襲撃を担当しているのは、帝都の騎兵士官フリッド・リーフフェウスである。

 彼は、ベース主義に影響を受けた種族解放戦線の運動員であった。彼がこの思想に傾倒したのは、市民出身の士官であり、貴族出身の士官と出世で大きな差別的待遇を受けたことが大きい。


 リーフフェウスは、連絡員として種族解放戦線の運動員2人を連れ、所属するアスンシオン騎兵連隊の中からベース主義の影響を受けた隊員約30名を連れ、正面口の警備兵を打倒し、公邸の2カ所の門扉を封鎖しながら、既に邸宅への突入を開始していた。


 完全に不意をつかれた門扉の警備兵は成す術もなく倒され、侵入してきた襲撃者達とテニアナロタ公の子弟や従者、使用人など男子10数名と屋内ホールで乱戦となったが、完全武装の襲撃者達に対し、武器だけ持ち私服で戦った宰相側はほぼ全滅。


 種族解放戦線の襲撃者達は、負傷した家人を人質にして、各部屋の捜索を開始している段階であった。


 この作戦の指揮をしていたリーフフェウスは、屋敷の玄関付近に待機し、彼が一番考えられる失敗、つまりテニアナロタ公が逃走する可能性を考慮しながら、邸宅の動静に細心の注意を向けていた。

 そのため、彼は後方に対する注意が完全に疎かになっていた。

 公邸の外から、館に突入してくる者がいるなどまったく考えなかったのである。


 ヒュン――


 空を切る音がしたと思い、リーフフェウスが振り返ると、いきなり飛び込んできた短剣によって喉を切り裂かれた。

 テーベ族の特殊能力“月影”の力を乗せて放たれた短剣は、彼の首周りを守る鎖帷子を貫通して突き刺さる。

 ただし首の重要な血管は外れていて、おそらく適切な処置をすれば生存する見込みのある負傷程度であった。


「かはっ」


 リーフフェウスは、前のめりになりながら声にならない呻き声を上げ、突然現れた敵を見据える。

 そこには、軽装のドレス姿の若い娘が、馬を降りサーベルを構えている。

 だが、その表情は若い娘のそれではなく、男が戦争で人を殺すときの殺意に満ちたものである。そして、その娘は躊躇せずに男に剣を突き立てた。


 ザクッ――


 アンセムは容赦のない止めの一撃を加えた。ズシリと倒れる音がして、人間はただの肉塊になる。


 アンセムは敵のリーダーを倒したことを確認すると、すばやく屋敷の状況を判断した。

 すでに邸宅内は、ベース主義に影響された襲撃者達によって、制圧されているようである。

 負傷しているテニアナロタ公の親族もしくは関係者と思われる者が、ホールに並べられて暴行を受け、公爵がどこに隠れているのか尋問を受けていた。


 アンセムは、その状況を確認すると、手に持っていたスリングに、所持していた特殊擲弾を点火して込め、爆発までの時間を計算した絶妙のタイミングで窓から屋内に放り込んだ。

 屋内にいた襲撃者達は、投げ込まれた物が何であるかを確認する間もなく、それはいきなり炸裂する。


 激しい閃光が放たれ、付近にいて擲弾を注視していた者たちは、その閃光によって瞬く間に視力を奪われた。さらにその後、擲弾からは霧状のガスが噴出され、それらに対して何の防備もなかった襲撃者達は、目と喉に激しい痛みを覚える。


 アンセムの使用した擲弾は、マグネシウムの粉末とカラシナから採取するカプサイシンを主体としたもので、硫黄とリン、油を着火物に点火する。

 マグネシウムは極めて発光性が強く、燃焼による閃光で敵の目を眩ます。特に夜間、襲撃するために、暗闇に目を馴らしてきた者達には効果絶大だ。

 それに人間は、本能的に強い光に晒されると胎児の様な防御姿勢を取ってしまう。


 そして、カプサイシンが霧状に飛び散るようになっており、催涙ガスとして、目や喉の粘膜に打撃を与えて行動を阻害する。

 これは、屋外では効果が薄いが、屋内にいて、マスクなどで防護をしていない者にはやはり効果絶大である。


 古の時代。擲弾は、窒素化合物を利用した兵器が活躍したという。

 しかし、空中窒素固定菌の進化によって、反応性の高い窒素化合物は化学的性質を維持できなくなった。

 もともと空中の安定した窒素を固定化する能力があった根粒菌の仲間は、さらに進化して空中窒素分解細菌となり、空中に存在する窒素までも自身に都合の良い不安定状態にして、それを安定な物質に変える際に発生するエネルギーで生存する手段を手に入れた。

 窒素は空気中に大量にあるため、この細菌は爆発的に増えた。

 空中窒素分解細菌は、火薬などの原料になる不安定な窒素化合物も、すぐに安定な気体の窒素分子に変えてしまうため、現在の世界では無菌状態でないと窒素化合物、つまり火薬を作り出すことが出来なくなってしまった。

 しかし、火薬が無くなった世界でも、擲弾は存在する。アンセムが使ったような、油やマグネシウム、リンの化学反応は有効だからである。

 アンセムは後宮で、暇があってはこのような素材を組み合わせて自作の擲弾を製作していた。

 工兵はそういうものを製作するのも職務である。スキュラと戦闘の際にも相手が複数いた場合を考え、使用することを念頭に準備していた。


 どちらにせよ、屋内で大きな効果のあるこれらの閃光弾、煙幕弾、催涙弾はたちまちホールにいた襲撃者達を混乱に陥れた。

 もちろん、彼らがリーダーの指揮を失っていることも影響は大きい。


「反乱軍どもに告ぐ! 貴様らの司令官は反逆罪で処刑した。ただちに投降せよ。さもなくば、この場で全員を処刑する」


 凛として澄んだ女性の声は、屋敷内の混乱にも関わらず、ホールを制圧している襲撃者達に響く。

 催涙ガスから逃れようと窓際に出て外を覗いた者は、指揮官であるリーフフェウスが喉を切り裂かれ、鮮血に染まっているのを確認する。

 出入口の扉から外に飛び出そうとした者は、テーベ族の“月影”の洗礼を受けて、脳天を撃ち抜かれて血飛沫をあげながら倒れた。


 屋敷内の襲撃者達は、完全に戦意を喪失して恐慌状態に陥る。

 貴族達への反感という理由だけでベース主義的な思想に賛同した者達である。

 信念の為に死ぬ気で戦うつもりなどなく、自分達が逆に襲撃される立場になることは想定していない。また、統率者がいなくなればこの先どうしていいのかもわからない。


 実際のところ、アンセムの方も館内からの反撃を警戒していた。

 催涙ガスなど、しばらくすれば晴れる。こちらに援軍はなく、敵にはあるかもしれない。時間稼ぎはアンセムに有利とは限らないのである。

 もし、館内の連中が新しい指揮官を立てて反撃に出てくるならば、馬を駆って逃走する予定であった。敵を引きつければ、館内にいる公爵に逃げるチャンスを生み出せるかもしれない。

 アンセムは凛々しくサーベルを構えていたが、接近戦で勝てるつもりはまったくなかった。女の身体で、武装した男相手に勝負になどならない。


 しかし、彼の心配は杞憂に終わり、襲撃者達は計画の露見と士気の崩壊から、順次裏口から逃走を開始した。


 アンセムは彼らが立ち去るのを確認すると、邸宅内に入って、ホール付近で人質になっていた家人で無事な者を助け起こした。

 彼らは傷つき、さらに催涙ガスでも苦しめられていたが命に別状はなさそうである。その誘導に従って、2階奥の鍵の掛かった広間に向かう。


 ジリアス・デューク・テニアナロタは正装に身を固め、広間の中央にいた。


「テニアナロタ公、ご無事で」


 アンセムは女性の挨拶ではなく、男性の敬礼を行う。

 公爵は決意を固めていたようだが、現れたのがドレスを着た若い娘だったので大変驚いている。

 アンセムは手短に、救出の経緯を話した。


「陛下から正妃を決めたとの知らせは受けていたが、このような女傑だったとはな……」


 テニアナロタ公は理解を示したが、多少の誤解もあるようだ。

 そして、後宮内の情報は一般的には秘匿であるものの、それでも公爵の娘マリアンとエリーゼが不和となって、マリアンが処罰されたことはどこからか聞いていたらしい。

 その和解の経緯を聞くと、公爵は改めてアンセムに謝意を表した。


「娘の不徳、親として申し訳なく思う。改めて私からも謝罪させて欲しい」


 頭を下げるテニアナロタ公に、アンセムは恐縮する。しかし、すぐに問題を切りだした。


「公爵、ここは危険です。すぐに移動いたしましょう」

「しかし、帝都のどこが安全な場所かな。アスタナ要塞は遠すぎるが」

「政庁に警備を固めて受け入れの準備するように指示を出しております。対応可能な者をできるだけ政庁に集めて今後の対策を練りましょう」


 テニアナロタ公は頷くと、家人で動く事が出来るものに対して矢継ぎ早に連絡と情報収集を命じ、自ら騎乗してアンセムと共に政庁へと向かった。


****************************************


 政庁は門を閉ざして警戒していた。

 アンセムは、往路で強引に突破した政庁城門前であったが、復路はテニアナロタ公と共に馬を並べて戻ったために、警備兵に敬礼で迎えられる。


 その日、アンセムは徹夜で活動し、政庁と後宮の警備兵、宮女に適切な指示を出して防衛に必要な準備を詳細に指示する。


 アンセムは、夜のうちから政庁警備兵と非常招集した兵達を指揮して、政庁南側城門前付近に、バリケードを作らせていた。

 早くも、それを排除しようとしたベース主義者達との間で小競り合いによる死傷者も発生している。


 テニアナロタ公は政庁で情報収集を続けると、夜が明ける頃には武装蜂起した種族解放戦線の動向が掴めてきた。

 彼らは帝都クーデターの第一の目標として、要人の襲撃を行った。

 陸軍大臣レオン・ヴィス・ルアミンゼフと、警察大臣アンガス・コンテ・セヴェルナは自宅で家人と共に殺害されている。

 貴族院議長ケネス・コンテ・フェルコーカと、帝国市民議院の啓蒙党党首はジェイガン・レッシング路上で襲われて殺された。

 帝都に居住する貴族の多くは、クーデター発生の情報を聞くと、我が身の保身に慌て自分の領地へと逃走したという。


 要人の中でも襲撃を免れた者もいた。

 貴族制度の第一人者ともいえるテニアナロタ公への邸宅襲撃は失敗し、実力派の貴族、北部タイミィル地区総督のシェルパ・リッツ・タルナフは愛人宅にいたため難を逃れた。また、アスンシオン市長のフィリップ・コイスギンは姿を眩ましたという。

 タルナフ卿は愛人宅から直接政庁に来たため、身なりから警備兵に不審者と間違われたという不名誉な逸話が残ってしまった。

 アンセムが得た情報では、宰相以外の人物の襲撃に関しては日時に正確性を欠いていた。よって宰相救援を優先したが、残念ながら、宰相救出後に手配した他の要人救援はほとんどが間に合っていない。


 種族解放戦線は政府要人の暗殺の後に、第二段階として帝都の主要施設の制圧を行った。帝国議会、陸軍省、警察省、参謀本部、郵便局、帝都日報新聞社などが彼らによって占拠される。


 そして、翌朝になると、街頭に出た帝都のベース主義の運動員は種族解放のための革命に参加するように訴えた。


 この扇動により、日頃から帝政に不満を持っているベース主義の思想の市民などが続々とエルタニン広場に集結しているという。

 さらに、報告では帝都アスンシオンの東方、約1日の距離にあるアスタナ要塞がベース主義に賛同した者達の反乱によって陥落、多数の武器が蜂起軍に渡っているらしいことが判明する。


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