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吊るされた男4~子宮寄生種族④

 後宮厨房の分室では、第1妃マリアン・デューク・テニアナロタが侍女2人と共に手作りチョコレートを製作していた。


 彼女は去年のこの日もチョコレートを製作し、皇帝に渡そうとした。

 当時は入宮したばかりで、陛下に愛されようとしての乙女らしい行動である。


 だが、彼女の渡した手作りチョコレートはすべてゴミとして処分された。彼女はそんな扱いをされても、当時の自分が妻として不器用であった所為と自分を責めた。


 その後、皇帝との会話は完全に途絶えた。マリアンは出会う度に笑顔で挨拶するが、皇帝は返事もしない。

 今年はもう作らないと思っていたが、そこへアンセムが現れたのである。


 マリアンは楽しそうに作業している。その姿は、愛しい人の為に料理を作る微笑ましい娘の姿そのものであった。


「おかしいですわ。アンはまだ戻らないのかしら? そろそろテンパリングを始めないと」


 奥にお湯を汲みに行った1人の侍女が戻って来ない。マリアンはあまりに時間が掛かるので不審に思った。


「先程、正妃のアンセム様がいらして対応していましたので、そちらに時間を取られているのではないでしょうか?」


 もう1人の侍女、クェリが答える。

 アンセム…… その言葉を聞くと、マリアンの鼓動は高鳴る。


 あの一件以来、マリアンはいつも彼の事ばかり考えるようになってしまった。

 女性に心を惹かれるなど、最初は自分がおかしくなったのかと思ったが、陛下からアンセムの正体を聞かされてからは、さらにその思いは高まるばかりである。


 すると、分室の出入口の方から扉の開く音がする。


「あら、アンかしら?」

「迎えに行って参ります」


 クェリは手を止めて、出入口の方へ行く。

 その後、出入口の方で何か声がしたかと思うと、不意に何かが倒れるような重い物音がした。


「何かしら?」


 マリアンがエプロンを外して応接室の様子を見に行く。


 そこにはマリアンの侍女であるアンが立っていた。もう1人の侍女であるクェリは床に倒れている。


「アン、どうしたの?」


 侍女のアンの様子は明らかに異常であった。スカートやタイツは裂け、下から気色の悪い4本の触手が覗かせている。

 彼女の表情は生気を失った微笑を浮かべ、目は虚ろで、焦点が定まっていない。


「な、なにが……」

「グふっ」


 それは、彼女のものとは思えない不気味な低い声を発すると、獲物をみつけた男のような卑らしい表情をする。


「ひっ……」


 その様子をみて、マリアンは後ろに下がって逃げようとするが、あまりの恐ろしさに脚が竦み、転んでしまう。


 倒れたマリアンに、それはゆっくりと近づいてくる。

 マリアンは立ち上がろうとするが、それのスカートから生えている触手は、素早く伸びて彼女の左脚を掴んだ。


 脚を掴まれる気味の悪い感触がした後、立ち上がろうとしていた彼女はそのまま引き倒されてしまう。


「きゃあっ!」


 マリアンは悲鳴を上げる。触手から必死に逃れようと両脚をバタバタと交差するが、逆にもう片方の足も触手に捉えられた。


 破れたドレスのスカートからマリアンの美しい脚が露わになる。触手はマリアンの両脚を這いあがり、次第に縛りあげていった。

 そして触手をマリアンの両腿まで巻き付けると、それを無理矢理広げて、脚を開かされた。


 それはさらに接近すると、アンのスカートの中から、気味の悪い粘液に包まれた化け物の醜悪な本体の頭と、その生殖器を伸ばし、マリアンの下腹部に迫る。


「た、助けて…… 誰か……」


 マリアンは、恐怖に震え、ほとんど声が出ない。


 この化け物については、よくわからない。

 けれども自分を犯そうとしているのは理解できた。そして彼女の侍女達はその犠牲になってしまったことも。


 自分は、こんなところでこんな化け物に穢される為に生きてきたわけじゃない。

 まだ、愛する殿方に自分の思いも告げていないのに。


「アンセム様…… 助けて……」


 彼女は無力な自分を呪って涙がこぼれる。


 ビシィッ――


 次の瞬間、何かが撃ち込まれた。

 その閃光のような一撃は、台所の分室にある窓ガラスを突き破ってそのまま緩むことなく直線を描いて、化け物の生殖器に突き刺さった。


 グワァ――ッ


 赤い血飛沫が舞い、声にもならない鈍い苦悶の呻きが木霊する。


 刺さったのは短剣であった。

 通常、投げた短剣程度の威力では、ガラスなどの障害物を突き破れば、勢いは大幅に削がれ、進行方向も歪むはずである。

 しかし、この短剣の一撃にはテーベ族の“月影”の力が加わっており、その力によって緩むことなく突き破ったのである。


 その怪物は、アンの顔と目を使って憎しみの表情で割れた窓を見る。その向こうには、メイド服を着た娘が、次の一撃を繰り出すべく短剣を構えて控えていた。


 だが、それに止めを刺すために現れたのは、窓の外にいる娘ではなかった。

 すでに室内には、姫の悲鳴を聞いて駆けつけた騎士が入って来ていたのである。


「よお、化け物。俺が目を付けてた女に手を出してんじゃねーぞ」


 それは、男のような喋り方をした女の声を聞いてそちらへ向き直る。そこには、豪華なドレスを着た貴族の令嬢がいた。

 そしてドレスに似合わない、金属製のバールを肩に担いでいる。


 アンセムは、男として格好つけてスキュラ相手に啖呵を切ったものの、既に奇襲効果は失われており、打撃武器で叩き潰すしかない。


 しかし、アンセムは自覚するほど近接戦闘が苦手だった。もちろん、士官学校では成績は剣術も体術もCランクである。

 応援に呼んだプリンセスガードのメンバーはまだ到着しないだろう。

 だが、最初の短剣の一撃がかなり効いていたようで、スキュラの動きは鈍い。


 お世辞にも高いレベルとはいえないバールと触手の近接戦闘が数合続く。

 そして最終的には、スキュラは宿主の胴体が転倒したことで、寄生体は態勢を崩した。


 グシャッ――


 アンセムは動きの鈍ったスキュラの蛇のような頭部に、容赦ないバールの一撃を叩き付けた。

 スキュラは寄生する為に骨が柔らかく、頭蓋骨と呼べるようなものはない。

 アンセムの一撃で頭部を破壊され、スキュラは脳漿をぶちまけた。その破壊跡はとてもグロテスクだ。


 彼はスキュラが沈黙したのを確認すると、マリアンに駆け寄った。


「大丈夫ですか、姫様」


 アンセムは畜舎から助け出したのと同じように、騎士のように畏まってマリアンに手を差し伸べる。


 マリアンはまだ震えていた。

 だが、今回は自分の騎士が、目の前で自分の為に戦い、自分を救ったことをすぐに理解できた。


「アンセム様……」


 彼女はすぐにも自分の思いを伝えたかったが、そこまでの勇気は出ない。


 そして、夢にみた自分を迎えに来る騎士が目の前にいること、恐怖から解放された安堵感から、アンセムの腕に抱かれたまま、また泣き出してしまう。


****************************************


 事件は、ミリアムが使用していた外からの搬入ルートが暴露されたことで終結した。


 マリアンの侍女クェリは、スキュラの麻痺毒によって動けない状態であったが、命にも身体にも別条はないという。

 この毒はカリウムチャンネルに作用する神経毒で、相手を殺すことではなく麻痺させて寄生、支配するために使用し分泌量はそれほど多くないといわれている。即効性はあるものの後遺症が残る事は少ない。


 最初に寄生されたミリアムと、マリアンのもう1人の侍女であるアンは、命はあったが、精神は破壊され廃人同然だった。

 ナース長のユニティの話では、治療の見込みはないという。

 この症状は、スキュラに寄生される以外でも、異常なほどに薬物を乱用するとこのような状態になると説明される。


 ただし、スキュラはいつも精神を破壊する程に快楽物質を分泌するわけではなく、通常は調整して分泌するらしい。

 かつては、“悪魔の水”や麻薬の中毒患者の女性は、最終手段としてスキュラを使用した事があるといわれる。

 スキュラに寄生された女性は脳内の快楽物質をコントロールされて、あらゆる苦痛や悩みから解放され、不安は吹き飛び、常に快楽だけに支配されるようになる。


 だが、ミリアムとアンに寄生したスキュラは、わざわざ宿主に大量の快楽物質を分泌して精神を破壊した。


 姦淫されたミリアムの侍女であるポーシャは、すぐに治療した事によって妊娠は防ぐことはできた。

 しかしそのダメージは計り知れない。精神的なケアだけで済む問題ではないだろう。


 ミリアムの部屋を捜索した結果、部屋から2個の紫の殻が発見された。

 スキュラには活動休止保存(クリプトビオシス)能力があり、長期の休眠状態になることができる。

 しかし、これを孵化されるには、外から能動的に作用させることが必要である。

 つまり、ミリアムは自ら望んでこれを使用した。


 ミリアムが自暴自棄になった理由は、いろいろ考えられる。

 それは男の世界でも女の世界でも、時代や場所を問わず常に考えられる人生の末路だった。


 もし、ミリアムが最終的に自殺する目的でこれを使用したのであれば、アンセムも責任を感じずにはいられない。

 彼は、皇帝陛下から後宮の管理を託されて正妃に命じられたのである。彼女を孤立させるように放置したのは、彼の落ち度ともいえるだろう。


****************************************


 その日の夜。

 畜舎の奥の一角に、ミリアムの侍女サッラに寄生したスキュラが閉じ込められていた。

 全ての触手とスキュラの本体、そして宿主の四肢は全て厳重に縛られている。

 アンセムはその対面に立ち尋問を開始した。


「異国のスキュラよ、話はできるのか?」


 スキュラの本体には通常の声を発する機能はなく、不気味な唸り音を発することぐらいしかできない。しかし、スキュラの能力次第では宿主の女性の身体を操って話すことができることもあるという。

 スキュラの頭は反応し、サッラの胴体を起こすと、その口を使って語り始めた。


「アタシを殺そうというの? アタシが化け物だという理由だけで?」

「君の仲間は、後宮の娘1名を姦淫して、2名を自我崩壊に追い込んだ。“啓蒙の法”に照らしても、十分死刑に値するが?」

「アタシはアイツとは違うわっ! そもそも、アタシは女の子を誰もレイプなんてしてない。一緒にしないで頂戴っ!」


 実はミリアムのレディメイド、ポーシャの証言から、その話の裏は取っていた。

 最初にサッラの子宮を使ってクリプトビオシスから発芽したこのスキュラは、確かに何の犯罪的な行為も行っていない。


 ミリアムによって、スキュラの種子を子宮に植えられたサッラは、発芽したスキュラに支配され、脳下垂体からオキシトシンを大量に分泌させられて、強烈な安心感と、快楽を与えられた。

 サッラの心は安心に満たされ、不安は消し去り、常に幸福を享受した状態になったという。


 その状態になったサッラは、ミリアムに対してこの種子が全ての不安を打ち消す快楽を与えるものだと教えた。実際、彼女はそうだったし、彼女に寄生したこのスキュラはそのようにした。

 当時も今もサッラは自我を失っていない。スキュラは脳内の快楽物質をコントロールするが、このスキュラはサッラの精神を破壊してしまう程に分泌はさせてはいない。それどころか本人が最高の状態で満足するように適切に調節されている。

 今のサッラの精神は、安らかな状態で休んでおり、一日の半分は自分の自我で身体を動かしている。

 それだけではない。サッラはなんと自らの身体に寄生するこのスキュラを主人と呼び、命乞いをしたのである。


 だが、ミリアムが使用したスキュラは完全な悪であった。

 それは、宿主の自我を破壊し、スキュラの男として本能の赴くままに、ミリアムの傍にいたもう1人のレディメイド、ポーシャを姦淫したのである。


「スキュラにもいろいろな奴がいるんだな」

「そんなのアンタ達、ラグナだって同じでしょう」


 その指摘には反論のしようがない。


「ところで、スキュラのクリプトビオシス能力の実行には、かなり高価な薬品が必要だと聞く、その投資をしてまで後宮に潜入しようとしたのはなぜだ?」


 アンセムはスキュラを尋問する。


「捕虜の尋問というわけ? そんなの答えるわけがないでしょう」


 アンセムのスキュラに対する知識が正しければ、理由もなく後宮に来るとは思えない。

 計画を立案する者が必要だ。手引きする者はミリアムだったとしても、ミリアムに何か目的を持った計画性はないだろう。


 そこへアンセムが呼んだメトネがやってくる。メトネはあからさまに嫌そうな顔をしている。


「もぅ、アンセムったら。あたしをこんなところに呼んで、何をさせようというのかしら」

「頼むよ、これはメトネにしかできないことなんだから」


 メトネはアリス族らしく、可愛らしい仕草で駄々を言う。

 アンセムは子供に言って聞かせるように優しく言った。


「うーん、アンセムの頼みなら聞いてあげてもいいけどなぁ。あたし、今晩“アレ”して欲しいな」

「ああ“アレ”ね。分かった」


 アンセムは即答する。“アレ”とはなんだかわからないが、たぶん、記事には出来ないような内容なのだろう。


「やったぁ。愛してるわ、アンセム。よーし、あたし頑張っちゃおうかしら」


 メトネは舌をペロリと出して微笑むと、急に目を潤ませて愛おしい表情を作りだした。すると、縛られているスキュラの前に進み出て、優しく語りかけた。


「こんにちは、スキュラさん。あたしはメトネ。貴方のお名前はなんていうのかしら?」


 メトネは艶めかしく、スキュラの本体側の生殖器を優しく撫でる。目には見えなくても、アリス族の誘惑のフェロモンが盛大に放出されているのが分かる。


「ア、アタシはキウチ市から来たチャルクリクよ。アナタはアリス族ねッ そんな風に迫ってアタシを落とそうったって無駄なんだからッ!」


 スキュラは宿主の女の身体を使って答え始めた。しかし、男の身体であるスキュラの本体には、明らかにアリスの力が絶大な効果をあげているようだ。

 先日も彼女は断言していた。女を好きな男の精神と、男の身体を持つ人間なら、落とせない男はいない、と。

 キウチ市は確か、カチュア族の支配するタリム共和国にある市のひとつだったと思う。


「ひとつ教えてくれたら、あたし、チャルクリクさんのこと、好きになっちゃうかもしれないなぁ」

「ひとつだけだなッ? それなら内容によっては教えてやれないこともないぞッ!」


 直線的な誘惑であるが、それだけに効果は絶大である。

 スキュラはあっさりと前言を翻し、簡単にメトネの篭絡能力に落ちた。


 そして、メトネの質問に対してひとつだけに限らず、ここに来るまでの全て告白してしまったのである。


****************************************


 アンセムはすぐにメイド長の部屋に掛け込む。

 ティトは、いきなりノックもせずに入ってくるので、驚いて振り返った。


「正妃様、慌ててどうされましたか」

「大変だ。ベース主義者の武装蜂起が迫っている。奴らはこの帝都で、クーデターを起こすつもりだ!」


 帝都の長いノエルの日は、まだ終わりそうになかった。


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