吊るされた男4~子宮寄生種族②
医務棟の診療室では、ナース長のユニティが、アンセムの尿を採取して様々な試験を行い、ひとつの単純で明快な結論を出す。
「ご懐妊です」
「おめでとうございます!」
看護師のナースメイド達は揃って祝福する。
予想された事ではあるが、その事実はアンセムの気分を酷く滅入らせる。男として生れて、自分が妊娠するなど想像もしていなかった彼にとっては、お節介ともいえる祝福だ。
種族分類学者の研究では、ラグナ族を含むR属は一般的に15歳ぐらいで生殖可能となり、医学的には成人する。そして男女とも35歳~40歳ぐらいまでは外見上はほとんど老化しない。
ただし、それを過ぎると急速に老化し、女性はその段階になると生殖能力を失う。これは一般的なH属の女性よりもやや早い。
種族分類学者は“ヴェスタの加護”と新種のボルバキアが関係していると指摘している。
だが、H属の男性もそうであるように、男性はずっと生殖能力を失わない。
女性の生殖可能期間がやや短い分、ラグナ族は平均的に受胎力が高い。H属のカウル族やムラト族の5倍~10倍といわれている。この繁殖能力の高さが、ラグナ族が繁栄している秘密だとして、他種族の中にはラグナ族を色欲種族として侮蔑する事もあった。
だから、後宮というシステムでも、皇帝が本気を出して若い妃達を孕ませようと思えば、妻が100人いても可能なはずである。
たった数回の性交渉でエリーゼの身体が妊娠したのは、神の奇跡でも運命の悪戯でもなく、想定の範囲内なのであった。
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アンセムは、ティトから絶対安静を指示される。
四六時中アンセムに付きっきりで、その行動を監視していた。運動、クラブ活動、鍛錬は全て禁止。屋根の上で星を眺めるのも却下。さらに食事も大幅に制限され、すべて選抜されたパーラーメイドの栄養士による管理となった。
アンセムの楽しみであったミルクティもカフェインが入っているというので量的制限がかけられ、彼の好物の養殖マグロも水銀を多く含むので禁止、養殖ウナギや肉類もカロチンの過剰摂取が危険なので、大幅に制限された。
お世辞にも健康的な生活をしている人間とはいえないアンセムにとっては大変な苦痛である。ましてや男だから妊娠したことによる節制など考えた事もない。
そして周囲の自分よりも腹の子の胎児の方が大切だといわんばかりの対応に衝撃を受ける。
もっとも、腹の子が次期皇帝かもしれないとなれば当然ともいえる。
昼食から早速、彼の食事は変化した。カルシウムたっぷりと言われ出された牛乳と、ビタミンCが豊富と出された緑黄色野菜“フラクタル”である。
「私は、フラクタル苦手なんだが……」
「ダメです。正妃様、栄養が必要なのは貴方ではなく、お腹のお子なのです。好き嫌いしてはいけません」
「えー……」
フラクタルは、アブラナ科のヤセイカンランの一種であるロマネスコ(カリフラワーの仲間)で、アスンシオン帝国で栽培されている品種である。
それらを見て幻滅するアンセムに対し、見かねた侍女のパリスが、栄養士と交渉して、テーベ料理の自慢のフラクタルとトマト入りのパスタを作ってくれたので、少し留飲が下がった。
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「隊長~!」
この元気のいい声はソーラだろう。遠くからでもよく聞こえる。
昼食後、正妃の館の出入口付近にソーラ達、プリンセスガードの面々が現れた。
「隊長! チョコを持って参りましたっ!」
今日の彼女達の目的は、もちろんチョコレートを渡すことである。しかし出入口で門番のように控えるメイド長は渡すのを拒否した。
「正妃様の後宮運営の仕事は、今日から産休です。大騒ぎしないでくださいませ」
産休…… アンセムは、その用語とその現実にさらに滅入る。
4人は突然の宣告に言葉を失ったが、頷いて理解を示すと、静かに館内に入って来た。
「隊長、チョコを持って参りました。直接、食べてもらいたかったけれど、メイド長に没収されてしまいまして……」
ティトは彼女達にチョコレートは日を分けて渡すことを伝えた。
理由はチョコの食べ過ぎはカロリー過多になるからである。ラグナ族はメタボリック抑止酵素の働きで太らない体質だが、肥満しない体質と血液中のカロリー濃度、そして胎児への影響は別問題である。
むしろ、ラグナ族は安易に脂肪による蓄積を行わない為に、影響はより大きいともいわれている。
「凄く嬉しいよ。ありがとう」
アンセムは優男っぽく爽やかな笑顔で応対する。
きっと彼の事を好きな女には、こういう対応はウケるのだろう。だが、ドレス姿の巨乳の妊婦では、どうにもサマにならない。
「今年も渡せてよかったです」
ソーラは去年もアンセムにチョコを渡していた。もちろん、その時も同じ反応だったが、その時は全身男だったので、そのギャップが可笑しくて仕方がない。
「ところで、君達の身分は一応、妃なんだろう。男にプレゼントするなら陛下に渡さないとダメなんじゃないのか」
「妃というなら、隊長も同じ妃ですけどね」
「しかも、陛下の寵愛を受けて、唯一子を授かっている」
ソーラとタチアナは合わせて笑い出す。
「去年の陛下は、妃の誰ひとりチョコを受け取りませんでした。渡したチョコの扱いが酷くてマリアン様やミリアム様は相当なショックを受けられてしまったようです」
ニコレは首を振って答える。なるほど、陛下ならやりそうではある。
他にもアンセムが以前に声を掛けたキャロルなど、妃やメイド達が現れてアンセムにチョコを渡しに来た。だが、入り口で控える恐ろしい門番はその度にチョコを没収していった。
理由を知らない彼女達は抗議したが、アンセムは全ての女の子達に優しく答えた為、彼女達は喜んで去って行った。
山のように積み上げられたチョコを見て、アンセムは自分のモテっぷりに浮かれている。彼の過去、ここまで女の子に人気が出たことはない。
「いやぁ、私の婚活人生。いよいよ、春が来たっていうかな!」
「アンセムは女の子に優しいもんねぇ」
「ここは女ばかりの世界で、男はお嬢様しかいないわけですし」
メトネやマイラは冷静に冷やかしたが、妊娠した妃が、他の妃からチョコを貰って浮かれているというのは、かなり奇妙な会話である。




