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吊るされた男4~子宮寄生種族①

 自室の片隅で、寂しく夜空を見上げる娘があった。


 第2妃ミリアム・デューク・アティラウは、畜刑から許された後、元の生活に戻っていたが、明らかに今までの立場から変化していた。

 事件での罪は等しく赦されたが、詳細をみれば今回の件でミリアムの罪が最も重いのは明らかで、彼女自身それを自覚している。そのため、彼女は他の妃との交流を拒んだし、ミリアムの取り巻きだった妃達も距離を置くようになった。


 ミリアムの父アティラウ公は、マリアンの父テニアナロタ公と張り合う貴族である。当然、その娘達もライバルといえる関係であった。

 マリアンが入宮した際に、対抗心に燃えるアティラウ公は、ミリアムを大急ぎで入宮させた。

 実はミリアムには許嫁がいたが、それを破談にして送り込んだのである。


 それでも、彼女は陛下に気に入られようと精一杯努力した。美しく着飾り、笑顔で楽しく振る舞い、去年のノエルの日にはプレゼントも渡そうとした。だが、皇帝が今まで彼女に掛けた言葉は「うるさい女だ」の一言だけである。

 彼女は、皇帝にしか愛されることを許されない立場なのに、その皇帝からは、その侮蔑の言葉しか与えられていない。

 父はバイコヌール戦役の不手際で左遷され、そして自分も後宮での不始末で妃争いから完全に脱落してしまった。


「ミリアム様、お食事をお持ちしました……」


 侍女ポーシャが、盆に載せた夕食をそっと差し出す。ミリアムは部屋に塞ぎこんでおり、食事に出ることも無くなっていたので、侍女が配膳をしている。

 だが、ミリアムは癇癪を起して急に怒りを露わにすると、目の前に出された夕食のスープをポーシャに投げつけた。

 熱いスープがポーシャに掛かる。本来であれば悲鳴を上げるほどの温度であったが、ポーシャは何も言わずに頭を下げている。


「元はといえば、アンタがしゃべったのがいけないのよ! どうしてくれるのよ!」


 ミリアムはポーシャに当たり散らした。

 さらに周辺のクッションなどを投げつけて、彼女に罵詈雑言を浴びせ続ける。

 ポーシャは何の反論もせずに頭を下げると、散らかった部屋を片付けて退席して行った。


 再び独りになると、彼女はさらに孤独に襲われる。

 侍女に不満をぶつけ、独りになるとまた寂しくなる。いつもその繰り返しだった。

 今まで苦労をまったく知らずに育った18歳の娘には、耐え難い状態である。閉鎖された後宮では相談できる者はいない。


 ミリアムは手元にある黒い箱を見つめる。

 彼女は、父のコネで、後宮の外周を守る女性警備員を使って外部と連絡することができた。

 この秘密のルートを使って、後宮にいながらにして珍しい異国の物品を入手し、彼女の取り巻き達に見せつける事でいつも自慢していたのだ。


 そして今、彼女の手元には、その特別なルートで取り寄せた“快楽を得られる種”の入った箱がある。

 中身は、なんとなく予想がつく。

 簡単に快楽を得られるアイテムといったら、“悪魔の水”か麻薬の類、もしくは卑猥な怪しい器具であろう。どれも後宮では厳しく禁止されている。もっとも、それは後宮の外でも同様である。

 もし、こんなものを入手したことが露見すれば、タダでは済まない。だが、精神的に弱いミリアムには、畜刑になったという事実だけで、自暴自棄になるのには十分であった。

 さらに、耐えがたい孤独と将来への絶望はそれを増幅させる。


挿絵(By みてみん)

 ミリアムは決意して箱の蓋を開けてみる。

 中には、握りこぶし大の気味の悪い紫色をした大きな種子のような塊が2つ入っていた。

 箱に添えられた紙にはその使用方法が図で示されていた。

 その使い方はとても卑猥で、そのような行為と無縁に育ってきた彼女には到底受け入れられないものである。

 彼女はその紫の種子をどうするか迷う。いくら自暴自棄になっていても、自分で使う程の勇気もない。


 彼女は迷った挙句、自分のお気に入りの侍女を呼びつけた。


「サッラ、ちょっとこっちへ来て頂戴」

「はい、お嬢様」


 侍女のサッラはすぐに室内に入り、ミリアムに挨拶する。

 ミリアムは、不安を隠せないまま、それでもこの種子が今の自分の境遇を救ってくれるのではないかと期待して、まずは自分に忠実な者で試してみる事にした。


「ちょっと、やって欲しい事があるの。お願いできるかしら」


****************************************


 ある朝、アンセムはいつものように朝食を摂っていた。


 正妃らしく正妃の館で、侍女のマイラが淹れたミルクティを飲みながら、彼が昔からいつもやるように、ソファーに大股を開いて深く腰掛けて新聞を読んでいる。

 もはや、後宮中に正体が露見した以上、マイラも含めて誰もアンセムの座り方を注意しない。


 閉鎖空間である後宮であっても、新聞は配達される。

 ただし、それは通常、皇帝が閲覧する為に用意されるものであった。今は皇帝が出征で不在なのでアンセムが最初に読んでいる。

 アンセムが今読んでいる帝都日報新聞、通称「帝報新聞」は、アスンシオンで最も大きな新聞社で表向きは中立の新聞社であるが、内容が政府寄りなので帝政に批判的な者達からは御用新聞などと揶揄される事があった。


「アンセム~ なに読んでるの~?」


 メトネは小柄な体躯を活かしてペットのようにアンセムの膝の上に転がりこむ。実際のメトネのペットである猫の“しょぼん”は、マイラの膝の上で毛づくろいをされていた。


 アンセムが読んでいる社会面には、ベース主義者達のデモ行進の様子が記載されている。


「ベース主義? な~に? ベース主義って」


 メトネが甘えるように尋ねてくる。

 ベース主義とは平等主義者の事であり、ベース党は市民議会で種族の権利を平等にする主張をしている政党だ。

 だが、アリス族のメトネが知らないわけがない。彼女は甘える為にわざと聞いているのである。

 アンセムは、答えずにメトネの頭を撫でて可愛がってやると、彼女はペットのようにゴロゴロと転がって喜んだ。


 ベース主義者による反政府デモは益々過熱しているらしい。今回はイリ出征への反戦を唱えて、エルタニン通りをデモ行進したそうだ。その人数は主催者発表で10万という。

 まぁ、かれらはいつも過大に発表するので、実数は1万強だろう。


 ベース党は帝国議会で1割に満たない少数政党ではあるが、ベース党とベース主義者は年々勢力を拡大しつつあった。

 帝国の財政は酷い状態である。3年前のバイコヌール戦役の戦費と復興費用により、税金は増え、物価は上昇し、市民生活は苦しくなっていた。

 もちろん、後宮のような女性差別と贅沢施設は、彼らベース主義者達の格好の標的である。


 次に新聞の討伐欄に目を通すと、そこには帝都の討伐ギルドによって倒された敵性種族や巨大化生物の情報が掲載されている。


 敵性種族とは、幽霊や化け物の類ではなく、本来は人間なのだが、特定の遺伝子変化や環境適応によって、特殊な能力や異形の姿になってしまった化け物のような人間種の事である。

 帝国で最も討伐される敵性種族は醜悪なオーク族だ。小柄で不気味な茶色の肌に、豚のように醜い容姿をしている。知能や能力はとても低いが、繁殖の女に種族を選ばないという強力な交配能力を持っていて、今までどれだけ倒されてもオーク族が完全に駆逐されたことはない。


 次に凶悪なのは人類に寄生する人間種族だろう。

 繁栄を極め多様化が進んだある生物種に対し、それに寄生することで糧を得ようという生物種が現れる事はとくに珍しい事ではない。

 とはいえ、被寄生者となる側もタダで寄生されてやられるわけはなく、様々な対策が取られて、討伐が行われる。


 また、巨大化生物は、特定の動物が何かの要因で異常に巨大化してしまうという生物である。特に昆虫類は、巨大化に際限がないといわれ、本来持つ貪欲さと獰猛さで暴れまわることがある。

 巨大化するのは昆虫網、腹足綱の動物などが多いが、植物なども巨大化することがある。


「ところで、アンセム~ 今日、何の日か知ってる?」

「何の日? なんだったかな……」


 いきなりメトネの質問に、ふと考えてしまう。日付をみると、12月24日だ。


「今日は、ノエルの日でしょう」


 メトネは自分からすぐに答えを言ってしまう。

 ラグナ族の多くはマキナ教徒である。マキナ教は、宗教というより思想という性質が強い。

 例えば「祭日とは、特定の記念日だから祭日なのではなく、法によって祭日と決めるから祭日なのだ」というのがマキナ教徒の捉え方である。

 特に、マキナ教徒は教義として“啓蒙の法”という用語を使う。ラグナ族は光を好む種族であるので“理性によって世界を明るく照らす”という意味の“啓蒙”は、彼らの文化にも適合していたのだろう。

 マキナ教徒ではないムラト族では、12月25日にクリスマス、その前日をイヴという名前で祝い事をしていた。

 このムラト族の文化が伝播し、元々あったマキナ教の聖人であるノエルという使者が人類に法を伝えたという記念日と合わせて、12月24日をノエルの日として祝日とする法が制定されたのである。

 ノエルの日では、女性が好きな男性に手作りチョコレートを渡して思いを遂げるという習慣がある。

 この習慣が、いつ発生したのかはわかってはいない。

 ムラト族の似た文化から伝わったという説もあるし、ラグナ族は伝統的に甘党なので、チョコレートの製造業者やカカオの生産農家のキャンペーンが成功したという説もある。

 このチョコレートの贈り物は、“啓蒙の法”によるものではなく世俗的な習慣であった。


「はい、アンセム。チョコレート」

「どうも」


 さっそくメトネが差し出したのは、棒状の長いチョコレートだった。ノエルの日における習慣では手作りという条件があるため、メトネが自分で作った飾り気のないチョコレートである。

 アンセムは貰った棒チョコを咥えて食べ始める。メトネはそれを見て意地悪く微笑むと、いきなり棒チョコのもう片方を咥え、一気に食べ始めた。

 そのまま、一気に食べきって押し込もうとするが、途中で棒チョコが折れてしまい、彼女の口づけ作戦は寸前のところで回避された。


「ちぇっ、残念」


 明らかに狙って仕掛けてきていたが、寸前のところで恵まれなかった。

 その様子をマイラは呆然と眺めている。なにか後ろに隠すような仕草をして立っていた。


「マイラどうしたの?」

「え…… あ、なんでもありませんお嬢様」

「マイラはねぇ。アンセムにチョコを渡そうとしているんだけど、あたしがへばり付いているから渡せないのよねぇ」


 いきなり、メトネの暴露発言に、マイラは抗議する。


「メトネ様! もう……」


 マイラは、後ろ手に隠していたチョコを表に出すと、残念そうに言った。


「やっぱり、侍女がお嬢様にチョコなんてヘンですよね。私ったら何をやってるんだろう……」


 その場から去ろうとするマイラに対して、アンセムはメトネを跳ね飛ばして起き上がると、振り向くマイラを壁に押し付け、片腕を壁に立てたいつものポーズでいきなり迫りだした。


「女の子からチョコレートを貰った時には、誠意をもって大切にいただくのが紳士の嗜みさ」


 そういってマイラをじっと見つめると、チョコレートを手に取る。


「いただいてもいいかな?」

「は、はいっ……」


 アンセムは、マイラのチョコレートを受け取ると、元のソファーに戻って再び同じ体勢で新聞を読みながら、チョコレートの包み紙を開いて、ミルクティを飲み始める。


 マイラは嬉しそうに、そのお茶を注ぎ足していた。


 突然――

 アンセムは記事を読んでいる最中、目眩が襲ってきた。

 身体を起こしていることができずソファーに倒れこんでしまう。

 皇帝が出立してから数日して、彼は時々、理由もなく気分が悪くなる事があった。

 今回の眩暈はいつもより酷い。


「お嬢様、どうしました!?」

「アンセム大丈夫?」


 マイラはすぐにメイド長のティトに連絡する。

 メイド館は正妃の館の後宮回廊を隔てたすぐ反対側なので、連絡を受けたティトはその様子を確認すると、すぐにアンセムを医務棟に連れていった。

「横になっていれば大丈夫」というアンセムの抵抗は、後宮で皇帝に次ぐ権力者である正妃の意見であるにもかかわらずメイド長によってあっさりと却下された。


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