吊るされた男2~囚われの姫③
アンセムは、リオーネの助言に基づき、他の妃やメイド達から聞き込みをして情報収集を行った。
閉鎖空間で狭い後宮である。積極的に聞き込めば、情報は集めやすい。
集めた情報を総合すると、メイド長のティトは、立場上では貴族ではないが、ずっと昔に平民に降家した皇室の娘を先祖に持ち、貴族の従者を多く排出している家柄であるという。
さらにパーラーメイドのパリスからは有力なアドバイスが得られた。
「メイド長は、陛下が言わなくても、その意を汲んで先に行動されます。我々テーベ族のメイドでも、あそこまで主人の為に尽くすのは難しいです」
「メイドが天職のテーベ族よりも上だって?」
「はい、幼い頃からその人だけに仕えて、その主人の全ての行動を知っていないと、あそこまでの手際は無理でしょうね」
また、メトネは冷徹な人間観察を行っている。
「陛下は、女にまったく興味ないみたい。ティトも女としては見てないのよ」
「どうしてそれがわかる?」
「だって、普通の男はいやらしい視線をするの。アンセムみたいに」
「確かに、お嬢様の女性を見る目はいやらしいですね」
すぐにマイラも同意する。
私は、そんなにすぐ分かるほど、いやらしい目をしているのだろうか。
「じゃあ、私と同じでティトも中身は男だとか」
「それはないと思いますね。メイド長はレディの嗜みを身につけていらっしゃいます。今のお嬢様のように、大股を開いて座ったりしませんし」
「それぐらいなら躾で治るんじゃないか……」
「躾で治るなら、お嬢様もはやく治してください」
マイラは私の座り方がそんなに嫌なのか…… 自分は別に構わないと思うのだが。
「もし男だったら、あたしには臭いでわかるわよ。だから、メイド長はそういうわけじゃないと思うけどな~」
アリス族の落とせそうな男を見分ける嗅覚は抜群である。それは彼女達が持つ天賦の才というやつだろう。
アンセムはこれらの情報を元に記憶を巡らせると、ひとつ心当たりがあった。
こうなった以上は、ティトを丸裸にする以外ないだろう。
彼は情報を集めに図書館へと向かい必要な資料の収集を行う。
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図書館では、目を赤く腫らし涙を浮かべながら必至に何かの本を探している妃がいた。
マリアン達といつも一緒にいた元法兵士官の第16妃レニー・コンテ・マトロソヴァである。
レニーはアンセムの姿を認めると、縋り寄って来る。彼女は朝からずっとここでマリアン達を助けるための方法を探しているらしい。
「エリーゼ様、マリアンをお赦しください…… マリアンを助けて…… マリアンは、そんなことを言う子じゃないの。私が代わりに謝りますから……」
レニーは普段は余り喋らない娘である。だが、そんな娘に涙を流しながら抱きつかれては、男として、なんとしてでもやらざるを得ないという闘志が湧いてくる。それはエリーゼの身体でも変わらないようだ。
アンセムは彼女と同じ背の高さまで腰を落とすと、彼女の涙を拭いて答えた。
「心配ない。マリアンもナーディアも私が助ける、約束するよ」
アンセムはレニーを抱きしめて安心させると、ある資料を探し始めた。
レニーは図書館に詳しく、本や資料がどこにあるか把握していたので、彼が尋ねると探している本はすぐに見つかった。
アンセムは一通りの情報を集めてから、再びメイド館にあるメイド長室へと向う。
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彼は、再びメイド長室の前に立ち、ノックしてから入っていく。
「これはアンセムお嬢様、いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
ティトは前回と同様の返事を行った。
「ティトが、君が普通の女ではないことは分かっている。妃達は、君が思っているような“モノ”じゃない、だから彼女達を解放するのに協力して欲しい」
「私が普通の女ではないと……」
意外な答えにいつも冷静なティトはやや戸惑った表情をみせるが、そのあとキッパリと言い放つ。
「アンセムお嬢様、何をおっしゃっているのか分かりませんが」
ティトは否定したが、彼は何かを隠しているような雰囲気を見逃さなかった。
アンセムは確信すると、窓際で昔話をするように話し始めた。
「私が9歳の頃、父に連れられて皇族の出席する晩餐会に連れられて行かれてね。その時の陛下は皇太子で、5歳くらいだったが、遠目にお会いした事を覚えているよ」
「それは、15年前のイリ=パシュトー条約締結の際の外交晩餐会ですね」
「さすが凄い記憶力だな。当時は子供心に陛下や皇太子殿下にお会いできたのがとても光栄でね。私もその時の事は鮮明に覚えているさ」
アンセムはメイド館の窓の外を見ながら話しを続けた。
「その時、皇太子殿下の周囲に2人の同年代の男の子がいた。側近の従者だ。珍しい事じゃない。その内の1人は、バイコヌール戦役で亡くなられたそうだ。なかなか聡明な方で、観兵式なんかでも遠目によく拝見したよ。ところがもう1人の少年は、その時を最後に何処へ行ったのか記録がない。少なくとも陛下の近辺では見なくなったね」
「……」
ティトは黙って返事をしない。アンセムはさらに追及するように続けた。
「その時の男の子の顔を覚えているよ。髪を伸ばせば君にそっくりじゃないかな」
「……後宮にいる宮女は、ナース長のユニティを除けばすべて私と陛下より年下ですから、私の昔の姿を記憶している人がいるとは思いませんでしたわ」
アンセムの追求に、ティトは諦めたように自分から語り始めた。
「人間の出生時の性別は、胎児の時に晒される男性ホルモンの分量“だけ”で決まります。ですので、幼児期にはその特徴が残って成長します。ところが第二次成長が始まると、身体の急激な成長に合わせて新たなホルモンを分泌します。その時、本来の性別のホルモンが分泌されることで、思春期以降の性別が変わることもあるそうです」
アンセムはティトの話を聞いていて、彼が調べた資料には確かにそのような症例があることを示していた。彼女はさらに続ける。
「私の場合、胎児期における母の男性ホルモン異常で、出生時は男児として生れました。でも、どうやら遺伝子は女だったようで、成長とともに次第に女性化していきました」
女嫌いと噂の陛下がティトだけは信頼して常に傍に置いている。一般的に考えれば、誰でも肉体関係を疑うはずだ。
「君は子供が……」
肉体関係があったとしても子供はできない状態なのではないか。アンセムの問いを制して、ティトは先に語る。
「胎児期に形成された生殖器が第二次成長後による性別変更でその役割を変えたとしても、その機能まで変わる可能性はほとんどありません。女性の場合は胎内にいる時に事前に一生分の卵子が用意されますので」
ティトは悲しそうな顔で話し続ける。
「……私は、女です。アンセム様のように精神だけ男の半端な存在ではありません。変化が現れた頃から治療を開始していますし、思春期にはもう女として自覚して陛下を意識しています。それなのに陛下は、一度も私の事を女として扱ってくれないのですよ」
ティトはアンセムに対して、陛下の子供を産める身体であれば問題ないと言った。もし、ティトが陛下の寵愛を受けて、彼女にその力があるなら、それで問題のない話だ。
事実、皇家には、平民の侍女から産まれた者は多いのである。
それができないということは、ティトにその能力がないことになる。
「君が子供を産めない身体なのは残念なことだが、そこは陛下に協力するべきじゃないかな。妃達はここに陛下の寵愛を受けるために集められた。妃達があんな状態じゃあ、今後、陛下も好きな女を探し難いだろう」
「……アンセムお嬢様は、見た目は美しい姫君なのに、中身はやっぱり男の方ですね。妃達を助けるといって、自分が寵愛を受けて子供を作る気はまったくないようです」
アンセムは確かに国家と皇帝に対して忠誠心を持っていたが、それは男としてであって、女としての情事を受け入れるつもりはない。それは今後も変わらない。だが、妃に限らず、ティトにも嫉妬があるのは理解できた。
「わかりました。私は妃様達を助けるためではなく、陛下の為に協力致します。解放の口添え、承りました」
ティトが協力を了承したことでアンセムは安堵した。だが、まだ皇帝陛下の説得に成功したわけではない。
「アンセムお嬢様。私と一緒にいたもう1人の従者は陛下の良き相談相手でした。でも今はいません。陛下はその役目を私に求めるけれど、私には男の戦争の話は分からない。アンセム様、ぜひ陛下の良き相談相手になってくださいませ」
「それは了解した。皇家への忠誠心は身体が変わろうとも揺らぎはしないさ」
アンセムはティトに男の敬礼をして協力を感謝する。




