表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/184

吊るされた男2~囚われの姫②

 アンセムの部屋にはタチアナとソーラの友人の妃達が集まっていた。

 カウル族の第20妃ニコレ、第19妃イースィ・コンテ・クリュチェフ、第29妃パステル・リッツ・グロドノ、第32妃ピアラ・ヴィス・アヴァンチンが推し掛け、今回の件の対策を練っている。


「エリーゼ様が他の妃達と普通に仲良くしていれば、こんな事にはならなかったのです!」

「タチアナとソーラが可哀想……」

「陛下に告げ口したら、こうなることは予想できたはずですわ!」


 イースィ、パステル、ピアラは、アンセムを取り囲み、口を揃えて彼の不手際だと厳しく責めている。


「エリーゼ様。タチアナとソーラは、エリーゼ様の事を嫌ったりはしていません。本当です!信じてください!」


 ニコレは目に涙を浮かべて訴える。

 彼女達の必死の訴えは、タチアナとソーラがいかに慕われていたかが伺えた。


「それは分かっている。姫は全員助け出す。啓蒙の神マキナに宣誓する」


 その宣誓は、マキナ教徒の騎士が行う誓いだが、通常は男性がするものであった。

 彼女達は突然のアンセムの宣誓に驚いている。ただし、例が少ないだけで女性も誓いをしないわけではない。例えば、結婚式では女性も啓蒙の神マキナに永遠の愛を宣誓する。


「でも、ミリアムなんかはいい気味だわ。あの女、いつも自分の侍女に当たり散らしていたみたいだし」


 いつの間にかアンセムの部屋にいて話題に加わっている第21妃メトネ・バイコヌールは、飼い猫の“しょぼん”を抱えて大きなソファーに乗って両脚をバタバタとさせながら言った。


 マイラの話では、ミリアムのいじめは以前から有名だったらしい。

 アンセムだけでなく、今まで他の妃への愚痴や中傷は数知れず、侍女やメイドなど身分の低い者には直接的な暴力行為が何度も行われていたようである。ラグナ族の女性に嫌悪されているアリス族のメトネは、おそらくいつもそのターゲットのひとつだったのだろう。


「メトネ。そんなことは言ってはいけないよ。若いうちは少しぐらいの過ちは犯すものさ。それを修正できないのは、それを監督する大人の責任だ」

「なによぉ、今のアンセムの身体はあたしより年下じゃないの~」


 メトネの反論に、その場にいた他の妃達は再び頭に疑問符をつけている。


 それは置いておくとして、今回の件は早急に対応が必要な事態であった。

 拘束された状態で監禁されたショックは大きく、彼女達を早く助け出さないと、精神に大きなダメージを負ってしまうだろう。

 だが、陛下の考えは「数年ぐらい閉じ込めておけ」という言葉に現れている。簡単にはいかない。


 アンセムは自分の失敗を呪った。いじめに関しては、上司に相談するのが最も大切で有効な解決方法である。それはいつの時代でも最も成功に近い解決策のはずだった。

 ところが、皇帝は想像以上に短絡的な処罰を行った。いや、アンセムが後宮という特異性を甘く見ていたのかもしれない。

 このような場合、普通の組織では配置換えや異動で対応するものだ。しかし、閉鎖された後宮ではそれができない。

 そして、後宮にいる女は、全て皇帝が自由にできる所有物で、後宮内のことは情報の秘密性がある。

 その後宮の所有者が、このような行いを許容できないとすれば、処分はとても簡単になる。

「そんな奴らは不要」という、単純な方法で解決できてしまうからだ。


 タチアナとソーラの友人達の指摘はその通りだった。

 彼女達と上手くやる方法は他にもあったはずだし、タチアナやソーラのような、アンセムと仲の良かった妃達も、たった一言の失言で同罪にされてしまったのである。


「今回の件の調査は全てメイド長がされたようです。処分についてもメイド長の権限が大きいかと思います」


 マイラは説明した。確かに上司に裁定を願う時は、だいたいの実務係が処分の目安を添えるものである。皇帝はそれを承認して、決定するだけ。後宮運営の実務を仕切っているのはメイド長のティトだ。


「じゃあ、ティトに味方になってもらえば陛下への説得は可能だろうか」

「でも、メイド長はそう簡単に曲がらないよ?」


 メトネは、メイド長について当然の印象を述べた。

 後宮に来て日の浅いアンセムから見ても、ティトは異常なほどに皇帝に忠実だ。そして、皇帝も後宮のことは全て彼女に任せっきりである。

 実はイースィ達は、すでにメイド長に嘆願に行ったらしい。だが「陛下の決定です」の一言で追い返されてしまった。

 そのままアンセムの部屋に雪崩れ込んできたのである。


「とりあえず、私からティトに要請してみよう。私1人で話をつけに行く」


 時間を浪費できない。閉じ込められた姫たちは、今も苦しみと恐怖を味わっているのである。

 陛下への説得には、メイド長の説得が必須だろう。アンセムはそう結論し、メイド館の一階にあるメイド長室へと向かった。


****************************************


 だが、勇んで挑んだメイド長室ではアンセムは酷く苦戦することになる。


「ティト、今回の件で、陛下への説得に協力して貰えないだろうか。君の口添えがあれば陛下も考えを改めると思う」

「これは後宮内の不祥事で、陛下の裁定があったものです。我々臣下が口を出すべきことではありません」

「今回の被害者は私だが、私は何も被害を感じていないので被害者ではない。だから彼女達には罪はないはずだ」


 必死に食い下がるアンセム。だが、ティトの言葉はその全てを見透かしたように打ち砕いた。


「男性であれば、女性社会のいじめを受けても、被害を感じないというお気持ちは理解できますが」

「!?」


 アンセムは絶句した。

 ティトはアンセムの中身が男であることを知っている。陛下から聞いたのだろうか?


「本件は既に皇帝陛下より、事実の認可を受けています。お嬢様が感知されることではありません」

「なぜ私の正体を――」

「この後宮で、私の耳に入らない情報はありません。荷物に工具箱を持ち込んだり、メイド達に情事を迫ったり、いつも男子風呂を使用したり。それに…… 妹様宛の手紙に、ご自分の名前で署名されていましたね」


 後宮から発信される文書には検閲がある。それは後宮における皇帝の私生活の秘密を守るためだ。

 迂闊にも、アンセムは妹宛に出した手紙にアンセム・リッツ・ヴォルチと署名をしてしまっていた。

 しかし、男のアンセムにお嬢様と呼ぶにはかなり違和感がある。


「アンセムお嬢様の身体は陛下の子供を産めます。この後宮ではお嬢様の精神の性別に意味はなく、その身体に価値があれば何の問題もありません」


 後宮の女は、皇家の血筋を引く子を産むための存在である。

 今のアンセムには“子供を産む道具”としての能力があるのならばティトは中身については関係がないといっている。

 結局、アンセムは、自らの手の内をすべて知られており説得の糸口が見つけられなかった。


****************************************


 メイド長室の扉の前で、アンセムは呆然と立ち尽くしていた。

 後宮におけるティトの情報収集力はアンセムを超えており、そんな状態でいくら説得しても彼女はまったく応じる様子がない。


 メイド長はその情報網で綿密に調査した結果、皇帝の裁決で妃達を処罰したのだ。

 それを言われると、アンセムも臣下である以上何も言えない。

 そして、ティトの同意が得られないと、陛下が帰宅しても説得は不可能だと思われた。


 アンセムは、対応策に苦慮しながら、とりあえずマイラ達の意見をまた聞いて対応策を練ろうと廊下を進んでいたところ、突然、彼に後ろから声を掛ける妃がいた。


「ごきげんよう、アンセム様」


 振り返ると、そこには、エリーゼと同じ年ぐらいの妃がいた。

 確か、彼女は第24妃リオーネ・ヴィス・グリッペンベルグだったはずだ。


「ごきげんよう、リオーネ様」


 アンセムはすぐにスカートの裾を摘まんで、練習した挨拶で返事をする。

 しかし、すぐにこの妃が、彼をどのように呼んだのかを思い出して愕然とする。


「ふーん、やっぱり貴方エリーゼじゃないわね」


 リオーネは、確証を得たような顔をすると、舐めるようにしながら近づいてアンセムを観察している。

 すると突然、いきなり両腕を伸ばして、アンセムの両胸を揉み始めた。


「うわっ!」


 突然の胸を揉まれた感触にアンセムは驚いて後退する。

 だが、彼女の攻撃はそれだけでは終わらず、今度は、アンセムのスカートを捲くると、中に手を入れてエリーゼの股間を触った。


「ひゃっ?」


 いきなり現れた妃に胸を揉まれただけでなく、スカートを捲られた上に急所を触られ、彼は驚いて両手で胸とスカートを押さえて、女の子のような防御姿勢をとってしまう。


「な、なにをするんだ」

「ふーん、身体は確かにエリーゼのものだわ」


 リオーネは納得した様子で眺めている。

 アンセムが再び抗議すると、リオーネはアンセムの手を引き、人目の付かない廊下の隅の方に移動していった。

 すると唇に手を当てて静かにするように言う。


「私はグリッペンベルグ家当主、陸軍大臣ワリード・ヴィス・グリッペンベルグの孫リオーネです。改めて初めまして、アンセム・リッツ・ヴォルチ様」


 リオーネはニッコリほほ笑んでいつもの妃の挨拶を行った。アンセムは正体がバレたことよりも、彼女の事について何も知らないことに不安になる。

 だが、彼女は自らそれを暴露した。


「エリーゼの親友と言えば、お兄様にもご理解いただけるかしら?」

「親友? エリーゼと、グリッペンベルグ家にどういう関係が?」


 アンセムが知る限り、後宮の妃にエリーゼの友人がいるという話は聞いたことが無い。


「まったく、久しぶりに出会ったのに、エリーゼったら私の事を無視するんだもの。嫌われたのかと思ったわ」


 リオーネは何か怒っているようだった。

 彼女の話を聞くと、エリーゼと彼女は初等学校の同級生で、高等学校に進学後も文通を続けていたという。

 エリーゼは帝都の初等学校には修学せず、地方の学校に通っていた。だから帝都での交友関係は少ないと考えていたのである。

 だが、アンセムは妹の学生時代の交友関係など把握しているわけがなく、人付き合いの良い快活とした性格のエリーゼのことだから、当然、友人はたくさんいると考えるべきであったのだ。


「エリーゼから手紙をもらって、やっと理解できたわ。まったく、エリーゼは要領のいい子だから、絶対にこんなミスしないわよ。ほんと男ってダメね」

「面目ない」


 中身がエリーゼならばこんな問題を起さなかったという責めには、反省せずにはいられない。


「しかし、私は姫達を必ず助け出す。君にも、できれば協力してもらいたいのだが」


 真面目な顔をして協力を依頼するアンセムに対し、リオーネはそんなエリーゼの表情をみたことがないので、思わず笑い出してしまう。


「でも…… いつかこういう事態になるとは思っていたわ。陛下は妃をまったく相手にしないから、皆どんどん不満が溜まっていたし」


 アンセムは自身では解決策を見いだせず、さらにリオーネに問いかける。


「どうすればいいだろうか」

「やっぱり、メイド長を味方につけるしかないわね」


 リオーネは簡単に結論づけた。


「それはさっきやって失敗したんだ」

「女は通用しない場合は最初から話も聞かないわ。メイド長はあなたの話を聞いてくれたんでしょう。一回デートに誘って失敗したからって、上手くいかないとメソメソしてないでまた挑戦するの。情報収集、そして雰囲気、最後にタイミングが命よ」


 雰囲気? タイミング? ……そんなことを言われても女の世界の話はよくわからない。どんなタイミングだって、一度説得してダメなものはもう無理なのではないのか。


「仕方ないなぁ、エリーゼから頼まれているし協力してあげるわ。女には落ちるシチュエーションがあるの。それを調べるための情報収集、人の話をよく聞く事が大切よ。男は女の話をぜんぜん聞かないからダメなのだわ」

「わかった、外堀から埋める作戦というわけだな」


 工兵士官らしい感想を述べたが、リオーネはそれを聞いて溜息をつくばかりであった。


「ところで……」


 アンセムはリオーネをいつものように壁際に押し込むと、壁に手をついて顔を近づける。だが、エリーゼとリオーネは身長が同じぐらいなのであまり格好はついていない。


「エリーゼもこんなに可愛いお友達がいるなら、私に紹介してくれればよかったのに」


 アンセムが慣れた手つきで迫った事に対して、リオーネは最初、動揺するような様子をみせた。

 しかし突然、再びアンセムのスカートを捲ると、エリーゼの股間を撫でる。


「うわっ!」


 そこがあまりに敏感なので、アンセムは両手でスカートを押さえて、女の子のようなポーズを取ってリオーネから離れた。


「エリーゼの身体で迫るの、やめてくださらない? そこにアレがついていたなら少し考えてもいいけど、私は“マリル行為”に興味はないのよ」


 リオーネは腕を腰に組んで、怒ったような、拗ねたような様子で言う。


「じゃあ、よろしくね。エリーゼ自慢のイケメンお兄様」


 と言って、怒った顔から急に微笑んで手を振り、去って行った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ