吊るされた男2~囚われの姫①
次の日、皇帝の私室で最も大きな広間に、12人の妃が呼び出された。
第1妃マリアン・デューク・テニアナロタ
第2妃ミリアム・デューク・アティラウ
第4妃エンヴィータ・コンテ・アロフィ
第5妃タチアナ・リッツ・タルナフ
第8妃プリムローザ・コンテ・ドノー
第9妃オフィーリア・リッツ・ヤロスラヴリ
第13妃エーレ・ヴィス・スヴォロソフ
第17妃イアンナ・リッツ・バザルデュジ
第23妃ラリサ・コンテ・ネッセルローゼ
第25妃ナーディア・コンテ・タブアエラン
第30妃ヴェレッタ・ヴィス・マイスーシ
第33妃ソーラ・リッツ・レルヒェンフェルト
の12名である。
12人とも皇帝直々の命令で呼び出された事に期待と不安で赴いた。だがメイド長のティトにその理由を告げられると、彼女達の血の気はすぐに失せた。
「これから、第39妃エリーゼ・リッツ・ヴォルチ様に対する、貴方たちの行動について、陛下が直接審査されます」
皇帝の眼前で下されるメイド長の命令に、12人の妃達は恐怖し、怯えている。
ティトは、配下のパーラーメイド達に指示し、彼女達の衣服を全て脱がせ、横一列に整列させた。
立場上は夫である皇帝に対してとはいえ、彼女達にとって人前で裸にされて並べられるというのは恥辱の他にない。彼女達は、腕で急所を隠しつつ、顔を青ざめさせ強ばらせながら俯き震えている。
女性は裸にされると抵抗意欲が大幅に削られるという。このような取り調べ方法は“啓蒙の法”に反するが、後宮では通用しない。
皇帝リュドミルは椅子に深く腰かけたまま、つまらなそうに彼女達の様子を眺めている。
最初にミリアムの侍女、ポーシャが呼び出された。彼女も裸にされて、パーラーメイドによって無理やり引きずり出されている。
ティトは、ポーシャに証言するように促す。
最初は怯えて拒んでいた彼女だが、ティトがポーシャに対して、後宮の外にいる彼女の家族を全員処罰すると脅すと、彼女は泣きながら話し始めた。
ミリアムの侍女ポーシャはエリーゼに対して、ミリアムの狂言を演出し、シャワールームに閉じ込め、ドレスを破いたことなどを次々と暴露した。
「そ、そんなの知らないわ! 言いがかりよッ! あんた、そんな嘘……」
ミリアムは最初、激昂して反論しようとしたが、皇帝に睨みつけられているのを感じると、急に怯えて黙った。
ポーシャはさらに、ミリアムがエリーゼを仲間外れにしようと最初に画策した首謀者だと認めた。その証言を聞かされているミリアムは蒼ざめ震えている。
続いて、同じように妃専属のレディメイドが次々と引き出され、ティトの冷たく厳しい尋問が行われた。
彼女達は、女主人に涙ながらに謝罪しながら、その行為を自白させられる。
エーレとラリサの侍女は、彼女達の指示で、図書館の掲示板にアンセムに対する中傷的な書き込みをした事を認めた。
さらに、自分たちの女主人が、ミリアムと結託して、エリーゼを無視するよう妃達に呼び掛けたのを認めた。
プリムローザ、イアンナ、ヴェレッタの侍女は、ミリアムらがアンセムを無視しようといった提案に、彼女達全員が強く賛同したと証言した。
エンヴィータの侍女は、女主人の指示によりアンセムの食事に、穀物倉庫にいたイモ虫を入れたことを告白した。
タチアナとソーラの侍女は、2人が昼食の席で、「兄に似て手が早いのね」等と話し合って中傷したと証言した。
オフィーリアは、彼女が毎日書いていた日記が出され、エリーゼに対する呪いや不幸を願う記述を示された。
ナーディアの侍女は、昼食の席でマリアンに対して、ミリアムがエリーゼを無視しようと提案した時に、ナーディアは「あの新入りの子が困る姿を想像するといい気味だわ」と発言し、マリアンがそれを支持したと証言した。
それぞれのレディメイドの証言や証拠が次々と引き出され、その罪を告白する度に、女主人達の血の気はさらに失せていく。
同時に彼女達は、皇帝に対して涙ながらに謝罪を訴えるが、皇帝は彼女達を無視して、冷たい視線を浴びせるだけであった。
全ての報告が終わったのち、メイド長のティトは、頭を下げて伏せ、皇帝の裁定を待っている。
「これだから女という生き物は……」
皇帝リュドミルは冷笑し、小さな声で呟く。
その言葉には、この男の女に対する考えがよく表されている。
「お前達は全員“畜刑”に処する。侍女は全員ティトの預かりとする」
皇帝は、立ちあがってそう宣言すると、そのままつまらなそうに部屋から退出していった。
皇帝の宣言した“畜刑”という単語を聞いて、妃達は嗚咽に近い状態で泣き叫んだ。
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皇帝の命令はすぐに実行された。
死刑のない後宮では、“畜刑”は最も厳しい刑罰である。
裸にされ、両手両足に鎖付きの手錠と足錠をつけられた上で、後側でそれをまとめられて拘束される。
常時四つん這いか膝立ちになることを強制されるその状態で、かつて家畜を飼育していた狭い畜舎の枠にそれぞれ1人ずつ押し込められた。
食事は家畜に与えるような大きい箱にまとめて入れられるだけ。用便も狭い枠の隅の凹みに垂れ流し。両手も両足も使えないので、家畜のようにしか飲食ができず、身体を拭くこともできない。
この“畜刑”とは、つまり、人間の尊厳を喪失させ家畜のように扱う事である。
この残酷な刑は、過去、後宮が設置された際に何度か行われたと伝わっている。
皇帝の寵愛を受けた妃が、かつてのライバル達を、見せしめの為に殺さずにこの状態にして、屈辱を与え続けたのである。
この当時、“畜刑”にされた妃達は、関係者が没するまで、最高で50年という長い間、この状態にされたままだったという。
彼女達は、皇帝の慈悲で、丈の短い無地のワンピースだけは与えられた。しかし、下着などは一切つけていないので彼女達の羞恥心を抑えるにはまったく足りない。
今まで何ひとつ不自由のない生活をしてきた彼女達にとって、このような姿にされる事だけでも恥辱と苦痛である。
そして、後宮では彼女達を守ってくれる者も、助けてくれる者もいない。
彼女達はただ涙を流して嗚咽し、ひたすらに謝罪の言葉を呟き、祈り続けることしかできなかった。
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次の朝、アンセムは必死の形相で皇帝の部屋へと駆け込んできた。
「陛下!」
息を切らせて現れたアンセムに、皇帝リュドミルは何を尋ねに来たのか予想はついていたが、何事も知らないように応対する。
「どうしたのだ。ヴォルチ卿、そんなに慌てて」
「妃達を“畜刑”に処したといいますが、本当ですか?」
「ああ、本当だ」
アンセムは天を仰ぐ。そして、皇帝の方に向かい直ると、強く進みでて諫言する。
「年端もいかない娘達にそのような厳しい罰を与えるなど、我らの“啓蒙の法”に反します!」
アンセム自身も年端もいかない娘の姿であったが、その迫りくる訴えには迫力があった。
だが、皇帝はまったく応じる気配はない。
「何を言うのだ。先の戦争は、己の利益の為に味方を妨害し、他人を妬んで状況を混乱させた不忠者達の所為で負けたのだ。そのために多くの大切な命と財産が失われた。お前も知っているだろう」
「それは…… ある部分ではその通りです」
「父は甘かったのだ。私は先代のよう生易しくしない。不徳で味方を苦しめる不忠者は厳罰に処する。それは喩え女であっても容赦しない。変えるつもりはない!」
皇帝はこのような行為は絶対に許さないという決意ある方針を示している。
彼にとってバイコヌール戦役の敗北は味方の面従腹背が主な原因と映っているようだった。それはある部分では事実であるが、それだけが原因ではない。
「本件は決まったことだ。あの状態で数年苦しめば不忠女どもも少しは目が覚めるだろう。それに、残った五月蠅い女達も、少しは静かになるだろうからな」
皇帝はそう言い残すと後宮を出て政庁へと出発して行った。
アンセムは、絶対権力者である皇帝に対して、それ以上、諫めることができなかった。




