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運命の輪1~貴族男子の嫁入り支度②

 後宮の検査室で、アンセムは一糸纏わぬ姿で、両脚を肘掛に固定して開かされていた。

 もちろん、エリーゼの女性としての部分が丸見えである。


 アンセム自身、入宮の際にこのような恥ずかしい格好をさせられるとは思っていなかった。

 なにより、今日エリーゼの身体になったばかりで、まだ自分の身体を見たこともない。

 ここに来るまで、エリーゼに気を遣って胸しか触らないでいたのである。

 その自分も知らない自分の女の秘密を、第三者によって検査されていた。


 エリーゼの身体で後宮に来たアンセムは、後宮出入口に設置されている後宮警備分隊の検査室で文字通り丸裸にされ、後宮に入る者として相応しいかを調べられていた。

 特に入宮する為に一番重要な、処女であるかを確認するために、裸で大股を開かされ、秘所を調べられていたのである。


挿絵(By みてみん)


 アンセムは、自分の恥ずかしい姿に紅潮し激しく興奮していた。

 もし以前の身体だったら、彼の男性的象徴は、即座に反応を示すほどの緊張状態だ。

 しかし、幸いかどうか今の彼には、こういう時に外見的に変化する男の象徴はない。


 さらに、その検査を担当している女性を見ると、彼の羞恥心は最高潮に達する。

 エリーゼの身体を丸裸にして秘所を検査している女性隊員を、彼はよく知っていたからである。


 彼女はミュリカ・ヴィス・パブロダ。パブロダ家の娘で、アンセムのひとつ上の位階、子爵の貴族だ。

 彼女は士官学校時代に付き合っていた元恋人であった。性的関係もある。

 お互い将来を約束した仲だったが、最終的には別れた。

 その要因は様々だが、結果的にはお互いの将来への価値観の違いだった。

 アンセムは士官学校から軍隊に進んで、父と同様に職業軍人の道を歩んでいた。

 彼は単身赴任が多く、母を早くに亡くしている家庭環境から、離れて暮らす妹や領地の経営は常に心配事だった。だから妻には家庭に入り、家族と財産を守る役目を求めた。

 ミュリカも、アンセムと同様に士官学校から軍隊に進んでいた。そして、女性エリート士官として高い向上心を持っており、自分の才覚を活かしてずっと働く意志を持っていた。彼女もその道を諦めるつもりはない。

 結局、若さと情熱で付き合っていたが、いざ将来について話し合うと、お互いの人生の目標が違う事を理解し合う。

 実際の経緯はもう少し複雑だが、最後にはそれを一番大きな理由として別々の道を歩んだのである。

 アンセムが彼女と別れてから約2年が過ぎ、ようやく彼女が、どこの職場でどのような職務についているのか分からなくなっていた。


 それがこの突然の再会である。

 彼の元彼女は、元彼氏を丸裸にして検査椅子で大股を開かせ、その彼氏が後宮に入宮するのに相応しい処女か検査しているのである。


 後宮に入る新人の身体検査は、かなり念入りに行われる。

 入宮する者からすれば身体のあらゆる秘密を調べられる屈辱そのものの検査だが、冷静に考えれば必要だろう。


 後宮は皇帝以外の男は入れない。

 極端なことを言えば、女装もしくは医学的な手段で女を装って入宮しようとする者がいないとは限らない。

 そして、皇帝の妻としての身分には処女しかなることができない。

 その理由は単純で、少しでも他の男の子供を妊娠する可能性があったら皇家の血脈が穢されるからという、明快なものである。

 この検査で処女でなかった場合は追い返される。そして、それは実際に検査しなければ分からない。本人の自己申告など通用するわけがないのである。

 また、閉鎖空間である後宮は伝染病、特に性病の類が持ち込まれると大変なことになる。これも検査が必要だろう。


 アンセムは、検査の必要性は理解している。だが、検査の余りに恥ずかしい態勢に、彼は一言も声が出ず、開いた両脚に力を入れて強張らせていた。


 しかし、不思議なものである。

 昔アンセムが、彼女をベッドで抱いていた時、彼女をこの体勢にしていても恥ずかしいと思わなかったような気がする。

 ところが、その時とはまったく逆の体勢にされると、あまりの恥ずかしさに卒倒しそうだ。


 女の身体は恥ずかしさを感じやすく、男の身体では感じにくいのだろうか?


 アンセムは自問したが、それはたぶん違うだろうと思った。

 男の身体の時は、いざ行為に望む時、女を抱きたいという男性的欲求がすべての精神を支配していて、羞恥心などといった他の感情はどこかへ消え失せてしまうのだろう。


「終わりました」


 そんなことを考えているうちに、ミュリカは検査の終了を告げる。

 実際の検査時間はおそらく数分だったと思うが、彼にはとても長く感じられた。

 緊張していた糸が一気にほぐれて脱力する。

 ミュリカは、アンセムの付近にあったタオルを被せ、ガウンを着させる。

 すると、検査室の隅に控えていた若いメイド服姿の女性が近寄ってくる。

 彼女はそのメイド服の女性に引き継ぐように、他の後宮警備分隊の隊員と共に退出していった。


「初めまして、エリーゼ・リッツ・ヴォルチ様。私は後宮メイド長のティトと申します。よろしくお願いいたします」

「あ、ああ…… よろしく」


 そのメイドは挨拶として、スカートの裾を持って腰をやや落とし頭を少し下げている。確かこれは、女性の社交界の挨拶形式であったと思う。

 アンセムは貴族であるから、この時に貴族の令嬢がどのような返礼の挨拶をするか、何度も見ていて知っているはずだった。

 しかし、見るのとやるのとでは全然違う。身体がまったく動かない。


 アンセムが返礼の挨拶をしないので、ティトが困惑しているのがわかる。

 貴族の令嬢はすべて幼少のころに躾としてそれを習うので、このような反応は初めてだったのだろう。


 ちなみに、男の主人に対してもメイド達は同じ形式の挨拶を行うが、男の場合は女性使用人の挨拶に対して決まった返事はない。特に答えないか、一言返すだけである。


「エリーゼ様。確か、お付きの侍女と一緒に入宮されると伺っていますが……」


 ティトは進んで話題を変えようとした。


「いや、ちょっと理由があって来られなくなってね。ここへ来たのは私1人だけなんだ」

「畏まりました。不躾な事をお聞きして申し訳ありません」


 彼女はそれ以上質問しなかった。おそらく、入宮の際の検査項目にでもひっかかって入れなかったものと勘違いしたのだろう。

 実際、侍女の中には貴族の女主人に内密で男と関係を持っていて、それが検査で露見してしまうなんて、結構ありそうな話である。


 一般的には、貴族の令嬢にはいつも侍女がついている。

 妹のエリーゼにも、タウダという彼女が幼少の時から一緒に生活しているお気に入りの侍女がいた。もちろん、エリーゼはタウダと一緒に後宮に入る予定であったのだ。


 しかし、妹と身体が入れ替わった後、タウダに事情を話すと、エリーゼはタウダと離れたくないと言い出し、タウダもエリーゼの世話があるのでアンセムと共に後宮に行きたくないと言い出した。

 困ったことに、アンセムは侍女がいないと、エリーゼの髪の毛ひとつ結う事ができない。今着ているドレスさえ着るどころか脱ぐ事すら怪しい。

 だが、これからの事を考えれば、妹のエリーゼはこれから当主として叔父達を相手に家を仕切らなければならないのである。

 家に残って自分の代わりをすることになる妹の方がよほど心配で、単純に比較すれば、これからアンセムが入る後宮の方が遥かに安全な場所だろう。

 それに昔からエリーゼはタウダがいないと1人で寝る事も出来ない。

 妹は活発な性格であるが、寂しがりやでもあった。あの年頃の女の子は、それは一般的な事なのかも知れないけれども。

 話し合った結果、入宮後には後宮運営から侍女が1人付く事になっていたので、身辺の世話はそのメイドに頼めばいいということになった。

 それで、アンセムは1人で来たのである。


「それでは、エリーゼ様担当のレディメイドをお呼びいたします」


 レディメイドとは、女主人に仕えるメイド、侍女とほぼ同じ意味である。

 メイド長のティトが合図すると、検査室にもう1人のメイド服の娘が入って来た。


「こちらがエリーゼ様担当になります、マイラです」

「初めましてエリーゼお嬢様。レディメイドのマイラと申します。よろしくお願いいたします」

「あ、ああ。よろしく……」


 マイラと紹介された娘は、先ほどティトがしたのと同じように挨拶をする。


 アンセムは自分担当のメイドを見た。

 後ろで髪を結った活発そうな可愛い子で、服装はメイド長のティトとまったく同じメイド服である。年齢はエリーゼと同じぐらいだろう。

 侍女は通常、同じ年頃の娘が付く事が多い。女主人の話し相手という役割が強いからである。


「お嬢様、まずはお着替えをいたしましょう。お手伝いいたします」


 アンセムは検査終了後にガウンを着ていたが、その中はまだ裸のままであった。

 2人のメイドは驚くほどの手際の良さで、アンセムにドレスを着せた。アンセムは両手を広げて立ち上がり、天井を見上げている間に終わってしまう。


「それではご案内します」


 彼はメイド長に導かれるままに、検査室の奥の扉から後宮の内部へと通され、ついに皇帝以外男子禁制の園へと足を踏み入れた。


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