隠者3~夢の国②
夢の中の遊園地を歩きながらメトネは歌っている。
男の子って何で出来てる?
男の子って何で出来てる?
カエルとカタツムリと仔犬のシッポ
男の子って、それらで出来てる。
女の子って何で出来てる?
女の子って何で出来てる?
お砂糖とスパイスといろんなステキ
女の子って、それらで出来てる。
男の人って何で出来てる?
男の人って何で出来てる?
ため息と流し目と嘘の涙
男の人って、それらで出来てる。
女の人って何で出来てる?
女の人って何で出来てる?
リボンとレースと甘い顔
女の人って、それらで出来てる。
彼女があまりに楽しそうに歌うので、アンセムは尋ねてみた。
「なんだい、その歌?」
「パパから教わったの。パパの時代に広まっていたとても有名な童謡よ」
「しかし、男の子と男の人の扱いが酷くないか」
「真理じゃないかしら?」
「違いないや」
男の扱いが酷いのはともかく、女の子はお砂糖とスパイスといろんな素敵、女の人はリボンとレースと甘い顔。まさに目の前にいるアリス族の娘を象徴しているようだ。
ムラト族がそういう歌を作るほど、こういう容姿に憧れていたなら、アリス族がこういう容姿に作られたのは必然なのだろう。
「アンセム、あそこに入ろっ!」
メトネはアンセムの手を引っ張って、元気に跳ねまわり、彼を休ませず、次々とアトラクションに入っていった。
まずは、先ほどの歪んだレールのトロッコ、次に回転式の見張り台、馬の動物の形をした乗り物。
アンセムは呆れるが、可愛い女の子を連れているというのは男として悪い気はしない。それに彼自身にはこの遊戯施設に知識もないので、どこに入っていいのかも分からない。
そして、いくつものブースを巡っていると、夢の中の空間でも周囲は次第に暗くなってきた。
もっとも、太陽が出ているわけではないので、暗くなっているという見方が正しいかどうかは分からない。
アンセムもそろそろ何かの終わりを感じている。
メトネは急に立ち止まると、円形状のドーム型の施設を示した。
「アンセム~ 夜になったらやっぱりあそこよね!」
彼女は、彼の返事を聞かずに入って行く。そこがどんな施設か気になったが、尋ねるより入った方が早いだろう。彼はメトネの後を追ってその施設に入る。
その施設の中は薄暗く、明かりは足元にしかない。
受付でチケットを貰うと、どうやらここは「プラネタリウム」という施設らしい。一目に星空を楽しむための施設だとわかる。
帝都にも天文台やプラネタリウムのような施設はある。しかし、簡易な物でここまで機械的、映像的な構造ではない。
客は少なく閑散としていた。メトネは、静かに座る場所を確保すると、隣に座れと言わんばかりに、指で示した。
2人が並んで座りしばらくすると、ドーム型の天井に鏡のように星々が映し出されて、機械的なタイキ族のような声の解説が始まった。音響球のような装置があるので、録音再生なのだろう。
映し出された夜空には、彼が見知った天の川、そして夜空の星々がある。
だが、彼はその星々にかなりの違いを感じた。特に輝く星の配置が全然違う。
「あれっ? 私が知っている星と違うぞ? エルタニンはどこだ?」
「もう~ アンセムったら。星の配置は万年単位で変わるのよ、パパの時代で一番明るいのは、あれ」
静かに呟くアンセムに対して、メトネが冬の画面の中央付近を指さす。そこには、三角形が描かれており、その頂点に際立って輝く星があった。
「あれがこの時代で一番明るい星、シリウスね。その向かい側にある頂点の星がリゲル。リゲルは、あたし達の時代にもほとんど同じ位置にあるよ」
「でも、リゲルは夏の星座じゃないか? それに天の川も夏と冬で配置が逆だ」
「夏と冬は地球の位置で変わるのよ。このプラネタリウムの夏の夜空は、あたし達の時代では冬ってこと。そして位置だけど、天の川は銀河系の隣にある腕の部分だから、万年単位じゃ配置は変わらないわ」
つまり、レンの世界ではリゲルは冬に見えて、天の川は夏に見えるということだ。なんだかややこしい。
「じゃあ、一番明るいシリウスっていう星はどうなったんだ?」
「あたしが知るわけないでしょう。パパに聞いてよ。じゃなければ、シオンがいいわ。シオンならなんでも知っているから」
メトネは冷ややかに応対する。
なんでも知っているようで、なんでも知っているわけではない。
変わる要素もあれば、変わらない要素もある。それは当然の理だ。
アンセムは解説を聞きながらプラネタリウムの夜空を探して、輝星エルタニンを見つけ出した。
天頂近くにあり、二等星とあまり明るくはない。
極圏に近いアスンシオン帝国では、空の頂近くで常に強く光輝くエルタニンはまさに導きの星だが、この時代の輝きはとても弱々しい。
アンセムは、気象学の予備知識として、星もある程度知っている。しかし、いつも観測している夜空と違う星空をみると、まるで別世界に来てしまったのかのような、とても奇妙な感覚になる。
特に冬の天の川付近にいつもあるはずの赤い星、凶星アアルが無い。他の場所をずっと探したが、見つからない。
そして、プラネタリウムを出た後も、彼はそのことについて、大きな疑念があった。
「なぁ、メトネ。エルタニンはわかった。だけど、いくら探してもアアルがない。アアルはどうなってしまったんだ?」
アンセムはメトネに尋ねる。
星が失われることはあるという。黒の石板の解析では、リゲルの付近にあったベテルギウスという星は、爆発して消えた。
もちろん星が誕生することもあるだろう。けれど、いきなり極端に輝きを増すなんて事は少ないはずだ。
「もう…… はいっ、ケータイ。これを使って自分で調べてよ。声を掛けると画面が出るよ」
「?」
メトネは、先ほどレンが使っていたものと同じ手鏡のような装置を渡してきた。そして説明する。
「音声認識。あたしの貸してあげる。でも、あたしのメールやSNSを覗いたらタダじゃ済まないわよ」
メトネがまた意味の分からないムラト族用語を呟いている。
けれども、アンセムは教わった通り、そのメトネが使っている端末に声を掛けた。
「シリウスはどうなる?」
アンセムが声を掛けると画面が切り替わり、シリウスの情報が出る。指で触れるだけでページを捲ることが出来るらしい。
恐ろしい事だが、これは通信手段だけではなく、辞書の役割も持っているようだ。
表示されたデータで確認すると、シリウスはもともと太陽系に比較的近い星だったので明るかったらしい。だから、太陽系から遠ざかりその30万年後ぐらいから急激に暗くなっていくという。
つまり、近い星は影響が大きいという事だ。
「アアルはどうなる?」
アンセムは次に気になった質問を投げかけてみる。
「該当データがありません」
そして、音声で合わせて示される、検索結果の「該当なし」の表示。
アンセムはさらに疑問に思った。アアルは何処から来た星なのだろう?
「この時代にアアルはないのか」
いくら考えても結論は出ない。
しかし、それでも気になってアアルがある付近の天体を調べてみる。すると、どうやらヘビ座という天体集団があり、それに含まれる星を調べればいいのではないかと考えた。
調べるのにそれほど手間はかからない。
なんと便利な道具なのだろう。
そして…… 凶星アアルの正体はすぐに判明した。
場所、距離、そして大きさ、全てのデータは完全に一致している。
そして、その結果を見て、レンという男がどうして136万年後のこの時代にやって来たのか、その理由も分かった。
あの男は「ラグナ族を作った者に、人々の導きを託されている」と言っていた。
それは、この為だったのだ。
わざわざ、あの男は、これを知らせるためにこの時代を選んだのである。
アンセムは、メトネの手をひいてさっきのベンチの所へ向かう。
「な、アンセム。急にどうしたのよ~ 引っ張らないでよ」
アンセムは、レンにどうしても、言わなければならない事があったのである。




