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隠者2~父と子②

 帝都の政庁では、皇帝レンが皇太子アンセム蜂起の報告を受けて協議している。

 皇帝の座る豪華な椅子に鎮座した彼の両脇には、アリスのエプロンドレスを着たアリス族の娘達が寄り添っていた。

 彼女達の目は曇り、自発的な自我の存在はまったく感じられない。


「レン先生の教養と指導を受けていながら、その方針に反抗するなど、彼には少しお灸を据えなければなりませんね」


 姉のミーティア・デューク・カラザールの身体である帝国宰相ルーファス・デューク・カラザールが進言した。


「あの野郎…… 親の恩を仇で返すとは。子として風上におけません」


 続いて発言したのは、その隣にいる若い師団長レイドン・デューク・カザンである。カザン公の長男ロジャー・デューク・カザンと、テニアナロタ公の長女であるマリーシア・デューク・テニアナロタの子であった。

 両親の身体はムラト族旅団の者に奪われたが、彼は既に産まれていたため影響はなかった。その後、レイドンは彼らによって育てられている。

 今の彼は、以前の身体の持ち主の親の精神ではなく、今の身体の持ち主を血縁上も精神上も両親だと認識している。その後カザン家の再興も認められ、士官学校卒業後には当主に指名された。

 閣僚に入ってから2年、既に頭角を現し、勤勉に働いている。


「カザン公は皇太子と同い年、士官学校も同期、しかも親友同士と聞いているが?」


 宰相のルーファスは問い質す。


「成人するまで不自由ない生活と教育の援助を受けておきながら、それに報いずに反抗するような不敬な男などもはや友人ではない!」


 レイドンは、顔を赤らめて関係を否定した。


「皇太子のアンセムはリュドミルの恨みの忘れ形見みたいなものだよ。それに…… 飼い主にベッタリの飼い猫よりも少し我儘な方が可愛い物さ」


 皇帝レンは、傍にいるアリス族の娘、リッカ・F2が抱えている猫の“しょぼん”を撫でながら言う。この猫は以前の“しょぼん”の孫にあたる。

 もっともこの猫は相変わらず怠惰で、動くことを嫌ってブクブクと太っていた。愛玩動物としては可愛いが、俊敏な猫というイメージには相応しくない。


「敵の干渉電波によってこちらの波長領域を効果的に阻害されています。“Wi=Fi”の通信に断続があり、周辺地域での使用は困難です」


 シオンは彼女の創造主にそう報告する。

 彼女はアンセムのクーデターによって傷つけられた後、後宮にいた、あるタイキ族女性を解体して生体パーツとして移植することで外観を再生した。

 ただし、素材は同じでも規格が違うらしく、移植は困難を極めた。けれども、それは研究に時間をかければ解決する問題だった。


「皇太子殿はずっと電波妨害装置を身に付けていたのですね。ロストしていたのでおかしいと思っていました」


 その隣にいたタイキ族の男、シークはそう付け加える。シークの外観は20年前とまったく変わらない。


「そんなもの。奴らを捕らえて奴らの“チャフ”とかいう妨害アイテムを外せばよいでしょう。敵の毒電波発生装置も占領して破壊してしまえばいい。そうすればどうにでもなります」


 陸軍大臣のリーフが言った。

 彼と妻のナデシコは皇帝レンから優先的に新しい身体を与えられていた。今も新しく若い身体である。

 皇帝レンは実績が無いと新しい身体を与えず、他の元ムラト族の旅団員はほとんど昔の身体のままだった。

 リーフのように機会を与えられている者は極めて稀である。


「私も早期決着が良いと思います」


 帝国軍総司令官のレニー・デューク・マトロソヴァが落ち着いた雰囲気で同意する。

 今の彼女には妻が12人いて、子供は30人もいる。彼女が使う兄の身体はまだ40代、生殖年齢としても現役である。

 マトロソヴァ家は現在の帝国でカラザール家と双璧を為す重鎮と言っていいだろう。


「しかし、総司令官。我々は陛下直属のラグナ族の娘達の航空騎兵と法兵の戦力を頼っている。それ以外の歩兵と騎兵、同盟軍だけではタイミィルのような複雑な地形への強襲はなかなか損害が大きいのではないか? 敵は十分準備をして蜂起しているようだし」


 陸軍参謀長のテムシャールが強気のレニーに異議を唱えた。

 彼はアンセムのクーデター後にレンに臣従したジュンガル族だが、元々の身体ではなく今は東方の呉国の出身で赤髪系の若いエンカ族の娘の姿をしている。


「相手も死力を尽くして防御するでしょう。今は8月、3ヶ月で冬が到来し、我々は雪に埋もれて(いにしえ)の大敗を再現することになります。今年の内に準備を整え、来年の春を持ってから、帝国の総力を挙げて蹂躙しても良いのでは?」


 参謀のブライアン・デューク・ドノーが参謀長の意見に同意する。

 彼は24歳、当主ハティルの異母弟で、シオンの起こした奇跡の際は幼年だったため免れた。そのまま成人して参謀職に就任している。

 兄のハティルがプリムローザの身体で肉欲に溺れ、兄の身体を使うプリムローザがハティルの身体で自由を満喫しすぎているので、事実上、ハティル家の当主である。

 責任感が強く、兄と違って堅実な性格と言われている。


「私はラグナ族という種族の価値全てを手に入れようとしているんだよ? それなのに相手の挑戦から逃げているようなら負けだよ。それに、放置すれば彼らのプロパガンダである“種族の誇り”に目覚めて抵抗する者も増えるかもしれない。シオンの使う特殊能力は、妨害装置を付けるか、妨害電波を発生させれば防げると露見してしまったんだから」


 皇帝レンは、傍にいるアリス族の娘、キトリ・F2を撫でながら説明した。その娘はレンに触れられると急にスイッチが入ったかのように、恍惚とした表情で悦ぶ。それは、隣にいる猫を撫でている時と同じような反応である。


「それに敵は北極海を使って遠方と連絡できる。補給線も確保しているみたいだし、時間の経過はアンセムに防御を固められるだけさ」


 レンの説明に参謀たちは頷く。敵のプロパガンダが有効であるという事実はその分析の通りだろう。


「タイミィルは半島です。海軍を使って、連絡を阻止することはできないでしょうか?」


 帝都の騎兵連隊長であるヴィクロス・リッツ・タクナアリタが言った。彼はマーティン・リッツ・タクナアリタとオフィーリア・リッツ・ヤロスラヴリの長男である。

 両親の身体は入れ替わっているが、その子であるという事実は変わりがない。


「実は大陸の制覇で我々の陸軍は強化されたけど、海軍はほとんど変わっていないんだよね。うちの海軍も、ティルス王国の海軍も内海でしか運用を想定していない。これじゃ外洋のアテナ族の海軍相手に勝ち目が無いよ」


 皇帝レンはヴィクロスの意見を退ける。


「陛下、我々、男子の法兵隊は健在です。女子の法兵隊には火力で劣りますが、艦隊での法撃戦でもタイミィルのアテナ族海軍など打ち破って見せます」


 帝都の法兵連隊長であるディザルト・リッツ・ヤロスラヴリが言った。彼はバーベル・リッツ・ヤロスラヴリとラーナ・リッツ・タクナアリタの長男である。

 こちらも両親の身体は入れ替わっているが、その子であるという事実は変わりがない。


「士気が高くて結構な発言だけど、敵の船には航空騎兵と妨害電波塔を積める。敵海軍が航空騎兵を使って、こちらが使えないんじゃ、索敵と法撃観測の差で勝ち目無いなぁ」


 レンはディザルトの意見も退けた。

 ディザルトとヴィクロスは因縁深いライバル同士で有り、発言にも対抗意識がみえみえである。

 だが、むしろレンはそれを奨励している節があった。


「いやぁ、まいったねぇ。リュドミルとアンセム君の息子は優秀だよ。これらを全部計算して蜂起しているんだから」


 皇帝レンはまるで他人事のように言う。そしてその感想を述べると、立ち上がって宣言した。

 閣僚達、そして傍にいたアリス族も一斉に畏まって敬礼する。


「イェルドに連絡してレナ軍も全力で参加させよう。そしてこちらも、出来る限り兵力を集めて冬が来る前に一気に決める。早期決着を目指しましょうか」

「畏まりました」


 宰相のルーファスはそう返事する。

 そして総司令官のレニーは皇帝の前に進み出てさらに敬礼した。


「皇帝陛下の治世を乱す不貞の輩は、私が粉砕いたします」

「レニー君、実力を発揮できるよう頑張ってね」


 皇帝レンは、まるで生徒がスポーツの大会に参加する時に激励する教師のように微笑みながら答えた。


****************************************


 会議の後、キトリ・F2は、皇帝レンを潤んだ視線で見つめながら、彼の耳元で囁いた。


「パパ。アンセムったら、あたし達に逆らっても無駄なのにね。あたしは既にラグナ族の種族としての“宮”を手に入れているのに」


 キトリはクスクスと小さく笑い出す。その身体はキトリであるが、表情は間違いなくメトネのものだ。


「ラグナ族に関してはそうだけどね。帝国には他にも種族もたくさんいる。私は興味ないけれど、他の種族からすればそれはとても不公平で不満な事なんだと思うよ」


 レンは、リッカ・F2が抱えている猫、“しょぼん”の孫を撫でながら言う。その返事に対し、今度はリッカ・F2が囁いた。


「だったら異種族は自分達の力で反乱すればいいじゃない。あたしが叩き潰して絶滅させてあげるのに」


 リッカは可愛い顔を微笑させながら恐ろしい言葉を口にしている。


「帝国にいる異種族は、邪険に扱うと西隣のローラシア帝国や東のベーリング地峡を渡って北アメリカに逃れるだろうね。そうすると余計に力を付けて面倒だよ」

「隣のローラシアなんてたいした軍事力なんてないんだから、対等な立場の交渉なんてしないでもいいのに。さっさと踏みつぶしちゃえばいいじゃない。パパとあたしなら余裕よ」


 さらに、レンの背中にいた、メトネ・F2も後ろから囁く。


「ローラシアはエルトロン族が基幹の種族の国だよ。エルトロン族はH属だからね。枝分かれした人間種のひとつさ。人間相手にはちゃんと敬意を払わないとだめだよ。ちゃんと話し合って、利害を調整して、譲るところは譲る。お互いの存在を尊重しなくちゃね」


 レンは娘に諭すように話した。

 実際、皇帝レンはH属に対してだけは対応が違っていた。以前からそうであったが、ムラト族に対しては、協力と成果よって権益を分配し、カウル族には彼らの貢献に見合った望む土地を与えている。そして、隣国のH属であるエルトロン族やファルス国内のフルリ族には十分な敬意を払って、公平な交渉を心掛けていた。


 その理由は単純な話である。

 R属などの新種族が誕生するより前から存在するレンにとって、H属は同じ人間という認識なのである。だから、騙したり、傷つけたり、利益や財産を横取りしたり、成果を配分しなかったりするのは、罪の意識があって躊躇われる。

 そしてレンが産まれた時代、R属は存在自体が人間として扱われていなかった。単なる研究対象の生物に過ぎなかったのである。


「もう、パパはラグナ族を人扱いしていないのね~ 身体はラグナ族なのに」


 皇帝レンの膝の下にいたエリン・F2は振り返りながら拗ねるように語り掛ける。


「メトネは大切な娘だよ。この宇宙で一番、ママとフローラと一緒に愛しているさ」

「えへへ……」


 メトネ達は、優しく撫でられて照れくさそうに微笑む。


「本当にアンセムは手が掛かる男だわ……」


 彼女は、彼女を愛する男を自分達の身体で囲みながらそう呟いた。


****************************************


 レナ王国の王都ヤクーツクでは、帝国政府から要請を受けたレナ軍がタイミィル遠征準備を整えていた。


 国王イェルド・アクセルソンは既にレナ族の持つ死病に蝕まれ、車椅子でしか動けない状態だった。

 当然、遠征には側近によって他の司令官を立てるように言われるが、彼は、自ら采配を振るうと言ってきかない。

 その説得に息子達や弟達は困ってしまっている。


「父上、そんなお身体では出陣に触ります。今回の遠征は我々にお任せください」


 次男のヒルツ・アクセルソンは父に対して訴えた。


「私は帝国皇帝の要請にはこの命ある限り応えると決めている。絶対に出陣するぞ」


 国王の強い決意を聞いても、息子達だけでなく、弟達も一斉に反論に加わった。


「それに、我が国は帝国と同盟国だ。軍事作戦には可能な限り協力すると条約で決められている、何の問題もない」


 今度は、条約を根拠にする国王に対して、レナ王国宰相のトリニ・ノルデンドルフは条文から反論した。


「それですが、帝国に別の第三国から攻撃があったなら援護するべきです。しかし、今回の戦乱は皇帝と皇太子の争い、帝国の内戦です。我々は内戦には手を貸さないはず。条約もそのような記述にはなっていません」

「皇太子派は我が領土のタイミィル半島の東側を奪っているではないか。十分派兵する根拠はあるぞ」


 宰相の反論に対しても国王は出兵を譲らない。


「帝国に遅れを取らないよう大軍を動員する以上、冬までに決着を付けなければなりません。馬に乗れない兄上では、脚が遅くて部隊の負担になります」


 イェルドの弟、リュリク・アクセルソンも反対する。このように辛辣に諫めることが出来るのは歳の近い弟の彼だけだった。

 さらに今度は、長男のマルス・アクセルソンが別の角度から父に対して質問した。


「父上、帝国の皇太子が発した檄文は読まれましたか?」

「ああ」

「……皇太子派の主張は一理あります。我々はアスンシオンの属国ではなく軍事同盟国です。女神シオンの加護も受けていない。それなのにどうして父上は皇帝の後宮に人質同然に妹達やレナ族の娘達を供出するのですか?」

「娘達に希望は聞いている。無理やり入れ込んでいるわけではないぞ」

「同意があって、帝国の生活条件がいいからと言っても、一族の娘を売ってもいいというわけではないでしょう。いくら我々レナ族は女が生まれやすい血脈だとしても、これでは我々が男としての責任を果たしていない」


 帝国の大学に留学し、理路整然と説くマルスに対して、イェルドは返答に窮する。だが、彼は自分の主義を曲げなかった。


「お前は、帝都の大学で皇太子と仲が良かったそうだな」

「兄のように慕っていました」


 マルスは素直に認める。


「お前が皇太子をよく知っているように、私も皇帝陛下を良く知っているよ。皇帝陛下は大陸を制覇した一代の英雄だ。あの方がいるから、今の私はこの世に生きている。生きている限りその誓いは破らない。帝国の皇帝が持つ“ラグナ族の誇り”を奪おうと思う者は、私が排除する」


 国王イェルドはレンを強く信奉していた。

 レナ族は勇者思想の強い国である。自らが認めた指導者には従うが、そうでないものに従うつもりはない。

 簡単な理屈である。


 そう言われては弟や息子達も反論しようがなく、また帝国から魅力的な物資提供の条件が提示されると、反対意見も次第に収束していった。


 こうして、帝国歴3038年9月、タイミィル半島で発生した皇太子アンセムの反乱に対し、アスンシオン軍とレナ軍が動いた。


 帝国軍の主力は騎兵5万、歩兵15万。カウル族の軽騎兵4万、ジュンガル族の軽騎兵6万、合計約30万。そして同盟軍のレナ軍もほぼ同数の約30万である。

 対するタイミィルの蜂起側はたった3万程度の兵力、20分の1以下であった。しかもほとんどが市民で軍人ではない。


 ただし、タイミィル側にも有利な点はある。

 妨害電波により、帝国軍はその主力であるメトネの娘達を使えない。特に帝国軍は航空騎兵と法兵、特科連隊、支援隊のほとんどが彼女達で構成されているため、索敵や支援、通信に重大な齟齬があった。

 また、タイミィルは遠方にあり、冬の到来の前に決着しなければならないという条件のため、戦力集中を待つにも限界があり、どうしても足並みが乱れる。


 むしろ、タイミィルの皇太子側にとって最大の脅威は、帝国軍ではなく地理的に近い同盟軍のレナ軍かもしれない。“女神”の特殊能力を含めた強大な戦闘力を持ち、かつ航空騎兵や法兵も従来通りの戦力を維持している。

 皇太子アンセムはさっそくレナ軍への対策に頭を悩ませていた。


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