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隠者2~父と子①

 帝国歴3038年7月、皇太子の帝都退去と同日。帝国最北端にあるタイミィル半島の州都ノリリスクにおいてラグナ族解放軍が蜂起した。

 彼らは現地の総督を追放、独立国「タイミィル国」の建国を宣言する。


 皇太子のアンセムら一行は、帝国側の追跡を振り切り、エステル川河口のカルガソク市で外洋船に乗り換え、一路ノリリスクへと向かう。

 そして彼らは8月上旬に、この極圏にある都市へと到着した。


「これはアンセム様、予定より随分と遅い到着ですな」


 皇太子一行を出迎えたタイミィル国政府首班の姿を見たアンセムは、その人物に驚かずにはいられない。

 それは、ブレスデン・アティラウ、かつてのアンセムの士官学校でのライバルであり、種族解放戦線の過激派幹部だった男だ。


「ブレスデン議長、地元の取り込みは上手く進めているようですね。イエティ族や、スノータイガー族からも上手く支持を受けているようだし」

「彼らは民主的制度に馴染みがない故、教養は大変でしたよ」


 この男の若い頃は、過激な言動ばかりが目立つ男であったが、この20年の間に何があったのか、表面上はすっかり丸くなり、話し上手、聞き上手な実力派の政治家のような気風である。

 それに彼の知っているプレスデンは、皇室の権威、貴族の権益など絶対に認めない男だった。それは今でも変わらないのだろうけれど、この皇太子アンセムに対してはまるで旧来の仲間であるかのように話をしている。


 後で話し合って判明したことだが、プレスデンは皇帝レンが大陸を統一した時点で、その過激な路線を変更し、皇帝の権威の下で人民の権利を守る方針に転換したのだという。

 そして、その皇太子アンセムのクーデター計画、そして皇帝レンの種族への支配の真相を知ってからは、自ら進んで協力していた。


 事実、ラグナ族の市民の権利は酷く奪われている。

 それまでの帝国は少数の貴族が、多数の市民と対等の権利を持ちながらも、貴族議会に対する市民議会があり、市民は公民権を持っていた。

 教育制度、裁判制度など市民の権益を守る制度も徐々に拡大されていた。

 ところが、帝国議会は両議会とも21年前のシオンが起こした奇跡以来ずっと閉鎖されたままだ。

 帝国に支配された諸国の都市もほとんどが権益を奪われている。民主政治の基盤が残っているのは、テーベ諸都市、ティルス諸都市、タリム諸都市、バイエル市の地方市議会だけで、それ以外の市は、帝国政府から任命された市長が派遣されてくるだけだった。

 もちろん、これらの事に反対する勢力もあったが、女神シオンの持つ精神入れ替わりの“奇跡”と、強力な皇帝の私兵ともいえる”メトネの娘達”によって反乱はことごとく踏み潰された。


 だが、一部のラグナ族とR属の諸系統の種族の出身者は、自ら皇帝レンを受け入れて従順に振舞い、利益を享受している者もいる。

 ラグナ族やR属の優秀な者は見出され、努力に応じて利益が与えられる。

 これらの皇帝レンによるラグナ族という種族に対する生殖支配という方針は、平たく言ってしまえば聞こえは悪いが、それに類似する行為は、昔からラグナ族の諸国は皆やっている。

 だからその優性思想が大陸に統合されたという考え方を平然と受け入れられる考え方の者からすれば、むしろこの新しい政権はチャンスでもあった。


 しかしその結果、もっとも迫害を受けたのはR属以外の種族であった。

 彼らは帝国の政治基盤から明確に切り離された。タイミィル半島だけでも、G属のイエティ/フラウ族、T属のタイキ族、B属のスノータイガー族がいる。

 さらに、R属でもラグナ族に役立つ遺伝子を持っているかどうかが処遇の境目となり、例えば、ヴァン族はR属だが巨人系のG属が強い血脈で、R属系のラグナ族としての特殊能力は見込めない。そのため蚊帳の外に置かれた。

 彼らは、ラグナ族の優遇を援助するために奉仕する種族として、さらに酷い扱いをされている。ラグナ族に関しては、政府が多額の投資を行って優遇し、研究し、積極的に特殊能力を高め、その数を増やして繁栄させ、生活も保障しているのと比べて極めて不公平だ。

 通常の人間が住むにはかなり厳しい土地である極圏のタイミィルは、異種族の多い地域であった。そのため、政府に対する不満は強まり、ブレスデンは彼らにその不公平を説いて取り込み工作を行ったのである。


 アンセムはかつてのライバルの底力に感心した。

 昔の彼は偏狭で視野の狭い人間だったと思う。そして今でもその考え方には賛同できない。だが、種族平等の為に人生を捧げようとする生き方は本物だ。


 それに、タイミィルでの異種族を中心とした蜂起はアンセムも考えさせられることがあった。

 今まで皇帝レンのラグナ族の生殖管理は、ラグナ族を家畜扱いする、ラグナ族の“種族の誇り”に対する略奪だと思っていた。

 だが、その影響はそれだけではない。ラグナ族とR属だけ優遇すれば、相対的に他の種族が差別される。

 特殊能力を持つ優秀なラグナ族、持たないラグナ族、という二区分ではなく。R属と異属という区分があり、ラグナ族の品種管理に役に立たない種族は一番下に置かれることになっているのである。


「“ギャラルホルン作戦”の進捗はどうかな?」

「タイミィル半島周辺には電波の出力が届くようになっています。半島を離れて大陸方面に進出する者には、“チャフ”の装備が必須です。進出部隊分は用意しましたが数はそれほど多くありません」


 傍にいたタイキ族の男、フレームレートが皇太子のレンに状況を説明する。彼は、タルナフ伯の参謀だった男だ。

 タルナフ伯のクーデター後は、皇帝レンに協力していたが、タチアナがアンセムのクーデターに参加した後、帝都を去って故郷の涼しいタイミィルに帰郷していた。


「補給に関しては?」

「先発隊は蜂起の時点で既に配置を進めています。最後の物資の入港も明後日までには到着するでしょう。揚陸して前線への配置も二週間以内には」


 同じく、元タルナフ伯の部下であるアテナ族の娘の身体であるゴードン・ガロンジオンが進言した。

 彼の経緯もフレームレートとほぼ同様である。さらに彼は、得られたアテナ族の身体を活かして北極海を旅していたという。


「アンセム~ オレ達、昴島のアテナ族が輸送を請け負っているんだから、手順に間違いがあるわけないだろ」


 その隣にいた若い娘が胸を張って答える。男口調だが、アテナ族は女性が男性的思考を持つという特徴があるので、不思議な事ではない。

 この娘はゴードンの娘らしい。


 昴のアテナ族というのは、白海よりさらに北、ほぼ極圏に位置する昴諸島に住むアテナ族である。この北極海周辺のアテナ族は島嶼ごとに勢力が別れていて、統一された事はほとんどない。

 それでも彼らの勢力が大きくなると、島嶼名ではなく、白海王やバレンツ海王などという風に海域名で王を名乗る。


「そりゃ、もちろん。あの濃霧の海域を速やかに移動できるのはリト達しかいないさ」

「えへへー」


 ちなみにアテナ族の娘は、男口調で、女も好きな男性思考だが、気に入れば男にも抱かれる。そしてこの娘は、その態度から明らかに皇太子のアンセムに興味があるようだ。

 その様子を見て彼の隣にいる娘のエリーゼは、ラプテフ海の海水より冷たい視線で皇太子を睨んでいる。


「アンセム隊長、夏の極圏に夜はありません。港の揚陸作業は総出で到着日には終了させます。アイーシャ達はもう移動開始して前線への進出を完了していますわ」

「前にも言ったけど、エルマリアさん達は戦わなくてもいい。ここで後方支援に徹してくれれば、大丈夫だよ」

「何を言っているのです。我々も戦います。私達は全てのラグナ族、いえ、全ての人間種族のために戦わなければなりません」


 アンセムは控えるムラト族の男達の名前を聞いて驚いた。

 ここにいるのはムラト族の老年男はエルマリア王女、そして兵士たちはエルミナ王国の“聖女連隊”だという。確か彼女達は身体を奪われて、重大事件を起こし、服役していたことは知っている。

 そして、アンセムと同様に刑期を終えた後、彼女達はここで皇太子のアンセムに合流したのである。

 もちろん外見そのものも違うが、彼女達の視線が違う。その目は、完全に戦う男の目だ。

 彼女達を見ていると、人間という存在は、身体が人間なのか、精神が人間なのか、考えさせられる。


 皇太子アンセムは、タイミィル国の幹部達に矢継早に指示を飛ばしていた。

 しなければならない事、決めなければならないとこはたくさんあった。彼はそれを適切に捌いている。


 彼が建てた計画は次の通りだ。

 まず、撮影球から得た情報を証拠とし、各地に種族独立の檄文を飛ばす。

 皇帝レンによるラグナ族の生殖支配、そして種族の魅力を商品として扱う行為を糾弾するのである。

 そして、予め建設した妨害電波塔より、帝都の女神シオンが持つ“Wi=Fi”の効果を無力化、“ギャラルホルン作戦”を展開する。

 これは、帝国軍の根幹を担う”メトネの娘達”を無力化させることが出来る。

 帝国軍の女性的な戦力、特に航空騎兵や法兵はほぼ全て“メトネの娘”に依存している。強力な特殊能力を持つ彼女達を無力化できる事は、彼らに勝機を与えるはずだ。


 蜂起のタイミングはとても難しいところだった。

 極圏のタイミィル半島は11月頃になると深い雪に閉ざされ、1日中闇に閉ざされる。大軍の移動など不可能だ。

 そして、冬になれば、帝国軍にいくら数がいようと、冬季戦に慣れたイエティ/フラウ族、スノータイガー族の敵ではない。

 確かに冬に蜂起すると攻撃は受けにくい。だが、それでは、とても反乱軍という集団を維持する事ができない。

 厳寒で昼間が無く大雪が降るタイミィルでは、こんな時期に蜂起しても施設の建設もままならないのである。だから、最低でも冬が来るまで組織的な越冬準備が必要なのであった。

 また、帝国側も不用意に大軍を動員した場合でも、タイミィル半島の地形を利用して粘り強く戦えば、冬将軍によって壊滅的打撃を与えられる可能性がある。帝国軍が航空騎兵、法兵の支援を受けられないなら、大軍であっても翻弄するのは不可能ではない。

 つまり、革命軍はあと3カ月程度守り通せば、勝機があるわけだ。


 だが、帝国軍も単純な構成ではない。

 帝国の連合に加盟するレナ王国は、傘下とは言ってもほぼ独立王国であり、皇太子アンセム達が占領したタイミィル半島東側に自国の権益を持っている。

 困ったことに、レナ族は皇帝レンの『ラグナ族第一主義』に参加していない。理由は分からないが、レナ族の誰1人として女神シオンによる奇跡の力が及ばない為だという。

 皇帝レンの盟友、国王イェルド・アクセルソンは、その20年の治世を自らの意志で帝国の後宮に娘を捧げてはいるが、レナ軍は独自の軍備を保ったままだ。

 そして、レナ王国は帝国との共同作戦により、アムール川流域諸族やバイエル市を手に入れて国力は増大していた。

 ただし、国王イェルドはレナ族特有の死病の兆候がみられるという情報がある。


「というわけで、ノリリスクの防衛は父さんにお願いしたのですが」


 息子の采配を感心しながら眺めていたアンセムは、突然、その息子に話題を振られて、ふと我に返った。

 だが、彼は冷静に状況を分析して、その提案を断る。


「気を遣ってくれているのは分かるが、物資と人員の無駄だ。ノリリスクはフバークに任せておけば十分だし、私はやることが無い。私は、コンドラチェフが配置されているプトラナ台地へ向かうよ、あっちは点在陣地だから工兵士官は1人でも多い方がいいだろう」


 21年前の奇跡から、彼の弟子の工兵士官ニヴェル・コンドラチェフはアンセムの侍女マイラの身体と入れ替わり、フバーク・ストラトスはレシア・リッツ・フォーサイスの侍女ミーナと入れ替わっている。

 そして、コンドラチェフとマイラ、ストラトスとミーナは結婚し、それぞれ鉱山技師や建築技師として働いていたが、今回の皇太子の決起を聞いてノリリスクに集まって来たという。


「ノリリスクでもプトラナでも危険度は変らないさ。それであれば自分の実力を発揮できるところで戦いたい」

「……わかりました、父さん。タイミィル半島は地形的に平坦で効果的な防御箇所に乏しい。プトラナ台地の陣地強化は防衛の要諦です。よろしくお願いします」


 こうして、軍議は終わった。

 そしてアンセムは時代の移り変わりを感じる。

 会議中、アンセムという名前が何度も出たが、それは彼のことではない。彼と同名の息子の事である。

 彼は、指導者として若くして既に高い人望と決断力があり、多くの者が集っている。

 自分の腹の中にいて自分から栄養を貰い、自分の乳を吸っていた赤子が、今は自分の意志で立って、自分の理想を追っている。

 その姿は親として感慨深いものがあった。


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