審判4~肉体の監獄④
その日の深夜、後宮の一室に密かに集まる男達がいた。
皇后エリーゼ・コンテ・ヴォルチの身体のアンセム・コンテ・ヴォルチ、第16妃レニー・コンテ・マトロソヴァの身体のロウディル・コンテ・マトロソヴァ、第38妃アンネ・リッツ・ローザリアの身体のランスロット・リッツ・ローザリア、第8妃プリムローザ・コンテ・ドノーの身体のハティル・コンテ・ドノーの4人である。
ランスロットは後宮師団の師団長、ロウディルは後宮師団の法兵長、ハティルは後宮師団の騎兵長、アンセムは後宮防衛司令官だった。
後宮師団と後宮防衛部隊は、後宮の妃達だけで構成されているため、普段は後宮で他の妃と同様の扱いで、ある意味、妃による戦時即応予備兵である。
彼ら後宮における男達は、レンの方針の真相を知り、今後どうするかを話し合っていた。
「レン殿の方針は分かった。あの男は、我々を文字通り家畜にするつもりだ」
ランスロットはそう述べる。だが、他の3人はあまりの事実に戸惑いがあった。
「こう言っては何だが…… 私達の身体は後宮の妃なのだ。すべて陛下の所有物で、最初から貴卿のいう家畜同然だ。それをどう扱われようと、捧げた私達が文句を言う立場ではないのではないか」
ロウディルは、レンの方針について否定的な意見をしない。
「しかし、これでは我々の種族の誇りは完全にあの男に奪われてしまう。それでも良いのか」
種族の誇り……
そもそも種族の誇りとはなんだろう。
どんな種も独立している。属単位で家畜化されることはなく種族単位で家畜化される。
犬はタイリクオオカミ、猫はリビアヤマネコ、馬はターパン、牛はオーロックス、これらの先祖から、人間の手によって何世代もかけて都合よく品種改良されたものだ。それはレンの言う通り、生殖をコントロールすることで行う。
ラグナ族第一主義は、自分達で優良なラグナ族の遺伝子を残そうという思想である。だから、他から生殖を操られなくても自分達でそういう思想を持つことはありうる。
だが、それでも種族としての自分達の意志で独立している。
種族に関して全体的な意志があるかどうかは未だに分かっていない。あるという説もあるし、ないという説もある。物理的に意志疎通手段が不明と保留する説もあった。
レンとその仲間達は、美しいラグナ族の身体を自分達の物にして、自分達の利益の為に好き放題に使っている。
それは去年の休暇の時に判明しているし、今年もハイランドの遠征が終わった後の休暇が楽しみだという話しかしていない。
自分達は、このまま彼らに搾取されるだけの存在として落されていいのか。
「我々が承認した後宮の規模だけの快楽で、レン殿達が満足するなら私も受け入れる。だが、追放された彼女達が自分の身体に戻ったとき、その身体に以前までいたムラト族旅団の男達の精神は、新しくアスンシオン、エルミナ、ファルスの若い娘達の身体を意図的に奪っていたのだ」
「だ、だが、それは女神シオンがやることだから……」
「女神だと!? とんでもない。シオンは我々の尊厳を奪い、未来を奪い、レンだけを贔屓する悪魔だよ」
ランスロットははっきりと、シオンを敵だと認識している。
「俺は、レン陛下には逆らえない。レン陛下が我々を下僕にしたいなら、それでいい」
ハティルははっきりとレンの支持を発言する。
「どうした? 猛牛と渾名されたドノー伯は去勢されて、我々を抑圧しようとする敵に対して、反抗する意志を失ってしまったのか」
ランスロットは挑発するように冷たく言う。いつもなら怒りだしそうなドノー伯だが、そうはならなかった。
「帝国はもともと皇家が導いてきたんだ。そして、俺達はレンを皇帝と認めた。我々は元から陛下の臣民じゃないか、レン殿には我々を導く能力がある、それに従って何が悪い」
「だが、娘達は次々とその女の身体と尊厳を奪われているんだぞ。男の身体に押し込められた少女達がどうなるのか知っているか」
「別に、女神シオンがどんな身体に誰を配置しようと関係が無い。俺達が産まれ出る身体を選べないように、神が勝手に決めることだ」
「人生を自分で切り拓かず神に頼るとは、牛は去勢されだけでなく、心まで女になったのか」
「……正直に言えば、陛下のお傍で忠節を誓うなら女の方が断然有利だと思っている」
ハティルは咳払いしてから続けた。
「妹のプリムローザには悪いと思っている。だが、はっきり言えば、女の身体は男より遥かに気持ちがいい。男の快感など比較にならん。男でいるときは、命を捨てる覚悟で戦っていたが、そんな人生は男だって望んでいるわけではない。男だとか女とかではなく、俺はレン陛下と皇家に忠誠を尽くすだけだ」
ハティルは、単純な結論を出した。それもひとつの結論だろう。
だが、彼は女の身体の持つ快楽に呑まれている様子もある。
それは彼らにも理解できた。女の身体での性の快楽を知ってしまったら、もう二度と男の身体での性交渉を気持ち良いと思えなくなってしまうだろう。
「私は、妹のレニーに身体を取られた。正直言わせてもらえば、妹が私の身体で男としての責任を果たしていることに屈辱は感じている。けれど、それが私の限界だったんだよ」
ロウディルの妹レニーは、レン達の仲間になった。
そして、彼女は願いを叶えて、マトロソヴァ家の当主となっている。皇帝レンに功績を認められて、既に7人の妻を持ち、間もなく子も産まれるという。
家督の継承者としての意欲が乏しく、なかなか結婚せずにお家を危機に晒した兄とは大違いである。
「私は、妹を当主の権限で強制的に後宮に入れた。その当主の地位と私の身体は妹に奪われた。そして今、当主の妹が、私にここで陛下の子を宿して、傍で支えになって生きろと命じたのなら、それに従うしかない。私は、家の当主であるレニーの方針に従うよ」
ロウディルはそれでも多少は無念さを感じているかもしれない。
だが、アンセムもエリーゼを後宮に入れた立場から、その気持ちは分かる。
「ハティルとロウディルはレン陛下のやり方を支持するのか。アンセム君はどうだ?」
ランスロットは、アンセムに尋ねた。
「私は――」
アンセムは一呼吸おいてから答えた。
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7月—
ハイランドで起こった政変への介入戦争は、前年度のレナ内戦と変わって、周辺国の一斉介入による全面戦争となった。
ハイランドの労働党政権は、選挙で多数派政権を取った後、政治犯として啓蒙党、神殿党に対する粛清を開始し、山の神殿の資産没収を宣言する。すると、直ちにハイラル州は叛旗を翻し、前首相のサザーランは亡命して、再び内戦に突入する。
だが、今回の労働党政権は選挙を経た政府であり、先手を打って幹部を拘束して主導権を握ったため、労働党側が圧倒的優勢であった。
この事態に、アスンシオン帝国の皇帝レンは、まるでそれを最初から予見していたかのように、帝国軍への動員令を発令。さらに、隣接するレナ、エルミナ、ファルスにも援軍要請し、各国から精鋭10万の兵力を抽出させる。
一昨年のエルミナ戦役の悪夢があり、全軍の動員には慎重な声が出たが、皇帝レンは最初に最大限の動員するのがもっとも被害が少ないとして却下した。
前年度に歴史的大敗を犯し、条約破りでファルス軍を破ったような国とは思えない手回しの良さで、ハイランドの労働党政権はあっという間に外交的窮地に立たされる。
皇帝レンは参謀長ガストが立案した全線攻撃案を承認し、さらにそれの規模を拡大させた。そして、各進撃部隊に対して後退を禁じ、損害を恐れず突進するように命じる。
そして、ハイランド攻略戦が開始される。
その作戦は、レンが描いた通り圧倒的な兵力によって行う全周攻撃による蹂躙であった。
レナ国王イェルドが直率するレナ軍の主力10万は、北東のコチコル州に突入する。
得意の蹂躙戦術で前線を突破すると、コチコル州の降伏を受け入れ、時を移さず西進し首都のフェルガナ州へ向かった。
ファルス国王アルプ・アル・スランの身体が率いるファルス軍主力10万は、カンバーランド王国の領内を外交工作で突破し、直接シュリナガル州へ進撃。同州はあっさりと降伏し、北進してカラコラム州へと向かう。
エルミナ総督バンクレイン率いるエルミナ軍の主力10万は、後宮の聖女連隊と天槍連隊の援軍を得て、ハイラル州でガルシン将軍と合流。そのまま東進してカラコラム州を制圧すると、ファルス軍と合流して、フェルガナ州へ向かった。
皇帝レン率いるアスンシオン軍の主力20万は、タラス河畔でハイランド軍の主力を撃破し、時を移さず追撃して、フェルガナ州へと向かった。
戦闘はどこも一方的だった。この戦役を戦争扱いしない文献もある。
実戦的な訓練が終了した黄天騎兵団、緑天騎兵団、そしてレナ族から来た銀天騎兵団を全て動員して、圧倒的な制空を行ったため、ハイランド軍は有利な山岳地形を利用することが出来ない。
さらに、レナ軍の法撃火力、エルミナ軍の装甲騎兵、ファルス軍の機動力などの精鋭を全周囲から突入させ、敵に効果的な防衛態勢を整える暇を与えない。
ハイランド労働党政権首班のジュンベは、タリム共和国へ亡命を試みたが、途中で待ち伏せにあって捕縛された。
後日裁判にかけられる予定であるが、死刑は確定だろう。
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圧倒的大勝利の後、皇帝レンは、満足そうにフェルガナの王宮に入る。
そこには、レナ国王、ファルス国王、エルミナ王女、エルミナ総督、ハイランド王女など各国のトップが居並び、その全てが彼の与党である人物だった。
そして、メリエル王女による王政復古を宣言。天槍連隊復活のため、ハイランドで、“惑星”の素質を少しでも可能性を持つ娘は、全て帝都で教養を受ける命令を布告する。
もちろん、ハイランダー族の能力保持者を帝都に連れて行って身体を奪い、意のままに生殖をコントロールして、大量に子供を産ませるつもりである。
既にファルスやエルミナの国内ではそのように素質ある娘を集めている。
だが、参謀長ガストの予測では、種族解放戦線の主力であるラグナ=ヴァルキリー族は、フェルガナ市内に潜伏し、ゲリラ戦を展開する可能性が指摘されていた。
その割にハイランドの首都での抵抗は微弱である。
「おかしいですね。彼らのやり方を分析した結果なのですが」
ウェイトレスのマリアンナの身体の参謀長ガストは皇帝レンにそう報告する。ちなみに、彼はウェイトレス服が気に入っているらしく、帝都の大衆レストラン“フレッチャ”の衣装を着たままだった。
その時、その会議室に帝都から急報が届いた。
「陛下、大変です!」
「どうしたのかな?」
レンはいつもの通りの穏やかな表情で答える。
「皇后様が、種族解放戦線の一部を後宮に招き入れて制圧。女神シオンを破壊し、皇太子様を擁立して、新皇帝の即位を宣言しました!」
驚愕する一同。
要約すると皇后によるクーデターである。
「おやおや、アンセム君はとても元気ですね。女の子の身体を3年近くもやっていて、男心を忘れないなんて、彼はやっぱり私が見込んだ男だなぁ」
レンは、微笑みながら、各国の首脳に向けて、皇后を見込んだ男だ、と呟いた。




