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審判4~肉体の監獄②

 銀髪の美しい乙女達が、後宮南側の政庁に新しく建設された謁見の間で、皇帝に対して一斉に跪く。


「レナ国王イェルド・アクセルソンの妹ミア=モニカ・アクセルソンです」

「同じく妹のシーラ=マリー・アクセルソンです」

「レナ王国の航空騎兵1000、法兵1000、今後は陛下の側室として、心も身体もお望みのままにお尽くしいたします」


 彼女達は自らの全てを皇帝に捧げると宣誓した。


 レナ国王イェルド・アクセルソンは、即位後、アスンシオン帝国との関係強化を考えた。

 そして、古来よりよく行われている方法である親族や志願者の娘を後宮に側室として送り込むことにしたのである。

 金髪のラグナ族に対して、銀髪のレナ族はまた別格の魅力がある。太陽の女神と月の女神として対比されることもある。男は、このレナ族の乙女を自由できるように傍に置かれると、レナ族に対する敵対意欲は大幅に削がれる。


 実際のところ、レナ王国は内戦で荒廃し、今年はアスンシオン帝国の食糧援助が無ければ次の冬を越えられない。

 対してアスンシオンの国力は、優れた投資と国威の向上により、昨年度の戦乱からは考えられないほど回復し、作物も今年は大豊作の予想である。

 そのため、レナ国王はレナ族の娘達の帝国後宮入りを打診し、国内で募集して希望者を募った。

 ところが、なんと予定の4倍もの応募が来てしまったのである。

 これは以前、皇帝レンが第8師団を捕虜にした際に行った「おもてなし」作戦がじわじわと効いている結果であった。

 帰国した彼女達はアスンシオンでの贅沢な暮らしを噂した。そのため希望者が殺到したのである。

 彼女達はレナ川を母なる大地として愛してはいるが、かといって不味い食事や粗末な衣服、そして痺れるほどの寒さを喜んでいるわけではない。

 また、レナ族は勇者と女神の国と謳われるだけあって、女性は優秀な指導者を好んだ。もともと一夫多妻の文化を持つ国なので後宮というシステムに入る事もまったく抵抗はない。


 後宮に入ったミア達のレナ族の航空騎兵はさっそく銀天騎兵団と名付けられ、帝国が統合的に管理する航空騎兵団のひとつに編入された。また、シーラ達の法兵も女神連隊と命名されて、後宮師団に編入される。

 ここまでは彼女達の想定通りだった。皇帝に側室として入宮したレナ族の乙女達は、皇帝に気に入られた者が夜に寝所に呼ばれ、それまでは“女神”の特殊能力を持つ即戦力として皇帝の近衛兵として使役されると考えられていた。実際にレナ族ではそうしているし、過去にラグナ族に嫁いだ娘もそうである。


 だが、彼女達の新しい主人から下された最初の指示は、驚くべきものだった。


「いやぁ、君達が来てくれて助かったよ」

「?」

「ここにいる彼らの中身はみんな男でさ。もう独身は嫌だって我儘を言っていたんだ。後宮には女の子が少なかったから、とても困っていたんだよ」


 ミア達には皇帝の説明がさっぱり理解できない。

 後宮には皇帝以外、若い女性しかいないはずである。現に彼女達を出迎えて整列している黄天騎兵団や後宮法兵隊なども全員若い女性達だ。


 だが皇帝レンからシオンの起こした奇跡の話を聞いて、彼女達はさらに驚愕する。


 戦後、後宮人員の拡大と幹部の女性化により政庁の機能は外部の新庁舎に移され、もともとの政庁も後宮に含まれることになった。

 政庁にあった建物は独身寮に改装されて、ムラト族旅団の精神が入っている航空騎兵、法兵、聖女連隊の身体などの純潔を求められる身体を使う男達は、ここで独身生活をしている。


 彼らの食事は、軍隊式に用意される。時間になったら食堂に行って、キッチンメイドが作ったものを食べる。服は自分で洗う。衣服の修繕だけはシンデレラ達ムラト族の扶助会がしてくれた。

 一応、衣食住が揃った生活である。娯楽もあるし、身体だけだが女もいる。

 だが、男の人生としてはそれだけでは物足りない。


「男の女に対する欲望って短期的には身体が目当てなんだけど、長期的になると精神的に安らぐ女性的な優しさが傍にいることを求めるんだよね。だから恋人や妻も欲しいっていうんだ」

「は、はぁ……」


 それでも、身体は女性だ。それが、女性的な安らぎを求めているというのはどういうことだろう。


「君達、ここに来た以上、心も身体も私のものって事でしょ。ありがたく貰うから、そこにいる男の中で、君達の好みに合うイイ男を見つけて欲しい。もちろん強制じゃないよ」

「そう言われましても……」


 ミアは返答に詰まった。皇帝の側室として来たのである。それなのに後宮内で他に男を探してくれと言われては答えようがない。


挿絵(By みてみん)


 そして、皇帝レンの謁見の後に開催されたのは、なんとお見合いパーティだった。

 黄天騎士団のメーヴェ・コンテ・ランヴァニアの身体を使うハリー、後宮法兵隊のグリンダ・コンテ・サラエヴォニアの身体を使うマックを中心として、彼らの隊員達が、新しく入宮した銀髪の乙女に対し、会食、簡単なゲーム、スポーツ、カラオケなどに誘う。

 彼らは、銀髪の乙女に対して照れくさそうに、自己紹介などをしてアピールしている。


 ミアとシーラ、そしてレナ族達も、呆気にとられて彼らに誘われるまま。

 そもそも、皇帝の側室になるために後宮に入ったのである。それがなぜ、後宮内で他の男に積極的に言い寄られているのだろう。しかもその姿はみんな美しい少女だ。

 ただし、最初は驚いたものの悪い気はしなかった。

 女性の精神は男性の精神から、独占的に愛を受け止めたいと考える。しかし、皇帝の寵愛を受けられるはごく一部。レナ族は女性が4倍も多いため、それを文化的に実現が難しい事だとほぼ諦めているが、彼女達に女性の愛欲としてそれが無いわけではない。

 彼女達に言い寄る彼らは、見た目は女の子でも、その熱心な姿は確かに男だった。美しさを褒められ、愛を語られることは女性として嬉しい事だし、彼らはとても真剣だったのである。

 もちろんその身体は男ではないので、最終的には何もできないが、子供は皇帝から授かればいいから、特に問題はない。

 そう考えると、彼女達は後宮に入る事で諦めていた男女の愛を得ることが可能だと気が付いたのである。


****************************************


 クラスノ市に配置した資材を撤収し、後宮に戻ったアンセムは、後宮の異様な状態に驚いていた。

 後宮には約10000人の宮女が住んでいる。ナースメイドのユニティを除けば、妃達、メイド達、帝都の美女の身体を手に入れたムラト族旅団の男達、ムラト族扶助会の女性など、レンの与党が住んでいるはずだ。


 そのほぼ全員が妊娠していたのである。


 彼は真っ先に自室に向かう。

 後宮の彼の部屋である皇后の館には、彼の息子、皇太子のアンセムと、第33妃ソーラ・リッツ・レルヒェンフェルト、第22妃ルッカ・ヴィス・ベズイミアニと、第44妃グレンダ・コンテ・メリヴァーサの身体がいた。

 皇太子の世話は後宮にいる女性精神の持ち主が交代で行う事になっている。だが彼の記憶では、ソーラ、ルッカ、グレンダはムラト族の男に身体を取られていたはずだ。

 彼女達も一見して分かるように妊娠している。


「カワイイ~」

「あたしも早く産みたいなぁ~」


 アンセムが部屋に入ると、一斉に振り返る彼女達。

 間もなく2歳の皇太子アンセムも同様に振り返り、彼も久しぶりに母親に会った喜びを体中で表現する。


「ママ~」


 以前は何かに掴まりながらでしか歩けなかったが、4カ月ぶりにみる皇太子のアンセムは明らかに大きくなっており、自ら立ち上がって、小走りにエリーゼの身体に近寄り、抱き着いてきた。


「あ、隊長~ おかえりなさい~」


 最初に声を掛けて来たのは、ソーラである。

 ソーラの精神はムラト族の男の身体に入れられて、第4師団の隊員としてタイミィルに派遣されたはずだ。だが、ここにいるソーラの身体の表情や仕草は間違いなくソーラだった。他人がソーラの真似をしているとは思えない。


「ソーラ。本当にソーラなのか? 元に戻れたのか?」


 ソーラは嬉しそうに答える。


「ええ、隊長。私達、条件付きで、陛下に元の身体に戻れるようシオン様に頼んでもらえたんです」


 確かに、皇帝レンは成果を挙げれば元に戻すようシオンに頼むと言っていた。今回の成功でそれが実行されたなら喜ばしい事だ。

 だが、何かがおかしい。


「条件ってなんだい?」

「私の身体を前に使っていた、ムラト族のデービスさんの嫁になることです~」

「嫁……」

「男の人って、最初は女性の身体を求めるけど、長い目で見ると女性の精神を求めるみたいなんですよね。女性の優しさが傍にいないと、人生に力を発揮できない人が多いみたいなんです~ 私、今までずっとデービスさんの身体だったから、その男としての辛さがよくわかります。だから、隊長がマリアン様と結婚したみたいに、私も彼と結婚してもいいかなって」


 ソーラは自分の意見をはっきりと言う娘だ。その男の身体で相当に苦労したのだろう。


「それに見てください。私も、ルッカもグレンダも陛下のお子を授かっているんですよ」

「それは君達の身体を前に使っていた奴が作った子で……」

「私達の子ですよう。私達が産むんです。それに私達は陛下の子供を授かるためにここにいるんです。お父様が聞いたら喜びます~」


 ソーラは自らの腹を優しく触れながら、女として達成感に満ちた悦びに溢れている表情をしている。


「タチアナも馬鹿よね~ せっかくチャンスがあったのに断って男のままで生きるなんて。私、ずっと男の身体なんて絶対イヤ。戦争なんてもっとイヤ。陛下のお子を母として育てて、ずっと平和に暮らしたいわ」


 ソーラの友人グレンダは、男の身体と戦争を嫌がっている。


「私は、美しい髪があって、豊かな胸があって、かわいい服が着れて、子供を産める女として生きる方が幸せです。男の身体は何もかも気持ち悪くてとても不潔でしたわ」


 ルッカも同様の意見だ。

 話を聞けば、彼女達の主張は女性の幸福としてどれも当たり前のものだった。


 だが、何かがおかしい。

 ラグナ族の若い男性は性欲が強く、後宮の妃が100人いても、女性の妊娠期間が約300日であることを考えれば、1人の男性で賄える人数である。


 だが、今の宮女達は約10000人いて、この全員がほぼ同時期に妊娠している。普通のやり方ではどうみても不可能だ。

 アンセムは、彼に抱き着いて甘える皇太子を他所に、彼女達に質問を続けた。


「じゃあ、そのデービスっていう男はもとの身体に戻ったんだな?」

「違いますよ~ 私がこの身体に戻ったのと同時に、今度は地方から来た別の若い娘の身体になっています。それで、デービスさんの身体には、その地方の若い娘が入っているんです。彼女、これから私みたいに“男の呪い”に苦しみながら働かないと元に戻れないんですよ」

「そ、それはどういう……」

「そして、デービスさんは、その若い娘の身体のまま、後宮に入る手続きをしたんです。後宮に入るかどうかを決めるのは処女であるかどうかという身体のルールだけです。つまり、後宮の人員はまた倍に増えるんですよ。陛下の所有物である若い女が倍になるんです」


 後宮の宮女が倍に増えた?

 いや、それだけではない。南側の政庁にいる後宮師団の精鋭部隊の娘達も全て、皇帝レンの自由になる所有物だ。いつでも後宮の女として使用できる。

 アンセムはその恐ろしい現象の実態が未だに理解できない。

 だが、ソーラ達は楽しそうだ。


「私達は、皇家のお子を授かった上に、妻としても生きられるし、今までの辛い生活からすれば女としてとても幸せです~」


 幸せ……

 これが女の幸せ?


 アンセムは頭を抱えた。

 男の身体にされてしまった彼女達は、もう元の身体に戻る事しか考えられない。なぜなら、男の身体では、女としての幸福を叶えることができないからである。

 女性の愛する男に寄り添いたい欲望と、愛する人との子供が欲しい欲望は非常に強い。それを皇帝に完全にコントロールされて、ソーラ達は、もう逆らえないようになってしまっている。


 皇帝はそのやり方で帝都、いや帝国中のラグナ族の娘を攫う気だ。

 もし、普通に美しい女性を性欲の対象にしたいだけなら、今の後宮の人数でも十分に足りるはず。

 だが、後宮にいる1万人の宮女が近い時期に妊娠している。普通に性交渉したのではありえない。

 さらに同数の人数が増員されて後宮に加わる予定だという。

 もっとも、男の美しい女性に対する欲望は際限がない。東方の七国地方には、現在の後宮の状態よりも、さらに人数の多い後宮が造営されたこともあるらしい。


「ソーラ、よく考えてほしい。君達女性の尊厳はどうしたんだ。陛下にそれを完全に奪われてしまっているんだぞ」

「隊長に女の幸せの何が分かるっていうんですか!」


 突然、怒りだして反論するソーラにアンセムは返答に窮する。


「私達は女として産まれて、陛下の子供を産むために決意してここに来たんです。お腹に陛下の子を宿せて、女としてのこれ以上の喜びはないです! 男の隊長に陛下の愛を独占されて、私達がどれだけ惨めだったか隊長に分かるの!」

「そ、それは……」


 ソーラの鋭い指摘にアンセムはまったく反論が出来ない。


「それに、デービスさんは私の身体の全てを知っていて、私の事を本気で愛しているって言ってくれるんです。私も、今までずっとデービスさんの身体だったから、彼の辛い気持ち、女性の温もりを求める気持ちがよくわかります。私は彼を愛しています! 愛している人とずっと一緒に暮らしたいです!」


 もし、身体の要求に従い、そしてその人生に幸福を求めるなら、彼女達は、今幸せなのだろう。

 彼女達の要求は正しい。以前の皇帝リュドミルの時の状態は不幸だ。


 だが、皇帝レンは明らかに何か異常な事を企んでいる。

 それは、このシオンの奇跡に匹敵する、いや、それ以上の事かもしれない。


 ソーラ達と話をしていると、皇后の部屋に別の者が入ってきた。


「アンセム君…… やっと戻ってきたのか」


 現れたのは、第16妃レニー・コンテ・マトロソヴァの身体のロウディル・コンテ・マトロソヴァ、第38妃アンネ・リッツ・ローザリアの身体のランスロット・リッツ・ローザリア、第8妃プリムローザ・コンテ・ドノーの身体のハティル・コンテ・ドノーの3人である。

 そして、この3人もソーラ達と同様に妊娠していた。


「聞いて欲しい。どうやらあの男は……」


 ランスロットから放たれた後宮の状況と、彼の疑問の答えは、アンセムの想像を絶するものだった。


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