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審判4~肉体の監獄①

 アスンシオン帝国南方の国境にあるイリ地方。

 この地鉄鉱(チタン)採掘場では、重罪を犯して服役しているムラト族の男達の身体が強制労働をさせられている。


 帝国の“啓蒙の法”では、刑罰は二段階、軽罰と重罰に分かれていた。

 軽罰は、懲役7年以下の罪があたる。労働義務はあるが、工場での作業であり、体罰は反抗を抑止する程度。入所中に社会復帰の為の職業訓練、健康管理の診療があり、罰としての食事の制限は認められない。

 重罰は、殺人、強盗、強姦などのそれ以上の罪である。鎖に常時繋がれた状態の強制労働で、従わない場合は徹底的な制裁、鞭や棒による強制力のある体罰も認められている。診療などはなく、反抗した場合の食事制限もある。衰弱死しても、監守が1枚報告書を書くだけ。要は、獄中で死んでもいいという扱いである。


 この恐ろしい監獄で、かつてエルミナ王国の王女エルマリア・フォーラ・コーカンドと呼ばれていた女性は、ムラト族の醜い男の姿で働かされていた。


 彼女は強姦の罪を犯した。誰もが認める凶悪犯罪で同情の余地はない。だが本来、女性である彼女は、共犯ならともかく、行為者としてその罪を犯す事などありえないはずである。


 彼女は“イ=スの奇跡”によって、気が付くとムラト族の中年男性になっていた。

 そこは娼館で、目の前には淫らな格好の娼婦の娘の身体があった。

 彼女の身体は、その時すでに男性的性欲が爆発する寸前であった。目の前のラグナ族の娼婦は、彼女が“男の呪い”から発せられる強烈な衝動に困惑する姿を嘲笑う。その身体は当然ながらとても淫靡で情欲的だ。

 エルマリア王女は“男の呪い”に負け、目の前の女を押し倒した。その娼婦は一応、抵抗、拒絶する文言を口にする。だが、彼女は新しく得た男の腕力でその女の抵抗をねじ伏せ、女の身体に彼女の新しい身体から沸き起こる“男の呪い”を強制的に吐き出したのである。


 行為が終わって冷静になった後、彼女はすぐに拘束された。

 そして、そのまま裁判にかけられ、“啓蒙の法”に基づき、強姦罪で懲役20年の判決を言い渡されたのである。

 ほんの僅かな時間の出来事だった。彼女は「身体が勝手に動いた」「女の格好が淫らで誘っていた」等と言い訳したが、行為や結果を見れば“啓蒙の法”で彼女が裁かれる要件に問題点はない。彼女は、目の前にいる女性に対して、男性の性欲を強制するという、凶悪な罪を犯したのである。


 それだけではない。彼女の率いる“聖女連隊”にも同様の状態が降りかかった。

 多くの者がエルマリア王女と同じ状態にされ、約半数の者が耐えきれず同じ罪を犯す事になる。

 彼女達は突然、新しく入れられた男の身体の要求に従ってそれを実行してしまっただけだと主張した。

 だが、“啓蒙の法”は平等で冷酷である。重罪を犯した彼女達も、王女と同様に収容されることになる。


 彼女達はその身分を保証する大切な身体を奪われた。いくら泣こうが、祈ろうが、元の姿には戻れない。

 醜い中年男性の姿で、休日のない1日12時間労働。ただひたすら、スコップで掬った鉱石をトロッコに載せる作業をさせられている。

 毎日、監守に言われるがまま作業をするだけ。少しでも逆らえば、体罰を受ける。以前は美しい身体を持っていた彼女達は、直接的な暴力など受けたことはない。

 そんな状態でも彼女の新しい身体は、彼女達を“男の呪い”で締め上げる。そして、ここではそれから逃れる方法はないのである。

 この状況をあと20年も続けなくてはならない。

 彼女達は人生に絶望し、既にほとんど自我が薄弱な状態になっていた。

 この強制施設に連れて来られた者達は大半がこのような状態になってしまう。

 もっとも、社会的にみれば、彼らのような凶悪犯罪者は、死刑を免れただけでもありがたいと思うべきだと考える一般市民が大半である。

 そして、実際のところは、同じ状態にされた聖女連隊の全員が罪を犯したわけではない。

 隊員の約半数の者は、女性としての尊厳を思い出し、精神の力によって、男の身体から湧き出る“男の呪い”に耐えた。一度最高潮に興奮した状態の性欲衝動に耐えることができれば、その後を耐えるのは難しくはない。

 そういう者達の中には、ムラト族旅団に男性の歩兵として参加し、身体を取り戻す機会を伺う者が多かったが、戦いを嫌って帰国する者もいた。


****************************************


 聖女連隊から少し離れた場所では、彼女達と違い絶望せずに作業を続ける者達がいる。

 ファルス軍の元精鋭航空騎兵“シュトゥーカ”隊と、ファルス軍の踊り子連隊の隊員達である。

 彼女達の場合、もっとあからさまにお膳立てされていた。エルマリア王女の時のより明らかに酷い。

 彼女達が新しい身体に入ったとき、目の前に娼婦がいるところまでは同じである。だが、彼女達が入れられた身体は、ムラト族の性欲が限界まで溜まった状態で、さらに彼女達の場合は男性が性欲促進剤(バイアグラ)を服用し、ICIという直接注射薬まで使用していた。

 既に身体に入った段階で、その男の身体からは強烈な“男の呪い”が放たれ、身体は精神を強制する欲望を発し、目の前の女を犯す事しか考えられない状態にさせられていたのである。

 予定通り、目の前の女は抵抗する文言だけ口にしたが、航空騎兵の処女達も、踊り子達も、初めて感じ最初から猛烈に仕込まれた“男の呪い”に耐えきれなかった。

 彼らは罠にはまって、仕組まれた計画通りに重罪を犯し、全員がその身体のままこのイリのチタン鉱山に収容されたのである。

 だが彼女達は、聖女連隊と違って希望を失っていなかった。“男の呪い”に(さいな)まれていたが、むしろ男の身体から湧き出る勇気を活力として、精力的に働いている。


「10分休憩―」


 監守の掛け声がかかると、彼女達は溜息をつきながら、座り込む。中年男性の身体でも女座りをするので見た目は奇妙だ。


 ムラト族の身体に入れられた“シュトゥーカ”隊の隊長アイーシャは、隣にいた同じく踊り子連隊の隊長ファティマに話しかけた。


「ふぅ、“男の呪い”はなかなかキツイわねぇ」


 アイーシャは、タオルで汗を拭きながらフィティマに静かに呟いた。


「自分がさせる立場だったのに。逆の立場になるなんて…… 」


 ファティマは、悶々と湧き出る男性の性的衝動に未だに戸惑っているようだ。

 男性経験のあるファティマにとって、非常に辛いことである。しかも、彼女からすれば、その時の男の快楽など一瞬で終わり。それなのに、その解放を得る為にこんな苦痛に耐えなければならない。


「それに身体中の毛も気持ち悪いわ…… 髭も脇も脛も」

「脇毛に付く男の汗はほんとに臭いわ、もう臭いでおかしくなりそうよ」


 彼女達は、ムラト族の男性特有のオヤジ臭を嫌っている。汗が出れば男性臭がする。その臭いはかなり強烈だ。


「うう…… 触るのも嫌なのに……」


 だが彼女達がもっとも嫌悪するのは、用便の度に不潔で奇怪な男性の象徴を見たり触れなくてはならない事だった。

 強制収用所の便所は壁に向かってするだけ、さらに触った後に手を拭くこともできない。


 航空騎兵は危険な兵種である。偵察の為、敵国領内の上空で活動することも多く、撃墜される事も多い。敵地に墜落した航空騎兵は“ヴェスタの加護”で守られているため、落下の衝撃でも死ぬことは少ないが、敵に捕まって“ヴェスタの加護”を維持したままいられる可能性はほとんどない。

 強力な“ヴェスタの加護”の守りも男に捕まってしまうと、簡単に奪われてしまう。そして二度と取り戻すことはできない。

 その後の運命も悲惨である。捕虜交換などで帰国できる場合もあるが、たいていは無力化された後、奴隷として売られ、鎖で繋がれたまま若いうちはずっと娼館で働かされるような話はいくらでもあった。最近の戦役でも、捕まった乙女に対する仕打ちとしては、平均的な事例である。

 もちろん、アイーシャ達、ファルスの航空騎兵達もいつもその覚悟を持って、戦闘に臨んでいた。

 ところが、まさか彼女達を襲ったのは、男性に対して行為を“される”のではなく、彼女達が女性に対して行為を“する”立場になるとは思ってもみなかったのである。


 踊り子連隊は、軍隊に従軍する娼婦的な役割がある。実は、トルバドール族には“房中術”系の特殊能力があり、女性の身体は男性と床を共にすることで一時的に力を与えることが出来る。踊り子連隊はそのための部隊なのである。

 だから、ファティマ達踊り子連隊の仕事は、男の兵士に抱かれる事だ。

 ところが、まさか彼女達も男性に対して行為を“される”のではなく、彼女達が女性に対して行為を“する”ことになるとは思ってもみなかった。


 身体を喪失した彼女達の衝撃は大きい。長くて美しい髪も、豊かな胸も、柔らかい肌も、可愛い声もなくなり、禿げあがった頭髪、股間の異物、ごわごわした剛毛、野太い声、異臭漂う汗臭さ、それが彼女達の人生になってしまったのである。

 だが、彼女達はエルマリア王女や聖女連隊より絶望していなかった。

 彼女達にとって、男とは常に身体を求めて来る者達だった。それは同じ国の味方であっても同じである。それが男になってみて、その立場がよく理解できたのだ。


「身体が勝手に動いたなんて言い訳をしていたら、いままで女だったときのプライドを捨てることになるわ。この罪を乗り越えて、絶対にファルスに戻ってやるんだから!」


 アイーシャ達の航空騎兵、ファティマ達の踊り子連隊は、人生を諦めず生きて、必ずファルスに戻ろうと誓い合っている。

 確かに計略で嵌められた。だが、男女の性交渉で最終決定を下すのは常に男性の身体を使う側の精神である。彼女達は身体からの欲求に負けてその決断を下した事に違いがない。

 アスンシオンはマキナ教徒なので酒は飲まないが、ファルスのトルバドール族はトリム教徒なので酒を飲む。そして、酒に酔って理性を失い同様の罪を犯す者がいる。それに対して酔っぱらって正常な判断ができなかったから、女の身体に手を出したなどという言い訳は通用しない。

 欲望に負けて罪を犯したことを理解した時、ファルスの乙女達は言い訳しないことにしている。それにファルスでの強姦罪は死刑だ。自分達に命があるだけマシともいえる。


「休憩終了―」


 労働開始の合図がかかる。

 疲労で身体中困憊しているのにも関わらず、彼女達に新しく備えられた股間の異物は、彼女達に“男の呪い”を与えて強く苦しめている。だが、ここではそれを解放する手段はない。これをあと20年も我慢しなくてはならない。


「はぁ、やっぱりきついわね……」


 それでもあまりの厳しさに愚痴も漏れる。

 彼女達が閉じ込められたのは、場所の強制収容所、時間の懲役20年という社会的拘束だけではない。

 男の身体という“肉体の監獄”なのであった。


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