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審判2~皇帝の休暇2⑥

 ドド――ン

 夜の浜辺に花火の音が鳴り響く。


 休暇最終日、皇帝の休暇地には出店という野外店舗が立ち並び、様々な菓子類や、簡単なゲームを展示している。

 これは、バサラ族とムラト族で伝統の祭典“夏祭り”というらしい。

 ラグナ族の習慣には無いが、わざわざ法兵隊の高価な法弾を使って、夜空に花火を打ち上げていた。


「アンセム~」


 アンセム目の前に現れた第21妃メトネ・バイコヌールは、鮮やかな色彩の浴衣姿だった。

 これはE属のバサラ族、若しくはムラト族の衣装で、ラグナ族には無い服だ。

 基本的にR属系種族は単色系の服を好む。バサラ族などのE属系は様々な色を複合した服を好む。

 だが、さすがに素材が美人だけあって、ラグナ族達は何を着ても似合っている。


「ほら、かわいいでしょ?」


 アンセムの目の前でくるりと回って見せる彼女。とても楽しそうにはしゃぎながら、アンセムの手を牽いた。


挿絵(By みてみん)


「早く、お店見に行こうよ~」

「いいのか。陛下に付いていなくて」

「お父様は、お祭りはあんまり好きじゃないのよ。今頃お部屋で昼間買った同人誌を読んでいるわ」


 なるほど、さすがはよく把握していると思う。

 アンセムも彼女に尋ねたいことがあった。どうしてもいくつかの事を聞かなくてはならない。


「アンセム、ここに入ろうよ~」


 彼女が示したのは、バサラ族風の古い木造家屋に似せた建物である。しかし、工兵出身のアンセムが見れば完全に張りぼてであり、建物としての強度は足りない。

 入り口には、顔を醜く化粧をした女性のイラストが描かれている。

 どうやら、これはお化け屋敷という出し物らしい。彼女は、アンセムを引き摺って行くようにその店の中に入っていく。


 中は薄暗く、音響球で低い音量の音楽が流れていた。


「うらめしやー」

「きゃー!」


 血化粧のメイクをした店員が独特な声で挨拶する。その声を聞いて、アンセムに抱き着いて来る彼女。

 だが、アンセムはどう反応していいのかわからない。


「もう! アンセム、こういうときは、助けるとか、庇うとか、優しく声を掛けるとか、いろいろ甲斐性があるでしょ!」

「いや、そういうムラト族の様式美は理解できないんだ」


 数多の実戦をくぐり抜けてきたアンセムは、血化粧を怖いとはまったく思わなかった。戦場には、それは気味の悪い死体がゴロゴロ転がっているし、なにより臭いがキツイ。


「むー、つまんない!」


 頬を膨らまして怒る彼女、そのまま早足で張りぼて屋敷を出てしまう。


 しばらく口を膨らませていた彼女だが、目の前に木製のスティックに機械で綿状にした砂糖を売っている店を見つけると、急に指を示して言う。


「あー、アンセム。綿あめ! あれ食べたい! 買って~」

「くれって自分で頼めばいいだろ」


 そもそも後宮にお金などない。すべて無料である。だが、出店でお金を払うというのは、ムラト族の様式美らしい。

 彼女は綿あめを2つ入手すると、一つをアンセムに手渡した。


「はい、アンセム」


 ラグナ族は伝統的に甘党である。アンセムも甘い物は好きだ。先ほどまで怒っていた彼女は美味しそうに綿あめを頬張ると、急に笑顔になった。

 美少女が綿あめを頬張る仕草はなかなか可愛くて絵になっていると思う。


「あー、次はアレ! 金魚掬い~ アンセム、やっていこうよ!」


 彼女はアンセムの返事も聞かずに、大きめの水槽が置かれた屋台へと突入していく。

 その水槽には、キンギョと呼ばれるフナ属の突然変異体である魚がたくさん泳いでいる。

 どうやらそれはゲーム店らしく、ポイと呼ばれる紙で貼ってあるスプーンでキンギョを掬い、紙が破れたら失敗という捕獲ゲームの一種らしい。


「よーし」


 浴衣の袖を捲り、気合を入れる彼女。

 店主をしていたのは、第10妃カッセ・ヴィス・ラセイニャイの身体を使っているムラト族工兵大隊の男だった。

 上半身にサラシを巻いて胸を隠している、普通は胸の小さなバサラ族がやるスタイルを、カッセの豊かな乳でやっているのでかなり違和感がある。


「あっ」

「お嬢ちゃん、下手だねぇ」


 彼女の掬ったポイの紙はあっという間に破れた。


「アンセム~ 仇をうって!」

「仕方ないなぁ」


 彼女に焚きつけられて挑戦してみる。

 アンセムは工兵らしく、まずポイの材質強度から確認する。紙は横方向の強度は強いが、縦方向の衝撃に弱い。それは、紙で手の皮膚を切ったことのある人なら容易に想像できるはずだ。

 そして比較してみると、ポイには物によってかなり強度が違うことが分かった。

 アンセムは抜群の分析力で、もっとも強度が高いポイを選ぶと、切れ味鋭く、横からスッと水中にポイを入れキンギョを掬いあげた。


「うわっ、アンセム上手い。かっこいい~」


 女の子にかっこいいと言われて調子に乗らない男はいない。

 金魚すくいは、紙の強度と金魚の動きの読みが重要である。紙の強度は、もともと強度の高いポイを選ぶのはもちろん。強度は平均的でもっとも強くなるので、濡らすときは全部を濡らす、強度に差をつけてはいけない。そして、先述の通り、横から動かし、縦に掬わない。

 そして、キンギョの動きを読む。水中でキンギョを追ってはいけない。


 アンセムは的確な強度分析と、キンギョの動きを読んだ戦術眼により、彼は大量のキンギョを掬いあげてしまった。


「うわー。すごーい。お父様より上手ーい!」


 彼女は拍手して喝采している。カッセの身体の店主も、こんな客はこの道30年で出店をやっているが始めてだと褒めている。ちなみにカッセの身体は19歳である。

 2人は入手した大量のキンギョをバケツに入れてもらったが飼えないので、キンギョ掬い屋に返却する。


 その後、2人は浜辺の高台に移動した。


 ドド――ン


 再び花火が浜辺に鳴り響く、再装填して祭りを盛り上げているらしい。


「あー、楽しいなぁ。お祭りで遊んで、お菓子食べて、ゲームして、すっごく楽しい! やっぱり、カワイイって最高だわ!」


 彼女はとても楽しそうだ。


「それは、そうだろう。メトネはバイコヌール公が自信を持って送り込むぐらいの美少女さ。君は、それがずっと欲しかったんだろう?」


 アンセムは花火を見上げながら、彼女にそう言った。

 それを聞いたメトネの身体を使う娘は驚いたような表情をしたが、すぐに目を伏せる。


「なーんだ、アンセム。気が付いていたのね。そうよ、あたしはメトネお姉ちゃんじゃないわ。妹のフローラよ、よろしくね」


 メトネにそっくりな甘ったるい笑い方でフローラと名乗るメトネ・バイコヌールの身体。


「本物のメトネは何処に行ったんだ? また何かの計画の為にどこかに送り込まれているのか?」

「うーん、あたしからは答えられないなぁ。でも、お父様も、お姉ちゃんも、望んでやっていること、アンセムが文句いうところじゃないよ」


 アンセムに並んで花火を見上げながら、メトネの身体は答えを暈す。


「君達の目的はいったい何なんだ。どうしてこんなことを?」


 アンセムは再び質問をする。


「人間はね。誰にでも願いがあって、それを叶える為に生きているのよ。それが目的」

「……」

「あたしね。ずーっと、お姉ちゃんみたいに可愛くなりたかったんだ。それは、女の子なら誰でも願う、とっても平凡な願い。違うかしら?」

「それだけの為に?」

「それだけ? ふふっ、産まれた時から美形種族のラグナ族には、こんな気持ちは分からないでしょうね。単純で誰しもが思う、当たり前の欲求ほど強いものはないのよ」


 アンセムは彼女の返事を聞き、夜空に鳴り響く花火を眺めながら考える。


 ランスロットは、彼らがまだ何か企んでいると言った。

 だが、今回の休暇でムラト族のやり方に触れてみると、単に自分達の欲望を満たしているだけ、やりたいことをやっているだけに思える。

 このフローラもそうだ。彼女は心の底からアリス族の姉を羨み、メトネのように可愛くなりたかったのだろう。それは女性の強い願いで、男のアンセムが口を挟む事ではない。


 彼女の父レンはどうだろう。

 皇帝になりたかった。美女を自由にできる環境が欲しい。若くてカッコいい身体が欲しい。


 その条件だけ示せば、男なら誰しも願う事である。アンセムだって、皇帝の立場に憧れたことは一度や二度ではない。

 そして、皇帝リュドミルは皇帝の責務を放棄した。その責務を果たし、彼を皇帝と認めた以上、その権利をレンが得たのは理解できる。


 だが……

 何かが違う気がする。

 あのレンという男は、さらにもっと違う何かを企んでいる気がする。


 自分には何が出来るのか。

 自分は何をすればいいのか。

 アンセムは、それをずっと考えながら、夜空の天頂付近に光る願いを叶えるという星、白い輝星エルタニンを見上げていた。


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