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審判2~皇帝の休暇2⑤

 3日目――


「いったいここは……」


 皇帝専用の休暇地に建設されている屋内運動用の体育館には、机と椅子が持ち込まれ、所狭しとブースが区切られていた。

 そして、各々の机には積み上げられた本や漫画が並べられている。


「同人誌の即売会よ。帝都でもムラト族が時々やっているでしょ?」


 隣にいた第21妃メトネ・バイコヌールの姿は済ました顔で答えた。

 同人誌…… 確かムラト族の個人創作という話は聞いたことがある。だが、内容は非合法の販売物、つまり猥褻な図画が多いという。


「いかがわしい本を売る、販売会場?」

「個人の作品愛が炸裂する、創作意欲の結晶よ!」


 そう説明する彼女は、ピンク色の可愛い衣装を着ていた。フリフリのレース、そして先に宝石のついたステッキを持っている。


「ところで、メトネのその服は何なんだ?」

「魔法少女“ラヴリーアリス”よ! 可愛いでしょ?」


 魔法少女? 若手の法兵訓練生か何かだろうか?

 アンセムは首を傾げたが、さらに詳しく聞くとムラト族で有名なマンガのキャラクターらしい。


 そして、早くも第1妃マリアン・デューク・テニアナロタの身体を使うシンデレラが代表のブースには、大行列が出来ていた。

 いや、行列などというものではない。その列は会場を一周しているのである。その列に宮女達の身体が整然と並ばされている姿は異様ともいえる。


「“れーじ”先生の新刊本、最後尾はこちらでーす!」


 最後尾にいる、第56妃ユリア・リッツ・フォルケンの身体は、看板を持ち、そう叫ばせられていた。


「しかし、どうして休暇の最終日にこんな展示市場を……」

「休暇の最終日っていったら、即売会に決まってるでしょ」


 さも当然でしょ。といわんばかりの彼女。

 ここにいる妃や宮女達の身体を使うムラト族達も同様である。


 ダメだ、完全に文化が違う……


「アンセムも回ってみたら~ 意外と掘り出し物もあるかもしれないよ」

「こんなところに面白い物なんて……」


 だが、そう思って周囲を見回すと、彼の目にも留まる看板があった。

 なんでも「ミリタリー」というジャンルらしい。


 その看板の下のブースでは、各国の軍隊で使われている用語集や、戦記小説、軍隊用の食料(レーション)、軍服、武器資料などが並べられていた。


「こ、これは……」


 アンセムは、甘い蜜の香りに導かれるミツバチのように、そのブースへ誘われる。

 その様子をメトネの姿が意地悪そうに頷いて眺めていた。


****************************************


 アンセムは、眼を輝かせて、その「ミリタリー」の品物を漁っている。

 多くは基本的な内容の作品が多かったが、それでも彼を満足させるのに十分だった。異国の軍記などは珍しい物も多い。


「アンセム君も、やっぱり男の子なんだねぇ。こういうのが好きなんだなぁ」


 突然声を掛けられてそちらを見ると、皇帝リュドミルの身体を使うレンがいる、他の展示者と同様に販売者として座っているようだ。

 その机の上には、チェス盤があった。


「まぁ…… 多少なり興味はあります。レン陛下も、同人誌を作っているんですか?」

「違うよ、私のは同人ゲーム」


 同人ゲームとは、小説やマンガとは違うらしい。独自に作った創作ゲームのようである。


「これは?」

「TSFチェスさ」

「なんですかそれ……」


 レンは、目の前にあるチェス盤の駒を手に取る。そのチェスの駒は頭の部分を取り外して、キャップのように他の駒と付け替えできるようになっていた。

 アンセムは簡単にルールの説明を受けた。基本ルールは通常のチェスと同じ、駒の配置、手順等である。特殊ルールであるキャスリング、アンパッサン、プロモーションはない。

 ただし、大きく違う点がある。


「このチェスはね。駒を取れる位置にいる駒と身体を取り換えることができる」

「意味が分かりません」

「ええとね。チェスって、“移動できる場所”と“駒を取れる場所”が違う駒があるよね」

「ポーンは、移動する時は前に1つ進んで、駒を取る時は斜前に進めますね」

「つまり、移動できる場所を身体、駒を取る場所を精神とする。初期状態だと、違うのはポーンだけ。だけど、入れ替えていくうちに、ほとんどの駒が、“移動できる場所”と“駒を取れる場所”が違ってくる。味方と入れ替わることもできるけど、敵の駒を取った際に、敵の身体を奪う事も出来る。プロモーションは無いけれど、敵の強い駒を取って身体を奪えば“移動できる場所”は増えるよ。クイーンの身体を取られたら凄く痛いね」


 つまり、身体が“移動できる場所”で、精神が“駒を取れる場所”らしい。


「ちなみに自軍の王様の“身体”を取られたら負け。王様の“精神”じゃないよ」

「……」


 レンの今の説明は何かを暗示しているように思えた。


「ところで、アンセム君。チェスってさ、陣形がジグザグになりやすいよね。どうしてだと思う?」

「それは、ポーンが駒を取る時は斜めに進むからじゃないですか?」


 ポーンは、チェスで最も多い駒であり、初期配置では横一列に並んでいる。先ほどの説明の通り、移動する時は前に進むが、駒を取る時だけは斜め前に進む。

 つまりポーンの斜め前にいる駒を取られた場合、相手の駒を取り返すことが出来る。


「つまりさ、このTSFチェスは、“駒を取れる場所”、つまり攻撃できる場所にいる仲間を守ることができるってわけ、移動できる場所じゃないとこがポイント」

「……それは、反撃可能な時じゃないと、誰も守れないってことですか」

「心に剣を持っていないと、誰も守れないって事。これは戦術の真理さ、覚えておいてね」


 アンセムは、未だにレンのクーデターに対して納得したわけではない。

 だが、帝国を救って勝利した功績は、無碍にしていい物でもない。


 そして、このTSFチェスという発想は、何かを暗示しているような気がしてならないのである。


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