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審判2~皇帝の休暇2①

挿絵(By みてみん)


 蒼い海、白い砂浜、暖かな日差し、そして浜辺を賑わせる麗しき乙女達。もし、このような場所を楽園だと考える男達ならば、ここはまさにそのような場所だ。


「見た目だけなら、去年と変わらないのだが……」


 眼前には、確かに去年と同じ光景が広がっていた。

 テケ湾に注ぐ皇帝専用のプライベートビーチでは、後宮にいる妃達が水着姿で遊んでいる。


 ただし、見た目は同じでも、中身は違う。

 彼女達の身体を使っているのはムラト族旅団の男達。そして、乙女達の身体自体が、その持ち主の欲望の対象なのである。


 その彼らを統率し、彼女達の身体を所有する男、アスンシオン帝国の皇帝は、やはり身体は同じであるが、中身はやはり別人である。

 だが、その男も去年の皇帝と同じ姿でいる。浜辺のそよ風と暖かい日差し、ビーチパラソルの日陰の心地良さ、そして弾力のある高価な木製のビーチベットに横になって昼寝をしていた。

 身体は同じだし、服も同じ。それなのに、横になるその姿は、明らかに中年男性の疲れてくたびれた様子である。若々しさが無い。


 さらにその周辺には、違う点もあった。去年、その傍らに控えていたメイド長のティトがいない。

 その代わりに、第21妃メトネ・バイコヌールの姿が、その男の隣にぴったりとくっついて寄り添っている。そして、彼女はその場所にいるだけで楽しそうに、男の寝顔をみて微笑んでいた。


 アンセムは、去年と同じ水着を着ている。

 普通の女性は、夏の度に違う水着を新着して楽しむのかもしれない。けれど、男のアンセムにそういう発想はない。


 帝国と後宮を乗っ取ったレンとその仲間達は、アスンシオン帝国を危機から救った後、皇家専用の休暇用レジャー施設があると聞き、さっそく留守に僅かな者を残して遊びにやって来ていた。

 去年より二週間程度遅いが、温暖なテケ湾はまだ十分暖かく、海を楽しめる季節である。


 彼らは、字句通り、ここにある全てを使ってめいっぱい楽しんで遊んでいる。

 ムラト族旅団の隊員達は、こんな豪華な施設で遊んだことなどないし、しかも、周囲は自分も含めて美女ばかり。彼らにすれば地上の楽園と感じているだろう。


 アンセムは彼らを見ていて思う。

 レンやムラト族旅団が苦労したのはわかる。帝国を救ったのも理解している。これだけの施設があれば遊びほうけたい気持ちも分かる。

 だが、眼前で繰り広げられる自分の身体を使った行動には思わず目を背けたくなる。

 もちろん、男の精神で、若い美女の身体を自由に出来るとなれば、当然そうなる運命なのも理解できる。

 それに、アンセムも彼らを大きな声で批判できない。なぜなら、アンセムがエリーゼの身体になったとき、最初にやったことは女の豊かな胸の弾力を好きなだけ楽しむ事だったのである。


 アンセムは去年の事を思い出していた。

 彼は、テニアナロタ公に頼まれて、妃達を皇帝に(けしか)けようと画策し、様々な工作を張り巡らせた。だが、今はそんなことをする必要はない。

 今の皇帝は、普通の男ぐらいは女を求めて楽しんでいた。実際、エリーゼの身体も既にその欲望の捌け口になっている。


 皇帝リュドミルは、人間的な感情や慣習の制約を強く受けている人間だった。しきたり、こだわり、好き嫌い、聖邪や善悪に対して誠実だった。

 ところが、皇帝レンにはそういうところが一切ない。

 リュドミルの愛撫は、感情的な物であったのに対し、レンの愛撫は効率的な快楽を徹底的に追及している。

 実際のところ、先日までアンセムは女性の身体から得られる快楽を真髄まで味わったことが無かった。

 だが、アンセムはそれを知ってしまった。そして、それを知ってしまうと、もう男の時の肉体的な快感など、何も感じない程度になってしまう気もする。

 かといって、アンセムは、いつまでも彼らによって好き放題に操られている妃の身体をそのままにしておくつもりはない。


 アンセムは、意を決すると、横になっているレンに近づき、進言した。


「陛下…… ナンパしている彼女達を止めていただけないでしょうか」


 アンセムは、去年とまるで正反対の事を言っていると自覚している。

 だが、皇帝レンは、彼のことなど無視して寝ていた。隣にいたメトネの姿は、代わりに返事をする。


「うふふ、お父様ったら、以前はいびきをかいていたのに、ラグナ族の身体はイビキをかかないのね。で、アンセム、今の状況に何か文句あるってわけ?」


 まるでアンセムなど相手にしていないかのようなメトネの話し方。

 彼女は女性として、目の前で仲間の女性が辱められていても、なんとも思わないらしい。


「いくらなんでも、持ち主の尊厳を傷つけていると思わないのか」

「だって、今の身体の持ち主は彼らでしょ? 自分の身体をどうしようと本人の勝手じゃない」

「女性としての尊厳はどうなるんだ!」

「彼女達の身体は、皇帝陛下の男の欲望の対象になるために後宮にいるのよ。アンセムもその啓蒙の法を受け入れてここに来たのでしょ? なにか問題あるのかしら?」

「愛のない、欲望の対象としての女性の存在なんて…… 」

「愛なんてなくても、子供っていうのは、女の“ヴェスタの加護”が無くなって、排卵日に精子が子宮内にいれば出来るのよ。知らないの?」

「そんなのただの性の仕組みじゃないか! 子供っていうのはもっとこう……」

「あははっ。アンセムって意外とプラトニックなのねぇ。後宮ってところは愛を育むところじゃないでしょ、皇家の血筋を効率的に残すところよ。それを、元々の持ち主の代わりに、あたし達が効率的にやってあげようってことじゃないの」

「そんなの間違っている! 陛下と彼女達の人生なんだぞ!」

「あたし達がいなかったら、戦争に負けて、今頃は陛下の首と胴体は離れてエルタニン通りに飾られ、女達はファルスの奴隷市場で高い値段で競られていたでしょうね~ それが陛下と彼女達の人生予想図であってるかしらぁ? どう?」

「ぐっ……」


 アンセムは返答に詰まる。

 彼の計算では「プリンセス・ライン」でファルス軍を防げる計算をしていた。そう簡単に帝都陥落はしなかっただろう。だが、彼の作戦ではレナ軍やアテナ軍には対応しきれない。きっと長く苦しい戦いが続いていたのは間違いない。

 いや、実際は、皇帝リュドミルが政務を放棄した以上、もう勝ち目が無かったのではとも考えている。

 リュドミルの考え方が変わって、救国に立ち上がらなければ、外交的方策は打ちようがない。そしてリュドミルは考え方が変わるような男ではなかった。

 結局、シオンの起こした“奇跡”によって無理やり変えられてしまっただけなのだ。


 その、2人の口論を聞いていた皇帝レンは、欠伸(あくび)をしながら、身体を起こした。


「ああ、良く寝た」

「申し訳ありません。お父様、起こしてしまいましたでしょうか。もう、バカ、アンセム! 休んでいたお父様が起きちゃったじゃないの!」


 可愛く口を膨らませて起こるメトネの姿を余所に、アンセムは、ここぞとばかりに直談判に出た。レンの前に跪き、臣下のごとく畏まる。


「レン陛下、身体を奪われた者達の身体を元に戻すよう女神シオンに願っていただけないでしょうか」


 アンセムは精一杯の進言をする。

 だが、傍らにいた娘は、クーラーボックスからムラト族が良く飲む“マスタースパーク”という名前の栄養ドリンクのキャップを外して渡している。

 それを受け取ったレンは、アンセムを無視するかのようにそれを一気に飲み干した。


「ぷはーっ、やっぱりこれが一番ウマいですねぇ」


 満足そうに微笑む皇帝リュドミルの身体。以前の彼は寝起きに炭酸飲料など飲まなかったはずだった。

 そして、アンセムの方をみて話す。


「うーん、せっかくいくらでもコレが味わえる生活と身体を手に入れたんですから、手放すつもりはありませんねぇ」

「アンセム~ お父様はね、リュドミルとかいう皇帝の境遇に偶然産まれて来ただけで得をしている人間の所為で、無実の罪を着せられて無期懲役、しかも拘束されている間に暴力を受けたのよ? もし、お父様が赦さなければ、あたしがあの男をタダじゃ済まさないところよ」

「……」


 確かに、リュドミルは政務を放棄し、皇帝であることから逃げた。そして、その権限を使ってレンに無実の罪を着せた。だから、彼には責任がある。皇帝になった時、その責任を果たしたレンに身体を返せと言っても、通用しないのかもしれない。

 だが、宮女達に罪はない。アンセムは精一杯の提案を行った。


「皇帝陛下、もし、陛下が彼女達をご要望でしたら、元の身体に戻していただいとしても、私が必ず妃達を陛下の寝所にお連れ致します」


 皇帝の身体を持つ限り、後宮の娘は皇帝の所有物だ。ここにいる以上、皇帝に抱かれるのは宿命である。それは元も戻ったとしても変わりはない。

 だが、それを聞いた皇帝レンは微笑むと、違う質問で返した。


「ところで、どうしてアンセム君は以前ここにいた妃や宮女達の精神を戻した方がいいと思うんだい? 別にムラト族の男でもいいじゃないか」

「彼女達は住んでいた場所から、見知らぬ男にされて、生活の術を失い追い出されてしまったのです」

「そうだねぇ。でも、もとに戻ったとしても彼女達は私の所有物だよ。少なくともムラト族の身体なら自由があるさ。好きな所へ行って、好きな事に挑戦できる。それはそれで良い人生じゃないか」

「それは…… 若くて美しい身体は、彼女達の人生にとって大切な財産です!」

「あのね。若い女性の身体には価値があるという人がいる。それはなぜだと思う?」

「……それは、欲しがる人がいるからじゃないですか」


 古今東西、人類史において若くて美しい娘には価値がある。場合によっては身分や宝石以上の価値があるかもしれない。

 それは欲しがる男性がいるからだ。いや、女性だって当然それを求めて、自分の美しさを磨いている。


「少し違うなぁ。若い女性の身体には、種族の未来を担う宝箱の能力があるからなんだよね」

「宝箱……」


 それは、アンセムにも理解できる。

 後宮に入る前、アンセムはずっと婚活していた。それは、種族という大袈裟なものではないけれども、家督を継ぐ子を得る為に、必要だったからだ。


「じゃあ次の質問。アンセム君、幸福っていうのは、どう定義する? 例えば今の私は幸せかい? 君は幸せ? 旅団員達は?」


 幸せ……

 アンセムは自問する。自分は今、幸福なのだろうか。

 少し考えるが、ひとつの結論に達した。


「この浜辺にいるレン陛下の部下は幸せかもしれません。ですが、身体を奪われた彼女達は、間違いなく不幸です。罪のない宮女達に与えられた不幸を、私は見過ごすことはできません」

「宮女達はムラト族旅団の身体に入っているから不幸ってわけだよね。じゃあ、もしこの女神シオンの奇跡が起きなかったら、私達は最初から不幸な存在だったってこと?」

「そんなことはありません。運命によって与えられた自分の身体でいることが幸福な事だと思います」


 レンはその答えを聞くと、つまらなそうに再びビーチベットに横になって言った。


「違うね。幸福っていうのは、相対的なんだよ。幸福の相対性理論さ」

「……」

「家族がいる場合が幸福だとするよ。もし突然、家族が失われて一人ぼっちになったら不幸だろう? じゃあ、もともと一人ぼっちの人は不幸なのか?」

「そんなことはありません」

「つまり、幸せ、不幸せっていうのは、状態から状態への遷移のことをいうんだ」

「だからこそ、大切な宝の身体を失って、別の身体にされてしまった彼女達が不幸だと言っているのです!」

「私はね、自分だけ幸福になろうなんて思っちゃいないよ。私を信じて命を張って付いてきた仲間に報酬を与えないとね。頑張ったのに報酬を貰えないのは不幸な事だ。で、若くて美しい女の身体には男の欲望の対象として、どんな世界でも価値があるものだよ」

「そ、そんな! 女性の価値を財宝と同等に扱うなど!」

「後宮のような施設を支持し、その若くて美しい身体の価値を使って『いきなり皇帝に直言できる立場に出世した、玉の輿の幸せ者』のアンセム君がそれを言っても、説得力が無いなぁ」


 完全に見透かされている。

 そう、アンセムはエリーゼの女性としての魅力を最大限利用してこの場所に来た。それは事実だ。喩えエリーゼと入れ替わらなくても、彼はエリーゼを皇家に物として差し出して、自分の地位を固めようとしたのである。

 彼は、このままでは、まったく太刀打ちできないと感じている。

 だが、彼の勇気がここで下がらせない。


「どうあっても、妃や宮女達を元に戻してもらえないのでしょうか?」

「そんなことないよ」


 強く迫るアンセムに対し、皇帝レンから予想外の返事を得た。


「指導者っていうのはさ、味方に対して公平なことも必要だよ。宮女達が味方になって、今までの旅団員ぐらい貢献するなら、公平に、彼らの希望をシオンに願うという報酬も検討するさ」

「そ、それは……」


 アンセムは言葉に詰まる。

 そして返答に詰まる彼に対して、彼の娘が見下したように言い放った。


「アンセム~ 当ててあげようか。アンセムはね、ここにいた貴族のお嬢様達が、そんな努力をする根性が無いってわかっているから、お父様の話を了承できないのよ~」

「彼女達には、育ってきた恵まれた環境や境遇があって…… 今まで貴族として豊かな生活が……」


 図星を突かれてアンセムはしどろもどろの反論しかできない。


「どんな境遇でもちゃんと能力のある仕事をしている娘達には、ちゃんとした身体が与えられているじゃない? キッチンメイド、ナースメイド、そしてテーベ族のメイドの身体は、元と似た状態の身体になっていて、今もあっちの施設で普通に仕事しているじゃないの。それにパリスは喜んでいたわよー、新しい身体で新しい人生が開けたって」


 実は、アンセムはテーベ族のメイド侍女のパリスと会っていた。

 彼女はラグナ族の若い娘になっていた。そして、平和になって再開された“デリバリ”の大会でさっそく優勝し、自分の夢である後輩育成に向けて取り組んでいるという。


 テーベ族の女性は人一倍努力家だ。彼女達は余暇を楽しむということをせず、延々と仕事を続ける。それは彼女達に“破瓜の呪い”があり、その肉体的な負担が、将来的に自我喪失したときに備え、彼女達を精神的に強くしているのである。

 だが、その“破瓜の呪い”の為に、得た技術も、勝ち得た栄光も、男が出来れば全て失ってしまう。パリスはそれが嫌で後宮に逃げて来たのだ。

 ところが、彼女は別の身体になった。彼女が望む、彼女がやりたいことを挑戦できる身体になった、結婚もできるし、幸せも掴めるのである。

 役に立つ精神ならば願望が叶い、役に立たない精神は追い出される。とても単純な理屈である。


「つまり、個人の問題だよ、うん。欲しい物が欲しければ、何か社会に貢献できる技術を見つけるなり、努力という目に見える貢献をするなり、才能を持って臨むなりしなさいってことだ。誰でもやっていることだよ、そんなに難しくない話だろう?」

「個人の問題……」


 温室育ちの貴族である妃や、楽な家事しかできないメイド達。

 この皇帝レンは、個人の問題だと言っているが、戦術的成功率と計算すれば、相当に厳しいと言わざるを得ない。

 もちろん、女性だって努力家はたくさんいるだろう。彼女達の中にだって、男でも女でもその条件を満たせる者がいるかもしれない。

 しかし、彼女達のほとんどがムラト族の男という醜い身体に入れられて、社会に対して他の人間より価値ある貢献ができるわけがない。


 アンセムは去年の事を思い出して目を伏せた。

 皇帝リュドミルは、妃達を子ども扱いして相手にしていなかった。それは彼女達がスキルも努力も足りないと考えられていたからだ。

 つまり、やり方は完全に違うが、今の皇帝も前の皇帝も出された結果は同じなのである。

 そして、どちらの方が後宮の機能として、生産性があるかと言われたら、反論のしようがない。


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