審判1~人生交換2④
ファルス王国の王都エクバタナ。
夏のファルスはとても暑い。熱波といっていいだろう。
かつて、ペルシア高原はここまで暑くなかったという。しかし、北のカスピ海、西の紅海、南のテチス海に強力な暖流が流れ込むようになったことで、周囲を温かい海流に挟まれ、気温も湿度もかつてとは比べられないほど上昇していた。
特に西の紅海に暖流が流れるようになったのは影響が大きい。この地域には昔から亜熱帯ジェット気流が西から東へ流れている。そのため、紅海の湿った空気を吸い上げ、湿度をあげているのである。
これによってペルシア高原の山岳地域の手前で多雨地域が発生し、南西に熱帯雨林のナフド地域や、テチス海周辺の大湿地帯など、極めて雨量の多い地域となっていた。
それでも王都エクバタナは風通しの良い高原に建設されてあるためまだマシな方だ。もちろんだから王都が置かれているのである。
この茹だるような暑さに、彼らの新しい身体は本来慣れていたはずだが、亜寒帯に位置するアスンシオンで暮らしていた彼らの精神は慣れていなかった。
「リーフ、それにあんた達も! いい加減してよ、そんな恰好で」
国王アルプ・アル・スランの身体を使うナデシコは、会議室にいる彼らに強い調子で注意した。
「だって暑いんだもん。ファルスは暑い国だよなー。あー、暑い」
「俺、暑いの苦手~ 働きたくないでござる」
「アイス喰いたい」
「……あんた達、身体は女の子なんだからもっと恥じらいを持ちなさい!」
ファルス占領軍総司令官である、王妃のミトラの身体を使うリーフ、参謀のミトラの妹アナーヒタの身体を使うザカート、同じく参謀の妹エラハーの身体を使うテラジは、おおよそ高貴な身分の身体からは想像もできない乱れた服装をしている。
乱れているというより、彼らは完全に下着一枚だけだった。それが男性的な大股開きに座って団扇で扇いでいるのである。もちろんムラト族の中年親父は暑いときにはよくやるやるかもしれないが、身体は美しい王妃なのでその仕草としてはかなり珍妙だった。
エルミナ戦役後、国王アルプ・アル・スランが帰国した際、彼らは予想外に国民の歓待で迎えられた。戦争は実質的に敗戦だが、100万の大軍を打ち破ったことで国王の軍事的名声はむしろ高まっている。講和によって捕虜も帰国していて数字的な損害もそれほどでもない。
だが、ファルスという国の骨格は、その内実、皇帝レンによってその神経中枢の全てを奪われていた。
ファルス王国の幹部達は身体をすべてムラト族旅団員によって乗っ取られていたのである。
「それにさー、おっぱいが大きくて暑苦しいんだよねぇ」
「隊長、俺の女もおっぱいでかいっすよ」
「アイス喰いたい」
リーフは自分の胸についているミトラの豊満な胸を鷲掴みにしながら言う。ザカートはアナーヒタの乳房を下から持ち上げた。テラジもうつ伏せながら、エラハーの巨乳を撫でることを忘れない。
彼らのこの仕草は、以前のナデシコの身体は胸がほとんどなかったという皮肉であろう。
「リーフ…… あんた達……」
国王アルプ・アル・スランの身体に青筋を立てて激怒寸前の彼の妻。
夫のリーフは、顔や体が変わってもそのシグナルに敏感だった。思わず暑さも吹っ飛び、王妃ミトラの身体に冷や汗を掻く。
ファルスの王宮に強すぎる手団扇の旋風が巻き起こる。
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エルミナ戦役後、アスンシオンとファルスは名目上の軍事同盟が結ばれていた。
そして、ラグナ族とランス族の航空騎兵は黄天騎兵団、トルバドール族の航空騎兵は緑天騎兵団と改称され、統合的な運用がされることになる。
これらも全て、ファルス軍の軍事力を乗っ取った結果と言える。
エクバタナ王宮の会議室では、中央に先ほどの王妃の姉妹三人に加え、その左手に編成されたばかりの緑天騎兵団の幹部であるトルバドール=ヴァルキリー族のレイラの身体を使う緑天騎士団長オルソン、ナスリーンの身体のロドリル、アイーシャの身体のホアンが座る。
彼らは髪の色に合わせた緑の航空騎兵の制服を着ていたが、暑さのあまり服は乱れ、大股を開いて座っているので下着が丸見えである。そして、タイトスカート内を団扇で煽って涼んでいる。
右手には、トルバドール族の踊り子ファティマの身体のトウキ、踊り子シャヒンの身体のゲンジ、踊り子パーリの身体のシズイが座る。
彼らは、踊り子連隊が独特の露出の高い衣装を纏って座っていたが、座り方はやはり男座りでかなり乱れていた。
だが、露出が一番高いのは総司令官の格好である。彼らは下着一枚のままで会議にやってきたのだ。
「リーフさん達、なんて格好なんですか」
ロドリルは淫らな彼らの姿をみて顔を赤らめ目を背ける。
「いわゆるクールビズってやつだよ」
「司令官が踊り子の俺より脱いでるんですけど」
トウキは苦笑する。
彼らは女性の身体であるが、女性の精神ではないので、女性の恥じらいはない。
そして、そんな乱れた服装でも会議は普通に始まった。
会議室の給湯室には、国王アルプ・アル・スランの身体を使うナデシコ、宰相のアル・マリク身体を使うスズナ、大将軍アル・タ・バズズの身体を使うキクノがいる。
彼女達の身体はファルスの最高幹部であり、表に出るときはそれらしく振舞っているが、ムラト族旅団の会議中ではただの事務員である。
彼女達は会議をしている彼らに冷たい水を配る。
ナデシコは航空騎兵を引退し、軍属の扱いではなく総司令官リーフの妻という立場であって、軍の補助員に過ぎない。他の2人もほぼ同様である。
だから、彼女が会議室で水を配るのは普通の仕事であった。
もちろん、彼女の身体は国王や宰相、大将軍なのである。その身体が給仕のように水を配膳する様子はかなり滑稽である。
だが最初に示された議題は、会議の参加者に水を配っているこの事務員からだった。
「ちょっと、トウキさん達、昨日キャバクラでかなり飲んだでしょう。支払いが凄い事になっていますよ」
参謀ザカートの妻スズナが明細書を出して示した。そこには驚くべき金額が書かれている。
「ちょっ…… 女の子代は自分で賄っているのに、そんなに金がかかるなんて」
「お触りは自給自足なのに……」
「アイス喰いたい」
ファティマの身体のトウキは焦っている。マキナ教徒のアスンシオン帝国では酒類が禁止である。だが、トリム教徒のファルス王国では普通に飲まれていた。
ムラト族文化は酒を飲む。帝都にいるときはラグナ族に合わせているが、故郷のアカドゥル渓谷では、“啓蒙の法”で認められている祭りや式典での飲酒を理由に、こっそり酒類が製造され、横流しされて飲まれていた。
それでも大っぴらには飲めないので、彼らのような酒好きの者には堪える国だ。それがファルスに来てハメを外したのである。隊員の踊り子の身体を自分でホステス代わりすれば、女の子代もかからない。
そのはずだったが、隊員達全員で飲み食いした結果、酒とつまみ代だけでもべらぼうな額の請求が来ていたのだ。
「ま、まぁ。隊員同士の遊興費はある程度認められているから……」
「そ、そうですね! 司令官」
リーフは苦笑する。するとロドリルも同意した。
スズナは訝しがったが、当然である。リーフ達司令本部員も、ロドリル達緑天騎兵団も隊員同士の交流会で相当な金額のお金を使った。
長い苦難の戦乱も終わり、究極の上司である皇帝陛下の信頼も得た。最初の赴任地で、新編成の隊員同士の結束を強める為に遊興していいよ、と言われれば、そりゃ男はお金をパーっと使うものなのだ。
しかも隊員達の身体もみんな若くて可愛い女の子なので、物欲以外のものもさらにそそる。
トウキ達はキャバクラで飲み会だったが、リーフ達はファルスのカジノで遊びまくり、ロドリル達は店を貸し切ってファルスの料理のムラト族用語でいうバイキング、つまり喰い放題に費やしていたのである。
さて、議題はやっと本題に入る。
ファルス王国は多種族国家であり、南方のテチス海周辺の熱帯雨林地方にD属が多く住んでいる。
D属は卵生という、おおよそ人間型哺乳類からは想像もできない生殖形態を持つ。もっとも哺乳類でも卵生の種がいるが、通常の進化によって人間がこのように発生したとは到底考えられない。
D属の男性種はほとんどが尻尾を持つ二足歩行種で、彼らのみ種が違い、見た目もかなり違う。女性はすべて小柄な人間の姿のナーガ族というひとつの種である。その中で、アサマイト族はカメレオンのような容姿をした種族で、ファルス王国の傘下種族であった。
ファルス帝国南西方のナフド、ダフナ、ルブアルハリの3つの密林地帯には多数のD属種が生息しており、勢力圏は混沌としていた。密林という彼らの得意の環境地形の為、容易に手が出せないのである。
その中でも、ナフド密林に住むデスストーカー族はファルスに敵対的な攻撃的種族として知られていた。
尻尾の先に毒針を持ち、毒は一撃必殺の能力がある。
迷彩能力しかない非力なアサマイト族は、常に彼らデスストーカー族の脅威に晒されていた。
もちろん、彼らはユーフラテス川を越えて侵入を繰り返し、ファルスの領土を荒らしている。
「エラン・ジャーティマ将軍を呼んでくれ」
リーフが声を掛けると、トルバドール=ツインテール族のリクミクの身体を使う、ファルス軍の猛将、エラン・ジャーティマが現れた。
「お呼びでしょうか、総司令官殿」
「ああ、君の部隊でバビロンに進み、侵入してきたデスストーカー族を撃退してもらいたい。残念ながら、緑天騎兵団はまだ訓練不足。フルリ族は熱波が苦手なので使えない。ユーフラテス川東側の領主だけでは対抗できないだろう」
「畏まりました。黒蠍どもなど我々が駆逐して見せましょう」
エラン・ジャーティマは敬礼して承諾する。
D属は暑さに強い種族である。環境適応としては、最も熱帯に適しているともいえる。だから、この猛暑の時期にデスストーカー族が侵入するのは日常茶飯事だった。
もっとも、今回の侵入は、ファルスがアスンシオンに敗北したという情報を得たことも大きいかもしれない。
エラン・ジャーティマはドゥシャンベの戦いの山間道路での殲滅戦の後、凍傷で仮死状態のところを救助された。
しかし神経が麻痺する障害を患い、脚は壊死して切断しなくてはならなくなった。彼は、ムラト族旅団の軍医トーマスの手当てを受け一命を取り留め、その後そのままレンに言われた通り、偽名を使って一般の負傷捕虜として帝都に連れられている。
その後、帝都でレンと合流した彼は、レンと取引をした。国王に忠誠を誓っていたが、レンは男として仕える存在としてはそれ以上だったのだろう。
その取引はファルス軍とは戦わなくていいから、戦争が終わった後に協力する事である。そうすれば、彼に戦士としてまた戦える身体を用意するというものだった。彼はこれを承諾した。
エラン・ジャーティマの新しい身体は、同僚のリクミクだった。女の身体に抗議するも、レンは取り合わない。
結局、彼はそのまま幕下に加わっている。
「彼は大丈夫ですかねぇ」
他国から降った将軍に一軍の指揮権を与えることに不安を覚える幕僚達。しかし、彼らはここに来たばかりで、まだ戦えるような状態ではない。
「レン団長の話では、我々がちゃんとやっている限りは大丈夫だって話だけどね」
「なるほど、私達がファルスで遊びすぎないように人事で釘を刺されたわけですな」
エラン・ジャーティマはファルスの事を第一に考えている。
彼らが堕落して本来の仕事を怠れば、叛旗を翻して彼らを滅ぼすだろう。
「じゃあ、団長から更迭されないように頑張るとしますか」
「カジノや、キャバクラや、バイキングでハメを外すのは1年に1回だけですからね」
アルプ・アル・スランの身体は彼らを鋭く注意した。
「あー、そうだな。でも暑いからなぁ。熱中症の危険もあるし、訓練はやっぱ海がいいよね。カスピ海のラムサールにいい海辺があるから、そこの浜辺で訓練しよう。そうしよう」
「水着いいですね~」
「アイス喰いたい」
あからさまに女の身体でビーチを楽しみたい総司令官がそう提案すると、緑天騎兵団も踊り子連隊もすぐに同意した。
その後、ファルス領内に侵入したデスストーカー族はエラン・ジャーティマ将軍によって撃退された。その間リーフ達は、カスピ海の砂浜で、女の身体にビキニを着せて、浜辺でお城造りに精を出す事になったのである。




