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審判1~人生交換2③

 デリバリの第44回大会は通常通り開催された。

 通常、大会は人気のない男子大会が先に行われ、翌日に人気のある女子大会が行われる。女子選手はランク制で、ランクAAAからCまであり、一番の上のランクであれば、無条件で大会に出場できる。主に過去に大会で優勝した実績を持つ選手がAAAとなる仕組みだ。

 男子選手はランク制ではない。これは、デリバリの選手では男子選手は職業として安定しないため兼業者が多い事による。その理由はとても単純で、企業の広告塔、集客力として価値が乏しいからである。


 現在帝都にランクAAAの選手は5人いた。

 リュッシモン家の次女ベティ・リッツ・リッシュモン、ベテランのシエラ・ルツーリ、新鋭のサラ・ポーリング、エルミナ王国から来たリヒカ・ナイツ・コンスタン、そして後宮のパーラーメイドに就職したパリス・テトラ・チュソヴィヤである。


 戦争と“イ=スの奇跡”による帝国の混乱により、大会中止も検討されたが、戦争終結と日常生活に戻った事を強調するため、通商大臣フィルス・リッツ・パーペンの判断で通常通り開催されることになった。

 ただし、帝都では男女の境界が曖昧になっており、男女の大会区分が無くなって開催される事になる。


 そして大会結果は、事前の人気とは大きく隔たりのあるものとなった。

 高貴な雰囲気と強気な言動で一番人気だったベティ・リッツ・リッシュモンは、身体がムラト族の中年男になってしまっていた。経験豊富なシエラ・ルツーリは、年配の男性になってしまった。明るく元気が取り柄のサラ・ポーリングは、巨漢のヴァン族の男になってしまっていた。亡命したエルミナ王国のランス族リヒカ・ナイツ・コンスタンは、ラグナ族の負傷兵になってしまい、大会に参加できなかった。


 通常のデリバリの大会では、人気選手はだいたい上位を占める。ところが、ベティ、シエラ、サラは表彰台どころか、規定の60位以内にも入れなかった。理由は男なので外見が悪く芸術点が入らなかったからである。

 第44回大会1位はラグナ族のモデル、マイレッド・マグダリアの身体になったパリス・テトラ・チュソヴィヤである。

 パリスは選手としては引退しているが、デリバリのトレーナー登録であり、トレーナーのうちは、ランクはそのままである。

 彼女は、その圧倒的実力と、外見的魅力を得て、誰もが認める大会優勝を勝ち得たのだった。

 2位と3位は、元々は男子選手、ただし外見は両方ともラグナ族の若い娘である。


****************************************


 表彰式の後、大会を観戦していた元妃、カウル族のニコレは祝福のために女子の控え室を訪れた。

 更衣室や控え室は、身体の性別を前提に区分されている。

 パリスは外見こそ違っていたが、もともとのクールな表情で微笑みながら友人を出迎える。


「優勝おめでとうございます、パリスさん。素晴らしい演技でした。さすが私の先生です」

「ありがとうございます」


 パリスの優勝を素直に称賛するニコレ。

 彼女は戦争終結後、久しぶりに帝都に来ていた。彼女はすぐにカウル族の有力者と結婚し、その結婚報告の為に帝都を訪れていたのである。

 ニコレは、後宮でデリバリクラブに参加し、積極的に挑戦する程、このスポーツが大好きだった。

 カウル族では彼女の他に参加する者はいないが、それでも帝都に来たらぜひ大会の見学に来たい。もちろん観戦するのも大好きである。


 だが、そんな祝福の時は突然の来訪者たちによって破られた。

 今回の大会で、入賞外に転落した、ベティ、シエラ、サラの3人の選手が、女子控え室に乱入して来たのである。

 彼女達は怒りの表情でパリスを取り囲んだ。


「いったいどういう事なのよ! なんてアンタが若い女で、あたし達が男になんなきゃいけないの!」

「こんなの認めないわ、優勝はあんたの実力じゃない!」

「自分だけカワイイ身体を手に入れたからってズルいじゃない!」


 3人はパリスに怒気強く迫りながらヒステリックに抗議する。

 パリスは彼女達の話をいつものようにクールに頷き聞いていた。待機室には他の女性の身体の選手達もいたが、感情的に叫ぶ不気味な女言葉の男達に、どう対応していいのか分からない。

 それにどちらかというと、彼女達の状態を哀れに思う者の方が多いだろう。

 事実として、パリスが優勝したのは、美しいラグナ族の身体だったからである。彼女達ランクAAAの選手は実力伯仲だった。

 だが、ラグナ族の身体じゃないと美しくないから負けた。という言及になると、ニコレは堪らず会話に割って入る。


「ちょっと待ってください。確かに皆さんの身体に起きた奇跡は不幸な事だと思います。けど、デリバリはラグナ族だけのスポーツじゃないでしょう」

「な、なによアンタ。醜いH属のカウル族じゃないの。大陸一の美形種族ラグナ族に美を競う競技で敵うもんですか」

「デリバリは華麗さを競うスポーツよ、醜い種族の演技なんて誰が見るのよ!」

「人目を惹かない者にスポンサーは付かないのよ! これじゃあたし達生活できないじゃないの!」


 ベティはヒステリックにラグナ族の優位を叫び、シエラは魅力が重要だと主張し、サラは今後の生活を心配している。


「私だってデリバリは大好きです。私はラグナ族じゃないけれど、スポーツとしてデリバリが好きです。美しいラグナ族じゃなかったらデリバリは楽しんじゃいけないんですか」

「そんなことないけど……」

「確かに私達カウル族は、皆さんより脚は短いし、胸も小さいし、髪の毛もボリューム足りないし、肌も綺麗じゃない。外見的魅力じゃ絶対に勝てないです」

「だったら、なんでこんな競技に挑戦したのよ!」

「それでも、私はデリバリを見るのも好きだし、挑戦もしてみたかった。後宮で皆さんと一緒に練習していた時、美しくないから楽しくなかったなんて事はありませんでした。私の大切な思い出です」

「でも、こんな不利な身体じゃ…… 私の人生、これから惨めじゃないの」

「私は、最初からその不利な身体の種族ですけど、今、とっても幸せですよ。楽しい事もいっぱいできたし、良き夫とも巡り合えた。カウル族に産まれたことを不幸だとは思っていません」

「私達はR属のラグナ族に産まれたのよ、ラグナ族の幸福が失われたなんて不幸じゃないの。もともとH属のカウル族とは違うのよ。なんであたし達がH属に墜ちなくちゃいけないのよぉ」


 実はベティ、シエラ、サラの言動は、この場にいるもうひとつの種族から反感を買っていた。それはH属のカウル族ではない。

 それは、元男の競技者である。

 この競技では、男は最初から不利だ。同じスポーツをし、競技しているのに、男の選手にはスポンサーは付かない。人気も遥かに低い。給与は段違いで、男の選手はそれだけで生活できない。

 種族の優位を主張しているのに、性別の優位を見落としている。


 彼女達の話を聞いていて、パリスは口を開いた。


「ベティ、シエラ、サラ。みんなには以前、私がテーベ族、いつか自我が失われる身体だったことを話したわよね」


 パリスの話すテーベ族の女性が背負う“破瓜の呪い”、それは処女を失うと自我崩壊し、相手に隷属するという恐ろしい種族の特徴である。


「テーベ族である限り“破瓜の呪い”は女の宿命、テーベ族の幸福だなんて言われているけど、私は身体の影響で自我が壊れるなんて絶対に嫌だった。私はずっと、自分の身体を捨てたかったわ」

「……」

「みんなには分からない事かもしれないけれど、自分が自分でいられるっていうのは、たぶんとても幸せな事なのよ」

「でも、これから私達はどうすればいいの……」

「私は、後宮でデリバリのトレーナーをしていて思ったの。もし、自我がずっとこのままでいられるなら、私に出来ることを残そうって」

「自分に出来る事?」

「身体が無いと、何もできないじゃない」

「そんなことはないわ。私は、この精神がある限り、後輩にデリバリの魅力と楽しさ、技術を伝えていく。私の身体に“破瓜の呪い”があったときは、どうしても後宮のような場所を選ばなければならなかったけど、今の私は、ここでデリバリのトレーナーを目指すわ。だってそれが私の夢なんだもの」

「……」

「だから、みんなにはそれを手伝ってほしいの。ベティ、シエラ、サラ。そしてここにはいないけど、リヒカも。みんないつまでも私のライバルである事に変わらないわ。身体が変わっても精神が培ってきた技術は失われない。だから、その(こころざし)を残すのよ」


 それから彼女達には紆余曲折があった。

 だが、第44回大会優勝の後、それ以前の大会で活躍していた選手達は全員退場する。そして、彼女達は新しくデリバリトレーナークラブを設立し、後輩育成に精を出す事になる。

 そして、翌年の大会からは、早くも彼女達に育てられた新人達が競う事になった。


 デリバリの技術は年々進歩している。しかし、デリバリを競技するクルーの遺伝的身体の能力が良くなったわけではない。

 それらは、人類が持つ精神の蓄積、選手たちの勇気と努力、そして技術の伝承の結果である。


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