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審判1~人生交換2②

 帝都郊外の陸軍訓練場では、約3000人のムラト族の男達が、強歩訓練をさせられていた。

 金属製の重装備を付け、大盾と武器を持って速足で行進するという歩兵の基本的な訓練であるが、それをさせられている彼女達は、当然一度もこんな訓練をしたことはない。


「た、助けて。タチアナ! もう無理よぉ」

「どうしてあたし達が、こんなキツイ訓練しなくちゃなんないのー」


 泣き言をいう身体はムラト族の男達。

 帝都で一番暑い季節である。金属製の全身鎧の蒸し暑さは尋常ではない。元々の中年太りから滲み出る汗によって、既に全身汗だく、体中から男性特有の異臭が漂っている。

 さらに動作は内股で、気色悪い物体という形容が相応しいだろう。


 先頭で部隊に駆け足の号令をかけていたムラト族の男は、走るのを止めた兵士に、所持していた指揮棒で、容赦ない物理的な暴力を与える。


「貴様ら、泣き言を言うやつはこうだ!」

「痛いッ! タチアナ、暴力はやめてぇっ! 顔は殴らないでっ!」

「訓練中は旅団長と呼べっ!」


 暴力による苦痛により、彼女達は泣きながら立ち上がり、再び走り始める。


 通常の女性兵士は“VAF”がある場合、金属製の鎧は付けられない。そのため装備はいつも軽装である。露出度もそれなりにあった。

 男性兵士が着る金属鎧はその下にも相応の厚手の服を着ている。女性が着るような動きやすく風通しがいい快適な服とはまったく違う。

 ましてや、今の彼女達の身体はムラト族の中年男である。

 一部は腹が出て、顔は髭が生え、そして股間には彼女達が嫌悪する物をぶら下げていた。


 そして、彼女達を指揮するタチアナと呼ばれたムラト族の男性は、訓練に不満を言う娘に、容赦ない体罰を加えている。

 結局、彼女達は、そのまま一時間も強歩訓練をされ続けた。ただし、訓練時間としては普通で、熟練兵はもっと長い時間この訓練をする。


 この訓練は基本中の基本。軍隊の進軍には絶対に必要な訓練である。彼女達は特別な罰を受けているわけではない。


****************************************


 訓練後の水飲み場で、息を切らしている屈強そうな中年男が、先ほどタチアナと呼ばれたムラト族の男に寄って行く。

 その男の身体は疲れて疲労困憊の様子だが、その目付きは疲れというより、血走って何かへの興奮が冷めやらない状態のようだ。


「タチアナ、もう私達限界よ。昨日は宿舎を抜け出してウィルムが事件を起こしたわ。このままじゃ、みんなおかしくなっちゃう」


 その中年のムラト族の男は他の者達よりも体格が良く、鍛えているようであった。まだ余力があるように見える。


「ソーラ、でもそれって、普通の男なら誰でも耐えていることよ。男には耐えられて、私達女には耐えられないなんて、それでもいいの?」

「そんなの男は若い頃から慣れているから耐えられるんじゃないの。あたし達が、どうしてこんな強烈な衝動に耐えられるっていうのよ!」


 第33妃ソーラ・リッツ・レルヒェンフェルトは、デービスというムラト族の30代の男の身体になっていた。

 デービスという男は趣味が格闘技で、いつも身体を鍛えている。

 そして、もちろん男としての性欲はそれなりに強く、ソーラはその“男の呪い”に常時苦しめられていた。


 そして第5妃タチアナ・コンテ・タルナフは、ムラト族の元第2歩兵連隊長ラルフの身体になった、こちらもかなり鍛えている男である。彼女は、ムラト族の男の身体にされた宮女達の隊長に任命されていた。

 ソーラは泣きそうだ。もっとも中年男の身体なのでその泣き顔は、客観的に言って不気味である。


「……レニーに掛け合ってみるけど。あくまでも軍隊として機能を保持するために必要な範囲でよ。個人の要望じゃないことは了解して頂戴」


 彼女達の苦しみはよくわかる。だが、この場から逃げれば二度と元に戻れないのだ。


****************************************


「師団長、入ります」


 タチアナは、敬礼して師団長室に入っていく。

 そこには、元第4師団長のロウディル・コンテ・マトロソヴァの身体を使う、その妹のレニーがいた。

 彼女はそのまま第4師団長に再任されている。もっとも身体の役職なので再任という言い方が正しいかどうかは分からない。

 レニーは仕草こそ兄の身体でも女性らしさをもっていたが、視線は堂々としており、自信に満ちた表情をしている。兄の姿である事に相当な誇りを持っていることが伺える。


“イ=スの奇跡”によって、醜いムラト族の男にされてしまった宮女や帝都の若い娘達は、戦争終了後、2つの選択肢を迫られた。

 新しく結成されるムラト族の男性を集めたムラト族旅団に入るか、それともその身体で放逐されるかである。


 その選択肢で、多くの者が軍隊で皆一緒にいることを選んだ。

 それには大きな理由がある。

 第一に、新しい皇帝の下で手柄を立てれば「元の身体に戻れるかもしれない」という希望を示されたからである。

 若い女性にとって、自分の身体の大切さは男性の比ではない。それを奪われたということは人生の幸福の全てを奪われたに等しい。

 何もしなければ、いくら泣いても、祈っても、抗議しても、元には戻れない。

 そのムラト族旅団が含まれる師団長に就任したレニーは、宮女達にそう方針を示している。

 もうひとつの選択肢である、帝都から放逐は、間違いなく一生男として生きていくことになる。この選択をする者はとても少ない。

 彼女達の中で、ムラト族の身体にされた後、いち早くレン皇帝へ忠誠を示したタチアナの指導もあって、多くの宮女がムラト族旅団に参加したのである。


 そして、重要な問題点がひとつあった。

 男性の身体は、男なら誰もが持っている恐ろしい“男の呪い”が掛かっている。彼女達は、男の身体に入った後、常にその呪いの解除方法に悩まされ続けた。

 軍隊はその解決方法を用意している。もし一般に放逐されれば、自分で“男の呪い”を解決しなければならない。


「タチアナ、どうですか。彼女達は使い物になりそうですか」

「師団長、一応身体は男ですから、金属鎧を着て武器を持つ事はできます。精神は、鍛えればなんとかなりそうです。訓練にはそれなりに時間はかかりますが」


 男性と女性は身体の形状が違う、だから全身用の金属鎧は男性用しか存在しない。それはどこの国でもそうだろう。


「ところで、タチアナ。あなたは自分の身体が大切じゃないの?」


 レニーは優しく尋ねる。

 普通の若い女性にとって自分の身体より大切なものなどない。レニーの場合は、それより大切なものがあったので、自分の身体は兄に託した。兄が自分の身体で何をしようと、まったく構わない。

 だが、タチアナの身体は見ず知らずの男が使っているのである。

 おそらく、その男の欲望の赴くまま好き放題凌辱されているだろう。


「もちろん大切です、師団長。両親から頂いた大切な身体ですもの」

「もし、あなたが望むなら、私がレン陛下に――」


 タチアナはレニーの言葉を遮った。


「レニー、私は自分の意志で決断するわ。自分の力でのし上がって見せる、あなたの推薦なんて必要ない」

「私があなた達を裏切ったことを怒っているの?」

「もちろんよ。でも、それはお互いさまでしょうね。私は父のクーデターの時に一度死んだの、こうやってチャンスがある事自体が奇跡だわ」


 自分の身体がどうなっているか予想がついているにもかかわらず、男の身体になったという運命を堂々と受け入れ、そしてこの身体で新しい主君に忠誠を示すというタチアナ。

 レニーは真剣な彼女に対して、目を逸らして話した。


「私はね、ずっとお兄様が大好きだった。でも、本当に一番好きだったのは家…… マトロソヴァ家だったの」

「それは私も同じよ。私も家名や家族は大事だわ」

「でも、お兄様、私がいくら言っても結婚もしないし、無謀な戦い方を止めないんだもの。ずっと心配で仕方が無かった。だから、お兄様には任せておけないって思っていたのよ。でも、私がお兄様になるなんて事はできないから、出来る限りお兄様の傍で力になってあげたいと思っていたわ」

「それが、レニーの願いだったというわけね。で、レン陛下に協力することで叶えられたというわけか」

「そうよ。私はみんなを裏切った。いきなり男にされた彼女達は可哀そうだと思うけど、メトネのいう通り、自分達がなにもしないで自動的与えられた恵まれた環境と美しい身体の利益だけで幸せを得ている彼女達は、少し反省しなければならないわ。メトネのお父様は、そういうのは絶対に許さない人なのよ」

「それはうちのお父様も近いタイプね、別にレニーは謝ることないと思う。けど、彼女達が元に戻れる話は本当なの?」

「その点について、メトネのお父様は公平な人よ。ただし、以前のムラト旅団の境遇で得た旅団長への貢献と、現在の帝国皇帝へ貢献しなければならない努力には雲泥の差がある。簡単にはいかない事は承知して頂戴」


 小さい組織の時から、旅団長のレンに命を預けて協力していた男達に、彼女達は身体を取られた。

 もし取り返すなら、皇帝という大きな組織でレンに協力して、その成果を上回らなければならない。実際、それは不可能に近いと思う。だが、ゼロではない。


 コンコン——


「どうぞー」

「第1娼婦大隊長コルネイ入ります」


 師団長室をノックする音がして、若いラグナ族の女性が入ってきた。

 その姿は大きな胸を強調し、太腿には大きくスリットが開いた艶めかしい服を着ている。

 その淫らな服装をみたタチアナは思わず目を逸らした。


「コルネイ大隊長、ムラト族旅団の“処理”の件だけど、今晩お願いしたいのだけれど」


 タチアナは、その淫らな女性の姿をした男に目を逸らしながら言う。

 すると、コルネイと名乗るラグナ族の若い女性の身体を使う男はニヤニヤと笑いながら答えた。


「精神は女でも、身体は男。こんな絶景の谷間を魅せられては、タチアナ旅団長もタマらんでしょうな!」


 元ムラト族旅団、第2歩兵連隊第5大隊のコルネイは、ラグナ族の若い遊女フェリシアの身体となった。彼は、前屈みになって自らの手でフェリシアの乳房を揉み、スリットに手を入れて艶やかなその太腿を擦ってポーズを取りタチアナを挑発する。


「ムラト族旅団は精神的に限界よ。あなた達の支援が無いともう耐えきれないわ」


 軍隊は男性の組織である。古今東西、この原則は変わらない。

 その男の組織の中で大きな問題になるのが、“男の呪い”。つまり男性の性欲の処理である。あまり公にはならないが、これはどこの軍隊でも必ず存在する。

 古来では、従軍する娼婦や契約した女性などが配置される。そして、発生する“男の呪い”を処理する。

 これは負の風俗として現実から目を背けても絶対に存在する事実である。この対応を誤ると、現地住民への暴行、強姦などの事件が必ず発生する。

 実際、男性の身体にされてしまった彼女達の10分の1が、“男の呪い”に敗れてレイプ事件を起こし、懲役20年もの大罪を背負って、鎖に繋がれたまま強制労働に従事させられることになった。

 さらに10分の2は、身体から溢れる男性ホルモンの破壊的衝動に耐えられず、暴行事件や器物損壊事件を起こして“啓蒙の法”に従った相応の処罰を受けている。


 この“男の呪い”の解決の為に、新しい皇帝レンは公式に娼婦大隊を結成させた。レンという人間は、そういう世の中に当然ある部分を暈して扱うのが嫌いな性分らしい。一応、娼婦の部隊は、表向きに結成されることは少ないものの、他の国でも実例が無いわけではない。

 そして、第4師団に所属する娼婦大隊の隊長がこのコルネイである。


「タチアナ旅団長はそういいますが、今日の我々は休暇日です。仕事ならともかく、休みで仕事をして男に抱かれるなんて御免ですよ」


 コルネイはタチアナの要請を拒否した。


「それとも、ただベッドで寝転がって抱かれるだけなんだから簡単な仕事だ。仕事のうちに入らない。なんて言わないですよね?」


 さらに、コルネイは胸や太腿を自らの手で触ってタチアナを挑発した。

 タチアナの部隊の娘達はストレスが最高潮に達していた。もちろん、疲れている所為もあるが、“男の呪い”が溜っているのである。

 このまま放置すれば、隊員達は肉体の欲求に耐えきれず暴走し、凶行事件を起こすかもしれない。


 結局、彼女達がムラト族旅団を選んだ最後の理由はここにある。

 彼女達はムラト族の男性の性処理方法ができない。帝都の風俗は税金が高く、彼女達の精神のスキルではとてもそんな稼ぎを常時得る事は不可能だ。

 そして、集団を離れると孤独になり、さらに犯罪的行為に墜ち易くなってしまう。

 今でもタチアナは、目の前で妖艶に挑発する女の身体を犯したいという、身体からの強い要求を、彼女の強固な理性で無理やり抑えつけていた。

 もし、一度でもその身体の欲求に負けて、目の前の女を襲ってしまえば、得られるのは理性的な法に従った20年の強制労働という厳罰である。女の方が淫らな格好で挑発した、などという言い訳は通らない。

 それは男性と女性の法律と身体の当然の関係である。


「師団長、ご裁決を」


 タチアナはレニーに助けを求める。

 実際、このような決断は師団長が決めることだ。


「コルネイ大隊長、娼婦大隊の隊員達に超過勤務手当を出すから、彼女達を助けてやってほしい」

「師団長のご命令とあれば」


 コルネイは、手に入れたフェリシアの身体を敬礼させて、ニヤリと笑うと了解した。そして、タチアナの方を向いて前屈みになり、再び胸の谷間を強調させる。


「それでは今晩、十分楽しませてもらうよ。女の身体を悦ばせるのは、男の身体の責任だからなぁ。超過勤務手当を貰えて気持ち良くもさせてもらえるなんて、まったくイイ話じゃないか」

「くっ……」


 そういうと、コルネイは敬礼して師団長室から退室して行った。


「なんで、こんなことであんなヤツに頭を下げなくちゃなんないのよ…… 男の性欲はやっぱりキツイわね。こんなのがいつまで続くのかしら」


 タチアナは不平を言って、これがいつまで続くのかと嘆いたが、それはもともと男である者からすればまったく見当違いな発言である。


 この“男の呪い”は生物に男女がある限り永遠に続く。

 男である限り終わりはない。


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