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愚者5~約束された平和②

「陛下、せっかく好条件で平和が訪れたのです。それをこちらから不意にして、果たして勝利に意味があるのでしょうか?」


 陸軍大臣のゴーヴィン・コンテ・タブアエランは懸念を示す。


「ここまで負けて講和したら、この国の限界は見えている。逃げ腰の妥協は、未来の滅亡だよ」

「そうならないようにするのが我々政府の役目では……」

「政府が国民に勇気を示すなんてできない。政府という組織が出来るのは国を効率的に運用する方策を巡らせる事さ。勇気を示す事ができるのはいつだって個人だけだよ」


 レンはあっさりと答える。マトロソヴァ伯とローザリア卿はこの言葉に反応した。

 ちょうど1年前、ローランド戦役で講和が成立しそうなとき、彼は電撃的な機動作戦と弱点を突いた各個撃破でカンバーランド軍を破り、一方的な敗戦ではなく、ローランドの面目を保った。

 そんな危険を冒しても、彼にはまったく関係のない事であるはずなのにである。


「これは絶好の機会だ。敵の主力はこちらの至近まで踏み込んでいる。この敵を油断させて背中から叩く。完膚なき程、徹底的にね。古来からよくある戦争の常道さ」

「しかし陛下、条約破りをしてしまったら、わが国の信義は地に墜ちます。今後の条約締結の際に不利となりましょう」


 宰相のワリード・ヴィス・グリッペンベルグも、国際信義に反すると言って反対した。孫娘のリリカの身体なので、相変わらず馬の鞍を置いてその上に立っている。


「堕ちないさ。宰相、わが国の“啓蒙の法”では条約は誰が調印することになっている?」

「外務大臣です」

「これ、外務大臣が調印してないでしょう。ヴェネディクトの奴は今ヤークツクに行っているからね」

「それはそうですが…… 既に新聞発表して国民に周知してしまっています。国民が納得しないのではないですか?」

「動員令は、敵が国外に撤退するまで継続って、発表してあったよね。だから問題ない。それらしい理由を付けて、ファルス側が条約を破った卑怯者、って捏造しておけばいいよ」


 レンの説明は勝つためには手段を選ばない卑怯なやり口である。

 元第13師団で、この男の真の姿を知っているローザリア卿達は、彼がエルミナ戦役の時に、エルミナを援護する条約を破って、エルミナを乗っ取ってしまえば一番被害が少ないと説明した。

 それをこれから実行に移そうというのだ。


「捏造でしたら、我が旅団のオルソン達を使いましょう。偵察に来たファルスの航空騎兵の身体を何人か奪っています。彼らに、昼間、帝都を堂々と空爆させれば、帝都の市民もねつ造だとは思わないでしょう」

「まぁ、どんな工作しても、こっちは予め配置についてから一斉に反撃を仕掛けるんだから、こんなの騙される奴どこにいるのさ、って感じだけどさ」


 レンは、陸軍参謀長のガストの案を聞いて笑っている。その案で了承しているが、今回の条約破りは、どうみてもあからさまな陰謀すぎて笑うしかないようだ。


「捕虜についてはどうするのですか? そんなことをすれば命はない」


 皇后アンセムも質問した。かなり多くの者が捕虜になっている。条約破りをすれば彼らは殺されるかもしれない。それもただ殺されるだけではなく、彼らの怒りを買った、恐ろしい拷問によって殺される可能性がある。


「諦めなさい」


 レンは冷たく言い放つ。彼ははっきりと捕虜が殺されても構わないという。


「というわけで、やります。今回は、私が直接、将軍たちに作戦を指示するよ」


 再び唖然とさせられる閣僚達。作戦計画を参謀に練らせるのではなく皇帝自ら指示するという。

 この皇帝は、初めから、閣僚と作戦について議論するのではなく、幹部全員を部下として使う気なのである。


「まず、ゴードン・ガロンジオン将軍。君は後宮師団を率いて出発。テケ湾に待機している艦隊を引き連れてバイコヌール市を占領せよ。そこを拠点に、シル川を制圧するために進撃している各隊に、適切な補給、支援、増援を行う事」

「陛下、艦隊はオムスク市にいるのでは?」

「実は、海軍司令のルーファスに指示して、既にテケ湾に移動させているんだよ。ここからテケ湾まで徒歩16時間、今から出発準備、早朝出立、今日中に湾まで到着せよ」

「了解しました」


 アテナ族のサイの身体のゴードン・ガロンジオン将軍は、バイコヌール市攻略を任命された。

 バイコヌール市は、中立を宣言して、ファルス軍に占領されていない。物資を提供することで、ファルス側から見逃されているのである。


「次は……、ところでランスロット君、以前私がやろうとした、河川艦隊を利用した敵の分断作戦、覚えているかな?」

「レン殿が示された、アム川を利用した河川艦隊の機動力による敵後背地への進出ですね」

「ああ、それをシル川でやる。じゃあ、ランスロット・リッツ・ローザリア将軍。君は、編成した帝都師団6万を連れてテケ湾に向かい、後宮師団を降ろした後に戻った艦隊で移動。シル川を遡上し、3万はカラザール市を囲め。残りの3万は、そのまま遡上してタシケント市へ進撃せよ」


 カラザール市を支配していたプルコヴォ公は降伏した後、赦されず捕虜になった。その後、アカドゥル渓谷に進出する補給拠点として、ファルス軍の部隊が駐留している。

 タシケント市は、エルミナを寝返った太守ヒンデン・フォーラ・タシケントが支配している。彼は、ファルスの属国となったエルミナ王国の宰相に任命され、エルミナの国民から物資を収奪して、ファルス軍に提供していた。


「太守のタケシントが、エルミナ軍を率いて抵抗したらどうしますか」

「ランスロット、君はその相手に勝てないかい?」

「勝てます。畏まりました」


 皇帝レンは、今度は皇后アンセムに向き直る。


「アンセム・コンテ・ヴォルチ将軍」


 アンセムは驚いた。彼は今まで将軍などと言われたことがなかったからである。


「君は、ローザリア卿に続いて、シル川へ移動。輸送計画に従い、この地図にある6か所すべてのシル川の渡河地点に先着して防衛陣地を築け。敵にどの渡河地点も渡してはならない」


 アンセムは地図に詳しい。だから、その作戦計画を聞いて大汗を掻く。一目、相当な激戦が予想されるからである。

 シル川流域のバイコヌール、カラザール、タシケントを奪われた敵は、川の渡河地点をどこか奪わないと退却できない。

 彼はこの場所に速やかに上陸して陣地を構築し、味方が来るまで死守しろと命令されているのである。

 しかも渡河地点は6か所、そこを全て守らなければならない。


「敵が一か所に集中して攻めて来た場合は?」

「バイコヌール、カラザール、タシケントを取った後なら他から増援を送れる。それまでは無理だ。必ず守り通せ。6か所に配置する人員は帝都防衛線の部隊の士官と工兵隊を充てる、どこに誰を何人配置するかの計画は君に任せる」


 河川艦艇の脚は早いが、輸送力は乏しく、使用できる輸送用の艦艇数は限られている。投入できる兵力はおそらく6000人、ひとつの砦に平均で1000人の計算である。

 敵は渡河地点を一か所奪えばいいので、戦力を集中してくることは間違いない。シル川を河川艦隊が抑えると言っても、各市への攻略戦も同時に行うため、一度陸揚げした部隊は簡単に他の場所に移動することは難しい。恐ろしい程の危険な任務である。


「アンセム君、敵が包囲できない河川沿いの背水陣地。さらに味方の補給が繋がっている状態。君なら上手く守り通せるよね?」

「……守れます。了解しました」


 アンセムは苦笑せざるを得ない。こんな危険な命令、皇太子の母にするような命令ではない。

 だが、彼は自信があった。そして、この皇帝もアンセムならそこを守り通すという確信があるから命じている。

 それが分かっているから、苦笑せざるを得ないのである。


「ハティル・コンテ・ドノー将軍。君には全騎兵を預ける。条約破り決行日に、アタス砦方面を南進、敵の戦線を食い破って、カラザール、もしくはタシケント方面へ進撃して打通せよ。どっちに向かうかは君の判断で流動的でいい」

「敵の軽騎兵は強力です。カウル族も寝返ったまま。こちらは全員女の身体。VAFは付けていますが……」

「おやおや、猛牛とあだ名されるハティル君は、去勢されておとなしくなっちゃったのかな?」

「そ、そんなことはありません!」


 顔を真っ赤にして反論するドノー伯。


「一応、カウル族のバアトルには話を付けてあるよ。こちらの条件で同意すれば、味方してくれるはず。言っておくけど、カウル族は対外戦争じゃ女は戦わないが、部族間抗争、自領の防衛では女も馬に乗って戦うんだ。しかもVAF無しで。言い訳なんて考えていないで、敵の中枢、見事、貫いてみせなさい」

「了解しました」


 河川艦隊に馬を乗せるのは輸送効率がよくない。だから、彼には全ての部隊から抽出した騎兵が与えられた。

 クリャージ川の西から進出し、条約で油断している敵の戦線を突破して、シル川を確保している味方と連絡する。

 確かに、この打通が成功すれば敵は崩壊するだろう。


「最後に、ゴーヴィン・コンテ・タブアエラン将軍。君は、条約破り決行日に、動員された帝都の全市民兵を使って、アカドゥル渓谷に後退する敵の後背に食らい付け」

「おそらく、敵は精鋭の殿(しんがり)を残して激烈に抵抗すると思われます。すべての正規兵をシル川方面に向けてしまい、訓練の乏しい市民兵だけで行う攻撃は大きな犠牲が出ると思われますが」

「帝都側からの圧しが弱いと、その分、川を抑える部隊の負担が増える。市民兵の犠牲は仕方がないね」

「……」


 この皇帝は、戦争だから市民にも犠牲が出るのは当たり前と言っている。


「敵の航空騎兵はどうしますか?」


 航空騎兵メーヴェ・コンテ・ランヴァニアの身体を使う、元ムラト族旅団第2騎兵大隊長ハリーは質問する。

 航空騎兵は、訓練不足で殆どがまだ使い物にならない状態だった。通常飛行程度であろう。とても、ファルスの精鋭航空騎兵とは戦えない。


「それなんだけどね。みんなに紹介したい人がいるんだ。じゃあ、入っておいで」


 レンは、まるで学校で新入生を紹介するように会議室の外に声を掛ける。

 すると、いわゆるムラト族の間で流行しているゴスロリという白と黒のドレスを着た若い娘が現れた。目や髪、肌の雰囲気からタイキ族の女性に見える。無表情で、感情的なものを感じさせない。


「陛下、この女性は?」

「彼女は女神シオンです。みんな、仲良くしてあげてね」


 アスンシオンの国民で女神シオンを知らない者はいない。

 突然現れた女神に、絶句する閣僚達。


「みんな知っての通り、シオンは帝都の守り神さ。怒らせると恐ろしい罰を受けるよ。違う身体にされるぐらいでは済まないかもね」


 レンは、建国神話に出て来るような登場人物を、茶化しながら説明を続けた。


「で、彼女が敵の航空騎兵対策をしてくれます。実は、うまい具合に、敵の作った飛行場が女神シオンの奇跡の射程内に入っていてさ。トルバドール=ヴァルキリー族の精鋭航空騎兵“シュトゥーカ”隊の皆様の身体は、残念ながらボッシュートします」

「……」


 奇跡の射程内という発言を聞いて、閣僚達はさらに声を失った。もはや、作戦が人智を越えている。

 ボッシュートというのも奪うというムラト族用語のようだが、誰も反応しない。


「航空騎兵の処女達ってその穢れ無き身体を取られたら、本当に無力だよね。でも、彼女達の身体に入る予定の者達も、訓練してないから航空騎兵の戦力としては使いもんにはならないよ。まぁ、私も、ドゥシャンベの戦いでは彼女達に散々やられたからね。奪った身体に恥ずかしい事をさせて、雪辱と鬱憤を晴らす事ぐらいには使えるかな」


 皇帝レンの説明は冗談になっていない。彼は本気でやりそうだったからだ。


「陛下はどうされるのですか?」


 幹部で最初に気を取り直したアンセムは質問する。


「私? 私はここでみんなの帰りを待ってるよ。お手製の勲章とお菓子を用意しているから、みんなたくさんゲットできるように頑張ってね」


 アンセム、いや、ここにいる幹部全員が、このレンという男が恐ろしいと思った。

 これからこの男がやろうとしている事は、平和を喜び帰国しようという相手への騙し討ちである。


 その反撃作戦も、徹底している。

 河川艦隊を使い、主力の精鋭を効果的に敵の後背に滑り込ませ、退路を断つ。そして、動員した大軍の市民兵の圧力で平押し、騎兵は側面から突破して蹂躙するというものだ。


 しかも、この作戦では、味方にも相当な犠牲が出るだろう。講和していれば誰も死なずに済むのである。

 だが、この男は「勇気の剣は未来を拓く」為に、損害を顧みず、敵を完膚なきまで叩きのめす、と宣言したのである。


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